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2009年6月

2009年6月26日

過ぎ去りし夏 (羽越本線

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親戚が新発田にあった関係で学生時代に何度か羽越方面に行った。C51がまだ健在でホームで待つ乗客にも時代を感じさせる活気があった。 '57.8.12 新発田 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月26日 14:24 | コメント (0)

母の故郷への鉄路 (高千穂線(日之影線)

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大学からの帰省中、門司港からの急行「日南」を早朝の延岡で降り、始発で日ノ影を目指す。母の故郷への鉄路も今はもうない。 ’85.2.17 吾味-日ノ影 P:岩切道郎

投稿者 Yamashita : 2009年6月26日 14:17 | コメント (0)

複々線を行く (筑豊本線

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筑豊本線の折尾~中間間は、鹿児島本線が折尾から合流して複々線を形作っていた。この区間を多くの列車が行きかっていていつもファンで賑わっていた。 '70.10.10 折尾─中間 P:松崎昌一

投稿者 Yamashita : 2009年6月26日 14:13 | コメント (0)

常紋発車 (石北本線

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常紋信号場を出発するD51。スイッチバックスするまでの怒涛の峠越えとは打って変わって、静かな発車シーンだった。 ’75.3.6 常紋信号場 P:服部敏明

投稿者 Yamashita : 2009年6月26日 14:10 | コメント (0)

2009年6月25日

滝沢旧線 (東北本線

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岩手山を背景に鉄道風景写真を撮りたくて滝沢駅に降り、この築堤をめざしました。DCはつかり、D51三重連、DD51の重連、C60やC61の重連、86、そして写真のC61の各停など多彩な顔ぶれを撮ることができました。しかし、この風景も線路の付け替えと電化で永遠のものとなりました。岩手の空を大きく撮った一枚です。 '67.7.16 滝沢─厨川 P:高橋孝一

投稿者 Yamashita : 2009年6月25日 16:17 | コメント (0)

「はつかり」牽引機 (東北本線

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田端・尾久地区を撮影中、電機の陰で出動待ちの「はつかり」牽引用C62を、構内手が教えてくれ、間近から撮らせてくれた。今日に比べて良き時代であった。 '59.4.19 尾久機関区 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月25日 16:15 | コメント (0)

瀬戸内の朝 (呉線

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お正月の朝、夜行列車で着いた瀬戸内は薄日が差し始めていました。眠い目を擦りながら歩いていると、カーブの向こうからC59の牽く普通列車が現れました。 ’68.1.3 小屋浦 P:大澤 彰

投稿者 Yamashita : 2009年6月25日 16:13 | コメント (0)

出雲平野 (山陰本線

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蒸気機関車の「さよなら列車」運転日は、ずっと思い続けていた出雲平野に広がる築地松の民家と蒸機との写真を撮ることにして、斐伊川堤防に行ってみました。 ’75.1.15 直江-出雲市 P:高橋 明

投稿者 Yamashita : 2009年6月25日 16:07 | コメント (0)

北陸の主 (北陸本線

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'77年頃の北陸本線は、ED70こそ引退していましたが、まだまだEF70全盛期、1次型も数多く活躍していました。ハザ6輌に対してユニ4輌という編成も、ローカルならではでした。 '77.8.18 敦賀─新疋田 P:中司純一

投稿者 Yamashita : 2009年6月25日 15:59 | コメント (0)

2009年6月24日

南国のハドソン (日豊本線

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炎天下のお手軽撮影。サービス煙とドレイン、機関士さんの笑顔が暑さを吹き飛ばしてくれた。本機は今度JR東で復活する由。40年ぶりの再会が楽しみだ。 '72.8.16 佐土原 P:古澤成博

投稿者 Yamashita : 2009年6月24日 13:20 | コメント (0)

圧縮効果 (山陰本線

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135mmの視角しか知らなかった高校時代に、野鳥撮影を趣味とする同級生から200mm~500mmという途方もないズームを借り受けた。早速素通しの跨線橋から食堂車付き181系編成の回35Dと701D「だいせん1号」の交換を狙い、強烈な圧縮効果に驚喜したが、10日後には返却して束の間の夢に終わった。 '76.5.22 直江 P:石原裕紀

投稿者 Yamashita : 2009年6月24日 13:18 | コメント (0)

