鉄道ホビダス

2009年8月アーカイブ

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▲千葉方のクハ208を先頭にした6輌編成のマリC602編成。'09.8.24 幕張車両センター P:RM(伊藤真悟)
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JR東日本千葉支社は、管内で使用している113系電車が製造から平均30年が経過したことから、従来京浜東北線で使用していた209系電車を改造のうえ導入することとなりました。今日と明日の2回にわたってこの房総各線用として運用される209系をご紹介してみたいと思います。

front.jpg転用にあたっては房総各線区での使用にあわせた改造が行なわれ、番代も2000番代、2100番代とされています。車輌外観では、帯色を幕張車両センター211系と同様に「青」と「黄」をベースとした千葉をイメージしたものとし、総武快速線との誤乗防止を図っています。
編成は、房総各線区で使用するにあたり、113系と同様に4輌編成と6輌編成の2種類とされ、それぞれ連結して8輌編成、10輌編成での運転も考慮されています。
▲行先(路線)表示・列車番号表示器(数字4ケタ化に注意)のLED化、電連取付、スカート形状変更により、京浜東北線時代とはイメージを異にする前面部分。'09.8.24 幕張車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲1号車のクハ208の客室内。セミクロスシートとなったのが最大の特徴で、E217系やE231系近郊タイプに似たイメージに。'09.8.24 幕張車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲先頭車のクロスシート部分。小型のテーブルも設置されており、ペットボトルや缶が置けるスペースを用意。'09.8.24 幕張車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲運転台部分を見る。モニタ装置が更新され、EB装置が取り付けられた。'09.8.24 幕張車両センター P:RM(伊藤真悟)
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また房総各線区の使用を考慮して、4輌編成、6輌編成とも先頭車(クハ209、クハ208)がセミクロスシートとなったほか、千葉方から2輌目の2号車(モハ208)には後位に大型の身障者対応洋式トイレと車椅子スペースが設置されたのが大きな特徴です。ちなみに車椅子スペースは、クハ209とクハ208にも従来通り設置されていますので、各編成とも3箇所設けられたことになります。これにより定員は4輌編成が589名(座席定員204名)、6輌編成が901名(座席定員312名)となっています。

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▲数少ない装飾付き切取式除煙板「波と千鳥」を装備した79668〔行〕。1954(昭和29)年の行橋機関区60周年記念でC50 58号機に装備されたものを1970(昭和45)年に移植したもので、関さんにとっても最も思い入れのあるK-7タイプ除煙板のひとつ。'72.8 田川線油須原 P:名取紀之
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昨夜は「『門鉄デフ物語-切取式除煙板調査報告-』出版記念 関 崇博さんを祝う会」が東京・銀座で開催され、同書縁の方々が集いました。すでにご存知のように、 『門鉄デフ物語-切取式除煙板調査報告-』は『鉄道ファン』誌の連載をベースに単行本化したもので、会場には交友社山田修平社長も駆けつけてくださいました。

090615nn00.jpg今回の「祝う会」は関さんと親交の深い「LINER76」の石橋一郎さんや坂井直人さんらが企画立案され、気心の知れた皆さんで関さんの出版をお祝いしようという趣旨で催されました。遠路はるばる九州からも大塚 孝さんや加地一雄さんがおいでくださり、さながら「門鉄デフ」同窓会といった雰囲気の和気藹々とした出版記念会となりました。
関 崇博さんは九州・小倉のお生まれ。小倉工場から次々と生み出される切取式除煙板とともに幼少時を過ごされ、それ以来今日まで、切取式除煙板の調査・研究を続けてこられました。その集大成こそが『門鉄デフ物語-切取式除煙板調査報告-』です。また、その一方で「鉄道友の会」の中心メンバーのお一人として活躍され、現在は専務理事をお務めになっておられます。後進の育成にも絶えず心を配っておられ、「LINER76」をはじめとして関さんを慕うレイル・ファンは数知れません。

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▲記念に贈られた西尾克三郎さん撮影のC57 11のパネルを手に、宮田寛之『鉄道ファン』名誉編集長(左)と記念撮影に臨む関 崇博さん。'09.8.29

それだけに今回の「祝う会」も肩肘の張らない実に楽しいものとなりました。趣味の大先輩、宮澤孝一さんの祝辞、久保 敏さんの乾杯のご発声ののちの歓談では、「門鉄デフ」談義はもとより、昔話から直近の撮影体験まで、あちこちで熱い趣味談が繰り広げられていました。

090830n003.jpgまた、この「祝う会」にはもうお一方、うれしい遠来のお客様がありました。C57 180号機を門デフ装備にされた小野英晴元新津運輸区長です(『国鉄時代』vol.14参照)。『門鉄デフ物語』で関さんはこの「平成の門デフ」を“K7-NTタイプ”と新たなサフィックスを付されて分類されておられ、小野さんはとても名誉なことと、ことのほかよろこんでおられました。
▲遠路新潟から駆けつけてくださった「平成の門デフ」の生みの親でもある小野英晴元新津運輸区長。'09.8.29
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出席者全員からの記念品として関さんにお渡ししたのは、かの西尾克三郎さんが1958(昭和33)年10月に宮原機関区で撮影されたC57 11号機の“ご真影”とも言える美しい写真です。改めてご紹介するまでもなく、C57 11号機はかつて門司港機関区で「かもめ」専用機として名を馳せた機関車で、数多いK-7タイプの切取式除煙板装備機の中でも白眉的存在です。今回は西尾さんの原板から写真家の諸河 久さんが自らスキャニングしてプリント処理をして下さいました。
▲最後に私も挨拶に立たせていただき、アットホームな雰囲気のなかにも熱く趣味談義が続いた3時間が幕を閉じた。'09.8.29

たかだか機関車の一装備品、しかも基本性能に大きく影響するわけでもない除煙板ではありますが、半生を賭けてこれを分析・分類し、その成果を後世に残された関さんの活動は、まさしく趣味の王道と言えましょう。宮澤さんのご祝辞にもありましたが、こういった本来的趣味活動を、後に続く世代が絶やさずに担ってゆかねばならない、改めてそんな思いを強くした夜でした。

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▲5201号と背中合わせで保存された7052号。5201号の背後に見えるのが「横浜製作所 歴史記念館」で、このスペース全体が「横浜製作所歴史記念パーク」と名づけられている。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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車輌メーカーである東急車輛製造が、エポックメークとなった自社製品を永久保存する「東急車輛産業遺産制度」の第1号に日本初のステンレスカーである東急5200系(デハ5201)を指定し、同社敷地内に保存されたことは、昨年8月の本ブログ(アーカイブ「デハ5201が東急車輛産業遺産第1号に」参照)でもご紹介しましたが、このたびその第2号に東急7000系(デハ7052)が指定されました。

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▲7052号の客室内。運転台はワンハンドル化やワンマン化改造を受けているが、客室内は扇風機が並ぶ屋根をはじめ東横線や日比谷線を走っていた当時の面影が残る。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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▲パイオニア台車TS-701に付けられた銘板(左)。まだ7000系の時点では形式が「PⅢ」ではなく、銘板にも「TS」と記されている。5201号と同じく、連結側の妻面には東急車輛産業遺産を示す銘板が取り付けられた(右)。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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▲オールステンレスの車体とともに7000系の大きな特徴の一つであるパイオニア台車TS-701。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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▲美しく磨き上げられた7052号。前灯や室内灯などは地上からの電力供給により点灯が可能。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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今では二代目も誕生した東急7000系ですが、初代は1962(昭和37)年、米BUDD社と東急車輛との技術提携により誕生した日本初のオールステンレスカーです。その誕生から47年、今年6月出場のJR東日本E233系で東急車輛製のオールステンレスカーは累計7000輌を達成しました。今回の保存はそれを記念したものでもあります。

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▲今回開設された「横浜製作所 歴史記念館」。その前に見える松葉スポークの車輪は仮台車として使用されていたもので、来歴などは不明ながら1897年Lancaster製など歴史的なもの。今回、3基が見学者の休憩用ベンチとして活用され、このスペースも「松葉スクエア」と名づけられている。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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▲歴史記念館には横浜製作所の製品の歴史を示すパネルなども展示されている。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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090829n6_4.jpg初代7000系は7700系改造車や地方私鉄への譲渡車が今も活躍を続けていますが、このデハ7052号はオリジナルの7000系の大半が1991(平成3)年に東急線上から姿を消してからも、こどもの国線用として使用されていたもので、2000(平成12)年6月に廃車となった後、東急車輛に里帰りして今年5月まで牽引車として使用されていました。こどもの国線時代に運転台のワンハンドルマスコン化やワンマン化などの改造は受けているものの、外観は製造当時の姿を色濃く残していると言えましょう。
▲歴代の銘板や番号板も展示されている。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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▲横浜製作所の敷地の前身である海軍航空技術廠支廠の表札(左)。右は保存展示されている車輌パンフレット類。'09.8.28 P:RM(高橋一嘉)
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また、東急車輛産業遺産制度を補完する意味から、東急車輛の歴史・資料などを展示する「横浜製作所 歴史記念館」も開設され、歴史記念館と車輌の保存スペースを合わせてエリアが「横浜製作所歴史記念パーク」と名づけられました。残念ながら現段階では一般公開は予定されていないとのことですが、このスペースの今後の更なる発展を期待したいところです。

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昨年のこの時期に写真展「’08 鐵樂者三人展」(アーカイブ「鐵樂者三人展を見る」参照)を開かれた金澤 忠さん、杉 行夫さん、野口信夫さんに、海外蒸機の撮影で知られる蔵重信隆さんを加えた4人の作品展「羅東森林鉄道」が開催されています。

090828n062.jpg「羅東森林鉄道」と聞いても首を傾げる方が少なくないかと思いますが、台湾鉄路局宜蘭線の羅東を起点に太平山へと路線を伸ばしていた軌間2フィート6インチの森林鉄道です。台湾の森林鉄道というとシェイ・ギャードの活躍した阿里山森林鉄道ばかりが有名ですが、1960年代の台湾には、ほかにもこの羅東や八仙山(土牛)、林田山といった大規模な森林鉄道が存在していたのです。
▲杉さんらが先鞭をつけた羅東森林鉄道には、その後も少なからぬ日本人ファンが訪問し、数々の困難を乗り越えて記録を残している。'09.8.28
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▲今回の写真展は車輌のみならず情景写真が多いのも特筆される。対象となった鉄道の姿を丸ごと組写真として伝えようという手法は、かの“けむりプロ”以来揺るぐことがない。'09.8.28
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しかし当時、戒厳令下にあった台湾では鉄道は最重要軍事機密のひとつであり、しかも戦略的要衝である高山へ軌道を延ばす森林鉄道は厳重な監視下に置かれていました。そんな背景もあって1960年代に台湾の森林鉄道を趣味的に撮影することはきわめて困難でした。そうしたなか、初めて羅東森林鉄道を訪れたのが、杉 行夫さんら“けむりプロ”の面々でした。時に1966(昭和41)年3月。投宿した旅社に翌朝はもう私服の刑事が現れるといった緊迫した中での撮影であったといいます。

090827_001n.jpg18tや28tのシェイが活躍する阿里山と違い、羅東森林鉄道の主力は日本車輌製の変哲のないCタンク機。しかも起点(嘉義)からいくばくもなく山に取り付く阿里山に比べ、起点・羅東(竹林站)から延々と田園地帯を走る羅東森林鉄道は趣味的には分が悪いと言わざるを得ないかもしれません。ただ、“けむりプロ”が発表した羅東森林鉄道の未知の魅力に触発されたのが蔵重さんでした。1971(昭和46)年以来数回にわたって現地を訪れ、さらに金澤さん、野口さんがその後に続きます。今回の写真展はそんな限られた時間と制約の中で情熱を傾けて撮影された4人の作品で構成されています。
▲林清池著『太平山開発史』。およそ考えられるすべての資料を網羅した300ページを超える大冊。1996年5月刊(3000部)。 

