text:瀧口宜慎
photo:RM
国鉄末期からJR発足直後は、度重なる運賃の値上げや、労使交渉によるストライキによる沈滞した鉄道利用を盛り返すため、各地でジョイフルトレインや新しいサービスの登場の中で、その専用機や、イメージの一新をねらった新塗装機などが登場しました。
平坦区間の高速直流機の決定版であったEF65においてもその数はバリエーションに富み、国鉄時代には直流機は青色、交流機は赤色、交直流機はピンクという規定から解放され、さまざまな色あいのEF65が登場しました。ここでは「Rail Magazine」
編集部所蔵のポジフィルムから、当時の多彩だったEF65を振り返っていきたいと思います。
■EF65 123号機「ゆうゆうサロン岡山」専用機

国鉄時代の1985年に国鉄岡山鉄道管理局のジョイフルトレイン「ゆうゆうサロン岡山」専用機として客車とともに改造され登場した123号機。客車と同じ赤色7号を基調にゴールドのラインを纏った塗色で登場しました。元々は東海道・山陽本線の貨物用として1970年に製造され広島機関区に配置。1972年から岡山機関区に転属したところからの専用機抜擢でした。ちなみに赤色7号は「サロンエクスプレス東京」と同じ車体色でした。

この「ゆうゆうサロン岡山」専用機の123号機は、1994年に客車の「ユウユウサロン岡山」に改称とともにリニューアルされ、専用機もこれに合わせオレンジ色一色変更されました。乗務員扉は客車の車体色の白色に塗られ、それまでの重厚な印象から、カジュアルな印象へ改められました。所属はJR化にあたり下関運転所へ転属しましたが、事実上岡山に常駐し、1998年には岡山電車区に転属。その後2002年に廃車となりました。
■「ユーロライナー」専用機

国鉄名古屋鉄道管理局のジョイフルトレイン「ユーロライナー」の専用機の内、東海道本線での運転時の専用機としてJR化後に105・106・112号機が登場。「ユーロライナー」の運転に限らず、JR東海管内の客車列車の牽引も担当し、臨時特急「金星」の牽引や、カートレイン名古屋の牽引にも登板しました。塗分け線の影響からEF65 500番代のような前面にも見えます。国鉄時代に稲沢機関区に所属していた東海道・山陽本線向けの貨物機のうち、JR東海発足時に旅客運転用として5両のEF65一般機があてがわれたうち、3両がこのユーロライナー塗装となりました。2007年までに全廃。
■EF65 9号機 茶色

EF65の一般型のうち、国鉄末期の1987年2月に1~26号機までのほとんどが廃車となったが、その後のバブル景気へと繋がる貨物列車需要の増加で、国鉄清算事業団所有となっていたこれらが車籍復帰。その中の9号機がEF60の登場時をイメージしたぶどう色2号の塗色で復活し、JR貨物の中で話題の機関車となりました。9号機は1994年に廃車になりましたが、このぶどう色2号の塗装は56・57号機が引き継がれ、各地の機関区公開時のマスコット的機関車として人気の的となりました。
■JR貨物更新色

0番代・500番代の延命・更新工事開始に伴い1989年に登場した新塗装がこのJR貨物更新色です。ライトパープルを基調に、車体中層部をディープブルー、上層部をスカイブルーで乗務員扉をカラシ色とした塗分けとなりました。この更新色は作業軽減の関係から後にスカイブルー部分もディープブルーへと統一される更新機も現れたほか、EF65 1000番代をはじめ、JR貨物の様々な形式に採用された塗色でもある。
■EF65 1019号機「スーパーエクスプレスレインボー」専用機

JR発足の直前、ギリギリ国鉄時代の1987年3月に国鉄東京北鉄道管理局に登場したジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」の専用機としてチェリーレッドに塗られたのがこの1019号機です。それまで赤色は交流機の色とされていた国鉄の機関車塗装規定と決別した塗装でもあり、当時レイルファンたちを驚かせました。同レインボー専用機は1998年に1118号機へ引き継がれて、2015年の電源火災で廃車となるまで見られました。余談ですが、同じレインボー機のEF81 95号機においては2025年9月まで在籍していました。
■EF65 1065号機 JR貨物試験塗装機

1987年頃、JR貨物のイメージアップのため各種試験塗装機が登場しました。そのなかでも、最も色数(ナンバーの色を含め5色)が多い試験塗装機が1065号機でした。ある意味、EF65 1000番代の車体の特徴を捉えた配色とも言えたこの試験塗装機は1998年に元の国鉄色に戻されています。同機は2023年まで在籍し、現在は除籍されたものの、大宮車両所の撮影会でこの試験塗装に再び戻され話題となりました。
さて、そんなわけで、JR化前後に各地に登場した塗装変更機の内、EF65の塗装変更機を見てきました。同時期には他形式にも多くの塗装変更機が存在しており、旧来の国鉄からの変化などをアピールしていた時期であったことがうかがえます。