9600奮闘!  (筑豊本線

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車から飛び降り、モクモク迫る黒煙にピントを合わせた。9600だった! あの頃の筑豊は、ボタ山と古い家と汽車…セピア色の懐かしさが煙の匂いとともに、胸に沁みる街だった。 1969.8 直方 P:中浦秀和 

投稿者 Yamashita : 2009年6月24日 13:16 | コメント (0)

高原列車 (小海線

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野辺山発新宿行きの列車を牽引するC56 144(小淵沢から急行「八ヶ岳51号」となる)。窓から覗く多くの笑顔がこの列車の性格を物語る。 ’72.8.13 野辺山─清里 P:田中一弘

投稿者 Yamashita : 2009年6月24日 10:22 | コメント (0)

2009年6月23日

落日のマンモス機 (北陸本線

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北陸本線米原─田村間の交直接続区間では倶利伽羅峠からやって来たE10がD50と共に活躍していた。初めて間近に見たEタンクは力強く見えた。 ’60.3.18 米原─坂田 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月23日 19:20 | コメント (0)

真夜中の重連 (東北本線

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滝沢行きの始発待ちを利用して盛岡駅で深夜の下りの発車をねらった。この1時28分発の125レは上野から青森を目指した長距離各停で、盛岡からはC61が補機の重連であった。ネオパンSSSで増感して、ここまで写ったのは、構内が比較的明るかったことによると思われる。 ’67.5.14 盛岡 P:高橋孝一

投稿者 Yamashita : 2009年6月23日 19:19 | コメント (0)

電機から蒸機へ (山陽本線

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下関駅では、交直流の関係で機関車の付替え作業が頻繁に見られた。門司からの山陰線乗入れの列車がEF30に牽かれてやって来て、ここでD51と交替した。 ’73.3.30 下関 P:松崎昌一

投稿者 Yamashita : 2009年6月23日 19:18 | コメント (0)

'70年代の門司港駅 (鹿児島本線

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急行「日南」と421系です。当時は、撮影の帰りにフィルムが余ったので撮った一枚です。30年経ってみると、低運転台のクハ421や上部のラインが残るナハネフ22 1000番代など、「撮っていてよかったなぁ」と感じるショットです。ちなみに右下にたまたま写っているのは、九州鉄道の拠点の証の「0哩標」です(構内に立派な石碑の標識が別にあります)。 ’78.5.5 門司港 P:小林慎治

投稿者 Yamashita : 2009年6月23日 19:16 | コメント (0)

夜の福知山 (山陰本線

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明けても暮れてもDD54しか頭になかった16歳のあの頃。後輩とDD54撮影ツアーの強行となった。急行「だいせん」到着のあと、最後尾に付いたDD54回送を職員立会いのもと線路の中からバルブした。ヤードではDD15が入換えをしていた。 ’77.5.27 福知山 P:野々村康久

投稿者 Yamashita : 2009年6月23日 19:14 | コメント (0)

2009年6月22日

三重連発車 (奥羽本線

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矢立峠を行くD51三重連を碇ヶ関で28mmレンズで撮影。画面真ん中下の噴水は、線路下に設置してあったホースの水漏れ。旅客列車を牽くC61やD51の後部補機など、蒸機の活躍する最後の姿を満喫した一日であった。 '70.8.23 碇ケ関 P:高橋孝一

投稿者 Yamashita : 2009年6月22日 14:30 | コメント (0)

朝日を受けて (五能線

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友人との中学卒業旅行は、迷わず五能線。早朝、朝日を浴びたハチロクのスポーク車輪はとても大きく、きれいだったことを覚えています。 '71.3.25 五所川原 P:鈴木一平

投稿者 Yamashita : 2009年6月22日 14:28 | コメント (0)

C61の普通列車 (奥羽本線

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C60とC61を見に正月休みを利用して行った奥羽本線、D51の貨物列車と入れ替わりで来たC61 24の走行は迫力がありました。 ’71.1.8 東能代─鶴形 P:鴨下精一

投稿者 Yamashita : 2009年6月22日 14:25 | コメント (0)

工場の奥深く… (私鉄・専用線 その他

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構内の奥にいるS304が撮りたいと詰所で交渉したが入れてくれなかったが、いきなり現れたS205に驚いた。 '75.2.26 鐡原コークス P:都築雅人