ところで羅東森林鉄道というとまず頭に浮かぶのが十数年前に上梓された『太平山開発史』という書籍です。もちろん台湾の出版物で、長年にわたって地元の営林署(太平山区、のちの蘭陽林区)にお務めだった林清池さんが膨大な資料を駆使して戦前からの太平山林場の歴史をまとめられたもので、この本によって初めて羅東森林鉄道を基幹とする太平山森林鉄道網の全容が詳らかになったのです。入境許可が得られなかったとはいえ、杉さんらが初めて羅東を訪れた1966年当時、山中では想像を絶する森林鉄道の情景がまだまだ繰り広げられていたのです。

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▲羅東森林鉄道の最深部、太平山周辺の林用軌道路線図。3箇所の索道連絡を経て、分岐点から路尾へ至る三星線(15.3km)、茂興線(20.9km)など大規模な軌道網が広がる。 (林清池著『太平山開発史』より)
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▲きわめて初期のコッペル製ディーゼル機関車(左)やフリクション・ドライブのプリムス(右)が活躍する戦前の貴重な写真も掲載されている。 (林清池著『太平山開発史』より)
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この写真展「羅東森林鉄道」は9月6日(日曜日)までの開催(12:00~18:30、最終日17:00終了/木曜日定休)。時には図版を交えて情景写真を構成する“けむりプロ”流の組写真を堪能するのもよし、ナローファンのみならず多くの方にご覧いただきたい写真展です。なお、ここで紹介した『太平山開発史』も杉さんにお預けしてありますので、会場で原本をご覧いただくことが可能です。

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閑話休題。先日、台湾の新聞『自由時報』で「編集長敬白」が紹介されました。台湾の鉄道史研究の第一人者・洪 致文さんが「鉄道網站『編集長敬白』」としてカラーページで紹介してくれたものです。現在、この「編集長敬白」は一日1万5千~2万ものアクセスをいただいていますが、アナライザーを見ると海外からのアクセスもかなりの数にのぼっており、なかでも台湾からのアクセスは香港とともに上位を占めています。今日の「羅東森林鉄道」写真展紹介も、地元・台湾のファンの皆さんに興味を持って見ていただけているのではないかと思います。

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▲7月1日付けの『自由時報』で紹介されたわが「編集長敬白」。ありがたいかぎり。 (多謝大力協助洪致文先生)
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D51 498号機まもなく復帰。

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▲大宮総合車両センターで修繕中のD51 498号機。排気設備のあるレーンで整備を受けている。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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昨日、8月26日に大宮総合車両センターの報道公開が行なわれ、昨年不調をきたして以来、心配されていたD51 498号機もひさしぶりに元気な姿を披露してくれました。

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▲テンダー側よりD51 498を見る。車体は丁寧に磨かれており、修繕担当者の愛着が感じられる。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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大宮総合車両センターは、日本鉄道株式会社の工場として1894(明治27)年に設立され、2004(平成16)年に大宮工場から現在の大宮総合車両センターに改称したもので、実に115年の歴史を誇っています。現在、幕張車両センター所属車輌や田町車両センター所属車輌をはじめとする首都圏の多くの車輌のメンテナンスを担っていることはご存知の通りです。また、毎年開催されている公開イベントに足を運ばれた方も多いのではないでしょうか。

090827n002.jpg今回の報道公開での大きなトピックとなったのが、D51 498の修繕風景の公開と、新幹線0系の復元工事の公開でした。D51 498は1988(昭和63)年に当時の大宮工場で復元されて以来、各種イベントで大活躍していましたが、昨年末にボイラーに不具合をきたし、大宮総合車両センターに入場して修繕中でした。報道陣の前に姿を見せた同機はすっかり快復しつつあるようで、元気な汽笛を響かせてくれる一幕もありました。気になる復帰スケジュールですが、10・11月の土休日に運転される「SLみなかみ」号などで再び私たちの前にその勇姿を見せてくれる予定です。
▲今回の報道公開では、報道陣を前に突然D51 498が汽笛を響かせ、その健在ぶりをアピールした。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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▲足場が組まれた中に鎮座する0系新幹線21-2。当時の塗料に近いものを用いて塗装する徹底ぶりだ。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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090827n006.jpgまた、10月より鉄道博物館で0系新幹線が公開されることはすでにお伝えしたとおりですが(アーカイブ「鉄道博物館で10月から0系新幹線を公開」参照)、こちらの復元も着々と進んでいます。解説をいただいた鉄道博物館の奥原主幹学芸員によれば、外観の塗装は登場時に使用されていたアクリル系の塗料に近いものを使用して重ね塗りを三回行い、また、車内のシートもオリジナルなもので、クッション部分(いわゆる「アンコ」)も入れ換えるなど、極力登場時の姿に戻す努力が払われております。
▲0系の初期車にのみ設置されていた緊急脱出用扉も復元されている。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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▲特徴的な“だんご鼻”を真上より見下ろす(左)。鉄道博物館搬入時に備えてアンテナは外されている。また、「H2」の表記は登場時の表記である「N2」に戻されるとのことだ(Nは製造元である日車支店の頭文字を意味する)。なんと、冷水機も登場当時のものが復元されている(右)。'09.8.26 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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今後、さらにオリジナルに近づける作業が行なわれるとのことで、鉄道博物館で公開された際は、東京オリンピックの熱狂に沸いた当時の「夢の超特急」に“乗り”に出かけられてみられてはいかがでしょうか…。

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▲第1回一般の部の大賞を射止めた伊東政男さんの「往く人来る人」。

昨年初めて開催され、実に3700点あまりの作品が寄せられた「タムロン鉄道風景コンテスト」(株式会社タムロン主催、さいたま市、さいたま商工会議所後援、レイル・マガジン協力)ですが、今年も第2回の公募が8月15日で締め切られ、なんと去年を上回る点数の作品が寄せられました。

090826n003.jpgこのコンテストは鉄道の風景写真を通して、全国のレイル・ファンのみならず、一般の方々にも写真の楽しさを広く知っていただこうという企画です。「一般の部」のほかに「小・中・高校生の部」を設定しているほか、今回新たに全応募作品の中から選出する「タムロン賞」が設けられました。また、鉄道とその周辺を入れ込んだ写真であれば、風景・スナップなどでも応募可能で、使用機材メーカー名も問わない、きわめて門戸の広いコンテストとなっているのが特徴です。
▲「小・中・高校生の部」の審査風景。全作品が広い会議室内に並べられ、徐々に入賞作品が絞り込まれてゆく。'09.8.25
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▲審査を待つ「一般の部」の作品群。膨大な点数で、審査員のお二方も丸一日がかりで奮闘。'09.8.25
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昨日は東武野田線七里駅にほど近いタムロン本社で審査会が行なわれました。審査員をお務めになる広田尚敬さん、矢野直美さんとともに、私も作品を垣間見させていただきましたが、昨年以上にレベルが上がってきているのがひしひしと感じられました。ことに年少の方の作品レベルが向上してきているのが印象的です。ひと昔前はラボの手を経ねばならなかったA4判程度のカラープリントが、自宅のプリンターで、しかも自在な画像処理を経て手軽にできるとあって、「小・中・高校生の部」も目の覚めるような作品が会場狭しと並びました。

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▲審査に臨む広田尚敬さんと矢野直美さん。このコンテストも2回目とあってぴったりと息の合った審議が続く。'09.8.25
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もちろん「一般の部」も審査予定時間がどんどん超過するほど白熱した接戦となりました。デジタル・カメラの一般化によって撮影条件が飛躍的に広がったことも大きいのでしょうが、かつてはベテランでなければ撮影不可能だった条件下でも、皆さんきっちりと作品創りをされておられます。

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▲タムロン本社のある東武野田線七里駅。大宮から4駅目で、周辺には長閑な風景がそこかしこに残る。'09.8.25
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最終的な審査結果の発表は9月下旬にタムロンのホームページ上にアップされ、続いて10月発売の本誌誌上でもプレビューを掲載予定です。また、昨年同様に10月には入賞作品の写真展も開催される予定です。

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▲2基のクレーンが呼吸を合わせて吊り上げる。ゆっくりと宙を舞う1080。慎重な作業が続く。'09.7.21
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ささやかなセレモニーも終わり、1080号機はいよいよ2基の220tクレーンに吊られて線路を離れます。搬送用に用意されたのは油圧で床面高を調整でき、最低床面高約80㎝となる超低床トレーラーです。

090823n008.jpg2基のクレーンが搬送用のトレーラーを挟む形で1080号機を吊り上げます。単純なように見えながら、2基のクレーンの“呼吸”がぴったりと合わなければならないまさにプロの作業です。1080号機の自重は36t(昭和27年版形式図、昭和4年「全国機関車要覧」では34.6t)。単純計算では18tずつが均等に荷重として掛かり、しかもアームの遷移がシンクロしなければなりません。まさに息詰まる作業ですが、今日はこのシーンの動画(下の画像リンク参照)をご用意いたしましたので、ぜひこの歴史的瞬間をご覧ください。
▲18年間にわたって眠り続けてきた庫を出て、いざ梅小路へとクレーンに吊り上げられる1080号機。'09.7.21
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▲2基のクレーンに挟まれたトレーラーへと下ろされる。トレーラーの荷台にはあらかじめ車輪に合わせた木片が用意されている。'09.7.21
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▲無事に取り下ろしを完了、重責を担ったクレーンのフックが外され、締結作業が始まる。'09.7.21
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無事にトレーラーに載せられた1080号機は、この夜、半世紀にわたって住処としてきた日鉄鉱業羽鶴をあとにしました。特殊トレーラーゆえ21時から翌朝6時までしか一般道を走ることができず、こののち足掛け5日を掛けて東海道を下り、梅小路蒸気機関車館に到着したのは7月26日のことでした。

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▲トレーラーにしっかりと載せられ、締結作業に入った1080号機。左上には18年を暮らした保管庫が見送っている。'09.7.21
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▲かつての羽鶴専用鉄道本線の鉱山専用道路で待ちうけるトレーラーへ。各部が慎重に締結されたのち、全体がすっぽりとシートに包まれた。特殊輸送のため夜間のみしか公道を走れず、5日をかけて梅小路を目指す。'09.7.21
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現在、同機は公開にむけての整備の最中で、9月中旬には見違えるほど美しくなった姿をあの梅小路の扇形庫前に見せてくれるはずです。それにしても日鉄鉱業の献身的な情熱に支えられ、半生をともに暮らした関さんら関係者に見送られて羽鶴をあとにした1080号機は、けだし幸せだったに違いありません。
なお、1080号機の詳細については本誌最新号で詳しくご紹介しておりますので、あわせてご覧ください。

■動画 1080搬出の記録
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▲上の画像をクリックすると動画(7分08秒)をご覧になれます。
(MACの場合は再生できない場合もあります)

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1080搬出の記録。(中)

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▲いったん取り外された煙突が、関係者のささやかなセレモニーのために再び載せられた。赤谷鉱業所時代から1080を運転し続けてきた関 英郎さんの手によって惜別のお神酒がかけられる。'09.7.21
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再び本格化した“嫁入り先”探しですが、刻一刻と悪化してゆく経済情勢もあって、なかなか活路を見出すことはできませんでした。候補会社のなかにはわざわざ羽鶴にまで現車調査に足を運んでくださった社もありましたが、最終的に“結納”までは進まず、語り尽せぬ紆余曲折ののち、一時は再び振り出しに戻るような状況でした。

