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2009年10月
2009年10月30日
古豪の貌 (磐越東線)

東京オリンピックの年の春休み、弟を引き連れてC62を見に平に出かけたC62の巨体を間近に見て圧倒されたり、めずらしかったD60を撮影できたりして、鉄道趣味への興味・関心を深めた一日であった。 '64.4.5 平 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 13:27 | コメント (0)
EF15とシナ座 (吾妻線)

吾妻線の団臨は、回送を含め1往復運転されます。客扱いの下りを撮った場所から後ろを振返るとカーブと冬枯れの山が感じよくここで回送されてくるEF15 114牽引シナ座を待ち構えました。 '83.3.26 長野原-川原湯 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 12:17 | コメント (0)
峠路の朝 (日豊本線)

良い場所が見つからないまま時間が来てしまった。しかもC57 89にワフ1輌。がっかりしてシャッターを切ったが、現像してみると墨絵のような味のある絵になっていた。 '73.8.8 北永野田~大隅大河原 P:古澤成博
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 11:41 | コメント (0)
暑い日 (志布志線)

機関区裏の生活道路を通ると南九州の灼熱の陽射しを避けるように庫内でC11の煙室扉を開けて煙管掃除が行われていた。その作業はさぞかし大変なものだっただろう。 '74.8 志布志機関区 P:高橋 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 11:40 | コメント (0)
高千穂橋梁 (高千穂線(日之影線))

105mの東洋一高い高千穂橋梁を下から見上げたいと カメラバックを背中に背負い必死に川底へ降りました。 '78.3 天岩戸 P:本荘裕二
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 11:02 | コメント (0)
昼の夜 (田川線)

崎山方向からやってきた9600は空荷にも関わらず真っ黒な煙を吹き上げて現れ、その周りは昼と夜が逆転しているかのようでした。 '71.1 油須原 P:永井修二
投稿者 Yamashita : 2009年10月30日 10:26 | コメント (0)
2009年10月29日
思川の朝 (両毛線)

大学では「鉄研」に入ろうと、受験前から決めていた。大学ではもちろん「鉄ちゃん」としての生活が中心であった。たとえば、両毛線の沿線には何度となく足を運び「撮り鉄」を続けた。中でも、ここ思川は特に気に入った場所であった。その甲斐あって、太陽が「ギラリ」と客車を照らしたすがすがしい朝のC58の列車をものにすることができた。 '66.12.30 思川─小山 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 13:00 | コメント (0)
臨時準急「たかね」 (御殿場線)

夏季臨として品川、御殿場間の臨時準急が運転された。御殿場線内では久々の一等車付きの編成。水遊びの子供たちもいる鮎沢川沿いの夏風情。後方は箱根5号トンネル。機:D52 '64.7.12 谷峨─駿河小山 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 12:57 | コメント (0)
四国の玄関 (予讃本線)

この時代の四国の玄関高松駅は気動車の宝庫で、広々とした駅構内は常に気動車のアイドリング音と排気の匂いに満ちていた。特急「しおかぜ」の先頭に立つのはキハ181-1だった。 '81.7 高松 P:鈴木博之
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 12:51 | コメント (0)
名優の横顔 (東北本線)

大歓声と拍手の中、走り去るロクイチ。 '84.9.25 東大宮-蓮田 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 10:29 | コメント (0)
分岐点にて (奈良線)
関西本線のD51の発車を待っていたら、思いがけなく奈良線のC58が出発して行った。関西本線、奈良線、片町線が合流する木津駅は楽しい時間を過ごさせてくれた。 '73.1.24 P:吉村忠修
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 09:36 | コメント (0)
C57とD51 (室蘭本線)

夕張鉄道の96の補機の「音鉄」の前後2泊した追分での撮影。C57とD51が並んだ2ショット。2輌の機関車が競走しているようだ。広々した駅構内が北海道らしい。 '73.8.26 追分 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月29日 09:27 | コメント (0)
2009年10月28日
越後平野 (磐越西線)

山間部の阿賀野川沿いを走り抜けてきたC51牽引新潟行き列車が明るい越後平野に出てきた。晩年のC51 149は煙突などが改造されてしまったが、繊細なスポーク動輪は健在だった。 '61.12.28 五泉-猿和田 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:48 | コメント (0)
思川のカーブ (両毛線)

日光連山を背景に写真が撮れる思川のカーブ。電化前の両毛線では、DCのほか、朝晩C58の牽く旅客列車が数本あった。 '67.2.19 思川-小山 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:48 | コメント (0)
「はやぶさ」到着 (鹿児島本線)

小倉駅にすべり込む、西鹿児島行「はやぶさ」と、それを待つ乗客です。東京から来た寝台特急は、九州に入ると「ヒルネ」扱いとなり、島内を結ぶローカル特急として利用されていました。 '81.5.3 小倉 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:47 | コメント (0)
吹雪の朝 (宗谷本線)

強い風に雪は真横から飛んできて顔に当たり痛く、経験したことのない寒さでした。 '71.1.29 南稚内 P:鴨下精一
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:45 | コメント (0)
ふとんたたき

当時付き合っていた彼女と銚子へドライブ。君ケ浜から犬吠埼を眺めていたらタイフォンが聞こえた。銚子電鉄の小さなデハを見て「ふとんたたきみたいだね」と言っていた。彼女が見たビューゲルの印象に苦笑した。 '77.6 銚子電気鉄道 犬吠 P:都築雅人
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:43 | コメント (0)
EF57 3牽引「あけぼの51号」 (東北本線)

上野駅で色々な電車 機関車を撮影していたらEF57 3がホームに客車を牽引して入線して来ました。当時としてもEF57は貴重な存在だったので、特急ともなれば希少価値ひとしお。夢中で撮影した想い出の一枚です。 '76.12.26 上野 P:伊藤正巳
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:41 | コメント (0)
春の淡雪 (室蘭本線)

