4月発売の「Rail Magazine 441号」でには、萍逢(へいほう)鉄路番外編「アナトリア、歴史の接する旅路」と題してトルコの寝台列車のルポルタージュを寄稿した。この「鉄道ホビダス」上では、紙幅の関係上省いたいくつかのトピックに関して詳述し、トルコの鉄道旅の魅力に一層迫りたいと思う。
トルコの首都アンカラから、国土の東端カルスまで。「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」は、2019年5月に運転を開始したばかりの長距離寝台列車である。30時間以上の道中では、個室寝台や食堂車で寛ぐだけでなく、長時間停車する途中駅での観光や食事も楽しめる。クルーズトレインの流れを汲む最新寝台列車に乗り込み、アナトリア半島を横断する旅に出た。
「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」が首都アンカラを出発してから2時間後の午後6時、私は同行のジャーナリスト・櫻井 寛さんとガイドのムラトさんと共に食堂車へと向かった。ちょうど太陽が山の稜線に消えた頃で、車窓はまだ明るい。ムラトさんがいくつかのトルコ料理を手際よく注文してくれた。Tas Kebabıという、牛肉とジャガイモのシチュー。Izgara Köfte、これはトルコ風ハンバーグ。Kuzu ŞişとTavuk Şiş、それぞれ羊肉と鶏肉の串焼き。それにパンとスープ。飲み物には、私はチャイをお願いした。
チャイと聞いてぱっと思い浮かぶのは、スパイスと砂糖たっぷりのインドのミルクティーかもしれない。しかしトルコのチャイは同じ紅茶でも、さっぱりとしたストレートティーである。 トルコの人々はこのチャイを至るところで飲んでいる。街を歩けば「チャイ、2リラ(約40円)」といった看板がそこここで見られた。観光地や鉄道駅の傍にも、やはりチャイ売りの男がいた。
その中でも一番面白かったのは、翌朝「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」の機関車に添乗した時のことである。ディヴリーイ駅からイリチ駅にかけて、私を乗せた機関車は朝陽の方角へと山路を分け入ってゆく。機関助士のバーティ氏が、私の分までチャイを淹れてくれた。猫舌の私がやっとチャイを飲み干すたびに、 バーティ氏は何度もチャイを継ぎ足した。 なぜ走る機関車の中でも絶えず熱々のチャイが振る舞われるのか。実は運転室の片隅に、チャイを沸かすための電熱コンロが備え付けられているのである。そこまでしてチャイが飲みたいのか、と私は笑ってしまった。
しかし、考えてみたらトルコ東部の山岳地帯は、冬には相当気温が下がるのだ。この列車の目的地カルスではこの冬、零下34度の最低気温を記録したと聞いた。機関士たちが寒風吹き荒ぶ車外から戻った時、機関車で熱々のチャイを飲めるということはなにより幸せなことなのだろう。
チャイと機関車の関係について考察したところで、話を客車の方に戻したい。食堂車での夕餉を終えた私たちは、自分の個室のある1号車まで歩いて戻った。その途中、他の乗客たちが各々の部屋でパンやチョコレート、果物にナッツといった晩餐を楽しんでいるのを見つけ、その用意の良さに驚いた。
もう一つ私が意外だったことは、彼らトルコ人の乗客の多くがアルコールを嗜んでいたことであった。 ムスリムの多いトルコでは酒は飲めないものと諦めていたが、戒律にどれほど厳格に従うかは人次第のようだ。豚肉はメニューになかったが、ビールやワインはかなりの人が楽しんでいた。夜行列車で盃を酌み交わす愉しさというのは、日本でもトルコでも共通なのだろう。トルコを旅するうちに、私自身もトルコのビールやワインを味わう機会を得た。旅の夜の一献に勝る喜びはないと、改めて思う。杯を傾けるその瞬間、トルコの人々のおおらかさに感謝するのであった。
▲トルコで最も一般的なビールのひとつ、ツボルグ。欧州ブランドのビールで、ここトルコで生産されているという。イスタンブルの夜景を眺めながら、一杯。
※本取材旅行は2020年3月上旬に行ないました。2020年5月1日現在、トルコ共和国に対しては新型コロナウイルス感染症の影響により、渡航中止勧告が出ています。(レイル・マガジン編集部)