090823n047.jpgそんな中、青木栄一先生のご尽力で、JR西日本に梅小路蒸気機関車館での保存を検討いただけることとなりました。将来にわたって末永く保存してもらうことはもとより、可能な限りパブリックな施設で一般に公開してもらいたいという日鉄鉱業さんの主旨ともぴったり合致します。しかも、これはあとから判明したことですが、1070形とは直接関係がないと思われた梅小路機関区に、戦前の一時期、1090号機が在籍していたことがあったのです。史実からしても、まさにうってつけの“嫁入り先”だったわけです。
▲高さ制限から取り外された煙突がまず運び出された。'09.7.21
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▲正面扉がすっかり撤去された保管庫の奥に1080号機の姿が…。煙突(画面左下)は先に庫内から出されている。'09.7.21
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かくして1080号機の梅小路蒸気機関車館入りが実現しました。すでにご紹介したように、これまで梅小路保存機の最古参は1914(大正3)年生まれの8630号機ですから、1080号機が加わることによって、明治、大正、昭和3代の蒸気機関車が揃ったことになります。

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▲保管庫からは端梁に掛けたワイヤーをパワーショベルで引っ張って引き出す。各部の状態を見ながら慎重のうえにも慎重に作業が進められる。'09.7.21
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▲機関庫前に引き出された1080。セレモニーと記念撮影のためにもう一度煙突が載せられた。'09.7.21
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ところで、羽鶴からの搬出に際しては思わぬ再会もありました。1979(昭和54)年6月10日の最終運転のレギュレータ・ハンドルを握られた関 英郎(ひでお)さんです。関さんはなんと赤谷鉱山時代から1080号機を護り運転し続けてこられた方で、同機とともに羽鶴鉱業所に転勤、定年を迎えられたこの年まで1080とともに暮らしてこられたのです。 “駅長”と親しまれていた白土(しらつち)行雄鉄道係長とともに私たちファンの間では広く知られた存在で、私も実に30年ぶりの再会となりました。

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▲築堤下の専用道路では220tクレーンがアームを伸ばして待機中(左)。まずは吊り上げのテスト。荷重を確認する(右)。'09.7.21
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▲いよいよ本格的に吊り上げ作業が始まる。220tクレーン2基が前後から呼吸を合わせて吊り上げる。'09.7.21
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当時の鉱業所の定年は55歳。最終列車のキャブで凛々しい姿を見せてくれた関さんも当年とって85歳。最後の姿、それも栄えある出立の姿を見届けようと早朝の羽鶴にお出でになり、優しい眼差しで“愛機”の門出を見守っておられました。惜別のお神酒を掛けながら「ほんとうに幸運な機関車です」とおっしゃっておられたのが印象的でした。

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1080搬出の記録。(上)

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▲1080はこの庫で18年間にわたって眠り続けてきた。外された正面扉から射し込む光に、齢108歳のオールドタイマーがシルエットとなって浮かぶ。'09.7.21
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本誌最新号で詳細にご紹介しているとおり、関東地方に最後まで“現役”で残され、国鉄無煙化3年後の1979(昭和54)年を最後に今日まで葛生の山中で眠り続けてきた「日鉄羽鶴の1080」が、無事に梅小路蒸気機関車館入りを果たしました。1901(明治34)年生まれの当年とって108歳。関係者に見守られながら、半世紀以上にわたって住みなれた羽鶴の地を去るその日、私も未明から一部始終を見届けさせていただくことができました。

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▲保管庫はかつてのハンプ線奥に位置している。眼下の専用道路がかつての専用鉄道本線跡(左)。保管庫前には20mほどの線路が残されていた(右)。いつの日か1080号機を搬出する日が来た際に有効だからと、日鉄鉱業のそんな気配りで残された線路だという。'09.7.21
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羽鶴からの搬出作業は7月21日未明に始まりました。早朝5時45分、220tクレーン2台を含む総勢10台の大搬出部隊が羽鶴に到着、まずは1080号機を格納してあった保管庫の正面扉の撤去作業から着手されました。保管庫はセキュリティーの面からもまったく隙間がないほどの作りとなっており、正面扉も溶断してクレーンで撤去せねばならないのです。

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▲いよいよ保管庫からの搬出が近付く。煙突(写真左下)はトレーラー搬送時の高さ制限の関係から前もって取り外されている。'09.7.21
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正面扉が撤去され朝の光が差し込む庫内には、かつて見慣れたあの1080号機の姿が…。一週間ほど前に高圧洗浄されて歴年の埃をさっぱりと洗い流された姿は、まるで昨日まで火が入っていたかのごとき状態の良さです。それもそのはず、1972(昭和47)年8月29日に国鉄郡山工場を乙種修繕(臨時)出場してからの走行距離はわずか600キロあまり。いわば“現役機”が冷凍保存されていたようなものです。

090823n041.jpgところで私がこの搬出作業に立ち会うことになったのには理由があります。日鉄鉱業㈱さんから1080号機の保存についてご相談をいただいたのは一昨年のことでした。同社の発展にも寄与し、今や文化財的存在でもある1080号機をなんとか未来永劫保存できないものだろうかとのお話に、日本鉄道保存協会顧問の一人としても微力ながらお力になれればと、各所にお声がけをさせていただきました。正直申し上げて、当初は動態も視野に入れてのアプローチでしたが、昨今の経済情勢等もあって、いずこも二つ返事というわけにはゆかず、時間ばかりが流れてしまいました。
▲早朝5時45分、鉱山道路を巨大なクレーン部隊が到着。'09.7.21
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▲端梁にワイヤーを掛けて庫から引き出す準備が進む。各部に給油が施され、ブレーキの緩解を確認。'09.7.21
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▲220tクレーン2基が前後から吊り上げるいわゆる“とも吊り”が行われる。巨大なクレーンの足場を確保するために築堤の法面まで事前に削り取られている。'09.7.21
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そんな中、同じ日本鉄道保存協会顧問の青木栄一先生のお力添えをいただこうと、東京・丸の内の日鉄鉱業本社に青木先生をお連れしたのが昨年3月10日のことでした。本件にたいへん熱心に取り組まれておられた石川知明総務部長(当時)との打ち合わせの中で、保存に関する方針を再確認し、“嫁入り先”探しが再び始まったのでした。

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毎年ご好評をいただいている『JR全車輌ハンドブック』の2009年版が完成いたしました。
今年もJR全社からご提供いただいた本年4月1日時点での車輌配置表をはじめとした各種資料をもとに、在籍する全形式・全番代約2200種類のすべてを写真と解説で網羅しております。
▲本書誌面の一例。系列別、形式別の詳細解説のほかに、カラーバリエーションの紹介、配置表、諸元表、そして数々の基礎知識を網羅している。JR車輌の“今”を知るうえで必携の一冊。
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今年の総頁数はなんと708頁にも達しました。本編では一形式、一番代ごとに写真をまじえて解説、さらに近年その数を増やしつつある塗装デザインもカラーページでそのすべてを紹介しています。

090821n001.jpgでは、本年の見どころをご案内してみましょう。新形式は52形式・番代が追加となりました。山陽新幹線と九州新幹線を直通する「さくら」用N700系7000番代、「つばさ」用E3系2000番代を筆頭に、「サンダーバード」用683系4000番代、姫新線用キハ122・127系などの純然たる新車も数多く、さらに113系700番代、クモハ115-1500番代、713系0番代などの改造車も新形式・番代に加わっています。なかでも113系700番代は国鉄時代に誕生した形式ですが、その後の改造でいったんは廃形式となったものが今回復活を遂げるという数奇な運命を経ています。
▲1988年年末に第1巻を発行してからついに20年目を迎えるイヤーブック『JR全車輌ハンドブック』。2009年版は実に708ページ。
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▲新形式・番代の誕生とともに押さえておきたいのが塗色のバラエティー。本書ではJR7社に存在する全塗色を写真で紹介。
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いっぽう、廃形式は73形式・番代にのぼりました。0系新幹線、キハ80系などわが国の鉄道史に燦然と輝く名車が誌面から消えたのは、時代の流れとはいえ寂しいものがあります。また、除雪用機関車DD17、DD18、交直流近郊型電車として誕生しながら、新製車回送時のみに直流区間を走行した417系や、14系、24系寝台客車など国鉄型形式が軒並み“鬼籍”に入ってしまいました。

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▲巻末には諸元表、配置表を収録。ことに諸元表の電車欄は、本編に合わせて特急、近郊、通勤の順に並び替えをすることで、より利便性が向上。
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ところで、廃形式の中にJR型が1形式含まれているのですが、おわかりになりますでしょうか。答えは2006(平成18)年に誕生し、“ネコ耳”の愛称で注目を浴びた新幹線用高速試験車E955形で、同車の試験結果を反映した車輌は次期「こまち」でデビューを飾るはずです。
なお、昨年まで付録いたしましたデータDVDは、ウェッブとの連携を踏まえた次の展開を図るべく、今回は付録いたしておりませんので、あしからずご了承ください。

『JR全車輌ハンドブック』 2009(お求めは→こちら
A4変形(本誌同寸)/708ページ
定価:6300円(税込)

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10年目を迎えたJAM。

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▲屋上展示場には大型乗用模型や5インチライブが大集合。こちらは八木軽便鉄道の一人乗り大型乗用模型。'09.8.21
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今日から東京・有明のビッグサイトで「国際鉄道模型コンベンション」が始まりました。今年で10回目となる夏の鉄道模型の大祭典は、会場前から行列ができる人気で初日のスタートを切りました。

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▲カトーからはまったく新しい路面トラムシステム「UNITRAM」が発表となった。先に発表になっている富山ライトレールTLR0600形3色に加えて、専用設計の路面軌道を含むスターターセットも計画。発売は今冬を予定しているとのこと。写真は低速で軽快に走る“ポートラム”を流し撮りしてみた一枚。'09.8.21
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ビッグサイト西4ホールと屋上展示場を埋め尽くしたモデラーズパフォーマンス出展者は64ブース、出店企業ブースも64にのぼり、さらに今年はJCP(ジュニアカレッジプログラム)工作教室や、女性のための工作教室(22日開催)などの体験型プログラムも例年以上に充実度を高めています。

090821n023.jpgもちろん各出店企業の新製品も注目を集めています。カトーからはまったく新しい路面トラムシステム「UNITRAM」が発表となり、きわめてスムースな低速走行性能をはじめ、既存のユニトラックとの接続可能な専用設計の路面軌道が注目を集めていました。複線間隔25mm、半径R180の路面軌道も実に実感的な路面表現が施されています。ジオタウンと連動したトータルなシステムが前ぶれもなく一気にリリースされたことはまさに驚異的です。
▲TLR0600形は赤・青・緑の3色が発表されている。品番が連続していないことからすると、ほかの色も加わるのかも…。'09.8.21
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今回製品化された富山ライトレールのTLR0600形はヘッドライト、テールライトはもとより室内灯も標準装備されており、R90も楽々通過可能な走行性能を秘めています。室内灯で丸見えの室内に動力ユニットが見えないことからも知れるように、パワートレーンは新しく専用に開発された極小のもので、こんなところからも同社がこの「UNITRAM」にかける思いを知ることができます。加藤 浩社長は「新しい都市交通の未来をNの世界でも創ってゆきたい」とその抱負を語っておられました。

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▲会場で発表…とモザイク模様の先行広告で注目を集めたモデルス井門の新製品は、なんとまったく新しい自連「IMONカプラー」。独自の特許で素晴らしいプロポーションと機能性を実現している。復元機能に遊間もたっぷりとってあり、日本型ならではの実感的な運転が楽しめそう。自動解放機能こそないものの、もちろんKDとも連結可能。'09.8.21
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前触れもなく…という面ではモデルス井門が会場で発表したその名も「IMONカプラー」にも驚かされました。従来、日本型に微妙にマッチしないのを承知のうえで海外製品に甘んじていたカプラーを、独自の特許で納得のゆく製品化を図ろうという、モノは小さいながらも壮大なプロジェクトです。カプラーポケット部はプラ製ながら、自連本体部分はダイキャスト製です。充分にとられた遊間もあって、長大貨物を牽き出す際のカン、カン、カン…という音まで再現できますと井門義博社長。今秋には製品第一陣が店頭に並ぶそうですが、注目のプライスも「既存製品より安く」設定される予定だそうで、ひょっとすると「IMONカプラー」がスタンダードとなる日はそう遠くないのかも知れません。

