鉄道ホビダス

2012年5月アーカイブ

ブルーリボン賞にE5系。

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▲2012年ブルーリボン賞に選定された東日本旅客鉄道E5系。P:鉄道友の会 
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鉄道友の会(須田 寛会長、会員約3,300 名)は、恒例のブルーリボン賞の2012 年該当車輌に東日本旅客鉄道のE5 系を選定することに決定しました。また、鉄道友の会ブルーリボン賞・ローレル賞選考委員会が製造企画・車輌性能・外形・室内のデザイン、その他諸点のいずれかに卓越したものがあると認めた車輌である2012 年ローレル賞には、日本貨物鉄道HD300 形式900 番代を選定することに決定しました。

あらためてご紹介すると、ブルーリボン賞は1958(昭和33) 年の制定。鉄道友の会会員による投票をもとに、選考委員会が優秀と認めた車輌を選定します。いっぽう、ローレル賞は1961(昭和36) 年の制定で、製造企画・車輌性能・外形・室内のデザイン、その他諸点のいずれかに卓越したものがあると、ブルーリボン賞・ローレル賞選考委員会が認めた車輌を選定するものです。このブルーリボン賞・ローレル賞選考委員会は鉄道車輌に精通するベテランの鉄道友の会会員(10 名)で構成され、前年中に営業運転に就いた車輌の中から新車と見なせる車種をノミネートし、それらを対象に両賞の選考を行っています。
ちなみに今年のブルーリボン賞ノミネート車輌は下記の10 車種、ローレル賞は31 車種だったそうです。
東日本旅客鉄道E5系、日本貨物鉄道HD300形900番代、日本貨物鉄道タキ1200形、横浜新都市交通2000形、黒部峡谷鉄道3100形、東海旅客鉄道キハ25形、西日本旅客鉄道287系、近畿日本鉄道26000系(リニューアル車)、南海電気鉄道12000系、長崎電気軌道5100形

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▲2012年ローレル賞に選定された日本貨物鉄道HD300形式900番代。P:鉄道友の会 
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鉄道友の会では各賞の選定理由を以下のように発表しています。
●東日本旅客鉄道E5系は、日本で初めて時速300kmを超える速度で営業運転を目指して開発された新幹線車両です。2011年3月より「はやぶさ」の愛称で運転を開始し、主に東京~新青森間を最速3時間10分で結んでいます。
外観は、騒音とトンネル微気圧波低減のため、先頭部分を15mに及ぶロングノーズ形状としています。車体色は、飛雲ホワイトと常盤グリーンの2色を新たに採用して上下に配し、中間に締めた「はやて」色の帯と先頭車側面後方のハヤブサをイメージしたシンボルマークが両色を引き立てています。
客室は、従来のグリーン車と普通車の2クラス制に加え、より上位のグランクラスを新たに設けました。座席は、2+1列の配置で、リクライニング角度は45度、シートピッチは1300mmに及びます。グランクラス料金に含まれる軽食と飲物等、各種サービスは専任のアテンダントが提供します。普通車は、既存のE2系と比較してシートピッチを980mmから1040mmに拡大し、可動式ヘッドレストを新幹線普通車としては初めて装備しました。
車両性能は、高速走行の要件を充足するための技術が結集されています。先頭形状に加え、半径4000mの曲線で時速320km走行できるよう、車体を最大で1.5度傾ける傾斜装置を搭載しました。要件の中で最も困難が伴う車両内外への騒音は、発生源の一つである集電装置を営業運転で編成中1基のみの使用に留めるという長年の懸案を、台枠とすり板を改良することで実現しました。床下機器類は、台車を含めて全体を覆うカバーを編成全体に取り付け、機器に吸音材を装着しました。また、高速化に伴って発生する左右(枕木)方向の振動を低減するフルアクティブサスペンションを日本で初めて全車両に搭載しました。
 以上のように、東日本旅客鉄道E5系は、競合する他の交通機関に対する優位性を高めるため、設計の主眼を到達時間の短縮と快適性の向上に置き、2012年度末までに国内最高となる時速320kmでの営業運転開始が見通されていることが、鉄道友の会の多くの会員の支持を集めたことから、ブルーリボン賞に選定しました。

●日本貨物鉄道HD300形式は、日本国内のディーゼル機関車としては、初のハイブリッド方式を実用化した車両で、既存のDE10形に代わる機関車として2008年より開発が進められてきました。
これまでのディーゼル機関車は、主に液体変速機を介して車両を駆動させていましたが、同形式はディーゼルエンジンによる発電とリチウムイオン電池による高性能電池技術を併用し、主電動機で車両を駆動しています。主電動機には、電力消費量の抑制において有利な永久磁石同期電動機を日本の機関車で初めて導入しました。
ハイブリッド方式の採用は、環境負荷の低減を目的としたものです。DE10形との比較では、東京貨物ターミナルの入換作業で平均的重量である700tけん引走行時の燃料消費量で36%、NOx排出量で62%の低減を達成しています。同時に、ブレーキ時に発生していたCO2は、回生ブレーキの採用によってエネルギーを電池に蓄えることで排出量を抑えました。
同形式は、入換用の機関車として位置づけられ、主に貨物駅での使用が想定されています。今日の貨物駅は、周辺が住宅地や商業地であることが珍しくなく、騒音の低減が一層求められています。この要請には、エンジンを小型化すること等により、エンジン高速回転時の騒音レベルで22dBの低減を実現しています。
車両の実用面に目を向けると、運転台からの視認性を向上させるために前面窓を大型化、乗降ステップと前面・側面の手すり形状を変更し、暗所作業で有効な連結器灯を設けることで、入換作業環境の改善が図られています。保守面では、省力化を考慮して車体が4つのモジュールに分けて構成されています。
試作機を示す900番代を与えられた同形式は、土地や気候等の条件を変えて試験を重ねた後、2011年7月より営業を開始しており、既に量産化が実現しています。また、今後開発される本線用電気機関車やディーゼル機関車へ技術を応用することが期待されています。
以上のように、入換用途という表舞台には登場する機会が少ないながらも、あらゆる環境に配慮した車両であり、日本の機関車技術の発展に寄与したことから選考委員会で評価され、ローレル賞に選定しました。

なお、E5系についてはアーカイブ「E5系量産車が完成」(→こちら)、「"はやぶさ"用E5系に試乗。」(→こちら)を、HD300形についてはアーカイブ「HD300‐901ついに登場」(→こちら)、「HD300形量産車登場」(→こちら)もご参照ください。

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▲クルージングトレイン"ななつ星in九州"1号車ラウンジカーの車内イメージ。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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去る5月28日、JR九州から九州を周遊するクルージングトレイン"ななつ星in九州"の運行概要が発表となりました。夜行列車、寝台列車の存在が年々希薄となってゆくなかで、久しぶりに心躍るニュースです。

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▲編成外観イメージ。なお、機関車はDF200ベースが予定されている。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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▲最後部からの編成外観イメージ。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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クルージングトレイン"ななつ星in九州"のコンセプトは「和」のクルーズ。日本という意味の"和"、人と人を結びつけるという意味の"和"、気持ちがおだやかになる「和み」という意味の"和"から成っているそうです。また列車名は、九州の7つの県、九州の主な7つの観光素材(自然、食、温泉、歴史文化、パワースポット、人情、列車)及び7輌編成の客車であることを由来としています。

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▲車輌編成平面図。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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編成は機関車+客車7輌。客車は1号車がラウンジカー、2号車がダイニングカー、3~6号車がスイート(1輌3室)、7号車がDXスイート(1輌2室)となっており、主に上図のような車内見付となっています。なお、編成定員は14組28名(スイート12室、DXスイート2室)のみと究極のプレミアム感です。

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▲1号車ラウンジカーの車内イメージ。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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車輌は木やファブリックを様々にあしらい、和洋・新旧融合の国内最上級の洗練された空間を提供。1号車のラウンジカーにはバーカウンターを備え、ピアノの生演奏を聴きながらくつろげるソファや回転椅子などを配し、展望用に窓を大きく設置しています。2号車はダイニングカーで、厨房及びダイニング(食事)スペースを設置。車窓からの風景を眺めながら食事ができるようにテーブル、腰掛が配置されています。

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▲DXスイートおよびスイートの車内イメージ。提供:九州旅客鉄道株式会社 
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車輌デザインは、JR九州の車輌ではすっかりお馴染みの(株)ドーンデザイン研究所代表 水戸岡鋭治さん。
運行開始日は来年2013(平成25)年10月を予定。3泊4日コース(スイート38万円、DXスイート50万円、展望窓付きDXスイート55万円)、1泊2日コース(同15万円、20万円、22万円)を1週間に1回ずつ運行する計画で、観光・食事・宿泊等をセットにした旅行商品としてJR九州専用窓口及び主な旅行会社で本年10月より販売する予定だそうです。なお、JR九州ではクルーズトレイン"ななつ星in九州"のクルーを6月1日(金)~6月22日(金)の期間で募集する計画です。

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資料提供:九州旅客鉄道株式会社
Illustration by Eiji Mitooka + Don Design Associates
© 2012 Kyusyu Railway Company. All Rights Reserved.