旅の途中で立ち寄った志文駅。C57 104牽引の普通列車が、春の淡雪の中を出発して行った。 '74.3.23 志文 P:齋藤孝行
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:40 | コメント (0)
山北機関区の名残 (御殿場線)

広々とした構内に残る山北機関区時代の転車台。線路に沿う立派な通信線と共に往時が偲ばれた。御殿場発国府津行き628D。 '64.11.8 山北 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月28日 12:38 | コメント (0)
2009年10月27日
夕日に向かって (室蘭本線)

暮れにもかかわらず白老付近には積雪がなかったことと真横に近い夕日でその長い影には驚きであった。通過列車退避が済み、その夕日に向かって発車するデゴマル。 296列車 機:D50343 '66.12.26 白老 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月27日 15:19 | コメント (0)
田端機関区 (東北本線)
自宅から一番近くにある田端機関区は学生時代からよく通った。道路側が開放的で頻繁に出入りする田端操車場の9600や常磐線貨物のD51が気軽に見られた。 '59.4.19 田端機関区 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月27日 15:17 | コメント (0)
EF53快走 (高崎線)
上尾付近は沿線に次々と団地が建設され、すっかり様変わりしてしまったが、昭和40年頃までは雑木林が見られる好撮影地だった。高崎でEF53に付け替えられた長野からの上り普通列車がやって来た。 '62.3.4 上尾-桶川 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月27日 15:14 | コメント (0)
51と54 (播但線)
私にとって、姫路駅は鉄道写真の訓練の場であった。特にDD54がいた頃の播但線ホームは通勤通学一段落すると631レと1691レのカマ並びが見れた。運転台の位置が違うためか51と54は頭を揃えるこは少なかった。 '78.2.11 姫路 P:野々村康久
投稿者 Yamashita : 2009年10月27日 15:12 | コメント (0)
轟音とともに (山陽本線)

放課後のポカポカ陽気に誘われて、自転車で市川の鉄橋に向かった。遠くに鉄橋を渡る音が聞こえ、しばらくするとマンモスEH10の貨物列車が轟音とともに通過して行った。 '75.12 御着-姫路 P:寺沢秀樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月27日 15:09 | コメント (0)
2009年10月26日
夜の帳 (東海道本線)

夜の帳の中に佇むカマたち。扇形庫の中の光が印象的。 '67.6.30 国府津機関区 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月26日 21:00 | コメント (0)
深夜の函館 (函館本線)

23時台に発車する3本の列車が、函館駅のホームに並んだ。左から荷43レ札幌行き、1217レ札幌行き、421レ釧路行きだった。1217レのC62 3号機は、長万部から1218レを牽き、函館に折り返す運用だ。ホームの柱の下には、「カニ族」のリュックがさりげなく置いてあった。 函館 '69.3.7 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月26日 20:11 | コメント (0)
日豊の「清涼剤」 (日豊本線)

昼間の焼け付くような南九州の日差しに体力を消耗させていました。夕方のここ青井岳の鉄橋は、駅のそばで絵になるポイントとして疲れていた私には良い撮影場所でした。四次型標準デフのC57 192号機でしたが磨かれた美しい車体は一服の清涼剤のようでした。 '73.8 青井岳-田野 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月26日 18:20 | コメント (0)
ロクイチ快走! (東海道本線)

この日、東海道本線では小田急LSEによる高速試験が行われ、荷38レEF58 61、営団甲種EF58 60と東海道はお祭りでした。LSEは捨てて光線も良く木製ポールの残るこの区間で撮ると決めていましたが…レンズ選択を悩みに悩み雑誌に掲載されていたアングルに心惹かれ真似て撮ったのが懐かしい思い出です。 '82.12.12 掛川-菊川 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月26日 18:16 | コメント (0)
2009年10月23日
ラッセル出動 (飯山線)

気が付いたらすぐ側まで上りラッセル車が近づいていた。臨時スキー列車のC12回送をつないだC56+C12重連だったのにあわててカメラを構えたため、少し的を外してしまった。 '72.1.3 北飯山-信濃平 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:22 | コメント (0)
夏の日に (姫新線)

高校時代、クラブ活動の合宿地・佐用からの帰途、キハ20の先頭から、バックで下り列車の先頭に立つC11をパチリ。交換待ちのほんのひと時、キャブ内の暑さから逃れて、乗務員さんが車外で涼を取っていました。 '67.8.5 三日月 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:21 | コメント (0)
EF57重連 (東北本線)

何度も通った東北本線でEF57重連には一度もお目にかかれなかった。半逆光に浮かび上がった旧型電機の繊細な陰影には蒸機にも匹敵するメカニカルな美を感じた。 '64.11.22 上野 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:20 | コメント (0)
最北の私鉄 (日曹炭礦天塩鉱業所)

9615号機を撮りたくて豊富に降り立った。下沼よりに日曹のホームがあり、残念ながら9643号機が入れ換え作業を行っていた。客車は鋲打ちのオハ31197で時代物を連結、他に空のワム8輌を連結して9時10分に出発して行った。 '69.5.5 豊富 P:小西 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:19 | コメント (0)
EF58牽引「はやぶさ」 (東海道本線)

東京駅に到着した「はやぶさ」の牽引機、EF58をホームの端で撮影。半世紀も前のこと、掛員にことわって、どうにかカメラにおさめることができた貴重な一こま。 '62.8.17 東京 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:18 | コメント (0)
「とき」変則編成 (高崎線)

東海道線151系「第一富士」の衝突事故の影響で、161系「とき」編成の一部が貸し出され、代わりに157系3輌が新潟方に組み込まれた。撮影地は高崎第二機関区沿いであるので、左にはEF56や暖房車マヌが写っている。なお、この変則編成を捉えた写真は、新潟地震でダイヤが乱れたことも加わって、希少価値があると思われる。 '64.6 倉賀野-高崎 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:17 | コメント (0)
初秋の若狭路 (小浜線)