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▲毎年奇抜なアイデアで楽しませてくれる大ベテラン・井上昭雄さんが今年見せてくれたのが「尺取り虫」電車。その動きもさることながら、シングルアーム・パンタグラフが“把手”となっているのにはびっくり。'09.8.21
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▲「尺取り虫」電車は車内に仕込まれたパンタグラフ型動力とラチェットによって連接車体が伸び縮みして走る。線路もないのに会場内の通路をにょろにょろと走り回り大人気。'09.8.21
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今年もモデラーズパフォーマンスは見所いっぱいです。ことにシーナリィを盛り込んだレイアウト、ジオラマが増加しているのが特筆され、来場された水沼信之初代会長をして「10年前の第一回JAMから見ると隔世の感がある」とおっしゃられるまでとなっています。もちろん、シーナリィ表現のみならず、デジタル・コマンド・コントロール(DCC)に象徴される運転面での進化もまさに日進月歩です。

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▲アクリル模型で知られる松 仁志さんは今度は独自の発想によるペーパークラフト蒸気機関車を発表。スチレンボードとクラフトペーパーを重ね合わせた(右)質感と量感は実に秀逸。'09.8.21
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▲頂点を極めた感のあるナローゲージジャンクションの管 晴彦さんの「日出生交通立田山粘土鉱山第二坑線」。HOn-6.5&9mmの回転レイアウトで、画面中央のスチーム・ショベルが実際に鉱石をすくい、回転し、鉱車に取り卸すというとんでもないギミックをやってのけている。現在は手動だが、近いうちに電動化する予定というから恐ろしい。'09.8.21
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初日21日の入場者数は早くも1万人を越えたそうで、土日となる22・23日はさらに多くの来場者が見込まれています。数多くのブースのほか、連日「クリニック」と呼ばれる講座も開催されており、じっくり見るにはとても一日では足りないほど盛りだくさんなこの第10回「国際鉄道模型コンベンション」、ぜひ皆さんも足を運んでみてください。

■第10回 国際鉄道模型コンベンション
開催日時:8月21日(金)~8/23(日) 10:00~18:00(最終日は17:00まで)
会場:東京ビックサイト(東京国際展示場) 西4ホールおよび屋上展示場
入場料:大人1,500円(会期中何度でも入場可能) 中学生以下 無料

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▲クリックすると実際のサイトにとびます。

今月から「鉄道ホビダス」のネットワークに、鉄道ジャーナル社さんが加わってくださいました。『鉄道ジャーナル』誌最新号発売日の21日(金)に合わせて「鉄道ホビダス」のトップページにも「RJNET by ホビダス」のバナーを設けましたので、今後はこちらから『鉄道ジャーナル』をはじめとした同社の最新情報をご覧いただくことが可能となります。

090820n002.jpgもちろんEコマースにも対応しており、まずはスタートとして、鉄道ジャーナル社制作のDVDの数々をホビダス上でお求めいただけるようになりました。同社制作映像のクオリティーの高さはいまさら申し上げるまでもありませんが、この機会にあらためて拝見するに、映像の美しさばかりでなく、そこに込められた鉄道へのあくなき情熱と愛情に、竹島紀元社長が理想とする鉄道メディアの原点を見る思いがいたします。

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▲“鉄ホビ・ダイレクト”上の鉄道ジャーナル社制作DVDのページ。
クリックすると実際のサイトにとびます。

個人的にも、「雪の行路」を最初に見た時の感動は忘れられません。氷雪の峠を次々と越えてゆくC62重連急行「ニセコ1号」の苦闘を、ふんだんな添乗映像とともに克明に記録した本作品(1971年)は、その比類なき迫力はもちろんのことながら、蒸気機関車と人の関わりを「ニセコ」という極限状態を通して改めて問いかけてくれました。35ミリ映画として完成当初は交通博物館等でも上映され、のちにビデオ化されましたが、DVDではテロップが追加挿入され、より鮮明な映像であの感動が再び甦ります。さらに国鉄無煙化の1976(昭和51)年に制作されながらも、より完璧な作品に仕上げるために正式公開されなかったという「映像詩幻走」の全面改訂版がセットとなっているのも嬉しい限りです。

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▲DVD「映像詩幻走/雪の行路」(左)と「思い出の木曽森林鉄道」(右)。
クリックするとそれぞれ実際の商品紹介ページにとびます。

「思い出の木曽森林鉄道」もお薦めです。1973(昭和48)~1975(昭和50)年にかけて16ミリフィルムで記録された本作品は、沿線住民の足でもあった「みやま」号の日常など、運材のみならず森林鉄道がどれほど生活に密着していたかを追ったドキュメンタリーで、林鉄ファンのみならず多くの皆さんにご覧いただきたい作品です。DVDには「消え去った“林鉄”を後世に残す 赤沢森林鉄道」が付属編としてセットになっています。

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▲“鉄ホビ・ダイレクト”のトップページ(左)のカテゴリーから「鉄道ジャーナル DVD」をクリックすると一覧ページ(右)に遷移する。
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今後は『鉄道ジャーナル』本誌や同誌バックナンバー、関連図書の数々も“鉄ホビ・ダイレクト”上でお買い求めになれるようにパワーアップする予定です。また、「鉄道ジャーナル」スタッフの皆さんによる取材先からのレポートや過去の記録、思い出、そして鉄道ジャーナル社からのお知らせなどもブログ形式で随時更新してまいりますので、今日からはぜひ「RJNET by ホビダス」にご注目ください。

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▲早朝の東海道を汐留目指してひた走る緑の流星「たから号」。今年はわが国初のコンテナ列車「たから号」が誕生して半世紀の記念すべき年にあたる。P:鈴木靖人  (RMライブラリー『国鉄コンテナのすべて』より)
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これまで知られざる国鉄車輌や失われた地方私鉄などにスポットを当ててきたRMライブラリーですが、今月と来月は吉岡心平さんによる『国鉄コンテナのすべて』の上下巻をお届けします。これまでRM本誌はもちろん、RMライブラリーでも『3軸貨車の誕生と終焉』『大物車のすべて』など知られざる貨車の世界を紹介されてきた吉岡さんですが、今回はついに、貨車に載る「コンテナ」の知られざる世界を解き明かされます。

090818nrml121.jpg現在の鉄道貨物輸送の主力であるコンテナ輸送。その歴史は意外に古く、1931(昭和6)年に製作された「イ号」が始祖とされています。とは言え、実用化という意味では、今からちょうど50年前、1959(昭和34)年に東京(汐留)~大阪(梅田)間で運転を開始したコンテナ特急「たから号」に搭載された5000形コンテナが嚆矢です。その後「戸口から戸口へ」のキャッチフレーズのもと、全国にそのネットワークが展開され、様々な用途のコンテナが製造されていったのはご存知の通りです。

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▲国鉄コンテナと言えば「戸口から戸口へ」というキャッチフレーズ。それらの標記についてももちろん詳細な解説がなされている。  (RMライブラリー『国鉄コンテナのすべて』より)
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本書は「たから号」運転開始前に製作された5000形コンテナを筆頭に、国鉄が所有した全ての5・10トンコンテナを解説するもので、有蓋、冷蔵、通風、タンク、ホッパ、無蓋、そして車掌とあらゆる種類の国鉄コンテナを形式別に網羅しています。

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▲初期の国鉄コンテナの形式は「C」などは付かず、「5000形」など数字のみであった。独特の亀甲型の外板を持つのは5000形5100番代(左)。1966年に誕生したC11形は6690個製造され、民営化後も活躍を続けた(右)。  (RMライブラリー『国鉄コンテナのすべて』より)
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上巻では国鉄コンテナの歴史、規格、標記と塗装といった概要に続き、一種規格の有蓋および冷蔵コンテナと、全ての通風コンテナを収録。15,000個以上製造されたC10や白い塗装の冷蔵コンテナR10などの有名どころはもちろん、クロスバー交換機専用コンテナC93や「冷凍」コンテナR91、さらに試作のみに終わった2.5トンコンテナ925形など、数個のみ製造されたものまであますところなく収録しています。

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▲「白いコンテナ」と言えば冷蔵コンテナ。模型のアクセントとしても人気があったが、本書ではその分類についても詳細に解説されている(左)。通風コンテナは上巻で全て収録(右)。小海線などで思い出の多い方も多いのでは…。  (RMライブラリー『国鉄コンテナのすべて』より)
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これまでほとんど顧みられることの無かった国鉄コンテナの全貌に迫る本書、「たから号」運転開始50年の記念すべき年に、実物ファンはもちろん、模型ファンにもお勧めの一冊です。ぜひ、書架にお揃えください。

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▲五箇荘駅を発車、東海道新幹線の高架をくぐって側線分岐付近を加速する近江鉄道本線貴生川行き。実は数秒の差で新幹線とのツーショットはならず、これは残念ながら2枚の画像を合成したもの。'09.8.15 五箇荘
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そのうち訪ねてみようと思いながら、ついついその機会を逸してしまった場所はいくつもありますが、近江鉄道の五箇荘駅から愛知川(えちがわ)河岸へと続く側線もそのひとつでした。先週末、私用で大阪へ出掛ける機会があり、行きがけの駄賃?にと彦根から近江鉄道に乗り込み、この五箇荘側線などを訪ねながら貴生川へと抜けました。

090817n026.jpg近江鉄道を訪れるのは一年ぶり(アーカイブ「近江鉄道ミュージアムを見る」参照)です。彦根9時22分発の貴生川行きはモハ806。高宮で多賀線分岐付近に留置されたセキ1などに興味をひかれながらも一路五箇荘を目指します。尼子、豊郷、愛知川と東海道新幹線に寄り添うように走り続けた806Fは、1897(明治30)年英国製とされるポニーワーレントラスの愛知川橋梁を渡って9時47分に五箇荘に到着。五箇荘駅は新幹線高架のすぐ横に位置する交換駅で、目指す愛知川への側線はこの構内外れから分岐しています。

▲本線(手前)側から五箇荘側線をのぞむ。垂直がおぼつかない木製の架線柱、シンプルカテナリーの頼りない架空線…暑くなりそうな夏の朝のひととき。'09.8.15 五箇荘
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▲地形図に見る五箇荘側線。かつては愛知川(えちがわ)河岸まで達していた側線だが、現在では途中のバラス積載場までとなっている。 (国土地理院電子国土より)
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東海道新幹線の海側シートに座った時は、米原を出ると目をこらしてこの五箇荘側線を見つけるのが習慣のようになっています。愛知川を渡るとほんの一瞬、眼下に見える時代を忘れたような砂利採り線は、気忙しい出張時にもひとときの安らぎを与えてくれる存在でもありました。いつかはあの側線を行く列車を見てみたいものと、十年ほど前には近江鉄道さんにお願いしたこともありましたが、いつも予定が合わず、結局は機を逸してしまいました。

090817n021.jpg五箇荘駅から愛知川河岸へと続く側線は、もともとは愛知川の川砂利を採取するための専用線でした。復興社(のちの西武建設)愛知川事業所が河川敷にクラッシャーや水洗機など大規模な採取設備を展開し、安比奈(アーカイブ「安比奈線再訪」参照)と同様に西武マークの小型内燃機関車がナベトロを牽いて走り回っていたのです。ちなみにこの愛知川河岸で使用されていた小型内燃機関車のうちの1輌は、その後、平台車の上に載せられた“おいらん機関車”となって日野駅構内で放置されていたのが下嶋一浩さんによって報告されています(『トワイライトゾ~ン・マニュアル10』参照)。
▲五箇荘駅は2000(平成12)年に地元の東近江市と共同でコミュニティーセンターを併設した立派なものに建替えられている。ちなみに駅名は五箇荘だが、地名は「五個荘」である。'09.8.15 五箇荘
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▲昭和36年、最盛期の五箇荘側線終端部。愛知川事業所第二水洗機前には近江鉄道ト500形506やトム220などが停まっている。'61.6 P:復興社
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▲愛知川を目指して農地の中を続く側線。軌条は30㎏/mか。写真前方が愛知川方面。'09.8.15
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五箇荘側線の砂利輸送がいつ頃終焉を迎えたのかは定かではありませんが、販売用砂利製品の搬出がなくなってからも側線は近江鉄道の事業用バラストの輸送用に残り、ED31がホキを牽いて入線していました。