投稿者 Yamashita : 2009年6月22日 14:24 | コメント (0)

生野越え636列車 (播但線

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降り出した雪が周りの木々に積もり始めた頃 稜線に煙が上がりやがて近づくドラフト。この緊張感! 露出は? ピントは? しばらくして ゆっくりとC57が姿を現した。 '72.2.20 新井─生野 P:高橋 明

投稿者 Yamashita : 2009年6月22日 14:23 | コメント (0)

2009年6月19日

早春の浅間山麓 (信越本線

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小諸を発車した上りD50貨物列車は、小海線との分岐付近を猛然とダッシュして春浅き浅間高原へとかけ登って行った。 '61.3.6 小諸-平原 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月19日 14:13 | コメント (0)

毛渡沢の堰堤 (上越線

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EF16が新型電機に置き換わると聞いて撮影にでかけた。すでに関越自動車道の建設工事が始まり、毛渡沢の堰堤がまぶしいこのアングルも、EF16より早く見られなくなった。 '80.6.14 越後中里─土樽 P:佐々木裕治

投稿者 Yamashita : 2009年6月19日 14:12 | コメント (0)

馬入川上の二頭立て (東海道本線

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35レの馬入川通過は16時20分頃、冬の太陽の低さはこんな時に役に立つ、2輌のEF58のシルエットが2つの夕陽に向かって走り去った。 '76.2.11 茅ヶ崎─平塚 P:長谷川武利

投稿者 Yamashita : 2009年6月19日 14:08 | コメント (0)

2009年6月18日

下り「はつかり」 (常磐線

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キハ80系に置き換わる直前のC62牽引特急「はつかり」を常磐線江戸川橋梁で撮影。手近な撮影地にもかかわらず、当時カメラを構える人はほとんど見かけなかった。 1960.12.4 金町─松戸 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月18日 20:01 | コメント (0)

上目名通過! (函館本線

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上目名通過中のC62。函館行き104レ「ニセコ」を牽引している補機CC62 32号機の機関助士がタブレットを交換している。このC62には機関士の他、助士が2名が乗務していたようだ。なお、本務機はこのカットには写っていないが、C62 2号機であった。 '70.8.22 上目名 P:高橋孝一

投稿者 Yamashita : 2009年6月18日 20:00 | コメント (0)

朝の名物 (山陰本線

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長門市駅の朝のホームは行商の人でいつも賑わっていました。これから家々を訪ねて売りに行くのでしょう。そんな光景もD51と共に消え去ってしまったのかも知れません。 '74.11.9 長門市 P:永井修二

投稿者 Yamashita : 2009年6月18日 19:59 | コメント (0)

音威子府の夜 (宗谷本線

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急行「利尻」で南稚内に着き、タクシー相乗りで利尻富士ポイントへ。快晴の道北で何本か撮影した夜に、上り「利尻」を待つ間に初めてのバルブ。現像が上がってきた時の感動は今でも覚えている。 '74.7.23 音威子府 P:後藤千春

投稿者 Yamashita : 2009年6月18日 19:57 | コメント (0)

2009年6月17日

錦秋の磐城路 (磐越東線

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発売間もないフジN64フィルムで紅葉真っ盛りの磐越東線を撮ってみた。重油併燃機のためD60煙は少なかったが、私にとっては貴重な蒸機のカラー写真となった。 '63.11.2 江田─川前 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月17日 15:16 | コメント (0)

発車前のひととき (伊田線

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直方駅折り返しの伊田行きのC11牽引の普通列車。出発準備もすっかり整い発車を待つ機関士の横顔を夕日が照らし出していた。 '71.3.10 直方 P:松崎昌一

投稿者 Yamashita : 2009年6月17日 15:15 | コメント (0)

阿蘇の春 (高森線

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外輪山をバックにのんびりと高森に向かう混125レ。折り返しの混126レまでは2時間待たねばならない程の閑散路線だった。 ’72.4.16 阿蘇下田-中松 P:鈴木博之

投稿者 Yamashita : 2009年6月17日 15:14 | コメント (0)

