鉄道ホビダス

2012年3月アーカイブ

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▲4月1日からはガードレールの左側にバスが停まることになる。'12.3.29 十和田観光電鉄工業高校前 P:対馬雅人 (「今日の一枚」より)
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先々週のJRダイヤ改正での惜別シーンも鮮明ななか、今週末には今度は十和田観光電鉄と長野電鉄屋代線が歴史の彼方へと消えてゆきます。これまでにも幾度となくご紹介してきたように(アーカイブ「十和田観光電鉄 廃止決定」参照→こちら)、十和田観光電鉄は今年創業90周年、一方の長野電鉄屋代線(アーカイブ「河東線 あの頃」参照→こちら)も前身の河東鉄道から起算すると今年が90年と、奇しくも"同期"の2路線がついに力尽きてゆくこととなります。

120330n003.jpg十和田観光電鉄では運行最終日となる3月31日(土)を特別ダイヤで運転(通常の11往復を上りが16本、下りが15本に増発)するほか、三沢21:00発→十和田市21:31着予定の十和田市行き鉄道営業最終列車を「乗車整理券」方式で運行します(「乗車整理券」の配布はすでに終了)。当日は、乗客の乗降の案内を優先するため、三沢駅・十和田市駅の出札窓口を閉鎖し、硬券乗車券・入場券類は十和田市駅「TKD89ミュージアム」内に臨時開設する「きっぷうりば」で発売、また普通乗車券・回数券は自動券売機で、「十鉄1日フリー乗車券」は改札係員から購入するかたちとなります。(詳しくは十和田観光電鉄HP→こちら
▲想いを込められたサボと車輌が輝く。'12.3.26 十和田観光電鉄三沢 P:大久保雅史 (「今日の一枚」より)
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▲たくさんの思い出を運んだ鉄路も、あと数日で思い出に...。'12.3.27 十和田観光電鉄工業高校前 P:今 威 (「今日の一枚」より)
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▲そして、オールドタイマーたちの行く末は...。'12.3.27 十和田観光電鉄七百 P:山際信幸 (「今日の一枚」より)
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十和田観光電鉄営業最終列車の運転
■運転日
2012(平成24)年3月31日(土)
■運転時刻
 三沢21:00→十和田市21:31(予定)
 ※三沢駅から十和田市駅までは直行し、途中駅での乗降はできない
■乗車条件
事前配布する「乗車整理券」および有効な乗車券類(普通乗車券・普通回数券・定期券・十鉄1日フリー乗車券)を持っている方のみ乗車可能。
(「乗車整理券」の配布はすでに終了)
 
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▲いよいよカウントダウン。さよならマークが取り付けられた。'12.3.27 長野電鉄信濃川田―若穂 P:青木智則 (「今日の一枚」より)
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▲屋代線と2000系、多くのファンが別れを惜しむ...。'12.3.25 長野電鉄松代 P:鈴木雅詞 (「今日の一枚」より)
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また、長野電鉄では屋代線運転最終日となる3月31日(土)に上り屋代発須坂行き普通列車3本、屋代発松代行き急行列車1本、下り須坂発屋代行き普通列車3本、松代発屋代行き急行列車1本(※急行列車は、須坂駅、松代駅のみの停車)の臨時列車を増発するほか、2000系D編成の引退と合わせて各種の記念乗車券等を発売する予定です。(詳しくは長野電鉄HP→こちら

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▲日比谷線時代を思い出させる帯なし。'12.3.25 長野電鉄綿内 P:宮田武司 (「今日の一枚」より)
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明日、3月31日は土曜日。一夜明けた翌日曜日には両線とも再び列車が走ることがないかと思うと、あまりに辛い週末になります。

