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特集・コラム

ブルートレインが大量にいた貨物駅 今年7月廃止予定の「秋田港駅」を振り返える

2026.03.14NEW

取材日:‘22.7.3
text & photo:福島鷺栖

 東北の日本海側の都市は古くより港町として栄えてきました。近代に入ってもその役割を担い、鉄道が陸上輸送の中核を担っていた頃は、各地に臨海鉄道をはじめとした港への貨物線が敷設され、陸と海の結節点となっていました。東北地方の日本海側の一角である秋田港も例外ではなく、奥羽本線の土崎駅を起点に秋田港まで貨物線が伸びていますが、今年の7月1日をもって廃止されることとなりました。そこで今回は、秋田港駅のかつての様子を振り返ってみようと思います。

【写真】老兵佇む今はなき貨物駅の様子  当時の写真をもっと見る

秋田港駅に隣接するタワー「セリオン」から見た秋田港駅。放射状に延びる構内は港の各方面へ線路が広がっていたころの名残。

■臨海鉄道の起点駅でもあった「秋田港駅」

 かつて、秋田には「秋田臨海鉄道」という臨海鉄道がありました。1970年に設立され、かつては北線と南線の2路線を運営し、臨海部に隣接する工場からの貨物列車を運行していました。ですが、北線は2008年に休止され、南線も唯一運行されていた日本製紙秋田工場からの貨物列車の終了に伴い、いずれも2021年3月に運行終了し、廃止されました。

秋田港駅には廃止後1年経っても「秋田臨海鉄道株式会社」の看板が残っていた。(以下敷地外より撮影)

現役当時の秋田臨海鉄道。末期はDE10タイプが運行されていた。

‘14.3.26 秋田臨海鉄道南線 秋田港〜向浜 P:石田哲彦
(鉄道投稿情報局より)

臨海鉄道の廃止後、起点となっていた秋田港駅はクルーズ船との連絡用臨時列車の発着駅として、土崎~秋田港の貨物支線は引き続き使用されていました。しかし、こちらもクルーズ列車の終了に伴い、2026年7月1日をもってこの秋田港駅も廃止となる運びとなりました。

秋田港駅に設けられた臨時列車用の旅客ホーム。

■海外を夢見たブルートレインたちと眠りにつく老兵たち

 取材当時、私が秋田港へ行った理由の一つが、当時レイル・ファンの間でひと際話題となっていた「あるもの」を見るためでした。それが駅構内に留置されたブルートレイン群です。主に寝台特急「あけぼの」などで使用された24系客車が十数両留置されており、当時同車はすでに本線上での運行を終了してから年数も経っていたため、ずらりと並ぶこれらブルートレインはレイル・ファンの間で特に注目されていました。これらの24系は秋田港へは海外譲渡のために2015年に秋田港まで運ばれました。ある報道によるとアフリカのコンゴ民主共和国への輸出が計画されていたようです。しかし、その後計画が頓挫してしまい、行き場を失った客車は長らく放置されていました。

海外での活躍を夢見たがかなわず、草生した線路の中にたたずむ客車群。

 また、この客車群以外にもDE10タイプの機関車や、秋田臨海鉄道生え抜きで貴重なDD13タイプでもあったDD562の姿もありました。かつて一時代を築いてきた車両たちが静かにたたずむ様子は終焉の地といった様相で、その光景はどこか悲しくもありましたが、秋田臨海鉄道の廃止後である当時、次に来た時には見られないと思いひたすらシャッターを切りました。

寝台客車の横にズラリと並んだディーゼル機関車。かつては駅構内を行き来していたと思うと寂しさを感じる。

 この撮影の翌年である2023年1月より秋田港に留置されていた客車、機関車、貨車群は、他社へ譲渡された車両を除いてすべて解体されました。そして、秋田港に貨物駅があったこと示す最後の生き証人でもあった秋田港駅も先述の通り、今年7月の廃止が決まっており、当時の痕跡は消えつつあります。

秋田臨海鉄道の廃線後の踏切。一時停止不要の看板が立っていた。

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