小浜線から蒸気機関車の煙が消えてちょうど10年目。福井置県100年記念号の華やかなイベント列車の傍らでは お百姓さんたちが一生懸命イネを干す姿があった。 '81.8.26 P:高橋 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:16 | コメント (0)
C57 7疾走! (東海道本線)

思い出の鉄道100年記念列車。汽笛を鳴らし続けて猛然と疾走してきた。この日の復路は大変な人出で、空前絶後の混乱となってしまった。 '72.10.14 品川-川崎 P:古澤成博
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:14 | コメント (0)
京町の朝 (吉都線)

前日に早朝の列車を捉えるべく京町温泉に宿泊しました。温泉はお湯半分にあとは泥と言う感じで当時高校一年だった自分には不思議な感じでした。写真の混合列車より温泉の方が印象に残っています。 '73.8 京町-加久藤 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 14:13 | コメント (0)
憧れの「こだま型」 (信越本線)

幼少の頃、絵本にこだま型電車が載っていて、何度も見返した。いつか乗りたい、これが新潟へ行くきっかけとなった。新潟駅で降りると、181系「とき」が温かく迎えてくれた。 '77.4 新潟 P:佐々木裕治
投稿者 Yamashita : 2009年10月23日 12:26 | コメント (0)
2009年10月22日
到着 (山陰本線)
京都駅の山陰本線ホームに列車が到着した。どっと吐き出されて来た乗客の表情に暮れも押し詰まった時期の慌ただしさが伺える。 '63.12.30 京都 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:56 | コメント (0)
鳥居峠旧線 (中央本線)

一歩ずつ、踏みしめるようにやって来た松本発名古屋行き826列車。9時少し前、天気はよいが大きな日陰。時間を変えて再訪しようと思いつつこれが最初で最後であった。 '68.4.20 奈良井─藪原 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:53 | コメント (0)
冬の加太越え (関西本線)
正月気分がまだ残る関西本線。荷41レはいつも通り加太越えに挑んできた。 '71.1.4 加太─中在家(信) P:吉村忠修
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:51 | コメント (0)
仕事帰り (筑豊本線)

仕事を終えて帰路につく保線区の職員たちの挨拶をC55が気笛で応えながら通過して行った。 '70.10.10 筑前垣生─筑前植木 P:松崎昌一
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:50 | コメント (0)
重連発車! (室蘭本線)

初めての北海道撮影行。広い大地と広い空に感激。呼吸を合わせた二重のブラスト音と共に重量貨物が発車する。広々とした構内で太い排気が空に上がる。機:D51 872+D52 56 '66.12.26 伊達紋別 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:47 | コメント (0)
クモハ41019 (宇部線)
木製の内張、吊掛けモーターの音、一斉に揺れる長手のつり革…祝日の昼下がりの車内は、乗客も少なく、やわらかな冬の陽が差し込んでいました。 '79.11.23 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:46 | コメント (0)
23便 八甲田丸 (青函連絡船)
幾度となく青函連絡に乗船し、蒸気の走る北の地を目指した青春時代。連絡船と蒸気機関車は一体であり、独特の雰囲気を感じたのは私だけだろうか?寒風吹く冬の夜、出航を知らせるドラの音 蛍の光 船内放送をデッキの物陰に身を寄せて、録音したことを思いだした。 '69.12.30 青森港 P:小西 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月22日 14:39 | コメント (0)
2009年10月20日
前補機D51 (函館本線)

銀山で104レを撮影した際、「今日の補機はD51だ」とわかったが、やっぱり来てしまった倶知安。まずはバルブでD51とわかるように撮ったのがこの写真。その後、発車のカットも撮ったが、C62重連に劣らないスタートダッシュであった。 '70.2.11 倶知安 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月20日 20:52 | コメント (0)
幡生機関区 (山陽本線)
捕鯨などの遠洋漁業の基地、下関市の中心に位置し、山陰本線が山陽本線と交わる幡生駅。その周辺は、国鉄工場と操車場が広がる「国鉄の街」でした。操車場の南端に架かる金比羅橋からは、蒸機から新鋭機EF66まで、様々な機関車を眺めることができました。 '77.10.1 幡生機関区 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月20日 20:48 | コメント (0)
峠に向けて (播但線)
一瞬小止みになった雪景色の中、C57の貨物列車が印象的な煙を見せながら通過しました。 長谷─生野 '71.3.8 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月20日 20:45 | コメント (0)
機関士からの贈り物 (後藤寺線)

駅はずれで三脚を立てて発車を待っていると機関士が手招きをしてくれて近づいて見ると「お前が発車の汽笛を鳴らして三脚まで戻ったら発車してやる」と言われた時の写真です。国鉄時代ならではの出来事でした。 '74.8 金田 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月20日 20:43 | コメント (0)
2009年10月19日
倉吉線の朝 (倉吉線)
いつものように倉吉線の朝の通勤列車が終着駅に到着しました。行き止まりのホームではいつものように機回しが…当時はありふれた光景でした。 '73.3.9 倉吉 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月19日 21:14 | コメント (0)
上州路をゆく一号編成 (上越線)

お召列車牽引が終わり一号編成を回送するEF58 61は、上越線らしさと編成がきれいに収まるこの場所で見送りました。 '83.101.14 津久田-敷島 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月19日 18:50 | コメント (0)
富士行き普通列車 (東海道本線)
東海道新幹線の試運転を撮るため、二宮で下車。東京から乗ってきたEF58牽引富士行き普通列車の去りゆく姿を収めていたら、何と後部9輌がダブルルーフのオハ31系だった。 '62.11.25 二宮 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月19日 17:56 | コメント (0)
2009年10月16日
憧れのC62 2 (函館本線)

