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第4回(最終回)649機製造へ! DD51大量増備の時代

2021.04.01

 DD51は各地で好成績を収め、無煙化のエースとして増備が計画された。1968年からは、それまでの半重連形を改良した完全重連形というタイプで登場した。

▲DD51 603号機。本車が属する12次車から完全重連形で落成し、ツリアイ空気ダメ引通し管の肘コックがエプロンに増設された。

P:堀岡健司

■「完全重連形」の増備

 半重連形と完全重連形の違いは、機関車だけにブレーキをかけたい場合に用いる単弁操作において、半重連形は自車のブレーキしかかけられない(次位の機関車は後続の客貨車と同様に自動ブレーキに依存する)のに対して、完全重連形では自車の単弁操作で次位の機関車も単弁操作が可能となる点である。つまり完全重連形では単弁扱いの時に半重連形の2倍の制動力が得られ、重たい列車を止める時のブレーキ調整が楽にできるようになった。
 1968年の12次車(593~605)から完全重連形となり、ツリアイ空気ダメの引通しが必要となるため、元空気ダメ引通し管の外側にツリアイ空気ダメ引通し管の肘コックが増設され、それまでエプロンにあったSGホース掛けが進行右側の手すりに移設された。
 引き続き増備された13次車(606~628、801~807)からは磐越東線向けとして貨物専用SG未搭載車が登場し、これを800番代として区別することになった。なお、800番代はSG搭載車との重連運転を考慮して、SG管の引通しやSGホース掛けも装備されている。
 多くの半重連形は長らく完全重連形と混用されてきたが、五稜郭区や釜石区などではツリアイ空気ダメ管の引通しを増設して完全重連形に改造した例も見られた。また、国鉄時代の北海道では、半重連形と完全重連形を容易に区別できるように、区名札入れに「半」、「重」といった札を表示してあった。

▲DD51 741号機。完全重連形の1両。前面中央部に前照灯が改造により追加された変形機。当時五稜郭区の710、716、741、742、745号機が3灯化されていた。

P:堀岡健司

▲DD51 809号機。磐越東線用に投入された車両。SG未搭載車を800番代として区分した。
なお、800番代は登場時から完全重連形である。

P:堀岡健司

■大量増備の時代へ

 こうしてDD51は徐々に改良されていったが、この頃になると本格的な大量増備が計画され、629号機からは、それまでの北海道向け/寒地向け/一般向けという区別に代わり、A寒地用/B寒地用/一般用と区別されることになった。A寒地とは、北海道全域及びそれ以外の特に寒冷な地域(主に東北本線盛岡以北、羽越本線、奥羽本線、高山本線、磐越西線)、B寒地はA寒地に準じた地域(主に磐越東線、中央本線、篠ノ井線、山陰本線、福知山線、播但線、伯備線、山口線)、一般はそれ以外の地域とされ、以降この区分に基づき新製投入や転配改造が行われている。

●A寒地/B寒地/一般 装備内容

資料作成:木村忠吾

 

▲DD51 1027号機。熊本から東新潟に転属したA寒地改造車となっている。A寒地用の特徴である旋回窓とつらら除けが確認できる。

P:堀岡健司

■完全無煙化を目指して増備は続く

 動力近代化も終盤に近づき、完全無煙化を目指してDD51の増備は続いた。この頃にはエンジンや足まわりの大きな変更もなくなったが、SG搭載車が799号機まで達したため、それ以降は1001~に飛番となり、1977年に福知山に配置された1193号機まで増備が続いた。増備車は、1972年度33両、1973年度40両、1974年度91両、1975年度38両と大量投入され、北海道、山陰・中国、九州地区の完全無煙化を達成し、その後も1976年度16両、1977年度8両が新製された。
 また、SG未搭載車も、成田空港のジェット燃料輸送のため、1978年に897号機から8両増備され、899号機の次は1801~と付番され1805号機がラストナンバーとなった。なお、この8両はSG未搭載の車両であるが、燃料輸送終了後の転用を考慮してSG搭載準備工事を施工して登場した。
 1969年度以降の車両は、主要機器についてはほぼ完成された状態であり、特に大きな変更はなかったが、外観上目立つものでは以下のような変更がなされた。
・1001号機・855号機以降ではナンバープレートを車体に直に張り付ける方法から、取付板を介して張り付けるブロック式に変更された。
・1010号機・855号機以降、運転室に扇風機が取り付けられため、屋根上の扇風機収納部分が凸形に飛び出した形態となった。SG搭載車はキャブ中央にSGとその排気管があるため、それぞれの運転席上部に扇風機カバーを分離して配置。一方、SG未搭載車は屋根中央に一体形の大型カバーが飛び出した形態となった。

▲DD51 1045号機。SG搭載車の扇風機カバーは、キャブ前後に分離して配置した。

P:堀岡健司

▲DD51 886号機。SG未搭載車の扇風機カバーは、屋根中央部の大型一体形となった。また、1052号機(SG搭載車)、886号機(SG未搭載車)以降は放熱器カバーが2分割とされ、検修時の作業性が向上した。

P:堀岡健司

 DD51は、1978年までの16年間で649両が製造されたが、その後も各地の使用実態に合わせて、様々な改造が行なわれ、四国を除く全国各地で活躍していった。

▲現在もJR西日本で活躍を続けるDD51 1193号機。

’20.10.14 湖西線 おごと温泉 P:三田浩基
鉄道投稿情報局より

 以上が、DD51形649機が誕生するまでの経緯である。DD51は非電化区間のエースとして各地で活躍したが、1980年代になると電化区間の延伸やローカルPCのDC化、そして国鉄末期の貨物輸送の大幅削減をきっかけに大きく数を減らし、JR各社に引き継がれたのはわずか259両(後に4両が車籍復活)で、全盛期の半分にも及ばぬ勢力となった。
 それから34年、JR北海道、JR東海、JR九州では既に全車引退して久しい。さらにJR貨物では、つい先日のダイヤ改正で最後の定期運用に就いていた愛知機関区の6両が運用離脱した。あとはJR東日本に2両、JR西日本に8両が残り、工事列車などを中心に運用されるのみとなった。
 残りわずかとなったDD51の活躍を最後まで見守りたいものである。(編集部)

text:木村忠吾 要約・再構成:RM
RM POCKET9「DD51と仲間たち」内「国鉄ディーゼル機関車発達史」より

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