090817n023.jpg現在でも五箇荘側線は全線にわたって架線が残されており、軌道も少し手を入れれば運行可能な状態に見受けられます。一時はこの側線の一部を利用してのイベント等も行なわれていたそうです。
いつの日か、見ることかなわなかったこの側線を行く列車を目にできることを祈りつつ、短い訪問を終えたのでした。
▲途中には宅地を横切る踏切もある。モデラーにとってもそそられるシーンが随所に見られる。'09.8.15 五箇荘
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▲東武徳川・仙石河岸、常総三所線、西武安比奈、そしてここ五箇荘側線。河原を目指す「砂利線」にはなぜか不思議な魔力がある。'09.8.15 五箇荘
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※RMライブラリー10周年を記念して8月20日まで「RMライブラリー10周年記念キャンペーン」(→こちら)を実施中です。

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▲「ピンバッジコレクション 栄光のブルーリボン賞 受賞車輌50年の軌跡」。ステンレス製のピンバッジが縦330mm×横450mmの額にディスプレーされている。シリアルナンバー入り。(→こちら

各種コンテンツとともにご愛顧いただいている「鉄ホビ・ダイレクト」が8月いっぱい“決算爆安セール”と銘打った期末恒例のセールを開催中です。セール期間中、対象商品は一週間毎に追加、大幅なプライスダウン商品もございます。

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▲歌川模型製 16番・国鉄ED53形電気機関車・未塗装キット。もはや入手困難なアイテム。(→こちら

すでに大好評をいただいているのが「ピンバッジコレクション 栄光のブルーリボン賞 受賞車輌50年の軌跡」。本製品は1958年~2008年に鉄道友の会の「ブルーリボン賞」を受賞した47車輌を豪華額装のピンバッジコレクションとして限定生産したものです。第1回受賞車輌となった1958(昭和33)年の3000形SE車(小田急電鉄)から、2008(平成20)年のN700系新幹線(JR東海・JR西日本)までの各車輌とブルーリボン賞のプレートがラインナップされています(1971年、1974年、1994年、1997年は該当車輌なしのため収録がありません)。
090814n003.jpg■特徴
・ピンバッジはステンレス製、サイズは高さ28mm、幅約30mm
・額サイズ:縦330mm×横450mm
・シリアルナンバー入り(番号は選べません)
・製造:大和玩具株式会社
・各該当鉄道会社商品化許諾済

▲HOmのHGe2/2。 プロトタイプはフルカオバルプ(FO)の21号機。(→こちら
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ご注目いただきたいのが店長B滝をはじめスタッフが足で集めた「珍品堂」です。手に入りにくくなった模型、懐かしい模型、レストアや自作、キット加工に役立つパーツなどを集めたのが「珍品堂」のコーナー。その大半が1点もの、しかも逐次入れ代わりますので日々ご注目ください。

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▲大好評をいただいている鉄ホビ・ダイレクト特製の16番「観音トム」トータルキットの完成見本。(→こちら

090814n005.jpgさらに鉄ホビ・ダイレクト・オリジナル商品として誕生した最新作が「鶴首コテ先」です。“鉄ホビ”のB滝をはじめ、RMモデルズ編集部がさまざまな視点から改良を重ね、ついに商品化したいわば“理想のコテ先”で、プロが欲した先端形状は、ブラスモデラーの皆さんの使い勝手を最大限に満たすものです。すでに大好評をいただいているB滝開発による「観音トム」をはじめ、鉄ホビ・ダイレクトでは今後もこんなものがあったら…という鉄道ホビイストの希望をひとつずつかなえてまいります。
▲ブラスモデラー待望のコテ先誕生。(→こちら
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▲カトー/10-547 N700系新幹線「のぞみ」4輌基本セット。(→こちら

090814n007.jpgもちろん“決算爆安セール”の名に違わないお値打ちのアイテムもふんだんに用意しております。一例をあげますと…。
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▲天賞堂/16番・国鉄C56形蒸気機関車96号機完成品

セール期間は8月31日(月曜日)の午前10時まで。もちろん休まず開催いたしておりますので、お盆休みの工作に、ぜひご覧になってみてください。
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※RMライブラリー10周年を記念して8月20日まで「RMライブラリー10周年記念キャンペーン」(→こちら)を実施中です。
※今週末は不在のため小ブログは休載させていただきます。18日より再開いたしますので、なにとぞご了承下さい。

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▲常総線車輌としてはこれまでにないカラーリングが目をひくキハ5000形。メーカーは従来と同様に新潟トランシス。P:関東鉄道
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1994(平成6)~1996(平成8)年にキハ2100形、1997(平成9)~1998(平成10)年にキハ2200形、2000(平成12)~2002(平成14)年にキハ2300形、そして2004(平成16)年からはキハ2400形と続々と新型気動車を導入してきている関東鉄道ですが、さらに常総線向けの新型車輌キハ5000形が誕生することとなりました。

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▲腰掛などのカラーリングが従来車と比べて変更となったキハ5000形の客室内。P:関東鉄道
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090813untendai.jpg新製されるキハ5000形は、従来車に比べて環境にやさしい新型エンジンを装備し、ユニットブレーキ式のボルスタレス台車を採用するなどの最新設備を導入。室内も、腰掛の色を明るくし、縦仕切棒を設置するなどの改良が施されています。

▲その運転台。2ハンドルで常用ブレーキは電気指令式。P:関東鉄道
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▲台車は空気バネを持つ動台車NF01HD(左)。従台車はNF01HT(右)となる。P:関東鉄道
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090813nenzine.jpgまた、車輌外観デザインも在来のキハ2100~キハ2400形から変更され、鬼怒川(青)と小貝川(青)の間を走る常総線(赤)をイメージした新たなカラーリングとなっています。当面の導入輌数は2輌(キハ5001・5002号)。製造元の新潟トランシスより8月24日(月)に回着し、9月下旬に営業運転入りする予定です。なお、本車については本誌今月発売号で形式図を含めてご紹介いたします。
▲搭載される機関は横型直噴式の6H13CRE形。P:関東鉄道
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▲キハ5000形主要諸元表。提供:関東鉄道
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資料提供:関東鉄道株式会社

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▲改築前の騰波ノ江駅で発車を待つキハ2203。キハ2100形~キハ2400形のこの塗色はすっかり常総線のイメージとなった感があるが、今回のキハ5000形でイメージチェンジを図ることになる。'05.5.8 騰波ノ江 P:名取紀之
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1973年夏、静内川橋梁にて。

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▲ヨ3500とワム90000をぽつんと牽いて静内川橋梁をゆく1892レ。当時、日高本線の貨物列車は静内止めがほとんどで、苫小牧(操)~様似間を走破する運用は1往復のみだった。'73.8.10 静内-東静内
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“二つ目”のC11の活躍で知られた日高本線ですが、たびたび渡道していた割りにはあまり縁がなく、ことに有名撮影地でもある静内川橋梁を訪れたのは後にも先にも一度きりでした。

090812n002.jpg1973(昭和48)年8月、当時大増殖していた“カニ族”に押し出されるかたちでひと晩をデッキで過ごした急行「すずらん6号」を苫小牧で降りたのが4時50分。日高本線下り始発(5:47)の833Dに乗るつもりが、さすがに不眠が祟ったのか、待合室でうとうとしていると窓の彼方に発車してゆく833Dの姿が…。しまった、と思ったものの後の祭り、次の下り(急行「えりも1号」)までは2時間も待たねばなりません。
▲けだるい夏の昼下がり、音もなく橋梁を渡ってきたのはC11 207〔苫〕。まさかこの機関車が36年後の今も走り続けようとは想像さえしていなかった。'73.8.10 静内-東静内
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▲全線を走りぬく1893レを牽くのはC11 209〔苫〕。もちろん“二つ目”。次位につく「道外禁止」標記のワフ12100の姿も今となっては懐かしい。1893レ'73.8.10 静内-東静内
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しかし、いまさら思えば良き時代で、それならばその待ち時間にと白老へ移動、C57の牽く客レやらキハ82の1D「おおぞら1号」やらを撮影して再び苫小牧へと戻りました。

090812n004.jpg712D急行「えりも1号」で初めての静内に降り立ったのは10時10分。静内の機関支区にはお目当ての“二つ目”のC11が何輌か煙を上げていましたが、まずはまだ見ぬ静内川の“お立ち台”へ。日高本線の静内川橋梁は国道の静内橋とV字を描くかたちで河口の海側ぎりぎりに架橋された橋長355mのプレート・ガーダー橋で、光線状態こそ逆光ぎみながら期待に違わぬ北海道らしい雄大な展望でした。C11 209〔苫〕の牽く1893レ(11:11静内発)とC11 207〔苫〕の牽く1892レ(12:21静内着)を撮り、さらに883レ(14:07静内発)までこの橋梁で粘ったものの、待てど暮らせどこの883レは現れず、結局、一日を費やして静内川橋梁で撮影できたのは2列車のみという結果に終わりました。
▲この当時、苫小牧機関区にはC11ばかり8輌が配置されていた。夕日を浴びて構内に憩うC11。'73.8.10 苫小牧
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▲決して撮影効率も良くなく、しかもC11とあって訪れるファンも少なかろうと思いきや、やはり“二つ目”の珍しさゆえか、有名な競争馬牧場の広がる静内川橋梁周辺にもそこそこのファンの姿を見かけた。'73.8.10 静内-東静内
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やむなく駅で教えてもらった銭湯で夜行以来の汗を流し、静内をあとにしました。なにか消化不良の思いは絶ち難かったのですが、その割りに冒頭に掲げた28㎜で捉えた貨車2輌だけの1892レは個人的に結構お気に入りの写真となり、のちに自ら全紙のパネルに伸ばしたりすることとなります。次回は冬にと思いつつも、無煙化まで、いや今日まで静内川橋梁を再訪するチャンスは巡ってきてはいません。
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▲8月22日にデビューを飾る800系1000番代のトップ編成。三次曲面を取り入れたライトカバー、「つばめの飛行軌跡」をイメージした赤帯が外観での大きな変更点。車号は-1001もしくは-1101を付番するが、編成略号は0番代からの通しでU007となる。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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先般完成写真が発表されたJR九州の新800系新幹線が、このたび川内新幹線車両センターで報道公開されました。
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090811n002.jpg公開されたのは3本が製造されることになっている新800系の最初の1本目で、編成番号は在来の0番代からの続番となるU007を名乗っています。形式は800系を踏襲していますが、番代は1000番代となり、編成順序は鹿児島中央方1号車から821-1000(Msc)+826-1000(Mp)+827-1000(M2w)+827-1100(M2)+826-1100(M2w)+822-1100(Mc)となります。サフィックスでおわかりのようにオールM車の6輌編成です。
▲鉄道車輌としては世界初という凸型三次曲面の前照灯カバーが目をひく正面。裾部に編成番号U007が標記されている。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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▲6号車先頭部。凸面のライトカバーがよくわかる。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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▲1・2号車の連結面。「つばめの飛行軌跡」をイメージした車体側面の帯に注目。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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車体色はパーフェクトホワイトをベースに、屋根は漆色、帯は赤色と金色の帯を配すのは0番代と同じですが、運転席側面はツバメがふわりと飛ぶ航跡、奇数号車の新八代方には、弧を描く航跡が描かれています。また車体側面中央部には新たな「TSUBAME」のロゴが貼られ、この結果、世界初となる三次曲面を取り入れた凸型形状のライトカバーとともに0番代と一線を画す外観となっています。