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▲三沢行き最終電車が到着するころ、駅は無人。'12.3.26 十和田観光電鉄古里 P:清川康彦 (「今日の一枚」より)
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▲90形の交換。1945(昭和20)年7月19日夜半からの空襲により、14輌いた電車の約半数が消失、その他に破損した車輌もあり、急遽譲渡された元京都のN電が大活躍した。当時の複線区間は岡崎駅前から殿橋まで。道路拡幅により、この翌年に殿橋~康生町が複線化された。'53.8.12 殿橋 P:名鉄資料館所蔵
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名鉄岡崎市内線の写真展が、3月20日から名鉄資料館(→こちら)で開催されています。私は残念ながら未見ですが、たいへん興味深い展示内容で、同館の田中義人さんから貴重な画像とともにご案内を頂戴いたしましたのでご紹介いたしましょう。

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▲館内に展示されている岡崎市内線の電車の方向幕。P:名鉄資料館所蔵
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▲写真展初日の3月20日にはRM LIBRARY『名鉄岡崎市内線』の著者・藤井 建さんもおみえになり、その折に、藤井さんが持参されて展示することになったという岡崎市内電車廃止案内のポスター(左)。右は岡崎市内線写真展の会場。
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岡崎市内線の歴史は古く、町から遠く離れた停車場と町の中心部を結ぶため、1898(明治31)年に岡崎馬車鉄道として軌間762mmでスタートしました(その後、電化・改軌されました)。電車が走り始めたのが、ちょうど100年前の1912年(大正元年)9月で、50年前の1962(昭和37)年6月に岡崎市内電車は廃止になり、バス化されました。

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▲岡崎車庫で朝の勤務前のラヂオ体操。走っていた車輌(20輌)と同じくらいの人々が車庫で働いていた。P:名鉄資料館所蔵
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岡崎市内を50年間走った市内電車も、廃止から既に50年経過ということで、名鉄資料館では「岡崎市内線写真展」を企画しました。岡崎市内線については藤井 建さんのRM LIBRARY『名鉄岡崎市内線』に詳しく、今回の写真展を準備するにあたり、名鉄資料館でも参考図書として活用させていただきました。さらに資料館内から岡崎市内線の写真がネガ・紙焼きを含め約280枚見つかり、今回の写真展ではその中から大判のA3サイズで15枚、A4サイズで56枚の写真を展示しています。

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▲岡崎市電最後の日。63年間ありがとう。'62.6.16P:名鉄資料館所蔵
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岡崎市内線が廃止になるときの車輌数は20輌ほどでしたが、50年の歴史の中では、そのバラエティーも実に豊かでした。電化と同時に導入された1号電車から、戦災後に急遽応援に駆けつけた京都のN電90形、同じ名鉄の岐阜市内線や起(おこし)線からの転入車もありました。その中でも特筆されるのが電動貨車の存在です。

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▲岡崎随一の繁華街・康生町。ここから先は単線なので、続行板をつけて反対電車を待つデワ11号。'62 P:名鉄資料館所蔵
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岡崎市内線の電動貨車は、1927(昭和2)年に貨物輸送用に2輌製造され、廃線まで活躍しました。市内線の戸崎町から日清紡の工場への引き込み線があり、1951(昭和26)年までは殿橋の南側に貨物駅もあって、貨物輸送が盛んでした。市内線を走る貨物列車の姿は、全国的に見ても非常に珍しい存在であったと思います。
「併用軌道を電動貨車が貨物列車を引いて走る」夢のような写真がたくさん残されていました。その一端をご覧ください。

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▲昭和初期の岡崎駅前で貨車を牽引する電動貨車。電動貨車に三河鉄道の社紋が見えるが、1927(昭和2)年~1941(昭和16)年は、三河鉄道の岡崎市内線であった。このデワ2号は、名鉄と合併したときにデワ12号と改番され、岡崎市内線の最後まで活躍した。P:名鉄資料館所蔵
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120329n012.jpg明治・大正時代の絵葉書や、杵屋栄二さんなど諸先輩の貴重な写真も展示してあります。
ちょっと不便なところにありますが、路面電車ファンの方、特に路面を走る貨物列車ファンの方、ぜひご覧ください。
岡崎市内線の写真展は、5月31日まで開催されています。平日のみ10時~17時の開館です。入場無料ですが、事前予約が必要です。訪問前に名鉄資料館(0574)-61-0831へお電話ください。お待ちしております。
なお、5月の連休中の休日に予約なしで入れる特別開館も計画しています。1ヶ月くらい前に名鉄のホームページでご案内しますのでよろしくお願いいたします。