午前中は然別で104レの撮影。C62 2の牽引でなくラッキーと思った。午後から小樽築港機関区へ行くと、C62 2は庫で休んでいた。事務室でサインをしていると、我々の撮影のために出庫のサービスをして下さった。機関区の方々の好意を感じた良き時代のひとコマであった。 '69.12.31 小樽築港機関区 P:小西 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月16日 22:04 | コメント (0)
2009年10月15日
下板橋給水所
東武東上線に大宮の9600が乗り入れた時があった。高麗川から川越線経由で下板橋までセメントを運び、下板橋給水所で一休み。さすがターンテーブルには載れず、バックで戻って行った。 '57.1.7 東武東上線下板橋給水所 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 14:41 | コメント (0)
103レ通過! (函館本線)

機関助士の冬の寒さからの軽減をねらったはずの「タブレット・キャッチャー」。安全運行のためとはいえ、極寒の銀山の山の中で、これほどまでも身を乗り出して、タブレットの授受操作していた助士の姿に感動した。 '70.2.7 銀山 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:56 | コメント (0)
十三本木峠の四条の煙 (東北本線)

速度確保のためか後押し付きの三重連がやって来た。貨車からのリズミカルな通過音の最後に再度聞くドラフト音。輸送の担い手として、蒸機の活躍がここにあった。367列車、D51×3+D51。 '65.3.28 奥中山─西岳(信) P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:50 | コメント (0)
暁を駆ける (常磐線)

当時の撮影メモを判読すると…。常磐線の平以遠の電化を控え、「29日上野発14時29分ときわ5号で平に。夜から深夜にかけて平機関区を訪問。30日午前3時57分平発の青森行きの各停で末続へ移動。末続着は4時26分。広野方面の撮影地へ移動。206レ第3十和田を撮影」とあった。 '67.9.30 末続-広野 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:50 | コメント (0)
C11の成田臨 (相模線)

旅客列車は当時、すべて気動車。久々に相模線の蒸機旅客列車が成田山初詣用の団体臨時列車で実現した。相武台下発のこの列車は相模線内、C11牽引であった。9924列車、機:C11 326 '66.1.16 門沢橋─倉見 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:45 | コメント (0)
大野の大築堤 (肥薩線)

肥薩線といえば大畑のループがあまりに有名だが、大野の大築堤はそれに劣らぬ雄大な風景を期待できた。午後のハイライト4589レの二条の煙がループから徐々に近づき大築堤に全容を現す。極度の緊張で撮影後は脱力感に襲われたほどだった。 '70.5.1 大畑─矢岳 P:鈴木博之
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:37 | コメント (0)
牛とC11 (石巻線)

平坦な景色の中で見つけた牛のアクセント。こちらを気にする牛に気遣いながら列車を待たせてもらった。7867列車、機:C11 350 '73.5.12 前谷地 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:36 | コメント (0)
梅とキュウロク (田川線)
天賞堂の模型となった「79668」の現役時代の写真。デフの「波と千鳥」は残念ながら確認できないが、キュウロクの割には小型のデフ、この不釣り合いな姿が好きである。田川線の名撮影地で変化を求めて梅の花を写し込んでみた。 '74.3.10 崎山─油須原 P:衛藤哲也
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:35 | コメント (0)
雪晴れの矢立峠 (奥羽本線)
C60やC61が活躍した奥羽本線の矢立峠越えは新線に切り替わってすっかり魅力を失ってしまった。蒸機に交じって峠を越えてきた上り旅客DF50をこの撮影行で唯一カラーで狙ってみた。 '66.1.16 陣場-津軽湯の沢 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:34 | コメント (0)
峠に挑む (山陰本線)
あまりに豪快な煙に圧倒され、通過後もしばらく呆然としていたのを覚えています。 '73.12.23 滝部─特牛 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月15日 13:32 | コメント (0)
2009年10月14日
花巻にて (釜石線)
花巻のホームに立っていると釜石線のD50貨物が到着した。背景には花巻温泉郷への足となっていたポール電車の花巻電鉄がまだ健在だった。 '64.2.17 花巻 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:29 | コメント (0)
DD12の汽笛 (相模線)

当時、相模線の蒸機はC11。だが、やってきたのはこのDD。無骨なスタイルに似合わず電車のようなやさしい警笛音が耳に残る。貨物列車牽引機として本線上を走る姿。機:DD12 4 '64.2.29 北茅ヶ崎─茅ヶ崎 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:28 | コメント (0)
手動式 (幌内線)

国鉄時代終着駅には必ずと言っていいほどターンテーブルがあり、手動式のものは、作業員が力を合わせて機関車の転向作業を行っていた。タブレットを持っているのは機関士? '74.5.3 幌内 P:佐々木裕治
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:26 | コメント (0)
加治川堤の春 (羽越本線)
日本一を誇った加治川堤の桜並木は羽越水害で壊滅状態となってしまった。その前年の春、陽気に誘われて家族連れの賑わう川岸で、羽越本線のC57牽引上り旅客を撮っている。 '65.4.25 新発田-加治 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:25 | コメント (0)
静寂 (宗谷本線)

夜の静寂の中、漏れる蒸気と時折響くコンプレッサーの音、構内の照明に浮かび上がる機関車、音威子府駅。夜行列車を待つ間の偶然出会った光景。しばし寒さも忘れて見入ってしまった。 '74.4.2 音威子府 P:田中一弘
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:24 | コメント (0)
トンネル越しに (常磐線)

