イスタンブルは、聞きしに勝る大都会だった。ボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側の市街地が東西に向かい合っている。ヨーロッパ側市街地はさらに、金角湾で北側の新市街と南側の旧市街に分けられる。
レイル・ファンから見るとイスタンブルの面白さは、その都市鉄道網の豊富さにあると言えるだろう。路面電車には連節車体の新型車が活躍する路線から、骨董品の2軸車が走る路線まである。海峡を潜り両岸を結ぶ地下鉄道や、高低差のある都市を結ぶ地下ケーブルカーなど、興味の対象は尽きない。
イスタンブルで最も有名な建築の一つがアヤソフィアである。キリスト教の聖堂として6世紀に建てられ、後にイスラム教のモスクとして改造された。現在はイスタンブルの歴史を伝える博物館として、広く開放され ている。東ローマ帝国時代の竣工から約1500年、歴史ある建築の傍を走るのは、トラムの1号線である。お昼過ぎに、ちょうどトラムとアヤソフィアの双方を順光で1枚の写真に収めることができた。
トラム1号線(T1号線)はヨーロッパ側の新旧市街地を結ぶ全長18.5kmの路線で、新型の連節車両が活躍していた。 垢抜けた車両が頻繁に行き交うトラム1号線の軌道沿いに歩くと、国鉄シルケジ駅の駅前へと出る。ヨーロッパ側市街地のターミナル駅であり、ありし日の「オリエント急行」の終着駅でもある。イスタンブルと鉄道の関係を語る上で外せないのが、この「オリエント急行」の存在である。かつてイスタンブルは、西ヨーロッパの国々から走ってきた「オリエント急行」の東の終着駅であったのだ。『オリエント急行殺人事件』で有名なアガサ・クリスティ氏もまた、ここイスタンブルに長く逗留していたという。街には、アガサ・クリスティ氏が宿泊したホテルも当時のまま残されている。
櫻井 寛さんの提案で、この日の昼食はシルケジ駅に併設されている「レストラン オリエントエクスプレス」で頂くことになった。二種類の石材で縞状に仕上げられたアーチと、幾何学模様のステンドグラスに迎えられてレストランに入る。高い天井、穏やかな明るさ。壁には、かつての「オリエント急行」のポスターや、映画『オリエント急行殺人事件』名シーンの写真などが掲げられていた。実際にこのレストランを訪れたというアガサ・クリスティ氏の肖像も。
今となっては、イスタンブル行きの「オリエント急行」が走るのは年に一度だけとなってしまった。シルケジ駅では通勤電車は地下から発着し、地上のホームは閑散としている。それでも、物語や映画を愛する人にとって、ここシルケジ駅は常に輝かしいヨーロッパの旅の始発地点であり続けるのであろう。
※本取材旅行は2020年3月上旬に行ないました。2020年5月1日現在、トルコ共和国に対しては新型コロナウイルス感染症の影響により、渡航中止勧告が出ています。(レイル・マガジン編集部)