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▲道後温泉駅を出るD14の牽引する"坊ちゃん列車"。1911(明治44)年に建てられた洋風建築の駅舎が復元されており、この道後温泉駅駅舎との取り合わせは"坊ちゃん列車"のハイライトシーン。'10.6.25 
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一昨日、万葉線に登場した新型除雪車が、現在の軌道線準拠の路線では2例目の内燃車輌とお伝えしましたが、その嚆矢となったのが伊予鉄道が2001(平成13)年に導入したD1形ディーゼル機関車、いわゆる"坊っちゃん列車"です。

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▲1年遅れて2002(平成14)年に誕生したD2形D14はキャブの円形窓と漏斗型の煙突などが特徴。D1形(楕円形のキャブ窓に円筒型の煙突など)と微妙に作り分けられているのも心憎い演出。'10.6.25 
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120524n119.jpg松山ゆかりの俳人・正岡子規没後100年と、翌2002(平成14)年に迎える松山城築城400年を期に、全国的に有名な"坊っちゃん列車"を復活させようと計画されたのがこの蒸気機関車型ディーゼル機関車です。大街道など有数の繁華街を走る軌道だけに、まさか本物の蒸気機関車を復活させるわけにもゆかず、逆転の発想から立案された路面ディーゼル機関車も、実際に営業を開始するまでには幾多の困難が立ちはだかっていたと聞きます。まずはなにより前例のない路面を走る内燃車輌という存在。もちろん過去には内燃軌道はいくつも存在しましたが、1967(昭和42)年に非電化であった札幌市電鉄北線が電化されてからは、30年以上にわたって路面を走る内燃車輌というカテゴリー自体が存在しませんでした。

▲キャブ横に取り付けられた1907(明治40)年クラウス製の銘板。センターに見える"SASGA"とはクラウスの日本側代理店の刺賀商会を示す。もちろんこの銘板もレプリカ。'10.6.25 
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▲母国ドイツのファンもこの画像だけを見せられればまさかこれがディーゼル機関車とは見破れまい。外側スチブンソン式のバルブギアも忠実に再現されている。'10.6.25 
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▲ハ31形客車。屋根上にはトロリーコンタクターを作動させるためのビューゲル風進路制御装置が搭載されている。'10.6.25 
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伊予鉄道では2001(平成13)年5月に愛媛県を経由して国土交通省に認可申請を提出、車輌としての認可とともに、「乙種内燃車運転免許」(動力車操縦者運転免許に関する省令第二章第四条十一)という珍しい免許を取得することとなりました。ちなみに、万葉線も同様にこの免許の乗務員を養成しています。

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▲道後温泉駅に到着した"坊ちゃん列車"。降車終了後、構内踏切を渡って編成ごと引上線に入り、そののち機関車のみ方向転換をする。'10.6.25 
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▲引上線での方向転換を見る。専用の転車台は設置されておらず、機関車自体に仕込まれたジャッキで車体を持ち上げ、人力で方向転換する。'10.6.25 
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120524n109.jpgさて、この"坊っちゃん列車"用ディーゼル機関車は現在D1形D1とD2形D14の2輌が在籍しています。いずれも自重9tのB型(ただし動軸は第1軸で、第2軸へはロッド連動)で、メーカーは新潟鐵工所(D14は新潟トランシス)。梅津寺公園に保存されている実機(アーカイブ「梅津寺公園の伊予鉄道1号機」参照→こちら)がプロトタイプとなっています。また、ともにロッドの駆動をセンサーが感知して音響としての疑似ブラスト音が出るようになっているほか、劇場などで使用されている煙発生装置を搭載して煙突から"スモーク"も出せるようになっており、外観はもとよりその雰囲気までもが在りし日の"坊っちゃん列車"を可能な限り再現しています。実際に目にするまでは所詮レプリカと高をくくっていましたが、実車を目の当たりにするとその心意気に打たれる思いがいたします。

▲連結器もセンターバッファーにスクリュー・リンクの本格的なもの。それだけに解結にはそれなりの手間が掛かる。'10.6.25 
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▲"蒸気機関車"らしいサウンドを響かせて路上を行く。遊園地ならまだしも、レプリカとはいえ、こんな楽しい列車が実際の営業線を走っているのだから驚き。'10.6.25 

客車も専用に用意されており、D1とペアを組むのが全長4,200㎜と小ぶりなハ1とハ2の2輌、D14と組んでいるのが全長6,096㎜と多少大型のハ31で、いずれも2軸の単車です。現在、軌道線で単車の客車に乗車できるのはここだけで、難燃木材で組まれた落着きのある車内はもちろん非冷房。懐かしい落とし窓を開け、車内で貸し出してくれる団扇を使いながら松山探訪を楽しむのも乙なものです。

※出張のため小ブログは29日まで休載させていただきます。

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▲2014年春に登場する箱根登山鉄道3000形(仮称)のイメージ。 
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先週、箱根登山鉄道、箱根ロープウェイ、箱根観光船などの小田急箱根グループの大型投資案件に関する記者発表が行われ、その中で箱根登山鉄道への新型車3000形(仮称)の投入が発表されました。箱根登山鉄道への新造車投入は1997(平成9)年の2000系増備車以来のこととなります。

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▲展望を重視した車内空間イメージ。 
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今回の新型車は、①輸送力増強による繁忙期の混雑緩和、②車いすスペースの設置による車輌のバリアフリー化を目的としたもの。具体的には現在2輌編成で運用されている2000形"サンモリッツ"号の増結用として使用されるもので、1000形"ベルニナ"号以降の新造車輌としては初めて両運転台車となります。これにより繁忙期には全列車を3輌編成で運用することが可能になるほか、新型車のみの2輌編成でも運用される予定。

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▲側窓も極めて大きく子どもにとっても眺望を楽しめそうだ。 
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性能的には箱根登山鉄道では初めて回生ブレーキ付VVVFインバータ制御を採用。デザインは小田急ロマンスカー50000形VSEや60000形MSEを手がけた岡部憲明アーキテクチャーネットワークに依頼されており、前面や運転室仕切りのガラス面を大きくとって両運転室背後を展望スペースにするなど、眺望を重視したものとなります。

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▲さまざまな創意工夫が取り入れられた車内平面イメージ。車輌中央にクロスシートを配置するほか、車いすスペースや4ヶ国語を表示する車内案内表示器を設置し、快適な居住空間の提供と車内案内の充実が図られる。 
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この3000形(仮称)は総製作費8億円を掛けて2輌が2013年10月に竣功、2014年4月より営業運転を開始する計画です。なお、同時に交通関係では、箱根観光船の新型海賊船建造(現行の3代目海賊船ロワイヤル号の老朽代替、2013年3月営業運転開始予定、船名未定)、箱根ロープウェイ大涌谷駅の建替え(2013年4月下旬竣工予定)が発表されてます。

資料提供:小田急箱根ホールディングス

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▲高岡駅前方から見た6000型。運転室にはこちら側のデッキから乗り降りする。前部の黄色と赤の縞模様の箱は凍結防止剤の散布装置。'12.4.26 米島車庫 P:RM(高橋一嘉) 
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若葉が目に染みる季節になってから除雪車の話題とは少々首をひねられるかもしれませんが、今日はたいへんユニークな新型除雪車のお話です。万葉線と言えば除雪車として長年活躍してきた旧5022号が昨冬限りで引退することが報じられ、「今日の一枚」にも最後の活躍の模様を収めた多くのご投稿をいただきましたが、その後任である新型の除雪車6000型が完成しました。

120522DSC_6099.jpgこの6000型、一見凸型電気機関車のような姿ですが、実は動力は内燃。越ノ潟方のボンネット内にディーゼルエンジンを搭載し、運転室下の油圧ポンプ~油圧モータを介して変速し、両ボギー台車を駆動する構造で、製造は万葉線の主力である1000型"アイトラム"と同じ、除雪用モーターカーの分野でもお馴染みの新潟トランシスが担当しています。
▲MCP300という新潟トランシスの形式が書かれた銘板。'12.4.26 米島車庫 P:RM(高橋一嘉) 
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▲6000型のサイドビュー。塗色は1000型アイトラムと同色の赤。パンタグラフは国鉄電機でおなじみのPS22Bである。'12.4.26 米島車庫 P:RM(高橋一嘉) 
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気になるのは屋根上のパンタグラフですが、これは架線に取り付けられた信号制御用のトロリーコンタクターを操作するためのもので、通電はしません。伊予鉄道の坊ちゃん列車の客車が屋根上にビューゲル状のバーを設置しているのと同じ理由です。

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▲ボンネット内にエンジンを搭載する越ノ潟方から見た6000型。ボンネット上に排気管がのびている。'12.4.26 米島車庫 P:RM(高橋一嘉) 
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ちなみに旧5022号は1992(平成4)年に除籍され、以後機械扱いとなっていましたが、この6000型は「特別内燃車両」として車籍を持つ「鉄道車輌」です。現在、軌道線準拠の路線で内燃車輌を運行するのは、「坊ちゃん列車」を運行する伊予鉄道に続き2例目で、万葉線では今回の導入に伴い、一部の電車運転士の方が軌道線での内燃車輌の運転免許である「乙種内燃車」の動力車操縦者運転免許を取得されたそうです。