常磐線の平以北の電化に備えて、断面の小さなトンネルは用途廃止にし、新たに複線用トンネルが新設された。しかし、この時点では単線部分のみ線路が敷かれ、もう一線分は更地状態であった。トンネルに突っ込む「ハドソン」を、安全な位置から望遠で捉えた一こま。 '67.9.30 末続-広野 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:22 | コメント (0)
思い出の「柳生号」 (関西本線)

私の関西本線撮影行は、いつもこの「柳生号」から始まりました。乗るか、先行して撮るかの楽しい選択。今日は重連、もちろん先行です。毎度の人の多さも今となってはなつかしい風景です。 '71.11 天王寺 P:正垣 修
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:20 | コメント (0)
最古参の9615 (日曹炭礦天塩鉱業所)

豊富を出てから33/1000の急勾配がまちうけていて、機関士が降りて砂をまく光景を目にした。やっとのおもいで一抗到着。 9615は待機していた。 当時、現役で稼働している9600形では最古参であった。 19669はすでに解体されており、9643号機と2輌で運行していると聞かされた。 '69.5.5 日曹天塩鉱業所 一抗 P:小西 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 12:47 | コメント (0)
通勤列車 (山陰本線)
何度も通った保津峡付近、朝の通勤列車はこの1830レで一段落。曇り空のこの日は馬堀を発車して築堤に向かう登り勾配にさしかかるところを真横から狙ってみました。 '69.1.5 馬堀-保津峡 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 12:33 | コメント (0)
最後の初夏 (越美北線)
田植え風景の中を走る、実りの秋には汽車はもう走らない。 '73.5.5 一乗谷-越前東郷 P:渡辺基幸
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 11:22 | コメント (0)
2009年10月13日
D52進入 (御殿場線)

国府津発沼津行627列車 機:D52 403 駿河小山からの連続勾配を上りきり、足柄駅に今入る。夏季臨対応として機関車運用が増やされていた時。 '65.8.4 足柄 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 19:59 | コメント (0)
スタートダッシュ (山陰本線)
下り列車の遅れのあおりを受けて始発の園部を遅れて発車した上りの京都行き臨時列車が、猛烈なスタートダッシュでやってきました。 '67.11.19 園部 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 18:34 | コメント (0)
早春の十三本木峠 (東北本線)

まだ雪が残る奥中山の大カーブを通過するDD51重連の急行207レ「第3十和田」。DD51も精一杯の力を発揮していたので、D51三重連に劣らずカッコ良かった。青森には11時過ぎに到着する。 '67.3.28 奥中山-御堂 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 18:28 | コメント (0)
さようならゲタ電 (飯田線)

長い間活躍を続けてきた飯田線のゲタ電も、この日限りの運行。最後の思い出に、と大学の講義をサボりお名残乗車に。途中、大海駅で急行「伊那」との交換を撮ろうとしたらすでに大勢のカメラマン。やむなく後部に回り、どうにか撮影。 '83.6.30 大海 P:鵜飼功一
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 18:21 | コメント (0)
フルムーンお召北へ (東北本線)

3日間にわたるお召撮影のスタートは、EF58 61。日章旗をはためかして近づくロクイチと通過後の大歓声と拍手は、今でも忘れられません。 '84.9.25 東大宮-蓮田 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:30 | コメント (0)
みちのくの秋をゆく (東北本線)

秋らしい風景の中、旗をなびかせ走るED75 121。 '84.9.25 松川-金谷川 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:28 | コメント (0)
正装し出区を待つED75121 (東北本線)

停車位置が悪く正面に影が落ちていますが、ご好意により撮影させていただけたこと、とお召装備されたED75 121の輝きは忘れられません。 '84.9.26 福島機関区 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:27 | コメント (0)
お立ち台にて (東北本線)

お召撮影2日目。福島機関区で旗開きを見学して金谷川のお立ち台でお召列車を待ちます。通過時に曇ってしまったのが残念でした。 '84.9.26 金谷川-松川 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:26 | コメント (0)
日章旗をはためかせ (磐越西線)

ED75 121から郡山で機関車交換され磐越西線はED77の牽引となります。秋らしい風景の中、旗をはためかせ走るED77 12。 '84.9.26 安子ヶ島-磐梯熱海 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:25 | コメント (0)
ED77の晴れ姿 (磐越西線)

旗をなびかせて走るお召機ED77 12、磨かれた交流電気の美しさを再認識しました。 84.9.27 磐梯熱海-安子ヶ島 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月13日 14:24 | コメント (0)
2009年10月 9日
朝の三笠駅 (幌内線)
北海道の夏休みは短い。通学の高校生でにぎわう幌内線三笠駅の朝のひととき。かくいう私の2学期は? 始業日はいつだったのか?? 東京まではとても当日中に帰れなかったはずなのだが…。 '74.8.31 三笠 P:井芝七路
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 23:10 | コメント (1)
雄別炭礦鉄道 205号機 (雄別炭礦鉄道)

5月の柔らかな陽が、眠気を誘うような日であった。釧路から雄別鉄道に乗り、炭山駅まできた。 構内では、205号機がのんびりと入換え作業をおこなっていた。 この年は、北海道の炭坑で働く蒸気を追っかけていた。 もう40年も前のことである。 ’69.5.3 雄別炭山 P:小西 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 22:45 | コメント (0)
強風の日 (二俣線)

都田-宮口間では一つの峠を越える。都田からの上り勾配を補機の力を借りてやってきた貨676列車。強風は煙を築堤の下に巻き込んだ。機:C58288、後補機C58。 '69.3.23 都田-宮口 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 22:44 | コメント (0)
渚滑にて (名寄本線)