上野駅にて (東北本線

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東北線の雀の宮まで行く途中に写した上野駅のスナップ、「あいず」が停車しているのは16番ホーム、キハ81系の「いなほ」とその向こうに常磐線の401系が到着した所、木造屋根が懐かしい午前中の上野駅のひと時。 ’69.10.24 上野 P:鴨下精一

投稿者 Yamashita : 2009年6月17日 15:13 | コメント (0)

足跡 (宗谷本線

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利尻富士を求めて仲間と撮影地にたどり着いたが肝心の山は姿を見せず、代わりに適当な場所を探して列車の通過時刻直前に近くの小山に登ったら自分たちの足跡が…。「しまった!」苦笑した思い出。 ’84.2 抜海ー南稚内 P:鵜飼功一

投稿者 Yamashita : 2009年6月17日 15:12 | コメント (0)

2009年6月16日

コンテナ列車発車 (千歳線

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今からは想像できない何もない、がらんとした北広島駅構内。初夏の陽を浴びて、C57補機付の長大編成貨物列車が悠然と出発していく。 ’73.7.17 北広島 P:齋藤孝行

投稿者 Yamashita : 2009年6月16日 16:32 | コメント (0)

整備作業 (奥羽本線

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北海道に初めて渡る前に青森に途中下車。職員の方3名が炎天下で整備作業中だった。 ’71.8.3 青森機関区 P:宮山幸雄

投稿者 Yamashita : 2009年6月16日 16:31 | コメント (0)

オホーツクを望む丘から (宗谷本線

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中学卒業後に行った初の北海道。どこで撮っていいのかわからずひたすらファンの後を追った。小高い丘に上がると遠くに稚内の町とオホーツク海、初めて見るC55は新鮮だった。 ’73.3.27 南稚内―抜海 P:都築雅人

投稿者 Yamashita : 2009年6月16日 16:29 | コメント (0)

宮崎駅3番線ホーム (日豊本線

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出発を待つのはC57 151牽引日豊本線下り吉松行き、C61 19牽引上り延岡行き。ポールが建ち電化工事が進む日豊本線ではあったが、このホームではまだまだ蒸機の活躍が堪能できた。 ’73.8.26 宮崎 P:田中一弘

投稿者 Yamashita : 2009年6月16日 16:29 | コメント (0)

201系の「エース」 (中央線

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かつて、中央線の快速運用は三鷹・武蔵小金井・豊田の三区所が担当、中でも老舗の三鷹区の運用記号は「A」であった。カードゲームいうところの切り札「OOのエース」ならぬ「201系のエース」と云ったところか。 ’86.12 代々木 P:梶村昭仁

投稿者 Yamashita : 2009年6月16日 16:26 | コメント (0)

2009年6月15日

加速開始 (呉線

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初めて訪ねた夏から2か月が過ぎて呉線は冷んやりとした秋を迎えていた。出発したC62のパワフルな煙が秋の空気と朝の光りに包まれて思いがけず美しく浮かび上がった。 ’69.10.5 小屋浦 P:永井修二

投稿者 Yamashita : 2009年6月15日 14:55 | コメント (0)

雪晴れの朝 (石巻線

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東北地方しかも太平洋側だからそんなに寒くないだろうと軽装備で出かけたのが大間違い。雪晴れの朝ラッセルしながら丘に上った。靴やズボンは濡れて凍って手足の感覚もなくなっていた。初日一発目なのにもう帰りたい気持ちになっていた。 ’74.2.10 石巻線 陸前稲井-渡波 P:都築雅人

投稿者 Yamashita : 2009年6月15日 14:55 | コメント (0)

大蔵峠 (小海線

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サミットを越えて川上までは下るだけ。雨の中を軽快に走り去るC56 144。 ’72.3.12 信濃川上-佐久広瀬 P:川瀬 剛

投稿者 Yamashita : 2009年6月15日 14:52 | コメント (0)

キハユニ15 (鹿児島本線

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機関区の奥に並んでいたキハユニ15。当時の貧乏中学生にカラーフィルムは貴重でスナップとして1枚しか撮影していない。今にして思えばもっと撮っておけばよかった。 ’72.8.7 熊本機関区 P:石地康司

投稿者 Yamashita : 2009年6月15日 14:51 | コメント (0)

