185系

特集・コラム

シーナリー散歩 Scene:1-1 御殿場線 御殿場駅

2020.11.28

 取材日:’20.10.27
text & photo:羽山 健(RM)
同行取材:遠藤イヅル

 レイル・マガジン2021年1月号から新連載となった「シーナリー散歩」。シーナリー(scenery)とは鉄道模型用語でいうと情景を構成する風景、というような意味合いです。この企画では全国の鉄道路線を訪ね、思わず模型にしてみたくなるような魅力的なシーナリーを見つけてご紹介しようという試み。

▲御殿場駅の富士山口。駅舎自体は1987年より使用されている橋上駅で、こちらの富士山口から見ると、屋根が山小屋風になっている。

 実は、1990年代後半、姉妹誌RM MODELSと本誌レイル・マガジンにて連載された「模『景』を歩く」の現代版、という位置づけにもなります。このWEB編では、誌面では掲載しきれなかった写真や情報を落穂拾いの形でご覧に入れたいと思います。あくまで本編は雑誌掲載の方で、そちらには取材に同行してくれたイラストレーター・遠藤イヅルさんによる魅力的なシーン解説なども収録されているので、ぜひご覧ください。

 連載第1回は、RM446号の特集テーマが「東海道本線五十三次」であったことに絡めて、JR東海の御殿場線を訪ねました。有名な話ですが、当線はもともと東海道本線の一部(厳密には、開業時は路線名はなかった)として開業し、昭和初期には超特急「燕」なども走っていた大幹線でした。しかし難工事の末に丹那トンネルが開通すると、より平坦で距離も短い熱海経由が東海道本線に切り替わり、旧ルートは新たに「御殿場線」という名称で主に地域輸送に勤しむことになります。

 かつての栄華の名残が、路線中随一の中核駅である御殿場駅で見つかるでしょうか…? 駅舎自体は1987年に橋上駅舎に建て替えられており、機能的しかも個性的ではありますが、やや特殊すぎる感もあり、模型にしたくなるか?と言われると、地元の方以外にはちょっと…と感じました(これも20年後にはまた違う思いを抱くことでしょうが…)。

▲富士山口の反対側となる箱根乙女口は、駅前広場が2019年に整備されたばかりで、全体に真新しい印象。

 入場券を購入してホームを観察すると…ホーム長が実際の営業列車の両数に比べてかなり長いことに気づきます。これでも往時よりは短くなっている痕跡がありますが、大幹線時代の名残なのかもしれません。もっとよく観察すると、何段階かに渡って嵩上げされた跡も見つかります。恐らく一番低いのが明治時代のもの。その後一段嵩上げされ、その時代が長く続き、現状では電車の出入り口に対してほぼ段差なく乗降できるまで嵩上げされました。私の記憶では、115系がメインで活躍していた頃は結構な段差があったように思うので、直近の嵩上げは平成時代に行われたのだと思います。

▲313系電車が2本並ぶ。扉開口部とホーム高さの間にはほとんど段差がない。

▲古くは石積み、のちにコンクリートブロックにて2度にわたって嵩上げされているようだ。

 ホームで観察すると、富士山口側には詰所や倉庫で古風な建造物が散見されます。乗客サービスと関係ない部分では古い建造物が案外残っているもの。このあたりは、近代的な模型レイアウトを作る際にも参考にしたいものです。

 駅の外には何か残されているでしょうか。富士山口から、下り方向(沼津方向)へ少し歩き、踏切から駅を見返すと、左手にJR東海の御殿場工務区事務所があり、その手前にレールが積まれています。そのレールの向こう、事務所が載っている地面がホーム状にスロープを伴って嵩上げされています。これはかつての日本陸軍の専用ホームの跡です。戦後はアメリカ軍→自衛隊が使用していましたが、使用停止されてから既に長年が経過しています。

▲開いている踏切からササっと撮影した、旧陸軍専用ホーム跡。レールに隠れてしまっているが、その向こうのガードレールがスロープ状に上がっていることでも、元の形状が推測できる。

 そしてこの踏切のすぐ横を流れる黄瀬川に架かる小さな鉄橋、この石積みの橋脚も、開業時以来のものとされています。あまり近寄っては見られないのですが、かれこれ100年以上、列車の重みに耐えてきたのでしょうね。なお、橋桁は交換されており、開業時のものではないそうです。

▲木の葉やクモの巣で見づらいが…石積みの橋脚は歴史あるもの。もっとも、この程度のものは御殿場線全線を通じてみれば珍しくないくらいに存在している。

 御殿場線の「散歩」はまだ始まったばかり。超特急「燕」や、非電化時代の王者D52の幻影を求めて、沿線を歩いていきます。

 

🔶レイル・マガジン2021年1月号(446号)新刊情報

 

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加