キュウロクが出発した後、ドロップピットからまだ湯気が立つアッシュを掬い出す作業を行う職員がいた。こうした目立たない作業を行う多くの人たちにより、列車の運行は支えられているのだと実感した瞬間だった。 '74.12.23 渚滑 P:田中一弘
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:37 | コメント (0)
吹雪の坂町 (羽越本線)
羽越本線下り列車で坂町駅下車、米坂線に乗り換えた日、荒っぽい横殴りの風雪に迎えられた。これから向かう厳冬の米坂線が思いやられた。 '64.2.14 坂町 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:36 | コメント (0)
渓谷のトンネル (山陰本線)
何度も挑戦した「トンネル飛び出し」でしたが、自分としてはやっとマシなショットが得られました。 '69.12.30 保津峡-馬堀 P:柿浦和敏
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:35 | コメント (0)
朝靄の空知川 (根室本線)

早朝、96、D51が牽く2本の貨物が続けてやって来る。空知川の鉄橋が見えそうな丘へとヤブこぎ。朝から大汗、苦労したかいがあった。 '75.7.24 赤平―東滝川 P:都築雅人
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:34 | コメント (0)
早春の吾妻路 (吾妻線)

午後の緩やかな光の中、団体客を乗せたシナ座を牽くEF15 114。 '83.3.26 川原湯-長野原 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:33 | コメント (0)
群馬国体のお召列車 (上越線)

EF58 61お召…旗がんばれ! の声も虚しく旗がきれいに開きませんでしたが、鉄橋を轟音とともに渡る姿と周りの大歓声は、今も忘れることはありません。 '83.10.14 津久田-岩本 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:32 | コメント (0)
オホーツクの道 (石北本線)
2週間かけて北海道を周った学生時代,釧網本線を訪ねた時は快晴に恵まれた。眠るように静かな流氷原を見下ろす丘で待っていると,DE10の貨物列車がやって来た。 '86.3.5 止別―斜里 P:松本 誠
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:31 | コメント (0)
朝の下関 (山陽本線)
下関駅3・4番線の朝は、下り夜行列車が次々に到着し、とても活気がありました。「なは」や「金星」以外は、機関車の付け替えの時間があったので、うどん屋さんは大忙し。写真は、14系座席急行「雲仙・西海」が到着したところです。 '80.9.28 下関 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 18:38 | コメント (0)
2009年10月 8日
夕暮れの湖畔 (函館本線)

時刻は17時半を過ぎ、1/100のシャッターでも光量不足だが諦めなくてよかった。本命のD52にうまく近づいてくれた上り貨物。共に「小沼」の水面に影を映しながら…。D52 202の2263レとコンテナ貨のD51の4096レ。 '72.5.5 大沼付近 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 16:17 | コメント (0)
はるかな汽笛 (中央本線)

夜行で着いた早朝の塩尻は雪景色。靴を濡らし冷たく寒かった日。塩尻から小野にかけての善知鳥(うとう)峠越えに急勾配が続く。静かな山あいに二条の煙が残る。本務、補機共D51。 '68.3.18 塩尻-東塩尻 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 15:21 | コメント (0)
真夏の境川橋梁 (日豊本線)

中学3年の夏休みに訪れた青井岳。すでにお立ち台は満席状態で、お兄さんたちの隙間から望遠レンズで撮影したが、美しいC57の姿に大満足だった。 '73.8.7 青井岳 P:古澤成博
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 15:14 | コメント (0)
荷1041レ仙台到着 (東北本線)

荷1041レ仙台到着
隅田川を出たのち我孫子から丹念に各駅(除:名取・南仙台)に停車しながら12時間半をかけて3時25分定刻に仙台に終着した。こんな時刻に撮影していたのは私だけでした。 '66.8.3 仙台 P:長谷川武利
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 15:10 | コメント (0)
「とき」誕生 (上越線)

上越線初の特急電車「とき」が誕生したのが6月10日。ヘッドマークの周囲に飾られた花が、初日の証拠。思えば、「わが撮り鉄人生」がスタートはこの日だった。 '62.6.10 高崎 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 14:49 | コメント (0)
80系特急「くろしお」 (紀勢本線)
旅行の時、新宮駅でDC特急「くろしお」の行き違いがあったので撮影した。キハ81 5「くろしお2号」とキハ82「くろしお5号」。 紀勢本線 新宮 P:大谷真弘
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 14:22 | コメント (0)
東京駅の「ひばり」 (常磐線)

東京駅に乗り入れていた頃の特急「ひばり号」です。 '73.8 東京 P:小河原 正
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 12:53 | コメント (0)
「はと胸」兄弟 (鹿児島本線)
ED72・73の、いわゆる「はと胸」兄弟は、大好きな交流機でした。特にED73 1000番代の、黄色ナンバーの精悍さは最高でした。 門司機関区 '78.5.5 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月 8日 12:26 | コメント (0)
2009年10月 7日
103レ「ニセコ3号」 (函館本線)

旅館やユースに一泊もしないで、すべて函館・小樽・札幌間の往復の車内泊で1週間あまりをここ函館本線で過ごした。その中の一日、蕨岱で下車し、バスで「知来」停留所に向かった。二股の大カーブがそこにあった。大パノラマの中、補機は2号機、本務は32号機のニセコ1号が白煙を残して走り去った。 '69.3.9 二股-蕨岱 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 21:05 | コメント (1)
下総松崎発車 (成田線)

発車直後に10‰、その後11.5‰の勾配が待ち受ける。下総松崎発車後はドラフト高く山岳線の様相。空を焦がして築堤を登る上野発成田行き825列車。機:C578。 '66.12.18 下総松崎-成田 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 21:02 | コメント (0)
本線の両雄 (山陽本線)
広島までの電化が完成し、山陽本線の蒸機もいよいよ最後の区間に追いつめられていた。下関まで下り「さくら」を牽引して来たC62がヘッドマークもそのままに、C59と肩を並べ合った。 '63.12.20 下関機関区 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 21:01 | コメント (0)
八王子で出会ったD51 498 (八高線)
鉄道100年の秋には全国各地で蒸機列車が走ったが、八高線でも坂町区から借入の498号機と酒田区の1002号機の二枚看板によって運転された。八王子区で出区前点検中の498号機、現役時代末期の同機は煙突が短め。 '72.10 八王子機関区 P:井芝七路
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 20:59 | コメント (0)
D51驀進 (室蘭本線)