090811n005.jpg室内はオールモノクラスで、腰掛は全車2列+2列配置。乗り心地改良のため、0番代より座面を35mm深く、着席時の背の角度が7度から8度に変更されています。また、すべての腰掛から車内案内表示器の視認性を高めるため、背板の高さを-25mm、腰掛座面を-15mm、合わせて床面から-40mm低くしており、このため、車内中央部の天井にも車内案内表示器が設置されています。なお、これまでにもたびたびお伝えしてきたように、インテリアデザインは号車ごとに異なるたいへん特徴あるものとなっています。
▲先頭部のつばめのエンブレムは豪華なものになった。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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▲1号車は側壁/クス、腰掛/赤系市松模様のデザイン。床は白系色となり、荷棚は難燃木材を使用している。天井中央部にも案内表示機が設置された。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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▲2号車の下り方は側壁/金箔、腰掛/ワインレッド系革張り(左)。4号車の下り方側壁/金箔とハードメープル。腰掛/アイビー柄ゴブラン織(右)。'09.8.6 川内新幹線車両センター P:宇都宮照信
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このU007編成は来る8月22日、鹿児島中央駅10:18発─新八代駅着11:04着の42F「つばめ42号」で営業運転入りする予定で、2011(平成23)年春の九州新幹線全線開業時から、いよいよ九州の拠点、博多駅に姿を現ことになります。
取材協力:JR九州
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▲見事に“復活”を遂げたフォード。板材から製作された台枠はアンダーコートによって鋳鉄風に仕上げられている。'09.8.8
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「定時」と愛称されて町民に親しまれてきたガソリンカーを復活させることは、2005(平成17)年に足尾歴史館がオープンした当初からの長井館長の強い願いであったと聞きます。しかし、復活記念式典冒頭で吐露されたように、長井館長は機関車はもとより内燃機関に関してもまったくの素人。まさに熱意だけのスタートでした。

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▲実にシンプルなキャブ内。手ブレーキの根元の狭隘なスペースにクラッチペダル(ブレーキポストの後ろ)とスロットルペダル(右)が見える。左側の青い箱はガソリンタンク。'09.8.8
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その熱意をしっかりと受け止めたのが同館理事で町内きっての自動車修理工場を経営する町田 洋さんでした。内燃機関であれば修理できないものはないというエンジニアの町田さんは、まずは心臓部であるA型フォードを探すことから作業を開始したそうですが、完成に漕ぎ着けるまでは語るに尽くせないご苦労があったとのこと。復元記念式典終了後、その辺の艱難辛苦を専門的にうかがおうと、歴史館二階で私と町田さんのトークショーが開催されました。

090809n003まずは問題のエンジンです。足尾銅山工作係作成の図面によれば、搭載エンジンは乗用車用のA型フォード。外見からも当たり前のように思えるかもしれませんが、同系にはトラック用のAA型もあり、A型を探すのにたいへんな苦労をされたとか。しかもようやく入手したA型もディストリビュータをはじめとした補機類はすべて失われており、シリンダーブロックとシリンダーヘッド、オイルパン、それにミッションだけという惨憺たる状態だったのだそうです。
▲完成披露を前にキャブ側面に取り付けられた銘板。銅山の町だけに高価なリン青銅が奢られた。'09.8.8
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▲数々の苦難を経て復活したA型フォードエンジン。イカの頭のような独特の形状をしたディストリビュータも遥々アメリカから輸入された。'09.8.8
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それでもインターネットで探り当てたアメリカのレストア部品販売業者から足りない部品を手に入れ、なんとかエンジンが掛かる状態にまで修復することに成功。ただ、スタッドボルトとシリンダーヘッドが固着してしまってどうにも分解できず、シリンダーやピストンリングの調整は今後の課題となっているとのことです。それにしても80年近く前のフラットヘッドと通称されるサイドバルブ(SV)エンジンは現代の目で見ると実に破天荒で、ディストリビュータからスパークプラグへはハイテンションコードなどなく、金属帯が剥き出しで接続しているなど、かなりスパルタンな構造であったことがわかります。

090809n021.jpg台枠はさすがに鋳鉄で作ることはできず、鉄板を重ねて組み上げたものですが、この製作工程でも新たな発見があったと聞きます。オリジナルの鋳鉄台枠の図面を仔細に見てみると、重量を稼がねばならない前後と、肉厚を薄くすべき軸受部の厚みに大きな差があり、鋳造時の冷却速度に大きな差が生じてきわめて製造が難しいことが判明したのです。鉱山用機械を“地産地消”してきた足尾銅山ゆえに、昭和初期にこの技術的に困難な鋳造をなしえたわけで、いみじくも古河の技術力の高さを証明しているとも言えましょう。
▲14時からは歴史館二階で町田さんと私のトークショーが行われた。'09.8.8 P:須永秀夫
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▲わたらせ渓谷鐵道の終点・間藤から本山までの線路はまだ残されている。現在、日光市はこれらの近代化遺産を世界遺産に登録すべく、さまざまな活動を繰り広げている。'09.8.8
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細部にまで拘りぬいたこの2009年製のガソリンカーは、町田さんがプライドを賭けて追い番の№14と付番したのに相応しく、半世紀の時空を超えて足尾の地に甦ったまさに“本物”と言えるでしょう。足尾歴史館では今後も基本的に毎月第一土曜日にこのガソリンカーを運行する予定だそうですので、今回のガソリンカー祭を見逃した方も、ぜひ次の機会にお訪ねになってみてください。
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▲小気味良いエキゾーストノートを響かせて「足尾ガソリン軌道歴史館線」を行く“フォード14号機”。'09.8.8
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この週末はわたらせ渓谷鐵道通洞駅に隣接する足尾歴史館で、「ガソリンカー祭」と銘打たれたA型フォード搭載ガソリン機関車の完成披露が行われ、私もゲストの一人として行ってまいりました。

090809n008.jpg「ガソリンカー」と通称されるのは、1950年代中盤まで足尾町内を走り回っていたガソリン機関車で、「定時」と呼ばれて地元住民の足としても長年にわたって親しまれてきました。フォードのエンジンとボンネットを利用して地元の足尾銅山工作係が作り上げたそのスタイルは、一度目にしたら忘れられなくなるほどユニークで、現在では各スケールで模型製品化されておりますので、ご存知の方も少なくないことでしょう。
▲まさにスクラッチビルドで14号機を完成させた町田 洋さん。'09.8.8
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この「ガソリンカー」を“復活”させようと奮闘されてきたのが、歴史館館長の長井一雄さんと、同館理事で自動車エンジニアの町田 洋さんです。町田さんは稀少なA型フォード・エンジンを探し出し、補機類をアメリカから取り寄せ、台枠を切り出し…まさにスクラッチビルドでこの機関車を作り上げたのです。車輌番号の№14は、A型フォード搭載機のラストナンバーが№13であったことから、決して1分の1の模型ではない“本物”だという思いを込めた追い番です。

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▲出発式のテープカットに臨む齋藤文夫日光市長ら関係者の皆さん(左)。私もゲストとして祝辞を述べさせていただいた(右)。'09.8.8 P:高木瑞恵(『鉄道旅行®』)
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13時から始まった復元記念式典ではその熱き思いが披露されたのち、齋藤文夫日光市長、新井良亮JR東日本代表取締役副社長から祝辞、続いて私がこの「ガソリンカー」の存在を世に知らしめることになった臼井茂信さんの思い出話などを披露させていただきました。

090809n024.jpg第6代足尾銅山鉱業所長のお孫さんらの手によって行われたテープカットには、驚いたことにかつてガソリンカーの運転士をお務めだった片山仙一さんの姿もありました。現在は足尾を離れられている片山さんですが、偶然訪れたこの足尾歴史館でガソリンカーの復活計画を知り、それからというもの数々の貴重なアドバイスを下さっていると聞きます。まさか実際に“足尾のフォード”を運転されていた方とお会いできるとは思ってもみなかっただけに、私にとっても感激でした。
▲歴史館二階ではガソリンカーに関する特別展が行われており、初公開の写真も展示されている。'09.8.8
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▲会場内にはミニ(?)ガソリンカー(左)や三輪トラック(右)も登場。地元の皆さんによる「あおぞら市場」も開催され終日賑わった。'09.8.8
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安全運行を願って“お清めの儀”が執り行われたのち、いよいよA型フォードが始動、半世紀ぶりに足尾の地にフォードのエキゾーストノートが響きわたりました。客車2輌を牽いてエンドレス軌道を行く姿に、詰め掛けた地元の皆さんも感無量の様子でした。

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▲加藤4t機も元気に活躍中。爽やかな渡良瀬川の川風を感じながらエンドレス軌道を行く。'09.8.8
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当日はフォードのほかにお馴染みの加藤製作所製4t機も登場し、2輌の2フーターが競演するというナローファンにはこたえられない週末となりました。
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▲完成した「富士登山電車」。中央部のドアを埋めて片側2扉化されるなど大きな改造が施されている。'09.8.6 電車修理工場(富士吉田) P:RM(伊藤真悟)
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「富士山再認識」のための日本一豊かな登山電車を目指し、今年開業80周年を迎える富士急行に観光列車“富士登山電車”が誕生しました。デザインは工業デザイナーの水戸岡鋭治さん。沿線の豊さと美しさを一枚の絵のようにプレゼンテーションできる移動空間をコンセプトにしてのデビューです。

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▲中央の扉が埋められた側面。戸袋窓だった部分も新たに窓が作り直されている。冷房装置のカバーまで塗装されているのに注意。09.8.6 P:RM(伊藤真悟)
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種車は“マッターホルン号”として使用されていた1200形のモハ1205+モハ1305。車内に展望席の広いスペースが必要となることから、中央部のドアを埋めて片側2扉化とされているのが構造的には大きな変更点と言えましょう。

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▲1号車着席券車輌(モハ1205)の展望カウンターと展望チェア。'09.8.6 P:RM(伊藤真悟)
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▲1号車展望シートの背面にはライブラリーと称される書棚が設けられている(左)。右は「富士見窓」と名付けられた運転台背面部の丸窓。ステップの高さも子どもの歩幅を考慮して設計されている。'09.8.6 P:RM(伊藤真悟)
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外観は、富士急行線開業当時に使用していた「さび朱色」をベースに、前身の富士山麓電気鉄道の社紋などが配されおり、屋根上や冷房装置カバーも同色に塗装されているほか、パンタグラフの一部にも色を入れるこだわり様です。

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▲2号車自由席車輌(モハ1305)の室内。奥の円筒形状のものはベビーサークル(左)。逆側には展望ロングベンチが備えられている。'09.8.6 P:RM(伊藤真悟)
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富士吉田方の1号車(モハ1205)は着席券車輌(座席定員42名)で、乗車には着席券(大人、小人とも200円)が必要。大月・河口湖方の2号車(モハ1205)は自由席車(座席定員48名)となっており、1号車には「濃茶色の木と赤い色調の“赤富士”」、2号車には「白木と青い色調の“青富士”」とそれぞれ異なった車輌のテーマが設定されています。

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▲2号車デッキ前方にはドリンクやグッズを販売するサービスコーナーとショーケースやライブラリーが設けられている。'09.8.6 P:RM(伊藤真悟)
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▲「富士登山電車」車内レイアウト。Eiji Mitooka+Don Design Associates.
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この“富士登山電車”は列車名も「富士登山電車」として、8月9日より営業運転を開始します。基本は水・木曜日を除く毎日運行で、各駅停車として大月―河口湖間を1日3往復する運用ですが、11月1日までの土休日(10月25日を除く)は季節運転を含めて1日4往復が設定されています。
取材協力・資料提供:富士急行株式会社
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▲シューパロ湖畔から旧下夕張森林鉄道の三弦橋をのぞむ。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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▲1961(昭和36)年竣工間もない頃の三弦橋。長さ381mの長大な森林鉄道用橋梁である。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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今年も夕張「汽車フェスタ」の季節がやってきます。財政破綻した夕張市にあって懸命に保存活動を続けている三菱大夕張鉄道保存会の活動については、これまでにもたびたびご紹介してまいりましたが、今年も「夕張応援号」の運転と呼応してさまざまな取り組みが行われるとのことで、今日はその概要をご紹介いただきましょう。