▲水たまりの線路を貨物列車が走る。'62.6.15 車庫前−芦池橋 P:名鉄資料館所蔵
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▲川崎・扇町の三井埠頭と太平洋セメント熊谷工場を結ぶ石炭列車。現在見ることのできる、数少ないホッパ車による貨物列車である。'12.1 秩父鉄道三ヶ尻-武川 P:渡辺圭介 (RM LIBRARY『無蓋ホッパ車のすべて(下)』より)
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吉岡心平さんによるRM LIBRARY『無蓋ホッパ車のすべて』、ご好評いただいております上巻に続き、下巻が完成し、『有蓋ホッパ車のすべて』上下巻と合わせ、ホッパ車4部作がここに完結いたしました。

120328nRML152n.jpg本書は1953(昭和28)年の制定以来、75形式6627輌が在籍してきたホッパ車のうち、無蓋ホッパ車について上下巻にわたって解説するものです。上巻ではホキ2500形式やホキ8500形式に代表される側開き式と、そのルーツである側開き式石炭車を収録しましたが、続く下巻では底開き式と、流し板付き側開き式の、計10形式を収録しています。

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▲ホッパ車というより「保線機械」、ホキよりも「ヤ」の方が相応しいようなホキ350形式。単線式道床バラスト更新作業に使用されたもので、バラストクリーナーのヤ100形式、ベルトコンベアを搭載するヤ150形式、そして電源車のヤ50形式と組んで使用された。 (RM LIBRARY『無蓋ホッパ車のすべて(下)』より)
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底開き式とは、その名の通り、車体の底が開いて荷を取り卸すもので、そのルーツは九州地区で活躍したセム4000形式をはじめとする2軸石炭車にみることができます。ホッパ車としては土讃線でDF50形重連に牽引され活躍したホキ5200(二代)形式や、現在でも首都圏でその活躍が見られるホキ10000形式などのほか、事業用のホキ300形式など計6形式が存在しました。

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▲土讃本線斗賀野~多ノ郷間のみで使用されたホキ5200(二代)形式。わずかな距離ながらDF50重連が牽引したため、列車自体は多くのファンの記録に残ることとなった。 (RM LIBRARY『無蓋ホッパ車のすべて(下)』より)
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一方、流し板付き側開き式とは、JRのみならず私鉄でも少なからず見かけることのあるバラスト輸送用のホッパ車ホキ800形に代表されるもので、4形式が存在しますが、そのうちホキ8000形以外はすべて事業用です。

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▲バラスト散布用ホッパ車の決定版となったホキ800形。1,078輌が製造され、現在も300輌以上が在籍している。 (RM LIBRARY『無蓋ホッパ車のすべて(下)』より)
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以上のように、上巻が営業用のホッパ車が中心だったのに対し、下巻は事業用が中心となり、その姿もバラエティに富んだものとなっているのが特徴です。また、巻末には無蓋・有蓋合わせた国鉄・JR貨物ホッパ車の形式別輌数変遷表を収録しており、歴代ホッパ車75形式の動静を通観できるようになっております。貨車ファン、模型ファン必携の一冊、是非『有蓋ホッパ車のすべて』上下巻と合わせて書架にお揃え下さい。

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▲人車を先頭とした視察列車は単機のサーボロコによって推進され、後部を振り向くと無線操縦のサーボロコがぐいぐいと推してくるのが見える。'12.2.9
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この中央環状品川線工事用軌道で特筆されるのが2輌の内燃機関車の存在です。鉱山はもとより長大隧道工事では予期せぬ噴出ガスや粉じんによる誘爆を懸念して内燃機関車が使用されることはまずありません。逆にバッテリー(蓄電池)機関車はそういったニーズに対応するがために進化を続けてきたと言っても過言ではなく、現場で北陸重機工業製のディーゼル機関車を目の当たりにした時には信じられない思いさえしたものです。