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▲米島車庫に並ぶ6000型と1000型アイトラム、そして引退する旧5022号。気になる旧5022号だが、今後は保存を検討されているとのこと。'12.4.26 米島車庫 P:RM(高橋一嘉) 
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6000型は次の降雪期から米島口より越ノ潟側の新設軌道区間・鉄道線区間を中心に使用される計画で、高岡駅前側の併用軌道区間ではこれまで同じく除雪用グレーダーが中心に使用される予定とのこと。次の冬にはこのユニークな姿の除雪車6000型の活躍が注目を集めそうです。
なお、本車については現在発売中のRM本誌(→こちら)で主要諸元表・竣功図を含めて詳細にご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。

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RM今月号(→こちら)の特集は、お待ちかねの「貨物列車」です。毎年5月発売号で取り上げているこのテーマも、ご承知のように昨年は震災の影響で変則的なものとなってしまいましたが、今年はJR貨物さんのご協力を得て、再び別冊付録を含めた総力特集となっています。

RM346_h1n.jpg巻頭では2011年度の貨物列車の動向と話題を解説するとともに、3月ダイヤ改正以降におけるJR貨物の電気機関車・ディーゼル機関車の現況を東エリアと西エリアに分け、区所ごとに配置表と運用を詳細に紹介しています。また特集にあわせて、富山・高岡地区で活躍するDE10の撮影地ガイドも収録しています。
一般記事では、キハE130形の投入が決定したことで最後の夏を迎える久留里線のキハ30・37・38形をフィーチャー、沿線情報も含めたお役立ち情報を掲載しております。あわせて撮影プランを立てるのに有益なツールとなる車輌運用表も収録しておりますので、ぜひご活用ください。

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▲ED75の運用離脱をはじめ、貨物用電気機関車にとって大きなターニングポイントとなった3月改正後の動向を、各区所別の注目列車とともに詳細解説。
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▲HD300形量産機の登場など明るい話題の一方で、道内の石油列車の減少など活躍の場がどんどん狭まりつつあるディーゼル機関車の現況は東西に分けて詳細に分析。
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kamotubessatu008n.jpgまた、別冊付録では定番のJR貨物全機関車・電車運用表、高速貨物・専用貨物列車最新時刻表に加え、今年は貨物列車の設定のある秩父鉄道と三岐鉄道の列車ダイヤを収録しております。あらためて申し上げるまでもなく、岳南鉄道の貨物輸送が3月で終了してしまった現在、旅客営業私鉄で通年運転をする貨物列車の設定があるのはこの秩父鉄道と三岐鉄道の2社のみ。つまり、この別冊付録1冊でわが国を走る貨物列車のほぼすべての運転情報が得られるわけで、撮影に、車輌研究に、そしてウォッチングにと、まさに"SPOTTER'S GUIDE"(~SPOTTERとは観察者、監視者、ことに野鳥や鉄道車輌の識別者の意)の名の通り必携と言えましょう。しかも前回に比して16ページ増の84ページ建てとなっていながら定価は据え置きの1,500円(税込)です。
▲バッグにも入れやすいハンディなB5判の別冊付録『FREIGHT TRAIN SPOTTER'S GUIDE 2012』。
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さて、明日5月22日には東京スカイツリー®がオープンします。誌面では一足早く東京スカイツリーの展望台から各路線を撮影、東京スカイツリーから見た鉄道をご覧いただきます。どの路線・車輌が出てくるかは見てのお楽しみ...。

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▲いよいよ明日は東京スカイツリー®開業。一足早くスカイツリーから見られる鉄道、そしてスカイツリーとツーショットで収められる撮影地をご案内。
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さらにご好評をいただいている乗車ルポは、今回は富士急行を訪ねます。JR205系改造の6000系投入により今後の動向が気になる1000形や、運行開始10周年を迎える"フジサン特急"こと2000形など魅力的な車輌が多い富士急行ですが、下吉田ブルートレインテラスといった見どころもあります。今回は大月→河口湖→下吉田と乗車し、富士急行の魅力を存分に紹介いたします。
このほか、置き換えが進む京阪電気鉄道2600系の現況や、3月ダイヤ改正における豊田車両センター、高崎車両センター、新潟車両センター115系の運用、東京急行電鉄車輌のうごきなども収録、新車では、万葉線に登場した6000型除雪車と"URBAN FLYER"こと千葉都市モノレール0形を、さらにリニューアルされた秩父鉄道12系客車を紹介しています。
ぜひお近くの書店などでお手にとってご覧ください。

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▲京急線戸部-日ノ出町間を行く京成3300形6輌編成による特急。1970年のゴールデンウィークから休日の成田~三浦海岸など、3社直通特急の運転が開始された。まさに赤電黄金期のひとコマ。'70.8.9 戸部-日ノ出町 P:石本祐吉 (RMライブラリー『京成赤電ものがたり』より)
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先月発刊してたいへんご好評をいただいているRMライブラリー第153巻『京成青電ものがたり』に続き、続編となる第154巻『京成赤電ものがたり』が完成いたしました。本書では京成電鉄の3300形までの普通鋼製の地下鉄乗り入れ車を収録しております。

RML154sn.jpg京成電鉄が現在のように押上から都営地下鉄1号線(現在の都営浅草線)に乗り入れるようになったのは1960(昭和35)年のことです。これに先駆け1959(昭和34)年には京成電鉄は全線で4フィート6インチ(1372mm)ゲージから4フィート8 1/2インチ(1435mm)ゲージへの改軌工事を実施しました。大手私鉄の幹線の改軌工事と言えば、西では近鉄名古屋線の例がありますが、全線を運休せずに工事を進めたという点では、他に類を見ない大工事であったと言え、この工事があってこそ、現在の京成があると言っても過言ではないでしょう。

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▲左上は登場時、「青電」色の3000形、下は改軌後の姿で塗り替えられている。右は津田沼にあった第二工場に搬入された3050形。まだ本線が改軌前で、ひと足早く改軌された第二工場-京成津田沼間で試運転が行われた。 (RMライブラリー『京成赤電ものがたり』より)
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さて、本書で収録している「赤電」とは、ファイアオレンジとモーンアイボリーの塗り分けが採用された3000形から3300形までを指します。正確に言えば3000形は改軌前にオリーブ色ツートンの「青電」色で登場し、その後改軌・乗り入れに際し3050形から採用された「赤電」色に改めてられています。著者の石本祐吉さんはこの青電時代の3000形はもちろん、日車で製造中の鋼体まで記録されるなど、現在に至るまで京成の記録を丹念に残されてこられており、今回の『赤電ものがたり』は全ての写真が石本さんご自身の撮影によるものである点も特筆されます。

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▲改軌工事は全線を11の工区に分け、下り側から順に進められ、1372mm区間と1435mm区間の分界駅で乗り換えるという手法がとられた。左の写真は最初の分界駅となった幕張駅の改軌当日。右の電車はこの日から走り始めた3050形、つまり「赤電」がデビューした日である。この日から改軌が進むたび、「赤電」の走行エリアは、徐々に都心へと近づいていった。 (RMライブラリー『京成赤電ものがたり』より)
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▲1600形置き換えのため導入された3150形のクロスシート車。続いて登場した3200形クロスシート車とともに、AE形の運用開始まで約10年間、1600形から受け継いだ「開運」のヘッドマークを掲げて活躍することになる。 (RMライブラリー『京成赤電ものがたり』より)
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色を変えながらも活躍を続けてきた元「赤電」も、今や3300形を残すのみとなってしまいましたが、その1本はご存知の通り記念碑的に往年の「赤電」色に復元されて運行されています。今度のお休みには本書片手に最後の活躍を続ける元「赤電」を訪ねられてみてはいかがでしょうか。

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▲KCMに導入された新トモエ電機工業製のBL。この時点では試験運用だったらしく、まだ運転室扉は設置されていない。さらにTLも稼動していた。'12.3.20 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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海底力(そこぢから)モニターツアーとして「SL冬の湿原号」や釧路の石炭産業を体験する企画を次々と実現させてきている釧路臨港鉄道の会の情野裕良さんから、奇跡的に残されていた「釧路コールマイン」の坑外電気軌道=ノッポ電機がついに運転を終了したという情報をいただきましたのでご紹介いたしましょう。

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▲最後まで稼動した三菱製TL(山番64)、構内踏切のため架線位置が高く、やぐら組の上にパンタグラフを載せたスタイルが印象的だった。現在は建物の建設が始まったため、このアングルでの撮影はできなくなっている。'10.12.25 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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北海道釧路市にある国内唯一の坑内掘り炭鉱「釧路コールマイン」(通称・KCM)は、太平洋炭鉱時代から2フィートナロー(軌間610mm)の坑外電気軌道が稼動していることで知られていますが、このほど新トモエ電機工業製のBL(バッテリーロコ)が導入され、架空線式の電気軌道としての運用を終えました。