あまり機関車のアップ写真は撮りませんでしたが栗丘では蒸機の本数も多く、いろいろな角度から撮影ができました。まさにD51驀進という一枚です。 '75.3 栗丘─栗山 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 20:58 | コメント (0)
火口原の煙 (高森線)
冬休みを利用して南九州の蒸機を狙いに、阿蘇の山裾を軽快にC12が駆け上がってきた。 '74.12.29 阿蘇下田-中松 P:渡辺基幸
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 20:57 | コメント (0)
風のない朝 (田川線)
早朝の田川線変則重連、無風状態で本務機の煙がきれいに後方へ流れていった。煙は列車通過後もしばらく現場に漂っていた。 '74.6.16 内田(信)-油須原 P:衛藤哲也
投稿者 Yamashita : 2009年10月 7日 10:15 | コメント (0)
2009年10月 6日
善知鳥(うとう)峠越え (中央本線)

小雪は止んだが思わぬ雪で靴はぬれたまま。急勾配を重装備のD51重連で善知鳥峠に向かう長野発新宿行き428列車。終着まで10時間掛かっていた頃。D51 129+D51。 '64.3.18 塩尻-東塩尻(信) P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 6日 15:18 | コメント (0)
「たるまえ」発車! (函館本線)

函館駅3番ホームを発車する1217レ札幌行き「たるまえ」を牽くC62 3号機。安全のため、ホームの端での後追い撮影であったが、映画の1シーンを見ているようだった。トライXの増感現像でやっと写った貴重なカット。 '69.3.7 函館 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月 6日 12:25 | コメント (0)
筑豊の活況 (伊田線)
直方は筑豊炭鉱の石炭集積地。網の目状に広がる各支線からは終日石炭列車が行き交い、折りしも伊田線をC11+9600の重連が惜しみない煙りを吐きながら発車して行った。 '63.12.25 直方 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 6日 11:16 | コメント (0)
黒い巨体 (東海道本線)

黒い巨体
30年も前、EH10を写しに吹田機関区に行きました。もう、晩年と言える時期でしたがずらりと並ぶ黒い巨体に圧倒されました。 '79.6.2 吹田機関区 P:閑野雅幸
投稿者 Yamashita : 2009年10月 6日 10:44 | コメント (0)
うぐいす色の記憶 (赤羽線)

山手線のカラーは? と、問われれば真っ先に思い浮かぶのがこの黄緑色。うぐいす色と通称されるこのカラーを纏った103系は首都圏と云うの都会の中で、自然が溢れる感覚を醸し出し、「山の手」をイメージさせるのにぴったりだった。冬枯れの夕暮れ時、新宿副都心を背に輝いて見えたうぐいす色の103系が消えて20余年が経った。 '87.1.15 高田馬場-目白 P:梶村昭仁
投稿者 Yamashita : 2009年10月 6日 09:42 | コメント (0)
2009年10月 5日
上州路のC58 (両毛線)

この年の10月に電化を控えた両毛線の駒形駅西方でC58の牽く貨物列車を撮影。C58はこの駅で停車なのか、「絶気」状態。腕木信号は斜め左下の青(進行)を示している。背景の山は上毛三山(さんざん)の榛名山。 ’68.2 駒形-前橋 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 11:38 | コメント (1)
特急「富士」西へ (日豊本線)

冬の太陽が傾く中、田野の大築堤を一路西鹿児島に向かう特急「富士」。20系寝台車が最後の輝きを放っていた頃で、この列車自体が消滅することなど想像さえできなかった。 '74.2.16 田野-青井岳 P:鈴木博之
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 11:35 | コメント (0)
最後のC62 (函館本線)

重連「二セコ」時代は訪れることのなかった銀山。訪れるファンも少ないのか、夏草ぼうぼうのお立ち台。それでも罐胴に夕日浴び、堂々と銀山の坂を登って来る3号機には、主役の風格があった。 '73.7.22 然別-銀山 P:齋藤孝行
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 11:34 | コメント (0)
錦秋の常紋越え (石北本線)

見事に紅葉した146キロポスト付近を行く4581レは、検査出場した直後でしょうか、綺麗なD51 150の牽引でした。 '74.10.12 生田原-常紋(信) P:齋藤隆行
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:58 | コメント (0)
キューロク咆哮 (川越線)

夜の構内、突如安全弁が噴き、発車直前の静寂を破る。煙と蒸気は夜空に舞う。テンダーの波打ちとリベットの影に郷愁が漂う。機:69636 '68.11.8 高麗川 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:55 | コメント (0)
夏の浜辺で (山陰本線)

夕陽に光るD51貨物を狙って待っていました。波の音に消されて近づく列車に気づかず慌ててシャッターを切った思い出があります。 '74.8 岡見-鎌手 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:51 | コメント (0)
炭砿(ヤマ)の9600 (三菱大夕張鉄道)
9600形NO.24が列車到着と同時に入換えを行いまた山へと登って行った。最初で最後の機会でした。 '75.3 清水沢 P:渡辺基幸
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:50 | コメント (0)
倉庫街を縫って (大阪臨港線)

'83年当時、大阪港の臨港線の終焉が近づいていました。線路沿いに歩いて写したように記憶しています。バックに写っている倉庫がまだ残っているようなので、もう一度行って定点観測をしてみたいものです。 '83.10.30 大阪港臨港線 P:閑野雅幸
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:48 | コメント (0)
思い出の一コマ (磐越西線)