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▲北陸重機工業製の34tディーゼル機関車。シールド工法のトンネル工事で内燃機関車が使用されるのは極めて珍しい。'12.2.9
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▲大井北を発車、五反田方面へと進む視察列車。線路は負担荷重が大きい分しっかりはしているが、いかんせんバラストもない撤去前提の仮設軌道だけにその振動は半端ではない。'12.2.9
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120326n012.jpg今回導入されたのは北陸重機工業製のHDHB-30形2輌で、いすゞ自動車工業製水冷6気筒ディーゼルエンジンを搭載したオイルモーター式34t機。オイルモーター式とは、ディーゼルエンジンの出力でオイルポンプ(ダイキン工業製)を動かして高圧のオイルをオイルモーター(ザウアーダンフォス・ダイキン工業製)に送り込み、このモーターで高トルクの出力を生み出すもので、流量を一定にすることで容易に速度を安定させることが可能です。鉄道車輌では1960年に第2回アジア鉄道首脳者会議(ARC)に出品された東芝製試作機を嚆矢として、近年ではJR北海道のDBR600形除雪用ディーゼル機関車などにも採用されています。
▲人車を先頭にした視察列車。途中にセグメント搭載用台車を挟んで、後部に連結されたサーボロコが推進する。'12.2.9
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本誌最新号にはメーカーの北陸重機さんのご厚意で3面図も掲載しておりますのでご参照いただけると幸いです。

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▲人車の内部。窓はすべて網で覆われており、振動から身を護るために側面や上面にも手摺りが備えられている。'12.2.9
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▲すでにほぼ完成した状態の五反田付近を行く。五反田には出口が設けられるため、大井起点4.6㎞付近で土被り13mほどまで"浮上"する。そのためこの付近も結構きつい拝み勾配となっている。'12.2.9
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▲大橋付近の切羽部。まさにシールド掘進の最先端部で、画面奥にシールドマシンがある。'12.2.9
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一方、試乗させていただいた人車は、一般営業鉄道では味わえないスパルタンなもので、一応バネらしきものは付いてはいるものの、突き上げるような振動と凄まじいピッチングはまさにインダストリアル・ナローの真骨頂! しかも試乗している場所が弊社本社ビルの下あたりとあっては感慨もひとしおです。

120326n007.jpg取材させていただいたのは2月9日。この時点ですでに掘進は完了しており、巨大なシールドマシンも分解作業に入っていました。シールドマシンは大橋ジャンクションの接続部壁一枚隔てた位置で止まっているかたちで、『黒部の太陽』に象徴されるようにトンネル掘進の最大の"見せ場"である「貫通」はしないまま、粛々と仕上げ工程に入ってゆくことになります。ご案内いただいた方が「トンネル屋としてはちょっと残念ではありますね...」と語っておられたのが印象的でした。
今週現在、軌道も順次撤去作業に入っているそうで、5月には跡形もなくすべて撤去されて、品川~渋谷間を結んだ3フィートナローは永遠にその姿を消すこととなります。

▲外径12.5mの巨大なシールドマシン。すでにこの時点では掘進を終え、解体作業が開始されていた。'12.2.9
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▲定版(画面上部の天井に当たる部分)も設置されてほぼ完成状態の区間。最終的に軌道はすべて撤去されて作業用の通路となる。'12.2.9
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取材協力:大成・大豊・錢高建設共同企業体品川線シールド作業所
東京都第二建設事務所品川線建設事務所

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※上のサムネールをクリックすると「今日の一枚 The Movie」の動画(約1分)をご覧になれます。

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▲大井立坑下で待機するトモエ電機製サーボロコ。セグメント運搬列車の牽引はこのサーボロコが重連で担当した。'12.2.9
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先週はA型インフルエンザで寝込んでしまい、各方面にご心配・ご迷惑をお掛けいたしました。あらためてお詫び申し上げます。さて、更新できずにいた小ブログも本日より通常運行に戻すことにいたしましょう。

