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特集・コラム

今は無人の炭鉱町に半世紀前まで存在した「鉄道」とは?北海道の雄別鉄道往年の姿を振り返る

2025.10.08

 text:RMライブラリー編集部

 北海道・釧路炭田にあった炭鉱町のひとつ、雄別(ゆうべつ)。明治時代より、当時燃料用として重宝されていた石炭の採掘が始まりましたが、舟運での輸送には限界があったことから、大正に入ると釧路の港へと石炭を運ぶための鉄道が計画されました。

 そして1923(大正12)年には釧路~雄別炭山間の44.1kmが開業、当初は北海炭礦鉄道、後に雄別炭礦鉄道として営業を開始しました。

▲雄別鉄道の終点、雄別炭山駅に広がる選炭機やポケットと呼ばれる積込施設と石炭輸送用の貨車。

1969年頃 P所蔵:奥山道紀

 

 鉄道開通当初の主力はもちろん蒸気機関車。ドイツや米国などからの輸入機に始まり、戦後は主に国産機の増備が進みました。石炭や炭鉱作業員の輸送手段として活躍、出炭量の増加に合わせ輸送力も増強されて、全盛期を築きました。

▲戦後はC11やC56などの国鉄型機関車が主力となっていった。雄別炭山機関庫で休むSL。

1969年頃 P所蔵:奥山道紀

 

 1959(昭和34)年には雄別炭礦の鉄道部門が雄別鉄道として分離され、気動車やディーゼル機関車の積極的な導入で輸送の近代化が図られます。1964(昭和39)年度には雄別炭鉱の出炭量がピークを迎えますが、「石炭から石油」へのエネルギー政策の転換により、各地の石炭産業は窮地に立たされることになりました。

 雄別地域の主要な産業であった石炭採掘も、1969(昭和44)年に同じ雄別炭礦系列の茂尻炭鉱が爆発事故により閉山、雄別炭鉱も翌1970年に閉山となったことから、その輸送機関であった雄別鉄道も1970(昭和45)年4月を最後に廃止されました。炭鉱従事者とその家族を中心に10,000人以上の人々が暮らした雄別の街も、現在は無人地帯となっています。

▲雄別炭山駅を出発したC11牽引の準混(通勤)列車。

1969年頃撮影 P所蔵:奥山道紀

 

■RMライブラリー第303巻『雄別鉄道・尺別鉄道 道東を拓いた半世紀』が好評発売中です。北海道・釧路炭田の石炭輸送路線として活躍した雄別鉄道(釧路~雄別炭山間44.1km)およびその関連会社の尺別鉄道(尺別~尺別炭山間11.8km)について取り上げます。

 9月刊行の303巻では、石炭輸送の要として誕生した両鉄道の生い立ちや各駅について解説します。続編として10月下旬には、RMライブラリー第304巻『雄別鉄道・尺別鉄道 石炭輸送を支えた車両』と題し、両鉄道の車両解説を中心に刊行される予定です。

■著者:奥山 道紀(おくやま みちのり)

■B5判/48ページ

■定価:1,430円(本体1,300円+税)

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