日出谷は磐越西線の要衝でした。私の汽車のC57 69が給水しているのを見ていると、D51 563の牽く貨物列車がやってきました。父の古いカメラを譲り受けた私が初めて一人で出かけたときの一コマです。 '69.8 日出谷 P:橋本勝彦
投稿者 Yamashita : 2009年10月 5日 10:02 | コメント (0)
2009年10月 2日
最果ての秀峰 (宗谷本線)

利尻富士の全体と列車を絡めて撮影すべく、熊笹の丘を歩き見つけた場所です。ほんとうは昼頃の9600貨物を写す予定でしたがそのころには霞んでしまいました。 '75.3 抜海-南稚内 P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月 2日 14:46 | コメント (0)
広島機関区創立90周年記念号 (山陽本線)

教習車ナヤ11 3が連結された「広島機関区創立90周年記念号」を牽きセノハチを駆け上るEF59 1。 '85.2.10 瀬野-八本松 P:遠藤 享
投稿者 Yamashita : 2009年10月 2日 14:39 | コメント (0)
知床を望む丘から (釧網本線)
浜小清水で降り、止別方面へ約40分歩いた丘に登った。流氷はまだ遠かったが知床半島までも見える広大な風景の中をC58牽引の網走行きが軽快に駆け抜けて行った。 '74.1.16 浜小清水-止別 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 2日 14:39 | コメント (0)
夜の9600 (室蘭本線)

岩見沢方と苫小牧方で入換えをしていた2輌の9600も、作業が一段落したのだろうか、追分駅構内は静かだった。79602の乗務員も不在、動く気配がない。夜撮をするには最適だったが妙に寂しかった。 '76.2.29 追分 P:都築雅人
投稿者 Yamashita : 2009年10月 2日 14:37 | コメント (0)
早春の渓谷 (高山本線)
猪谷駅で下車し、線路にからみながら杉原駅へと歩く。富山・岐阜県境を越えた辺り、神通川支流の鉄橋をC58の煙りが流れて行った。 '64.3.15 猪谷-杉原 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 2日 12:30 | コメント (0)
2009年10月 1日
お召列車の朝 (伯備線)
島根県植樹祭で伯備線にD51 838牽引のお召列車が走った。米子機関区ではピカピカに磨かれた車体、鳳凰マークも誇らしく、出庫前の最後の準備が緊張した空気の中で進められていた。 '71.4.21 米子機関区 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 12:49 | コメント (0)
老兵の光と影 (川越線)

この頃すでに少なくなりつつあった蒸機。夜の姿を光と影で追った。川越線の大宮発高麗川止まり821レが到着。乗客も降り、まもなく引き上げに入る。機:79665 '68.11.8 高麗川 P:青木一郎
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 12:47 | コメント (0)
若き日の大荷物 (南武線)

JR貨物で今も原色現役のEF65 87号機、鶴見-八丁畷間の短絡線が完成してルート変更になった大井基地への新幹線新造車輸送を慎重に行っていた。 '76.8.22 川崎新町-浜川崎 P:長谷川武利
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 12:45 | コメント (0)
冬の龍ヶ森 (花輪線)

サミットの龍ヶ森を行き来する8620の編成には、前部だけのトリプルヘッディングの他、この写真のような前1輌+貨物+正向き補機2輌もあった。特に上り列車の場合は、逆向きの補機であった。 '69.1.18 龍ヶ森付近 P:高橋孝一
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 10:11 | コメント (0)
C57奮闘 (播但線)

速度が遅いので煙を真っ直ぐに上げながらC57 11が生野峠を登って来た。しかし谷間の風は気まぐれで此の直後右からの風で煙は横に流れてしまった。 '72.2.6 新井-生野 P:高橋 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 09:59 | コメント (0)
朝の網走 (石北本線)
網走YHに泊った朝、湧網線と石北本線貨物列車が並んで出発待ち。積雪が多く出発シーンは撮ることかなわず。 '73.3.14 網走 P:宮山幸雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 09:08 | コメント (0)
「青井岳荘」から (日豊本線)

青井岳駅の下に「国民宿舎青井岳荘」があり、宿舎の庭から撮影できました。またここは、蒸機撮影者にとって素晴らしい宿舎で、夜になると遠く田野方面から上って来るブラスト音と投炭するたびにオレンジ色に光るC57の機関室が幻想的に見えたことを、いまだに記憶しています。 '73年 青井岳-門石(信) P:吉葉富雄
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 09:07 | コメント (0)
「ひたち」キハ81時代 (常磐線)
東京駅にこんな顔がいたって何も驚くには当たらない。1973年までは東北・常磐・上信越各線の優等列車が乗り入れていたし、その昔は常磐線のC62やC57だって来ていたんだから。 '72.5 東京 P:井芝七路
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 09:01 | コメント (0)
関金の朝 (倉吉線)

終着山守まではC11が入ることがなく、後発の443Dが山守の一番列車444Dとなって折り返し、薄明かりの関金駅で待つC11の客レを追い越す。中国山脈はもうすっかり雪景色。 '73.11 関金 P:高橋 明
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 08:53 | コメント (0)
会津滝ノ原の風景 (会津線)

会津滝ノ原で入換え中のC11 236です。この駅が「会津高原尾瀬口」と名を変え、浅草から「電車」が乗り入れて来るようになるとは想像もできませんでした。 '71.8.14 会津滝ノ原 P:橋本勝彦
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 08:44 | コメント (0)
ゲタ電がゆく (宇部線)
宇部線・小野田線は、旧型国電の終焉の路線のひとつでした。工業の街でありながら、のどかな単線を走る茶色の電車は、都落ちしてもなお、「ゲタ電」として、通勤通学客を運んでました。 '81.2.8 P:小林慎治
投稿者 Yamashita : 2009年10月 1日 08:41 | コメント (0)