120326fig.jpg現在発売中のRM本誌最新号(→こちら)で"トワイライトゾ〜ンSpecial"として6ページにわたって掲載しているのが「中央環状品川線」の工事用軌道。すでにお読みになった方も多いかと思いますが、今日は未掲載の写真を中心に、あらためて小ブログ上でご紹介することにいたしましょう。

▲中央環状品川線概念図。新宿線は昨年開通しており、この品川線が竣工すると全長47㎞に及ぶ中央環状線が完成、都心環状線の慢性的な渋滞解消が期待されている。(提供:大成建設株式会社)
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長大鉄道隧道や地下鉄建設はもとより、都市の地下を貫く道路や水路の建設にも工事用軌道が使われるのは良く知られていますが、果たしてその実態となるとまず実見することはかないません。今回取材した「中央環状品川線」は何と弊社社屋の目の前の山手通り(環状6号線)地下をルートとする首都高速道路で、日々編集部の眼下で車線規制を伴う大規模な工事が行われています。そんな"ご近所の誼"もあって、これはぜひ"編集部から最も近い鉄道"を見てみたいと、施工を担当している大成・大豊・錢高建設共同企業体にお願いし、幸いなことに現場を見学させていただくことができました。

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▲大井にある発進立坑。渋谷(大橋JCT)までの工事のすべてを掌握する中枢部で、資材の搬入からズリの搬出までこの拠点が担う。'12.2.9
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▲発進立坑の内部。地下へは立坑ケージ(作業用エレベータ)で降りる。なお、完成時にはこの周辺が首都高速湾岸線との接続ジャンクションとなる。'12.2.9
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「中央環状品川線」は品川区八潮3丁目を起点とし、目黒区青葉台4丁目を終点とする延長約9.4㎞の路線。このうち大井ジャンクション付近の高架構造と擁壁構造部を除く約8.4㎞がシールド工法によるトンネルで工事用軌道が敷設されています。大井行き(南行)と大橋行き(北行)の2本のシールドトンネルが掘進され、前者は東京都発注、大成・大豊・錢高建設共同企業体施工、後者は首都高速道路発注、鹿島・熊谷・五洋建設共同企業体施工と分けて工事が行われていますが、今回取材させていただいたのは前者の大井行き(南行)。わずかに工程が先行しているこちらはすでにシールド掘進も完了して軌道の役割がほぼ終了しつつある段階だったこともあってか、大井北の発進立坑からわざわざ取材用の列車まで仕立てていただくことができました。

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▲トモエ電機工業製の15tサーボロコは11輌が在籍していた。サーボロコとはサーボ機構によって位置・速度制御が可能なサーボモータ(交流同期モータ)を搭載し、勾配の如何に関わらず一定の指令速度で走行出来る能力を持った機関車を指す。'12.2.9
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▲途中まで「床版」(しょうばん)が敷設された区間。この写真で見ると複線軌道(眼下)とトンネル全体との関係がわかり易い。円形断面のトンネルの2/5ほどに敷き詰められるこの「床版」(画面奥)が完成時の"路面"に相当し、現在軌道が敷設されている部分、つまり路面の下は作業用の通路となる。'12.2.9
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使われている軌道のゲージは3フィート(914㎜)。"ロッキーナロー"で知られる3フィートナローもわが国ではほとんど馴染みがなく、戦後では西大寺鉄道が知られる程度ですが、こういったトンネル工事用の軌道としてはむしろメジャーなゲージに属するようで、東京メトロ13号線(副都心線)の際に用いられていたのもやはり3フィートゲージでした(アーカイブ「最後(?)の地下鉄13号線建設中」参照→こちら)。

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▲機関車は無線によって遠隔操作が可能。渋谷(大橋)方に向かう列車は作業用人車を先頭に、機関車が最後部から推進するかたちで進む。'12.2.9
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主力となっている機関車はトモエ電気工業製の15tサーボロコ「1980型」。バッテリーロコの究極の進化系とも言えるこの機関車は、勾配の如何(50/1000以下)に関わらず一定の指令速度で走行できるのが最大の特徴。力行1ノッチ:3.0㎞/h、力行2ノッチ:8.0㎞/h、力行3ノッチ:12.0㎞/h、力行4ノッチ:15.0㎞/hとなっており、過速度停止装置(16㎞/hで自動停止)や、車載アンテナによって軌条間に設置されたタグのデータを読み取って強制的に速度を制限する装置も備えられています。