113系の美学 (東海道本線

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何気なく撮った113系の湘南電車。当時はサロ211などの2階建てグリーン車が導入される前なのですべて113系で統一され、こうしてみるとなかなかすばらしい編成美です。 ’85.12.21 大船-藤沢 P:今泉和孝

投稿者 Yamashita : 2009年6月15日 14:46 | コメント (0)

2009年6月12日

佐倉-物井の旧線を行く (総武本線

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電化前の佐倉前後は列車本数も多く、ファンには人気のある場所であった。その中で旧線を行くD51+C57の貨物は特に印象に残った。 ’65.11.23 佐倉-物井 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月12日 13:54 | コメント (0)

ポニーの轍 (小海線

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春まだ浅い信濃路、ツルハシを担いで駅に戻ってきた保線区員さんに見送られ、C56+ワフ1輌の183レが信濃川上を発車して行きました。 ’72.3.21 信濃川上 P:幾代 裕

投稿者 Yamashita : 2009年6月12日 13:52 | コメント (0)

ハチロクの鼓動 (越美北線

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初めて訪れた越美北線福井機関区には明日のサヨナラ運転の準備が整えられたハチロクが1輌、ポツンと停まっていた。訪れる人もなく、静寂が支配する中、ハチロクの鼓動が確かに聞こえていた。かくして私の越美北線の訪問は最初で最後となってしまった。 ’73.5.26 福井機関区 P:田中一弘

投稿者 Yamashita : 2009年6月12日 13:51 | コメント (0)

厳冬の峠道 (函館本線

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客車が14系に代わって間もない頃の急行「ニセコ」。厳冬の峠路にDD51ダブルがフルパワーで挑む。 ’81.2.19 銀山-然別 P:寺沢秀樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月12日 13:51 | コメント (0)

ロクイチ疾走 (東海道本線

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飛ぶように金菊の大カーブを駆抜ける9001レEF58 61「はと」。 ’82.7.24 金谷-菊川 P:遠藤 享

投稿者 Yamashita : 2009年6月12日 13:49 | コメント (0)

2009年6月11日

品川のB6 (東海道本線

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華やかな東京機関区に比べ、地味な存在だった品川機関区は品川駅の海側近くにあった。2120形は汐留や芝浦などで入れ替えに活躍していた。 ’56.10.14 品川機関区 P:中島正樹

投稿者 Yamashita : 2009年6月11日 22:00 | コメント (0)

今日は「脇役」 (東北本線

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この日で引退する181系気動車特急「つばさ」を待っていると、EF57 3号に牽かれた普通客車列車がやって来ました。 ’75.11.24 宇都宮 P:石橋良章

投稿者 Yamashita : 2009年6月11日 21:59 | コメント (0)

北国の夕暮れ (宗谷本線

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D51の牽引するDD53の補機付貨物列車が塩狩峠に消えるのをいつまでもファインダーで追っていた。警報機が鳴り止み、凍てつく踏切を子供たちと渡る母親。氷点下、D51の排出した蒸気が凍り、ダイヤモンドダストのように輝き落ちる北国の夕暮れ。ふと、心が和む一瞬だった。 '74.3.22 和寒 P:齋藤孝行


投稿者 Yamashita : 2009年6月11日 14:56 | コメント (0)

入換え仕業も一段落 (室蘭本線

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「水なんぼ飲むのよ? 午前中のセキは重かったからな。まだ入るべや」。そんな会話が聞こえてきそうなひと時でした。 '75.10.10 追分機関区 P:中川富士明

投稿者 Yamashita : 2009年6月11日 14:55 | コメント (0)

2009年6月 1日

深夜の岡山駅 (山陽本線

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新幹線工事たけなわの深夜の岡山駅で次々と西下してくるブルートレインを捉えました。バルブ撮影に慣れていないこともあり、かろうじて数枚がモノになったようです。このあと伯備線の始発で爆睡しながら布原へ向かいました。 '68.3.25 岡山 P:柿浦和敏

投稿者 Yamashita : 2009年6月 1日 14:53 | コメント (0)

生野越え (播但線

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歩くくらいの速度で しかし確実な足どりで636レはピークに向かいます。生野峠を登るC57はいつも見る者に感動を与えてくれました。  '72.2.20 新井-生野 P:高橋 明

投稿者 Yamashita : 2009年6月 1日 14:36 | コメント (0)

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