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▲一足早く稼動を終えた東芝製のTL(山番62)。三菱製よりもわずかに車体幅が広い。'11.1.28 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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この坑外軌道は、有名な凸形TL(トロリーロコ=電気機関車)による原炭輸送を終了した後も、坑内との機材・資材の出し入れなどのため、坑口付近の土場に電化された軌道群と3輌のTLが残され、10年前のKCM発足でも生き残り活躍を続けていました。
3輌のTLはいずれも坑内用から転用改造されたもので、三菱製(山番64、65)が2輌、東芝製(同62)が1輌在籍していましたが、65番は近年使用されず、残る2輌が稼動していました。

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▲架線が消えた木製の架線柱。奥ではニチユBLに押された架線作業車で、架線の取り外し作業をしている。'12.4.21 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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新トモエ電機工業製のBLについては、私は3月20日に2輌を初めて目撃し、衝撃を受けましたが、この時点ではTLも動いており、試験運用や習熟運転などを行っていたようです。新BLは山番がKCM-1、2と思われる2輌で、本体重量7500kg、総重量11700㎏、蓄電池函の2100㎏の表記とトラックブレーキが確認でき、同社のサーボロコ、2300形クラスの610mmゲージ仕様と思われます。

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▲主力機として本格稼動を始めた新BL。3月と比べ運転室扉が後付けされたことがわかる。蓄電池箱の上の細長い箱状ものは、車止め用の木の棒を収納するケースと思われる。'12.4.7 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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その後も両者併用されていたようですが、この間に東芝製の62番が稼動を終えて非電化の岐線に留置され、三菱製の64番も限られた岐線運用のみに縮小されていきました。
年度末最終営業日の3月31日には、側線に閉じ込められた同機は終日パンタを上げることなく、新BLと従来からあるニチユ製のBLが稼動していました。

s-_MG_3834n.jpg4月以降は敷地外から見える軌道上にTLの姿はなく、新旧のBLが運用されており、4月21日には架線の取り外し作業が行われていることを確認し、一縷の望みも絶たれてしまいました。その後、照明用などの電線が併設されていないと思われる架線柱も一部撤去されました(今のところ市道側の架線柱は残されています)。結果として、年度末をもって電気運転を終了したとの判断に至りました。
ここからは推測になりますが、TLはいずれもベテラン機ではあるものの、「坑内用でホイールベースが短いため急曲線の岐線でも牽引力があり、構造も単純でまだまだ使える」と以前、現場の方から伺っており、車輌の老朽化というよりも、諸般の事情で電気設備の維持を取り止めたと考える方が自然ではないかと思われます。
▲架線柱が撤去され、広々とした印象となった土場付近(市道から撮影)。'12.4.28 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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▲TLが運んだ鉱車は、ちょうど人車が見えている斜坑へ継承されて坑内へと入っていく。'11.6.25 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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炭鉱OBの方の情報では、稼動していた2輌のTLはすぐに解体とはならないようですが、譲渡や転用は考えにくく、先行きが心配されます。

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▲東側にある釧路コールマイン(KCM)の正門。構内は無断立ち入り厳禁で、通行禁止の警告看板も。'12.4.22 P:情野裕良(釧路臨港鉄道の会) 
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電気運転の終了は大変残念ですが、歴史ある希少な産業ナローが、新会社発足後、10年間もの長きにわたり活躍してこられたことは、奇跡と言って良いと思いますし、軌道自体は残されているので、これからも貴重な炭鉱ナローの活躍を見ることができます。
なお、KCMでは構内への部外者の立ち入りは認めておらず、無断立ち入りはもちろん厳禁です。写真のように、敷地外である南側の市道から見学・撮影することができますし、現場の皆様も好意的に対応いただいておりますので、くれぐれもマナー厳守でお願い申し上げます。

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▲年季の入ったコントローラーと圧力計。電化以来、武蔵野鉄道→西武鉄道の変遷を見続けてきた運転台である。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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このE12と同系のウェスチングハウス・ボールドウィン機は、国鉄ED22や名古屋鉄道デキ371などが知られ、なおかつこれをコピーした国産同系機も数多く誕生しています。ただしいずれも標準的な左側運転台で、よって前後の機器室も左側にオフセットしており、E11形のように右側運転台の例は極めて珍しいと言えましょう。
最後に修復なったE12のディテールをじっくりと観察してみることにいたしましょう。

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▲凸型車体の特徴的なフロント部を見る。E11形は右側運転台で、"ボンネット"に例えられる機器室は他の類型機と逆の進行右側にオフセットしている。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲前照灯は昭和30年代からすでに250WのLP403系に換装されている。丸いハッチ状の蓋は砂箱の蓋。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲尾灯(左)と屋根上のホイッスル(右)。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲屋根上の日立製避雷器箱。公開当日、残念ながらパンタグラフは上がらなかった。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲きわめてプリミティブな運転台。乗務員席の背後には主抵抗器が剥き出しのまま迫っている。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲ウェスチングハウスの陽刻が歴史を物語るコントローラー天板(左)と使い込まれたノッチハンドル(右)。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲運転席上部から下がった汽笛引き綱(左)。室内灯も白熱球の剥き出しのまま(右)。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲乗務員席背面上部にはカノピスイッチがずらりと並ぶ(左)。機械室中央部の壁面にも圧力計が...(右)。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲吊り掛けられた主電動機と大歯車のケーシングを見る。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲端梁の連結器銅受け裏の補強(左)。台枠と台車を結ぶ鎖は脱線時の逸走防止用で、米国機ならではの装備。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲台車間にレイアウトされているのは制御抵抗器だろうか。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲一見するかぎり華奢な感じのするイコライザー式の台車。動輪直径は3フィート(914㎜)、ホイールベースは7フィート(2,134㎜)。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲今にも動きだしそうなE12の晴れ姿。横瀬に保管されている数多くの歴史的電気機関車とともに、今後の展開に期待したい。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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せっかく綺麗になったE12。来年には90歳を迎える同機の今後に注目したいと思います。なお、西武鉄道では「西武鉄道100年アニバーサリーWebサイト」(→こちら)を開設しており、今後のイベント等チェックに目が離せません。

取材協力:西武鉄道

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▲旧保谷車両管理所の一般公開は今回が初めてとあって大賑わい。長年にわたって非公開だったE12もこの日は主役として脚光を浴びていた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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今回修復されたE12は、武蔵野鉄道が池袋~所沢間を電化する際、1923(大正12)年に米国ウェスチングハウスより新製輸入した3輌のうちの1輌で、戦前はデキカ10形を名乗っていました。形式名の「デキカ」はもちろん電気機関車の略。自重33t、単純計算での軸重8.25t、定格引張力4,354㎏のD型機は、それまでの主力であった独国ヘンシェル製22tCタンク機関車から比べれば格段に高性能でした。

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▲鈑金修復のうえ再塗装を施された車体はまるで新製車輌のように美しく輝いていた。'12.5.13 P:伊藤真悟 
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しかしわずか4年後の1927(昭和2)年には出力で2割増しの新鋭・川造製デキカ20形2輌が竣功し、早くもデキカ10形は旗艦としての座を譲ることになってしまいます。戦後は新・西武鉄道発足に伴って「デキカ」の形式名が取れて単に11形(11~13)となり、1961(昭和36)年からは形式名に"E"を冠してE11形を名乗ることになります。この形式名変更とあい前後して13は弘南鉄道に譲渡され、同社のED33形ED333となっています。同機は現在でもキ104と組んで除雪列車に活躍するなど、多くのファンの注目を集めているのはご承知のとおりです。

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▲米寿を過ぎながらも矍鑠とした面構え。僚機E13は弘南鉄道に譲渡され、同社のED33形ED333として"今なお現役"で頑張っている。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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続いてE11も1969(昭和44)年に越後交通に譲渡され、E12だけが西武に残されることとなりましたが、時はあたかも西武秩父線開業。私鉄最大の電機E851形も戦力に加わり、結局E12は1973(昭和48)年9月に廃車されてしまいます。しかし、幸いなことに解体されることなく、1975(昭和50)年に修復のうえ武蔵野鉄道時代の茶色塗装に戻されて保谷養成所に教材として保存されました(茶色塗装に復元された保存開始当初の状況はアーカイブ「武蔵野のデキカ」参照→こちら)。

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▲乗務員扉のHゴム化された窓などは1975(昭和50)年に養成所の教材として修復保存された際に改造されたもの。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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その後しばらくは茶色塗装での保存が続きましたが、のちに保谷車両管理所側に移設、この際に再びローズレッドに再塗装されたようです。ちなみにE11形の塗色は昭和30年代には水色だったこともあり、写真を見比べてみると車体塗色によりかなり印象が変わることがわかります。
保存先の保谷車両管理所は2000(平成12)年に武蔵丘車両基地にその任を譲って閉鎖され、E12と同じく保谷車両管理所に保存してあった5号蒸気機関車(1896年英国ナスミスウィルソン製)の2輌が跡地に取り残されるかたちとなってしまいました。以後十年あまり、E12は一度も公開されることなく眠り続けていたことになります。
今日はかれこれ31年前、現地に移設された当時の状況を他の保存車輌とともにお目にかけましょう。

