1954(昭和29)年、東横線に高抗張力鋼による軽量車体、カルダン駆動の採用、正面2枚窓の湘南スタイルで登場した新性能電車で、合計105輌が製造された。1970年代に入ると6000系や7000系のステンレスカーが導入されると、田園都市線、大井町線、目蒲線へと転属して行った。1977年になると長野電鉄への譲渡を始めとして他鉄道へ譲渡が進んだ。その中でも1983年に上田交通に譲渡された5358・5371は旧型車と連結を前提とした工法簡略化改造で、他の先頭車改造車と異なり、切妻のまま運転台を取付た。乗務員用ドアはなく、代わりに小窓が設けられ、全面窓はJR103系同様上部を内側に傾斜させた3枚窓になった。上田交通では主に5250形と連結されていたが、1986年の架線昇圧のため、わずか3年で同じ形式の5000系に置き換えられ廃車された。(写真は上田交通譲渡前の最後の点検をする同車) ’83年 東急長津田車庫 P:田中健吉