特集・コラム

シーナリー散歩 Scene:2-6 東武日光線・鬼怒川線 新高徳駅

2021.03.07

取材日:’20.12.21
text & photo(特記以外):羽山 健(RM)
同行取材:遠藤イヅル

 レイル・マガジンで好評連載中の「シーナリー散歩」。全国の鉄道路線を訪ね、思わず模型にしてみたくなるような魅力的なシーナリーを見つけてご紹介しております。発売中の2021年3月号では東武鉄道日光線・鬼怒川線を掲載し、WEB編ではその補完をしていきます。前回の鬼怒川線大桑駅につづき、その次駅となる新高徳(しんたかとく)駅を見ていきましょう。

▲レトロ調に改装された新高徳駅の駅舎と跨線橋。跨線橋は階段の取付方向が独特だ。

 通常、「新」が付く駅名は、既に同じ駅名が別の場所にあったり、国鉄の駅に対する私鉄の駅だったりする場合につけられることが多いと思いますが、この駅の場合は、下野軌道としての開設当初(1917年)が「高徳」で、位置はそのままながら1929年に「新高徳」に改称されたようです。つまり「高徳駅」と「新高徳駅」が併存した時代はありません。敢えて「新」を付けた理由として、東武鉄道公式WEBサイトでは「大正初期からの経過をみても、鬼怒川に鉄橋を作ることがどれほど大変であったかを思うと、渡り終わった所に新しい駅を作る期待として、地名に「新」をつけ「新高徳駅」になったと思われます」とあります。

▲駅舎内の待合室・出札口も今はレトロ調で見ごたえある。

 駅舎は昭和初期建造と思われる木造駅舎で、「SL大樹」運行開始に関連する「昭和レトロ工事」によってシックな装いに改装されています。訪問時はクリスマス時期だったからか、モニュメントの類が多数取り付けられておりました。駅舎内の待合室・出札口・改札口付近も見事に昭和初期風に改装されているのは一見の価値があります。

▲駅の上り方にある踏切から跨線橋を見る。2組の階段が直角の角度で取り付けられていることが分かる。

▲跨線橋の階段が、ホームのスロープの始まりの位置に取り付けられているのがユニーク。

 ホームは島式の1面2線で、跨線橋を通じて連絡しています。この跨線橋が接するホーム端がスロープとなって地面に下りており、恐らくかつては構内踏切で駅舎に連絡していたのでしょう。この跨線橋の取り付け方は、頭で考えているだけでは模型として再現しようとは思わない様式だと感じました。

▲上り線ホームの屋根を見る。写真右手3本分の支柱が、下野電気鉄道時代、左手7本分が東武になってからの建造。

▲新旧のホーム支柱の違いを見る。右手2本の支柱、屋根と接する端部に「鼻隠し」が取り付けられている。

 例によってホームの側壁には玉石積盛土式の様式が見られ、また古レールを用いたホーム上屋も含めて、国の登録有形文化財に指定されています。ホーム上屋はよく見ると途中で支柱の形状が変わり、微妙に高さも異なっていますが、下り方先端の支柱3本分の部分が最古で、下野電気鉄道時代の建造とされています。上り方の支柱7本分の部分は東武鉄道が新型特急運行開始に合わせて後年に建造したものとのこと。支柱の端面に丸い「鼻隠し」が取り付けられているのが特徴です。

▲下り方から砥川鉄橋を見る。手前側にトラス(支間61.9m)、奥側にデッキガーダー(支間25.2m)。

▲トラス橋に取り付けられたA・ハンディサイド社の銘板。

▲橋脚の根本部分は恐らく近年にかなり太く補強されている。

▲デッキガーダーに取り付けられたクリーブランドブリッジ社の銘板。

 さて、大桑駅と新高徳駅の間に、見逃せないシーナリーがあります。撮影ファンにも著名な「砥川鉄橋」。トラス+デッキガーダーの組み合わせで、そのいずれもが明治期にイギリスから輸入されたものとなります。トラスの方はかつて国鉄常磐線の阿武隈川橋梁に架けられた8連のうちの1連を移設したもので、製造はA・ハンディサイド社、1896(明治29)年。一方のデッキガーダーの方はクリーブランドブリッジ社の1897(明治30)年製造。この鬼怒川線に設置されたのは1946年とされています。いずれも銘板が地上から見つかる場所に取り付けられているので、現地に行った際はSL撮影だけでなくそのあたりもぜひ見つけてみてください。

▲「SL大樹6号」が爆煙を出して砥川鉄橋を通過。

🔶レイル・マガジン2021年3月号(447号)新刊情報

 

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