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▲保谷養成所から保谷車両管理所に移設された当初のE12。車体塗色は茶色からローズレッドに塗り替えられたものの、社紋は武蔵野鉄道の標記となっていた。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲この時点では英国ナスミスウィルソン製の5号蒸機を先頭にして4輌の保存機が1線上に並んでいた。なお、5号蒸機は多摩川線で1957(昭和32)年まで使用されたのち上武鉄道に貸し出された(RMライブラリー『日本ニッケル鉄道』参照→こちら)のち、1965(昭和40)年に廃車となっている。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲E12のうしろには1967(昭和42)年に山形交通高畠線から引き取られてきたハフ1も保存されていた。さらにその後ろにはハフ2の足回りも保存されていたが、残念ながらこの2輌については現存しない。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲松葉スポークの車輪を履くハフ2の軸箱には「甲武鉄道工場製造」の陽刻がくっきりと残っていた。本車は書類上は1922年日本車輌東京支店製とされているが、甲武鉄道の国有化は1906(明治39)年。果たしてその真相は...。'81.11.15 P:名取紀之 
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▲一か月近くを掛けて修復されたE12はまさにミュージアム・コンディションとなってお披露目。五月晴れの空に来年には90歳を迎えるローズレッドの車体が映える。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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120513n043.jpg先週5月7日、西武鉄道はその前身である武蔵野鉄道が設立されてから100年を迎えました。また再来年2014年には、新宿線の前身である川越鉄道の一部(国分寺~東村山間)が、2015年には同じく川越鉄道全線(国分寺~本川越間)が開業120周年を迎え、さらに同年には、池袋線(池袋~飯能間)も開業100周年を迎えます。これを記念して同社では2015年度までの4年間、西武鉄道を中心とした西武グループ各社でさまざまな感謝イベントが催される予定で、昨日はまずはその先陣を切って、「西武鉄道100年アニバーサリーイベントin保谷 ~E11型電気機関車修復完成記念披露会~」が開催されました。
▲開業100年を祝うタペストリーが下げられた駅構内。'12.5.13 石神井公園  P:RM(名取紀之) 
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▲車体側面に描かれたかつての武蔵野鉄道の社紋。円形に配置された漢字の「六」(む)が3つ(さ)。その中にひらがなの「し」と「の」がデザインされており、合わせて「むさしの」。こういった判じ物の社紋は当時他社でも数多く見られた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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今回のイベントでは、旧保谷車両基地で長年保存されてきたE11形電気機関車E12が、ローズレッド、いわゆる西武レッドに再塗装され、美しい姿となって公開されました。

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▲キャブ内部の公開も行われ、めったにない歴史的電気機関車の運転席を一目見ようと長蛇の列ができた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲公開されたE12の横にはこれから修復される予定の1896年英国ナスミス・ウィルソン製の5号機の姿も見られた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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西武鉄道では毎年、南入曽や横瀬など公開イベントが行われていますが、この旧保谷車両基地での一般公開イベントは初めてとあって、午前10時のオープン前には長蛇の列ができるほどでした。ちなみにここ旧保谷車両基地跡地にはE12のほかに5号蒸機も保存されていますが、こちらはまだ修復途上で、今後の展開が期待されます。

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▲物販コーナーは終日たいへんな賑わい(左)。右は地元の西東京市教育委員会などによるミニ写真展。武蔵野軽便鉄道株式申込証といった極めて貴重な資料の複写も展示されていた。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲参加型の「100年アニバーサリー」レリーフ製作イベントには多くのファミリーがエントリー。それぞれの思いが込められたレリーフが"100"を模ったボードに貼られてゆく。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲あわせて保守用車輌の展示も行われ、めったお目に掛かれない"Dr.Multi"ことオーストリアのプラッサー&トイラー製EM120形はその車内まで公開された。'12.5.13 P:RM(名取紀之) 
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▲トロリーバス ЯТБ-1型(44号)。戦前のトロリーバスで、アニバーサリー・イベントの際に復原されたという。P:渡辺康正 
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120510n55.jpgところで、この博物館は「電気交通博物館」と銘打っているだけあって、もう一つの電気交通、トロリーバスも復原・保存されています。中でも目玉がЯТБ-1(YaTB-1)型44号。1936年から1937年にかけて製造されたもので、サンクト・ペテルブルグ300年記念の際に復原されたものだそうです。
▲トロリーバスЯТБ-1型(44号)の車内。P:渡辺康正 
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▲戦後のトロリーバスも保存されている。写真はМТБ-82Д型。P:渡辺康正 
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一通り見学して外に出ると、構内の片隅に柵に囲まれてもう1輌、1031号電車が野外で保存されているのが目に入りました。形式など出自は不明ですが非常に古い単車(のレプリカ?)であることは確かなようです。足回りも1028号やMC型電車の2軸単台車とは異なり、1軸台車を台枠に固定したもののようです。

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▲屋外に置かれている1031号。博物館の看板代わりに使われているようだ。P:渡辺康正 
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なお、1031号以外の保存車輌は、トロリーバスも含めすべて動態で、2時間半約10,000ルーブル(日本円で約26,000円)程度でチャーターできるそうです。サンクト・ペテルブルグに長く居れば、営業線上を実際に走るレトロ・トラムバイに出会うことも出来るかもしれません。

一方、モスクワのレトロ・トラムバイは...
現在の首都モスクワにも、地下鉄環状線の外側を中心に市の北西部・東部・南西部に40系統180kmを超えるトラムバイの路線網があります。現役の電車で一番古いのは東欧にも見られるテトラのT3型ですが、復原された鉄道馬車や1900年代初頭の電車をはじめとする13輌ほどのレトロ・トラムバイ、さらに17輌のトロリーバスや12輌のバスも保存されています。2009年6月には市電開業110年を記念して、4頭立ての鉄道馬車を先頭にレトロ・トラムバイのパレードが行われたと聞きます。

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▲モスクワの市電修理工場の一角に置かれている車輌群。P:渡辺康正 
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120510n71.jpgこれらの車輌はモスクワ市の北部、バウマン車庫内に置かれた都市交通博物館に保存されていましたが、博物館の敷地がモノレール用地に転用されたことにより、現在、まとまった保存場所を失っています。インターネットでは、市の東部の市電修理工場に博物館が移転しているとの情報もあって10月半ばに訪ねてみたのですが...工場の門は固く閉ざされ、敷地の一角に廃車置き場のようなものは見えるものの、博物館らしい気配はありませんでした。かろうじて構内に見えた古い電車はモニタールーフの木造電車を改造した4輪の事業用車のみ。この電車もサンクト・ペテルブルグの1031号と同様、二軸の単台車ではなく2つの一軸台車をはいていました。ただ、1031号に比べるとかなり進化した造りになっているようです。近づいて確認はできませんでしたが、一軸のボギー台車!?のようにも見えるのですが...。
▲訪れた市電修理工場は固く閉じられ、保存車の状態も伺い知れない。P:渡辺康正 
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▲わずかに屋外に出ていた事業用車20号。残念ながら近づくことはかなわなかった。P:渡辺康正 
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120510n74.jpgその後、誠に残念なことに私自身は出張でモスクワを離れていて実見できなかったのですが、2011年11月26日には市電A系統100年を記念して9輌のぴかぴかの保存車によるパレードが約2年半ぶりに行われました。(http://www.mosgortrans.ru/press/news/otdelnaja-novost/full/nestarejushchii-marshrut-a/→こちら)。たまたま私の勤め先にいる当地の公共交通ファンー地下鉄、トラムバイとともにトロリーバスも含んだファンのグループーの若手メンバーによると、これらのモスクワの保存車輌は、現在、各車庫に分散保管されていて一般には公開されていないそうです。
▲事業用車20号の特徴的な足回り。1軸の台車? P:渡辺康正 
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▲20号の見える場所から市電修理工場をのぞむ。P:渡辺康正 
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さらに、サンクト・ペテルブルグでも博物館のあるヴァシリエオストロフスキー車庫の土地をアートセンター用地に転用しようという動きがあるらしく、先日見た古い車庫と保存車の将来も予断を許さない状況です。サンクト・ペテルブルグのレトロ・トラムバイが今後とも一般に公開され続けるよう、また、モスクワのレトロ・トラムバイが早く安住の地を得て公開されるよう願うばかりです。

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▲市電修理工場のゲートから入場中の現役車輌を見る。P:渡辺康正 
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渡辺康正さんありがとうございました。遥かなロシアの地にも実に魅力的なトラムが数多く残されていることを知り、改めて心強く思いました。

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▲ЛМ-57型5148号はイベントの名残か、イルミネーション電球でぐるぐる巻きになっていた。P:渡辺康正 
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1957年から1969年にかけて単行での運転を前提に登場したのがЛМ-57型です。博物館の5148号はイルミネーション電球でぐるぐる巻きになっていますが、これはもちろん最近の装飾。なお、5148号より古い多くの保存車は事業用車に改造された電車などを復原したものですが、5148号は引退後すぐに博物館入りしてオリジナルの車体を保っています。

