1937年川崎車両兵庫工場製。広島局管内で使用された後、1940年より大分機関区に転属、日豊本線中心に使用され、1955年ごろ切取除煙板に換装。1960年に若松区に転属、筑豊本線で活躍した。1971年3月に全検を受けており、若松区のC55全廃後も吉松区に転属して生き延び、吉都線、肥薩線、日豊本線で活躍。1974年4月に鹿児島区の配置となり、1975年3月24日、C57 175と重連で西鹿児島〜宮崎間のさよなら列車を牽引した。 1972.8.2 日豊本線 宮崎−南宮崎 P:山下修司