井笠鉄道ホハ1 (私鉄・客車)

岡山と広島の県境に路線網を築いた軽便・井笠鉄道が開業時に用意した50人乗り木造ボギー客車。1913(大正2)年日本車輌製で、6輌の同形車が揃えられた。オープンデッキ、ダブルルーフ、そしてアーチバー台車と典型的な軽便客車で、1971(昭和46)年の廃止時まで現役を貫いた。現在でも笠岡市の井笠鉄道記念館に静態保存されている。'70.4.26 笠岡 P:笹本健次
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大夕張鉄道ナハフ1 (私鉄・客車)

1937(昭和12)年9月に日本車輌で製造された半鋼製ボギー客車。1956(昭和31)年に鋼製化され、1967(昭和42)年に車掌室が設置されてナハフとなった。1987(昭和62)年の鉄道営業廃止後は、旧南大夕張駅構内で保存されている。’84.7.29 南大夕張 P:滝澤信久
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鹿児島交通ホユニ67 (私鉄・客車)

非常に複雑な経歴を持つ車輌で、本来は鹿本鉄道(のちの山鹿温泉鉄道)が山鹿延長に際して用意したホロハ2が出自とされる。同車は1936(昭和11)年に南薩鉄道(のちの鹿児島交通)に譲渡され、南冊ではホハユテフ67となり、次いで1955(昭和30)年には客室を撤去してホユニ67に改番された。ところがその後事故大破。どういうわけか、車体長がほぼ同じ自社生え抜きのホハニ62(昭和4年日車製)をホユニ67としてすりかえてしまった。つまり、この写真のホユニ67は実はホハニ62の晩年の姿ということになる。'69.4.3 伊集院 P:笹本健次
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大夕張鉄道オハ1 (私鉄・客車)

1906(明治39)年、鉄道作業局新橋工場製の客車の台枠に、1951(昭和26)年に道内メーカー製作の車体を載せたもの。トラス棒やTR10台車が古さを醸し出しており、炭鉱鉄道に生きた来歴不詳の客車というキャラクターが車体の隅々から醸し出されている。'84.7.29 南大夕張 P:滝澤信久
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加悦鉄道 ハ10 (私鉄・客車)

1926(大正15)年梅鉢鉄工所製の木造ボギー車で、全長13m弱と加悦鉄道在籍車輌の中では異例に大きい。座席定員は32名。ダブルルーフと不釣合いな台車が特徴で、朝夕の通勤・通学列車を中心に活躍していた。現在でも加悦SL広場で保存展示されている。’70.4.23 加悦 P:笹本健次
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