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▲「金魚鉢」ならぬ「水族館」と愛称される6249号。なんと本車はサイリスタ制御に改造されているという。P:渡辺康正 
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120510n43.jpg日本ではかつて阪神国道線の71形がその大きな窓ゆえ「金魚鉢」と呼ばれていましたが、ソ連版金魚鉢ともいえるのが1968年から75年にかけて登場した「水族館」ЛМ-68型(6249号)です。天井にまで及ぶ窓は明るいものの、車庫での窓掃除には不評だったといいます。また、この形式から間接制御が導入されましたが、中でもこの6249号は1970年代末にサイリスタ制御に改造されて実験に供された特別の一輌だそうです。
▲6242号の数字刻印機。チケットをこの機械で刻印させる。P:渡辺康正 
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▲「水族館」6242号の車内。屋根の肩部分までガラスが使われており、車内は実に明るい。P:渡辺康正 
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▲6242号車内の切符回収箱(左)とЛBC89型3076号(右)。P:渡辺康正 
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「レトロ」と呼ぶには新しすぎますが、ソ連時代末期の1989年に登場したЛBC89型(3076号)は8軸3連接の車体で、着席定員は50人ながら全定員は430人に及んだといいます。

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▲新製された鉄道馬車114号。何とも芝居の大道具のような風情...。P:渡辺康正 
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120510n47.jpgこのほか、ここには2頭立ての鉄道馬車114号もあります。サンクト・ペテルブルグでは1860年代から馬車鉄道が敷設されましたが、1880年9月1日に馬車のうち1輌、114号を改造した車輌により電車のデモンストレーションが行われたそうです。残念ながら目の前の114号は1991年(1993年、1997年とする資料もある)に1960~70年代製の市電の貨車を改造して作られたものですが、デモンストレーションにちなみ付番されたといいます。この馬車には1階しかありませんが、1880年当時電車に改造されたのは「インペリアル」と呼ばれた2階建て馬車で、地下鉄ヴァシリエオストロフスカヤ駅前に置かれたモニュメントにその姿がしのばれます。
▲ヴァシリエオストロフスカヤ駅前の鉄道馬車のモニュメント。P:渡辺康正 
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▲電気計測車5733号(上)と謎の除雪車除雪車ГС339(下)やたらと大きなスノウ・プラウが目を引く。P:渡辺康正 
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さらに、保存車輌か現役かは不明ですが、電気計測車5733号とスノウ・プラウがやたらに立派な除雪車ГС339も置かれています。

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▲サンクト・ペテルブルグ電気交通博物館内にずらりと並ぶ保存車たち。手前は「象」と愛称された3521-3584号。P:渡辺康正 
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お仕事の関係でモスクワにお住まいの渡辺康正さんから、これまでわが国ではほとんど紹介されたことのないロシアの市電保存車に関するレポートを頂戴しましたので、お目に掛けることにいたしましょう。
ちなみに渡辺さん、3月には一時帰国され、あの3月11日14時46分の東日本大震災から一年の鎮魂の時を新橋駅前SL広場での「さんてつ広場 復興市」(アーカイブ「新橋SL広場から東北に思いを馳せる」参照→こちら)で迎えられたそうで、黙祷の様子を「今日の一枚」に寄せられています。なんと渡辺さんの撮られた写真の右端奥に私がいたわけで、偶然にも数メートルを隔てて同じ場に居合わせたことになります。

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▲博物館のあるヴァシリエオストロフスキー車庫入口。入口の柵の片隅に博物館の看板が掲げられている。P:渡辺康正 
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サンクト・ペテルブルグの復原・保存車輌たち
ロシア西部、バルト海の最も東に位置するサンクト・ペテルブルグは帝政時代の首都として、また、水の都として知られますが、一時期は世界最長の路線網を誇ったともいわれる市電(трамвай=トラムバイ)の都でもあり、現在でも39系統の路線が市民の足となっています。そのサンクト・ペテルブルグに昨年11月に旅行した際、ヴァシリエフスキー島に往時の名残をとどめるサンクト・ペテルブルグ電気交通博物館を訪ねてみました。

120510n3.jpg日本語のガイドブックはもとより現地の観光案内にすら出ておらず、公共交通運営機関"ГОРЭЛКТРОТРАНС (GORELECTROTRANS)"のホームページにも出てきませんが、地下鉄3号線のヴァシリエオストロフスカヤ(Василеостровская)駅前から市電6・40系統で西に向かうと、市電の開業時からのヴァシリエオストロフスキー車庫があり、その一角が博物館として電車の保存に充てられています。
▲いかにも由緒ありそうな煉瓦造りのヴァシリエオストロフスキー車庫建屋。P:渡辺康正 
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小さな看板がなければ閉ざされた市電の車庫にしか見えませんが、警備のおばさんが案内してくれたくぐり戸の奥にはサンクト・ペテルブルグの市電90周年を記念してレストアされた車輌たちが所狭しと並んでいました。

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▲最初期の電車を模したレプリカの1028号とその車内。P:渡辺康正 
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▲MC-1型改造1028号の2軸単台車(左)。右は1028号デッキ天井部に付けられているベル。P:渡辺康正 
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最も古そうな電車はオープンデッキの1028号ですが、実はこれは1907年の開業時にイギリスから輸入した電車を模して、旧ソ連時代の1982年に後述のMC-1(MS-1)型単車2066号を改造した貸切用の電車です。

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▲MC-1型1877号はレプリカではなく復原されたもの。簡素な運転台にはロシア製のコントローラーが備わる。P:渡辺康正 
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レプリカでなく復原されたものの筆頭はオープンデッキの1877号で、1927年から製造されたМС-1(MS-1)型単車。MC型単車のグループとしてはこのほかにMC-2型の2135号(1932年製)、MC-4型の2642号(1933年製)、片運転台・片側出入口になったMCO-4型の2575号(1933年製)、MC-4型とトレーラーMCП-3型を連結した2424号(1930年製)-2384号(1932年製)の組み合わせが保存されています。また、2601号ともう1輌のMC型単車も車庫の奥に置かれていました。

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▲ MCO-4型2575号。片運転台・片側出入口となっている。P:渡辺康正 
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120510n22.jpg1933年まで製造されたMC型単車のあと1934年から1940年にかけて登場したのが「アメリカン」と通称される半鋼製のボギー電車とトレーラーЛМ-33・ЛП-33(LM-33・LP-33)型で、博物館には4275号-4454号が保存されています。ソ連時代、レニングラードと呼ばれていたこの街の技術者がアメリカを訪問してデザインや技術を取り入れて作られたことにちなんで当初はMA・ПA型と名付けられていましたが、後に米ソの関係悪化に伴いレニングラードにちなむЛМ・ЛП型に改称された歴史があります。もっとも、通称は「アメリカン」のままレニングラード市電の一時代を劃したそうですが...。
▲2424号と2384号の連結部分。ともに1930年代初頭の車輌。P:渡辺康正 
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▲「アメリカン」と通称された4275号-4454号。かつてアメリカのプラクティスを導入して製造されたものだという。車内には木製のセミクロスシートが並ぶ。P:渡辺康正 
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▲4275号の運転台(左)とむき出しのドアエンジン(右)。P:渡辺康正 
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▲「象」と呼ばれる3521-3584号。日本人的感覚ではどうしてこれが「象」に似ていると思えるのか少々不思議。 P:渡辺康正 
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120510n36.jpgしかしЛМ-33・ЛП-33型は大祖国戦争(第二次世界大戦)時のレニングラード攻防戦で多くの被害を受けました。そこで被災した車体を全金属製車体に載せ替えて1948年から1949年にかけて復旧したのがЛМ-47・ЛП-47型。丸みを帯びたアイボリーの車体からか「象」と呼ばれ、博物館には3521号-3524号のペアが保存されています。「象」の愛称は1949年から1960年に製造された、より高速でより乗り心地の良いЛМ-49・ЛП-49型(3691号-3990号)に引き継がれます。木の椅子がクッションの入ったものになったのもこの形式からです。
▲3521号の運転台。かなり狭い。P:渡辺康正 
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▲「象」第2世代の3691-3990号とその車内。木製だったシートはクッション入りのものとなった。P:渡辺康正 
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▲下り5001レは後続列車退避のため寄居、長瀞、秩父と10分程度の停車があり、撮影ポイントさえ欲をかかなければ何回か電車で追い抜きが可能。とはいえ押っ取り刀で駆け付けた浦山口ホーム端は"パレオエクスプレス"を一目見ようという観光客で大賑わい。こんな時にはチルト可動式液晶モニターが威力を発揮し、NEX-7を皆さんの頭上に掲げてパチリ。'12.4.29 浦山口 
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4年ほど前にマイクロフォーサーズと呼ばれる新たなカテゴライズがオリンパスとパナソニックによってなされ、いわゆる"ミラーレス"が一気に表舞台に躍り出ます。ことにオリンパス・ペンシリーズは、かつてのベストセラー ハーフサイズ機を彷彿させる中に最新デジタル技術を詰め込み、さらにマウントアダプターを介して数多くのオールドレンズを活用できるとあってたいへんな人気となりました。街角でおしゃれなペンを下げている女性を目にするのも今や日常の光景です。

