text & photo:橋爪智之
▲フェーマルン海峡連絡船の中へとゆっくり停車したICE-TD。積載場所は自動車と同じで、線路は一本のみ。車両は特に固定されない。防災上に理由から、乗客はここで全員船内へ移動しなければならない。
日本では、すでに鉄道連絡船や車両航送という言葉が聞かれなくなって久しい。海峡などの線路を敷くことが困難な場所に、鉄道に接続させる形で船舶を運航するものが連絡船だが、その中でも車両航送は、大型フェリーに鉄道車両を直接船内へ積み込み、直通させるものだ。日本にもかつては関門航路、宇高航路、青函航路の3ヶ所で車両航送が行なわれていたが、いずれもトンネルおよび橋梁が完成したことで姿を消した。ただし、これら3つの連絡船はいずれも貨物輸送のみを扱っており、旅客は列車を降りて船内で過ごさなければならなかった。
こうした車両航送は海外でも広く行なわれているが、中でもヨーロッパでは貨物のみならず旅客列車を航送する連絡船が、島嶼部の多い北欧を中心に運航されている。近年は日本と同様、トンネルや橋梁が建設されたことでその多くは姿を消してしまったが、まだいくつか残っている。そこで今回は旅客・定期列車を航送する2ヵ所、ドイツ/デンマーク国境のフェーマルン海峡連絡船と、イタリア本土とシチリア島を結ぶメッシーナ海峡連絡船をご紹介しよう。
■フェーマルン海峡連絡船
かつてはいくつものフェリーを乗り継いで進まなければならなかったドイツとデンマークの間は、ユトランド半島から主要島のフュン島、シェラン島へ至るルートにはすでにトンネルと海峡大橋が建設され、併せて全線電化も完了している。ただし、ドイツの港湾都市ハンブルクとデンマークの首都コペンハーゲンを単純に結ぶ場合、それらのルートでは北側を大きく迂回し、所要時間が余計にかかってしまう。貨物列車はともかく、旅客列車においては他の交通機関との競争があるため、大きなハンデを背負うことに繋がる。
そのため、ハンブルクとデンマークを最短距離で結ぶルート上にあるフェーマルン海峡に、現在も連絡船が活躍しているのだ。なお、この海峡では海底トンネルの計画があり、現在工事が進行している。
連絡船は、ドイツのプットガルテンとデンマークのロビューの間を結んでいる。駅に到着し、乗客の乗降が完了すると、列車は歩くほどのスピードで、ゆっくりと前方へ進んでいく。列車の先には、大きく口を開けたフェリーが待ち構えている姿が見える。そのままのスピードを維持しながら、列車は船底の積載スペースに収まる。フェリーは、ちょうどICE-TD(電気式気動車)の4両編成がすっぽりと収まる大きさだ。この船底は列車だけではなく、トレーラーや自動車なども一緒に積み込まれる。線路は単線の1本のみ、複数の列車は積み込むことができない。
列車は停車するとエンジンを止め、車掌は車内にいる乗客に、外へ出るように促す。安全上の理由から、船の航行中は船底に留まることが禁止されているため、全員が列車から外へ出て、フェリー船内で過ごさなければならないのだ。
船内にはレストランや売店のほか、免税店や両替所などが軒を連ね、国際航路であることを感じさせる。レストランを覗いてみると、食事の通貨表記はユーロとデンマーク・クローネの2つあり、どちらの通貨でも支払うことができる。約1時間で対岸へ到着するので、思ったほど距離を感じさせない。
接岸後は前部のハッチが開き、線路が接続されると列車はすぐに動き出し、駅まで移動する。線路のすぐ隣には自動車用の走路があり、トレーラーや自家用車などと並走しながら、そろそろと列車が出てくるさまは興味深い。
■メッシーナ海峡連絡船
イタリア半島とシチリア島を隔てるメッシーナ海峡には、もう何十年も前から連絡橋を建設するという話が持ち上がっている。あくまで噂だが、イタリアは以前より、公共工事にマフィアの黒い影が見え隠れしており、トンネルや橋が建設途中で資金難になり、工事が頓挫することが多いと聞く。もし実現すれば中央径間3300m(全長5070m)、主塔の高さ373mという世界第一位の大きさで、鉄道複線と片側2車線(計4車線)の道路が設けられる予定だった。はたして、私たちが生きている間にこの海峡大橋が実現するのかどうか…。
ともあれ、この海峡大橋が建設されるまでの間、連絡船は必要不可欠となる。特にシチリア島内で生活している人々にとって、物資の輸送や人の流れなど、この連絡船が担う重責は計り知れず、いわば生命線のようなものだ。
連絡船は、半島側のヴィラ・サン・ジョヴァンニと、シチリア島側のメッシーナの間を結んでいる。この付近は、半島とシチリア島が最も接近している場所で5kmほどしかなく、対岸を見渡すことができる。半島側からシチリア島へ向かう場合、列車はまずヴィラ・サン・ジョヴァンニの駅に到着する。ここで牽引してきた電気機関車が切り離され、代わりに控車を連結した入換用のディーゼル機関車が連結される。桟橋部分に重量のある機関車が掛からないように控車を連結するのは、日本の海峡連絡船でも見られた手法で、イタリアでは客車と貨車が1両ずつ連結されている。
ホームでの乗降が済むと、そのまま列車は先へ進み、駅構内の操車場でいったんストップする。ポイントが切り替えられると、ここから列車は逆方向へ押し戻され、船首部の口を大きく開けたフェリーの方向へ進路をとる。船内は4線を有しており、ポイントを切り替えながら各線に車両を積み込んでいく。特急列車インターシティの場合、だいたい8両編成程度の場合が多いが、船内は4両分ほどの有効長しかないため、真ん中付近で分割し、2線に分ける形で積み込む場合が多いようだ。
積込作業が完了すると前部ハッチが閉じ、すぐに出発となる。ここの海峡フェリーはいくつかの種類が存在し、片側にしかハッチがないタイプや、ドイツ〜デンマーク間の船と同様の両側にハッチがあるタイプ、また自動車を積み込むスペースがあるタイプと、鉄道車両専用のタイプなどがある。
距離が距離だけに実際の航行時間は30〜40分程度だが、積み込みを含む入れ換え作業にかなり時間を掛けており、両駅間の所要時間は1時間以上を費やす。ドイツ〜デンマーク間航路と異なり、ここは航行中も列車内に留まることができるが、イタリアの客車はトイレが垂れ流し式のため、トイレを使用する場合は船のトイレを使用しなければならない。客車内で過ごす人のため、客車が船に固定された後は、船から引かれたサービス電源が接続され、エアコンなどもきちんと作動する。
対岸のシチリア島に到着すると、前部ハッチが開いて、積み込み時と同様に控車を連結した入替機関車が客車を引っ張り出す。今度は操車場へは入らず、そのままメッシーナ駅まで牽引され、ここでシチリア島内を牽引する電気機関車へバトンタッチする。多くの列車は、ここでパレルモ方面とカターニャ方面に分割され、それぞれの方向へ出発していく。
当分なくなることはないであろう2つの連絡船だが、それでもトンネルや橋梁の計画は存在するので、いつなくなってもおかしくない状況ではある。この珍しい航送風景、もし見ておくなら今のうちだと思っておいた方が良いだろう。
(『RM MODELS』2018年7月号 Vol.275 連載「世界鉄道」より加筆修正)