090807n004.jpg三菱大夕張鉄道保存会では、5月から本格的にナハフ1の補修(アーカイブ「大夕張鉄道ナハフ1の修復本格化」参照)に着手しましたが、屋根両端R部にキャンバスを貼り付ける作業が残っているものの、6・7月と活動日の天候にも恵まれ、なんとか順調に進んでいます。不明だった帯や三菱の社紋の塗色も、塗装の下地処理作業の中で判明したものの、同車は昭和42(1967)年にナハ1からナハフ1に改造されており、帯を巻かれた当時の塗装再現はやむなく断念。今後は形式変更を経ていないオハ1での再現などを検討しています。
▲ナハフ1の屋根R部の補修作業。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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また、7月の活動日には保線用モーターカーのエンジンも20数年振りに始動して、数メートルですがレール上を走行しました。

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▲可動状態となった保線用モーターカー。わずかな距離ながら線路を走ることができた。P:三菱大夕張鉄道保存会

さて、今年も9月5・6日には財政破綻した夕張市を応援する、JR北海道の夕張応援号が昨年同様運転されます。それに伴い、昨秋以来閉鎖され、廃止・解体の危機にある「SL館」を臨時に入場無料で当会が自主開館して、三菱大夕張鉄道№4や夕張鉄道14号、ナハニフ151号などの、夕張の炭礦の歴史と共に歩んだ貴重な保存車輌を公開します(開館時間は両日とも11時~16時30分)。 

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▲「幸福の黄色いハンカチ」に見守られてC11の牽く「夕張応援号」が行く。'08.9.7 石勝線清水沢 P:山本 学さん (「今日の一枚」より)

一方、旧三菱大夕張鉄道の南大夕張駅跡では、「汽車フェスタ2009」を9月5日(土曜日)13時から開催し、夕張応援号の運行をバックアップします。5日の夕刻から、前夜祭として列車の点灯が行われる他、3軸ボギー客車・スハニ6を列車喫茶として開放、三菱鉱業美唄鉄道バスの公開や各種グッズ頒布の他、ラッセル車・キ1の汽笛吹鳴やウィングの開閉を行います。

090807n007.jpg非公開で補修中の同鉄道唯一の自社発注客車ナハフ1も、今年初めて一般に公開します。また、夕張応援号の発着に合わせて、夕張駅からSL館、汽車フェスタ会場(南大夕張駅跡)や、産業遺産として有名な三弦橋(旧森林鉄道橋梁)を眺望できるシューパロ湖畔を結ぶ連絡バスも運行します。ぜひこの機会に夕張にお出でください。
(詳しくは、三菱大夕張鉄道保存会のホームページ→こちらを参照して下さい。)
▲「夕張応援号」の運転にあわせて特別公開される「SL館」。P:三菱大夕張鉄道保存会 
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夕張応援号
■運転日:2009(平成21)年9月5日(土)~6日(日)
■運転区間:新夕張―夕張間 ※1号のみ追分→新夕張→夕張
■運転時刻
○1号:追分 9:02→新夕張9:49~10:35→夕張11:10
○2号:夕張11:27→新夕張11:53
○3号:新夕張14:14→夕張14:49
○4号:夕張14:59→新夕張15:25
※停車駅は記載駅のみ
■使用車輌
○蒸気機関車:C11 171
○客車:「SLニセコ号」と同じ客車4輌(全車指定席)
■編成
○1号(追分→新夕張)
←追分          新夕張→
4号車(指)+3号車(指)+2号車(カフェカー)+1号車(指)+C11171+DL
○1号(新夕張→夕張)と2~4号
←新夕張        夕張→
DL+4号車(指)+3号車(指)+2号車(カフェカー)+1号車(指)+C11 171
※C11 171は夕張向き

■SL館・汽車フェスタ会場(南大夕張駅跡・三弦橋)連絡バス運行時刻(乗車無料)
・夕張駅発・SL館行き 11時25分→11時35分 15時00分→15時10分
・夕鉄バス本社ターミナル発・SL館行き(夕張駅経由) 11時55分→夕張駅12時04分→12時14分
・SL館発・夕張駅行き 14時35分→14時45分
・SL館発・本社ターミナル行き(夕張駅経由) 11時35分→夕張駅11時45分→11時54分 15時40分→夕張駅15時50分→15時59分(札急線接続) 
・SL館発・汽車フェスタ会場行き(夕張駅経由) 12時15分→夕張駅12時25分→12時58分
・汽車フェスタ会場発・湖畔(三弦橋)行き 13時10分→13時15分
・湖畔(三弦橋)発・汽車フェスタ会場行き 13時25分→13時30分
・汽車フェスタ会場発・SL館行き(夕張駅経由) 13時51分→夕張駅14時24分→14時34分
※本社ターミナルでは札幌急行線に接続します
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※RMライブラリー10周年を記念して8月20日まで「RMライブラリー10周年記念キャンペーン」(→こちら)を実施中です。

岸由一郎さんを偲ぶ一冊。

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▲新潟県新発田市のデンカセメント新発田サービスステーションで活躍していたKATO8トンのボランティア作業に参加した時の岸由一郎さん。この機関車はのちに小ブログで引き取り先を募ってめでたく保存先が決まり、岸さんもたいへんよろこんでおられた。'03.10.20 P:笹田昌宏

昨年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震の際、駒の湯温泉で犠牲となった鉄道博物館学芸員の岸由一郎さんを偲ぶ本が出版されました。『あの電車を救え! 親友・岸由一郎とともに』(JTBパブリッシング発売)と題されたこの本は、学生時代から無二の親友として行動を共にしてきた笹田昌宏さんが岸さんへの断ち切りがたい思いを綴ったまさに慟哭の書で、齢35歳で散った岸さんの生き様とともに、二人の築いてきた友情に思わず目頭が熱くなります。

090806n021.jpg岸由一郎さんは1972(昭和47)年群馬県前橋市のお生まれ。福井大学付属中学校に進まれ、東京学芸大学入学までを福井で過ごされます。この中・高校生時代の京福電鉄(福井鉄道部)との出会いが鉄道、とりわけ地方鉄道への興味を育まれ、その後の進路を決定づけることとなります。東京学芸大学ではかの青木栄一先生に師事、同大学院を経て交通文化振興財団「交通博物館」の学芸員に就任されます。その後、東日本鉄道文化財団の鉄道博物館プロジェクトの一員として鉄道博物館、ことにヒストリーゾーンの企画実現に深く関わられたのはこれまでにもたびたびご紹介してまいりました。

Kishi%20Photo1n.jpgかたやプライベートでは、1995(平成7)年に「加悦SL広場」を初訪問したのをきっかけに、車輌やその関連資料の保存に積極的に取り組まれるようになり、全国各地でボランティア活動を繰り広げられます。その活動たるや、まさに寝食を忘れた余人には真似のできないもので、その熱意が多くの解体予定車輌を救い、廃棄予定資料を護り、そしてなによりも多くのボランティアを生んできました。
▲蒲原鉄道「モハ1」の保存に向けて署名運動に取り組む岸さん。その甲斐あって、「モハ1」は現在も冬鳥越スキーガーデンに保存され、加茂市指定文化財となっている。(アーカイブ「蒲原のモハ1を見る」参照)'00.7 P:笹田昌宏

笹田さんはあとがきで「とりわけ感慨深かったのは『岸由一郎年譜』をまとめる作業をしながら、一つ一つの成果をたどり、岸君が成してきたことの全体像を見渡したとき、たった一人の人間が、これほどまでのことを成し得るのだと再認識したときだった。私はすごい人間を親友に持っていたのだと改めて思った。同時に、ここまで成果を積み重ね、これからさらに飛躍していこうというところだったのに、平成20年(2008)6月14日を境に、それがぷっつりと途切れてしまったことが、惜しくて仕方がない」と綴っておられますが、まさに同感です。

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▲先月、本書の出版とあわせ、岸さんを偲んで「Forever岸由一郎」の集いが行なわれ、百名近い縁の方々が集った。笹田さんによる岸さんの足跡を辿るスライド上映もあり、参加者はそれぞれの思いを抱きながらスクリーンを見つめた。'09.7.18 P:名取紀之

現在アメリカ在住の笹田さんは、来年には帰国されるとうかがっています。本来ならば、帰国のその時から、また岸さんとの二人三脚の活動が始まり、十年後、二十年後にはこの国の鉄道文化を象徴する大きな成果を生んだに違いありません。かえずがえすも残念でなりませんが、本書で岸さんの全力疾走の生涯を振り返り、なおかつ鉄道を通した人のつながりや友情に思いを馳せていただければと思います。

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夏、会津・只見の頃

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▲霧に包まれた只見川第一橋梁をゆく9463レ。朝の只見川第一橋梁が霧に覆われると、午後は猛烈な暑さとなる。会津檜原-会津西方 '73.8.24

今年の夏はいつにない不順な天候が続いていますが、こうなると不思議なもので、湧き上がる夏雲と照りつける日差しが恋しくも感じられます。かつて全国を行脚していた頃は、各地で猛烈な暑さを体験してきましたが、会津地方の暑さも忘れられないもののひとつです。

090805n003.jpg1973(昭和48)年夏以降、中央西線の無煙化達成にともなって、東京から最も手近な蒸機は会津・只見・日中線のC11となってしまいました。それまでにも幾度か会津には足を運んでいたものの、さすがに夏場は敬遠して訪れたことがなかったのですが、無煙化によって周辺包囲(?)された1973(昭和48)年夏、やむなく真夏の会津へと足を踏み入れることとなりました。
▲只見川にはまだ渡し舟が残っていた。幻想的な風景が広がる。'73.8.24
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▲只見川第四橋梁を渡る1491レ。時刻はすでに昼近く、写真では伝わらないが、辺りはまさに蒸し風呂のような暑さである。'73.8.24 会津水沼-会津中川

この時点での会津・只見線のC11定期運用は会津若松~会津田島間2往復(単機回送を除く)、会津若松~只見間1往復、会津若松~会津坂下間1往復で、旅客列車牽引のあった2年ほど前からすると撮影効率の悪さは比べるべくもありませんでした。それでも両線のロケーションの良さはその効率の悪さを補って余りあるもので、夏休み期間中は残された煙を求めて多くのファンが詰め掛けることとなります。

090805n005.jpgこの時の撮影行は夜行の急行「ばんだい」で上野を発って、初日は只見線を撮影、友人たちと会津宮下の旅館に泊まって翌日は会津線へ行き、その日のうちに帰京するというものでした。今から思えば強行軍のようにも思えますが、磐越西線の上り最終234レで郡山へ行き、待合室で翌日の下り始発223レを待つといういつものパターンからすれば、これでもかなりリッチな撮影行だったのです。
▲早戸駅を通過する1492レ。コンプの排気だけを残し、C11はけだるく走り去っていった。'73.8.24
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▲この時のカメラは珍しくミノルタ・オートコードⅢを使った。フィルムはエクタクローム。今見てもロッコール75㎜F3.5は素晴らしい描写力だ。'73.8.25 会津宮下-早戸(只見川第三橋梁)
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檜原、宮下、早戸、そして湯野上と、汗まみれになりながら歩き回ったものの、いかんせん蒸し風呂の中にいるような気候ゆえ、写真的にはとりたてて見るべきものもなく、ただただ暑さだけが強烈に記憶に残っています。ただ、夏の会津はこれで懲りたわけではありません。翌年夏も再訪し、またしても強烈な暑さを体験することになるのです。
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消えた“プリムス”。