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▲親鼻橋梁を行く1007F。登場時を再現した塗色は新緑の渓谷に鮮やかに映える。ちなみにこれは件のキヤノン35㎜F2の撮影。換算約52㎜の焦点距離は使い勝手も良く、なおかつイメージサークルの中央部を使うため半世紀前のレンズとは思えないほど画質も良好。'12.4.29 親鼻-上長瀞 
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このマイクロフォーサーズ陣営を先陣として"ミラーレス"市場は各メーカーがしのぎを削る戦国状況となります。数年後にはミラーレス機がデジタル一眼レフ機の全シェアを上回るとの観測もあり、技術的にも今後どんな進化を遂げてゆくのか目が離せません。

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▲風情ある樋口駅ホームに滑り込んでくるスカイブルーの1001F。もと国鉄101系の1000系は3連のうち中間車1輌が非冷房だが、逆にこの季節、窓を開けて走る電車の良さを実感させてくれる。'12.4.29 樋口 
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▲樋口駅ホーム点描。目についたこんな"小物"を、マニュアルフォーカスでじっくりとピントを合わせながら撮るのも一興。'12.4.29 樋口 
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ただ、そんなミラーレス機も動体撮影、こと鉄道撮影となると決して使い勝手が良いとは言えず、とりわけシャッターや電子ビューファインダー(EVF)のタイムラグが大きな不満材料でした。NEX-7はそのウィークポイントがほぼ解消されたと言っても良く、デジタル一眼レフと大差なく動体撮影に臨むことが可能です。

nex7004.jpg大型連休前半の絶好の好天に恵まれた一日、近年人気の高い羊山丘陵の芝桜も満開とあって、秩父鉄道沿線はたいへんな賑わいぶりとなっていました。
岳南鉄道の貨物営業が終了してしまい、通年営業の旅客営業私鉄で定期貨物列車の設定があるのは三岐鉄道とここ秩父鉄道だけとなってしまいましたが、残念ながら秩父小野田セメントの工場の定期点検の関係で貨物列車は5月中旬まで全面運休中。それでも、もと国鉄101系の1000系をはじめとしたバラエティー豊かな電車陣と、今春全検を出場して元気な姿で復帰したC58 363号機が往来する秩父路は、NEX-7片手の「カメラハイク」にはお誂えの舞台でした。
▲ライツのエルマリート90㎜F2.8で置きピンしてスローシャッターで流し撮り。新緑の中を飛び出してくるオレンジバーミリオンの1011Fあたりを思い描いていたのだが...結果は白ベースの車体塗色の6000系...残念! '12.4.29 親鼻-上長瀞(1/50秒) 
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ところで、このNEX-7のもうひとつの利点はマニュアルフォーカスが極めて精度高く行えることです。マウントアダプターを介してライツ製のオールドレンズなどを装着した場合、当然AFは効かずマニュアルでフォーカシングすることになりますが、背面のソフトキーを押すことによって瞬時に画面の一部を約5.9倍、もしくは約11・7倍に拡大表示することが可能で、容易くピントの芯を見つけられます。

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▲NEX-7との一日の終わりは定番の親鼻橋梁での5002レ。通過は15時とこの季節ではまだトップライトに近いが、コントロールダイヤルで思い切ってマイナス露出に振ってシルエット調を狙ってみた。'12.4.29 親鼻-上長瀞 
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手のひらに載るほどの大きさで有効約2430万画素のデジタルカメラなど、数年前まで夢想だにしませんでした。何ともすごい時代になったものです。「あの時代にこのカメラがあったなら...」などという"if"はやめにして、まずは今を楽しみたいものです。

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▲これまでのミラーレス機が最も苦手とするのが流し撮り。液晶モニターではホールディングが安定しないし、従来の電子ビューファインダー(EVF)ではタイムラグが致命的だった。NEX-7に搭載されたEVFはタイムラグがほとんどなく、このようにロッドの動きに気を配りながらのシャッターリリースも可能。'12.4.29 樋口−野口(1/60秒) 
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恐ろしいほどの勢いで進化を続けるデジタルカメラの世界。その中でもここ数年とりわけ注目を集めているのが"ミラーレス"と言われるレンズ交換式カメラのカテゴリーです。一眼レフ(SLR=single-lens reflex camera)や二眼レフ(TLR=twin-lens reflex camera)がいずれも反射ミラーを用いて被写体を光学式ファインダースクリーンに結像させるのに対して、"ミラーレス"はその名の通り反射ミラーを用いずに、イメージセンサーで捉えた画像を液晶ディスプレーや電子ビューファインダーに映し出すもので、カメラ機能としては大半のコンパクトデジタルカメラと同様です。つまり、"ミラーレス"という概念自体が極めてファジーで、いっそのことレンズ交換が可能なコンパクトデジタルカメラと要約した方がわかりやすいのかもしれません。

nex7100.jpgただ、この"ミラーレス"という新ジャンルには非常に大きな可能性が秘められています。まず、何よりも従来の一眼レフに比較して圧倒的に小型軽量な点が挙げられましょう。わが身を振り返ってみても、キヤノンF-1一式にペンタックス67一式、さらに場合によってはハッセルブラッドに石のように重いゾナー250㎜、ディスタゴン50㎜を詰め込んでの徒歩移動は苦行以外の何者でもなく、まさに体力の限界との勝負でした。その点、コンパクトデジカメ並みに小型軽量ながらAPS-Cサイズなどデジタル一眼と同等のイメージセンサーを持つミラーレス機は、私たち世代からしてみればまさに福音と言えましょう。
▲Eマウントアダプター、さらにMLマウントリングを介してスクリューマウントのキヤノン35㎜F2(4群7枚/1962年~)を装着したNEX-7。手に馴染んだ愛用の革製ストラップはライカM2に付けていたものだが、今回特別にNEX-7にコンバート。'12.4.29 
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そしてもうひとつの魅力が、マウントアダプターを介して多くの歴史的レンズを使えることです。反射ミラーを持たないミラーレス機はバックフォーカスが短いためレンズ設計の自由度が高く、一眼レフでは使用できない非レトロフォーカスの"名玉"もデジタル画像として甦らせることが可能となるわけです。

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▲かつて小ブログでも紹介した影森構外側線の転轍小屋(アーカイブ「影森、魔境の残り香」参照→こちら)は今も健在。常に右親指が掛かるコントロールダイヤルでEV値を変えずに瞬時にスローシャッターをセレクトすることも可能。'12.4.29 影森ー浦山口 
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そんなミラーレス機の中でも注目株がソニーのNEX-7で、先日はこの最新ミラーレス機を持って新緑の秩父鉄道を散策してきました。NEX-7はAPS-Cサイズ(23.5×15.6㎜)の撮像素子を備え、有効約2430万画素というハイエンド一眼デジタル機にも匹敵するポテンシャルを持っています。しかも先行機種NEX-5では外付けオプションであった電子ビューファインダーが内蔵されたのも特筆され、レンジファインダー機や一眼レフと同様にファインダーを通しての撮影スタンスが可能です。

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▲秩父太平洋セメントの工場の定期点検で貨物列車は5月中旬まで全面運休中。しばしお休みの影森構外側線の下をオレンジバーミリオンの1000系が行く。新緑に包まれたこの光景を見ていると、かつての五日市線大久野のスイッチバックを思い起こす。'12.4.29 影森ー浦山口 
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コンパクトデジカメの電子ビューファインダーというと視認性が悪くタイムラグもつきもので、どちらかというとオマケについています的なイメージが付きまとってきましたが、このNEX-7の電子ビューファインダーはそんな既成概念を根本的に覆すもので、約235万ドットの画面は極めてクリア。しかも鉄道撮影には最も重要なタイムラグもほとんど感じられないほどに進化しています。もちろん透視ファインダーの鮮明さ(アーカイブ「単独ファインダーの魔力」参照→こちら)には敵うわけがありませんが、充分に"使える"レベルに達していると言えましょう。
もともと、腕を伸ばして背面の液晶モニターを見ながらシャッターをリリースする恰好が厭で堪らなかっただけに、このNEX-7では専らファインダーを利用しています。

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▲影森周辺には写欲をそそる情景がそこかしこに見られる。肩肘張ることなくこんな情景をスナップするのも軽量小型なミラーレスならではの楽しさ。'12.4.29 影森ー浦山口 
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▲上の車止めの部分アップ。気軽なスナップとはいえ、有効約2430万画素の実力は目を見張るものがある。'12.4.29 影森ー浦山口 
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※連休中、サーバの不具合で新しいエントリーが表示されないことがございました。現在は復旧しておりますが、ご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。