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▲2年半前には確かにあったプリムスは忽然とその姿を消してしまった。見覚えのある背後の山をバックに、空しく“定点撮影”。'06.11.25/'09.6.27 陸奥工業桝館作業所跡
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先日、所用で“三八地方”を訪ねた際、2年半ほど前に訪れた五戸のプリムス(アーカイブ「北東北を巡る」参照)を再訪しようと立ち寄ってみることにしました。場所は五戸市浅水・関口地区。何の変哲もない田舎道の横に忽然とプリムスの牽く列車が保存(放置?)されていたのですが、記憶を頼りに辿り着くと、なんときれいさっぱり消え去ってしまっているではないですか…。

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▲3輌のトロもすっかり取り払われてしまった。かなり荒廃が進んでいただけに致し方ない結末かも知れないが、残念。'06.11.25/'09.6.27 陸奥工業桝館作業所跡

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前回訪れた際も、陸奥工業桝館作業所と記されたプレハブの事務所は荒廃しきっており、プリムスが展示されている前庭に相当するスペースも草生して荒れ放題。この分では遠からず整理されてしまうのではと、厭な予感を感じてはいたのですが、まさかこれほど早く撤去されてしまうとは思ってもみませんでした。

090804n003n.jpgこの五戸のプルムスを最初に訪ねたのは今から27年前の1982(昭和57)年3月のことでした。当時、住友セメント八戸工場の原石軌道(軌間2フィート)で使われていた車輌の多くが“三八地方”各所に保存されており、その保存車たちを巡る旅の中で訪ね当てたのがこの陸奥工業桝館作業所でした。住友セメント八戸工場の軌道は1973(昭和48)年夏に地下ベルトコンベアにとって代わられるまで現役でしたので、この訪問時点ではまだ廃止後10年も経っていなかったことになります。
▲27年前のプリムス。まだ状態が良く、多少整備すれば動きそうだった。'82.3.20 陸奥工業桝館作業所
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他所の保存機がことごとく加藤製作所製なのに対し、なぜかここ陸奥工業の保存機は2輌ともにプリムスで、しかも片方には「製番1586」の製造銘板も残っていました。この製番1586は1923(大正12)年10月24日の製造で、発注元は磐城セメント。まさに八戸工場の軌道の誕生から廃止までを見届けてきた機関車であることが知れます。

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▲2輌のプリムスが列車を牽引する形で置かれていた。手前の編成(製番1586)はその後、八戸市の松館小学校に移設されて現在でも大切に保存されている。'82.3.20 陸奥工業桝館作業所
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ここにきて保存車輌がいつの間にか解体撤去される例が増えてきているようです。経年劣化はもちろんのことながら、アスベストなどの環境問題、さらには管理する企業・自治体の昨今の財政状態なども背景にあるようですが、今回の“消えたプリムス”の実体験で、保存車といえども「また今度…」が通用しないことをあらためて思い知った次第です。

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▲“原点”を忘れぬ思いを込めて、今もって手元に残してある第1巻の割付用紙や色校正紙。この10年の間に本書を取り巻く環境も大きく変化し、写植版下でスタートした印刷前工程も、データ組版時代を経て、現在ではCTP(Computer to Plate)と通称される方式へと進化している。

すでに誌面でもお知らせしておりますが、1999(平成11)年7月に『キハ41000とその一族』でスタートを切ったRMライブラリーが、創刊10年、120巻を迎えました。記念すべき120巻目は岡田誠一さんと澤内一晃さんによる『横浜市電』の下巻。第1巻『キハ41000とその一族』も岡田誠一さんの著作でしたので、まさに不思議な巡り合わせと言えましょう

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創刊当初はモノクロ印刷の小冊子然としたこのシリーズがほんとうに毎月続くのか訝しがる向きも少なくありませんでした。「雑誌」と違い、「書籍」の場合は流通方法が異なるため、発売日を特定することさえ容易ではなく、毎月本誌と同時に店頭に並ぶためには各方面のご協力も不可欠でした。それでも息切れすることなくここまでこられたのは、ご執筆いただいた著者の皆様、写真・資料を快くご提供下さった協力者の皆様、そしてなによりも毎月楽しみにお買い求めいただいてきた読者の皆様のおかげにほかなりません。あらためてお礼申し上げます。

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現在、このRMライブラリー10周年を記念して8月20日まで「RMライブラリー10周年記念キャンペーン」(→こちら)を実施中です。ぜひこの機会にお買い漏らしの巻をお揃えいただければと思います。
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新800系第1編成が完成。

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2011(平成23)年春の九州新幹線全線開業に向けて開発が進められていた「つばめ」用新800系の第1編成U-007編成が完成、“九州にしかないオンリーワンのデザイン”が実車画像で公開されました。
▲完成した新800系U-007編成外観。鉄道車輌としては世界初という凸型三次曲面の前照灯カバーが目を引く。 (JR九州提供)
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“800系より、より進化したオンリーワンの新800系”(JR九州プレスリリース)は、「九州の経済と文化と人を結び、豊かなコミュニケーションが自然に生まれる公共交通機関としてハード・ソフトの両面でデザインを進めること」、「普遍性を持った機能美を追求すると同時に、アジアであり、日本であり、九州であるといったアイデンティティを洗練された形で表現すること」、「そのためには、先端技術から生まれた素材と今まで培われてきた素材と職人の技とを組みあわせて今様に使いこなせるよう、ユニバーサルデザインとエコデザイン(=グリーンデザイン)の充実に努める」ことをデザインコンセプトとして掲げています。

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▲「つばめの飛行軌跡」をイメージした車体側面の帯(左)。右は額縁金と木彫・金箔を用いた車内妻壁(上は2号車、下は4号車)。 (JR九州提供)
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エクステリアデザインでは、ライトカバーが三次曲面で凸型の鉄道車輌としては世界初の形態となっているほか、先頭部に「つばめマーク」の象嵌が施されているのが特徴です。また、側面には「つばめの飛行軌跡」をイメージしたラインが加えられています。

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▲座面を深く、リクライニング角度を大きく、背ずり高さを低くリファインされたシート。 (JR九州提供)
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インテリアデザインで注目されるのは、世界で初めて車内妻壁に金箔が貼られた客室です。金箔と樟・ハードメープル・ペアウッドで構成された妻壁は各号車で異なっており、やはり車輌ごとに異なるシート張り地の色とともに、組み合わせを楽しめる移動空間とされています。さらにシートは色柄のほかに、座面を深く、リクライニング角度を大きく、背ずり高さを低くするなど機能面での改良も施されています。また客室中央部には文字ニュース表示のための車内表示器も設置されています。

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▲新800系各号車のインテリアデザイン。 (JR九州提供)
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この新800系、8月9日(日)10時から15時の間鹿児島中央駅新幹線14番のりばにおいて一般向け内覧会が実施され、8月22日(土)鹿児島中央駅10時18分発「つばめ42号」で営業運転入りする予定です。なお、残り2編成は来年春から秋にかけて順次投入される計画です。

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「大鉄道博」始まる。

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▲会場の大宴会場「飛天」のエントランスには実物のオハネフ25形211のカットモデルが展示されている。'09.7.31
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小誌も協力している「大鉄道博」が今日から東京・品川の「グランドプリンスホテル新高輪」で始まりました。“夏休みファミリーフェスティバル”と銘打たれたこのイベント、ちょうど誕生50周年を迎えたプラレール®のスペシャル・サポートもあって、世代を超えて楽しめる夏休み企画となっています。

090801n002会場を訪れてまず驚かされるのがエントランス前に置かれた実物のB寝台客車のカットモデルです。昨年3月に廃車となったオハネフ25形(211)の後部側8mをカットしたもので、“ブルートレイン”のリアルな姿を目の当たりにすることができます。
さらに会場内にはリニアモーターカーを乗車体験できるアトラクションが用意されており、全長約30 mの軌道上を実際に浮上して走る「リニアGT」を体感できます。車輌本体の大きさは約1.1 m×5 m、大人・子ども各2名ずつ4名が乗車可能です。(※別途料金1回1人=300円/税込・乗車証明付き/先着順に時間指定券を販売)

▲会場内では全長30mの軌道上を実際に浮上して走るリニアモーターカー「リニアGT」の体験乗車(有料)も可能。'09.7.31
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▲懐かしの昭和体験ゾーンでは、主催する東映ならではの迫真のセットがタイムマシーンとなって来場者をあの時代へと誘う。'09.7.31
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時代背景を実感してもらうために設けられた昭和30年代の駅前広場は、東映が主催とあって実に本格的なもので、細部にいたるまで見事に再現されています。

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▲東海道本線をテーマとした展示コーナーでは「ひので」の実物ヘッドマークをはじめ数々の貴重な資料を見ることができる。場所柄「品川」行きの前サボも…。'09.7.31
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▲会場内では様々な無料アトラクションも体験することができる。左は投炭体験コーナー、右は扉を開けると答えがわかるクイズコーナー。'09.7.31
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フルハイビジョン走行映像を使用した本格的運転士シミュレーターも2基設置されています。開発を担当したのはもちろん音楽館の向谷 実さん。今回は中央線快速(東京~三鷹間)をシミュレートしており、実車映像可変速再生技術を活用した実にリアルな擬似体験をすることができます。(※別途料金1回1人=200円/税込・先着順に時間指定券を販売)

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▲今年で50周年を迎えたプラレール®が全面的に大鉄道博をサポート。巨大ジオラマには50編成以上の車輌が走る。'09.7.31
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そしてもうひとつの大きな見所は「鉄道文化の達人コーナー」と題された、各ジャンルの“達人”の皆さんを紹介するブースです。出展されているのは和久田康雄さん、宮田道一さん、白土貞夫さん、関田克孝さん、三宅俊彦さん、増田浩三さん、河田耕一さんの7名の皆さん。普段は直接目にすることのかなわない貴重な資料やコレクションの実物を見ることができます。

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▲鉄道文化の達人コーナーでは7人の「達人」が登場。左は私鉄研究の泰斗・和久田康雄さんのブースで、私鉄の社紋をテーマに展示。右は鉄道友の会東京支部長の宮田道一さんのブース。立売りのお茶の土瓶コレクションは必見。'09.7.31
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▲古典模型のコレクターとして知られる関田克孝さんはティントイをはじめとした秘蔵のコレクションを披露。'09.7.31
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▲左は絵葉書コレクターとしても知られる白土貞夫さんのブース。この夏は映画公開で注目を浴びている“ハチ公”と渋谷駅に因む絵葉書などを展示。右は時刻表研究で知られる三宅俊彦さんのコーナー。秘蔵の時刻表の数々が圧巻。'09.7.31
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▲左は交通ペンクラブ会員の増田浩三さんのコーナー。東海道新幹線開業に因む資料など、長年にわたって蒐集された国鉄関連資料を展示。右は先頃『鉄道風景30題』で島秀雄記念優秀著作賞を受賞された河田耕一さんのコーナー。かつて小ブログでも紹介したペン画の数々(アーカイブ「河田耕一さんの作品展「鉄道の風景を描く」開催中」参照)を見られる。'09.7.31
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会場の「グランドプリンスホテル新高輪」は品川駅西口から徒歩5分ほど。ちょうど同じ品川駅東口側のキヤノンギャラリーSでは真島満秀さんの写真展(アーカイブ「真島満秀さん最後の写真展“「鉄道回廊」一期一会を求めて”始まる」参照)も開催中で、この夏休みは品川から目が離せません。

daitetudouhakunap■夏休みファミリーフェスティバル 大鉄道博  Supported by タカラトミー
会場:グランドプリンスホテル新高輪 大宴会場 飛天 
会期:2009年8月1日(土)~8月31日(月)
10:00?17:00 (最終入場は閉場の30分前)
※毎金曜日(7日、14日、21日、28日)及びお盆時期(12日~15日)は19時まで延長
入場料金:一般1,300円 /中・高校生1,000円 /小学生以下700円 /ランチプラン券[一般]3,000円/ランチプラン券[中・高校生]
2,700円/ランチプラン券[小学生以下]2,000円
※2才以下入場無料
※ランチプラン券には、入場料+特設レストラン又は、館内レストラン特別メニューが含まれます。
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