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▲発車前 北日本の玄関口、上野駅8番ホーム。C62牽引の急行「みちのく」が圧力を上げ発車を待っている。その発車風景を3人の男性が興味深げに見守っていた。いつの時代にも蒸機には男を惹き付ける何かがある。'61.5.25 常磐線上野 P:中島正樹 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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ついに8巻目となった『わが国鉄時代』が完成いたしました。鉄道ホビダス上の投稿型人気ブログ「わが国鉄時代」を紙媒体に"逆流"させるスキームは、かけがいのない青春の記録をウェッブ上に漂流させるだけでなく書架に保存しておきたいと願う皆さんに好評をもって受け止められており、続巻を待ち望む声も多数寄せられております。
それでは新刊『わが国鉄時代』vol.8の見どころを『国鉄時代』山下新編集長よりご紹介いたしましょう。

120502h1.jpg冒険とときめきの線路端...。『わが国鉄時代』vol.8がいよいよ発売となります。表紙は中島正樹さん撮影の足尾線の蒸機廃止で運転された記念列車です。1970(昭和45)年10月4日に運転されたこの列車は、足尾線内はC12牽引ですが両毛線ではC58 309〔髙一〕がバトンを引き継ぎました。撮影は岩舟駅で、名残りを惜しむファンがカメラを手に線路端や跨線橋の上に集まっています。思い思いにシャッターを切って蒸機を見送る様子は、緊張が解けたところがよく分かります。

120502n003.jpgそういえば、鉄道と関わりをもつようになってから、何度この「緊張」を味わったことでしょう。シャッターを切る前の心地よい「緊張感」は、撮影対象がC62重連でも山手線の103系でも常に漂うもので、この日常生活の中にはないちょっとしたスリルを味わうためにカメラを持って出掛けるようなもの。「緊張」の先に待っているのは「会心の笑み」か、はたまた「無念の涙」か...。幾多の失敗にも決してめげることなく、最高の光景を思い浮かべながら未知の土地を歩いた時代は、まさに青春そのものでした。

▲惜別の時 181系DC特急「つばさ」最終日、前面には尾久客車区の方々によるモールの飾り付けがされていた。先頭部ではさよならのイベントが行われていたが、最後部ではファンが押しかけ、線路まで埋め尽くされて大変な騒ぎとなっていた。'75.11.24 東北本線 上野 P:内田博行 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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120502n001.jpgそんなある意味「冒険譚」とも言える多くの作品が投稿型ブログ「わが国鉄時代」に毎日寄せられています。2005(平成17)年7月のスタートからこれまでにアップした写真は累計で2,800点を超し、未アップのものも合わせると3,000点を遥かに超える作品がブログ「わが国鉄時代」に集積されていることになります。今回もその中から幅広くセレクトして一冊の"青春記"にまとめました。
写真の数と同じだけドラマがあります。輝かしい時代にひとときご招待いたしましょう。


▲甲突川を渡る 西鹿児島-鹿児島間の甲突川を渡るDF50牽引普通列車。今見ると、甍の街並みが広がる市内、商店の看板、そして道を走る富士重工の軽自動車「スバル360」が懐かしい。待って撮ったわけではないが伊敷線の鹿児島市電がうまく橋上の停留場に停まった。'69.3 鹿児島本線西鹿児島-鹿児島 P:長津 徹 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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▲巻頭特集は成田冬紀さんにまとめていただいた「全盛時代のブルートレイン」。夕暮れ迫る16時30分発の「さくら」から15分おきに「はやぶさ」「みずほ」と東京駅を発車してゆく姿は私たちを魅了して止まなかった。 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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特集形式で募集した「ブルートレイン」は、長らく最高峰の列車として君臨していただけに熱のこもった作品が多く、充実した誌面となりました。ベテランファンの成田冬紀さんに振り返っていただき27ページの記事として構成。東京駅から、次々に発車していた栄光の時代の思い出を掘り起こします。

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▲EF58→EF60そしてEF65Pへと受け継がれてゆく東海道のブルートレインは、まさに国鉄時代を象徴する華であった。 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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中野伸俊さんの「雪の上目名」は、遅延のため上目名に臨時停車したC62重連牽引の下り「ニセコ3号」とD51 237牽引の上り普通列車の交換シーン。雪で埋まった構内が3月とは言え春はまだ遠いことを感じさせます。
上野駅で急行「みちのく」を撮った、中島正樹さんの「発車前」は圧力をいっぱいに上げまさに発車せんとするC62 19の様子をサラリーマンとおぼしき3人が興味深げに見入っています。発車のベルの聞こえてきそうな、臨場感溢れる写真です。
長津 徹さんの「甲突川を渡る」は、鹿児島市内を流れる甲突川の鉄橋を小高い丘から眺めたもの、甍の波の向うをDF50牽引の普通列車が渡って行きます。手前の通りの停留場には市電が停まっています。訪れたことのない者にも懐かしさを感じさせる温もりのある写真です。
キハ181系による「つばさ」最終日の上野駅の様子を記録した内田博行さんの「惜別の時」は、名残りを惜しむ少年たちに囲まれたキハ181の姿が印象的です。車体を撫でる少年の手に、往時の思い出が甦ってくる方も多いでしょう。

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▲雪の上目名 冬場の北海道は雪による遅延は当たり前。この日も乗ってきた下り「ニセコ3号」は上目名で交換待ち。優等列車を待たせてD51の普通列車がやって来た。C62 2+C62 44/D51 237。'70.3.22 函館本線上目名 P:中野伸俊 (『わが国鉄時代』vol.8より)
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このvol.8では69人の方の約300点の写真を掲載させていただきました。なお、鉄道100年関連で募集いたしました作品に関しましては、『国鉄時代vol.31』または『わが国鉄時代vol.9』にて掲載させていただく予定です。

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▲「道の駅」の隣の「水の駅」水の郷さわらに展示された加藤くん。左奥にある防災教育展示施設には利根川治水の歴史をビジュアルに振り返るコーナーもある。'11.10.8 
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2年ほど前にオープンした「水の郷さわら」に、もと建設省関東地方建設局利根川下流工事事務所に保管してあった"加藤くん"が保存展示されたと聞いて、近くを通った道すがら立ち寄ってみました。

111217n003.jpgこの「水の郷さわら」は「道の駅」と、聞き慣れない「水の駅」が併設された施設で、駐車場のキャパシティだけとっても152台収容ときわめて大規模なものです。香取市佐原の利根川の川辺に位置し、観光船乗り場やプレジャーボートの係留桟橋も隣接し、もちろん昨今流行りのフードコート形式の飲食施設や地域特産品直売所など数多くの商業施設も擁して、休日ともなれば多くの家族連れで賑わいます。
▲長年にわたって河川改修の苦闘が繰り広げられてきた利根川。「川の駅」からはその雄大な光景を眺めることができる。11.10.8 
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▲非常に良好な状態にレストアされた加藤製3t機。1961(昭和36)年製と、加藤製作所製内燃機関車としては最後期の製品に属し、キャブ窓などはHゴム支持となっている。11.10.8 
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ここは実はかつて利根川下流工事事務所のストックヤードがあった場所で、軌道による河川改修華やかなりし頃は「佐原工作出張所」という機関車の修理工場も設けられていました。かれこれ20年ほど前に訪ねた時には、加藤製作所製の小型ディーゼル機関車1輌とナベトロ数輌が保管されていましたが、今回保存展示されることになったのもこの機関車です。

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▲立派な説明看板を伴い、ナベトロ2輌との編成状態で展示されている。展示上屋がなく雨ざらしなのが気になるものの、今のところ状態はすこぶる良い。11.10.8 
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展示されているのは加藤製作所1961(昭和36)年10月製(製番61145)の3t機。ただしこの機関車、出自は建設省のものではなく、茨城県の民間土木業者の所有機でした。利根川下流工事事務所の直轄機材は7t機が中心で自重3t規模の"超"小型機はなく、直営機材をすべて廃止してしまってから軌道による河川改修事業の歴史を後世に伝えようと、民間業者が所有していた機関車を譲り受けたようです。ちなみに姉妹関係にある利根川上流工事事務所(現・利根川上流河川事務所/栗橋)には直轄機材の7t機(TL538)と建設省タイプのナベトロが保存されています。

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▲防災教育展示館2階から見下ろした展示車輌。後ろは広大な駐車場となっているが、「道の駅」の商業施設が逆方向であることもあって、残念ながら加藤くんを気に留める来訪者はほとんどいない。11.10.8 
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▲計器類もきちんと残されているキャブ内(左)。エンジンはDA220形。右はナベトロだが、建設省関東地方建設局が多用した標準的なものより小さく、機関車とともに民間業者が使用したものと思われる。11.10.8 
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隣接する防災教育展示室には佐原工作出張所時代の貴重な写真をはじめ、さらにそれ以前、ボルジッヒ製蒸機が活躍していた時代の利根川改修工事の様子も見ることができます。この大型連休中、佐原・銚子方面にお出での際は立ち寄ってみられてはいかがでしょうか。

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▲かれこれ20年ほど前、関東地方建設局利根川下流工事事務所で保管されていた当時の同機。この時点ではまさか20年近く経ってすっかり綺麗になった姿と再会できようとは思ってもみなかった。'93.7.3 
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