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編集長を交代します。

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▲右から『Rail Magazine』新井 正新編集長、私、『国鉄時代』山下修司新編集長。引き続きお引き立てのほどを...。

今年はいつになく桜の開花が遅れそうだと予報されていますが、読者の皆さんの中にも卒業・進学・就職と節目を迎える方が少なくないのではないでしょうか。かく言う私も、社内の職掌変更に伴って3月いっぱいで『Rail Magazine』と季刊『国鉄時代』の編集長職を離れることとなりました。振り返ってみれば『Rail Magazine』編集長を拝命したのはまだ国鉄時代の1986(昭和61)年4月のことでしたから、この春でちょうど26年となります。国鉄分割民営化=JR発足をはじめ、青函トンネル開通、相次ぐ新幹線路線の開業と、その間に日本の鉄道は目まぐるしい変貌を遂げ、一方で数々の記憶に残る風景が消えてゆきました。今年は鉄道開業140年の節目の年。その時間軸の5分の1近くを月刊鉄道趣味誌の編集長として過ごさせていただいたのは望外の喜びです。

『Rail Magazine』の後任は長年にわたって副編集長としてサポートしてくれた新井 正新編集長が、また季刊『国鉄時代』はこれまでも編集実務の中心となってきた山下修司新編集長が務めますので、今後とも倍旧のご支援を賜れますようこの場を借りてお願い申し上げます。なお、私は今後も編集局長(兼『RMライブラリー』編集長)という立場で本誌をはじめとする弊社鉄道媒体全般に関わってまいりますので、引き続きご鞭撻のほどをお願い申し上げます。なお、小ブログも『RMライブラリー』編集長という立場でこれまで通り続けてまいりますので、どうか変わらぬご愛読のほどを...。

※インフルエンザで寝込んでしまっているため、小ブログの更新がしばらくできません。ご賢察のうえご了承のほどを...。

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ダイヤ改正前日の表情。

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▲ラストランのロゴも鮮やかに最後の東海道を下る。'12.3.16 岐阜羽島-米原 P:亀谷武央 (「今日の一枚」より)
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明日17日はいよいよJRグループのダイヤ改正。既報のとおり今年のダイヤ改正でも、歴史を刻んだ多くの列車、車輌がその姿を消してゆきます。改正前日の今日は新幹線300系のファイナルをはじめ、全国各地で名残のラストランが行われました。本日はその様子を速報としてダイジェストでご覧いただくことにいたしましょう。

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▲東京駅18番線には名残の300系に別れを告げようと多くの人が詰めかけた。'12.3.16 東京 P:RM(新井 正)
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▲300系ラストランとなった「のぞみ329号」の案内表示(左)。プラカードも登場(右)。'12.3.16 東京 P:RM(新井 正)
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▲通いなれた線路に別れを告げながら「のぞみ329号」は西へ...。'12.3.16 小田原 P:高山修一 (「今日の一枚」より)
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▲改正を跨ぐ16日発の下り「日本海」は9001レとなるため、長年にわたって「日本海」の列番だった4001レとしては最後の列車。長年の労に報いる様に、朝日が差した。'12.3.16 鶴形-富根 P:田口精一 (「今日の一枚」より)
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▲急行「きたぐに」もラストラン。583系による定期寝台夜行の歴史にもついに終止符が打たれた。'12.3.16 長鳥-塚山 P:小黒祐也 (「今日の一枚」より)
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▲本厚木で顔を合わせた371系「あさぎり2号」(左)と10000形「はこね7号」。明日からは両者ともに見ることはできなくなってしまう。'12.3.16 本厚木 P:RM(新井 正)
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▲小田急5000形江ノ島線上りラストランは藤沢8時28分発新宿行き急行。'12.3.16 善行-六会日大前 P:山下修司
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▲「北斗星」用24系客車の方向転換がEF81 95とEF65 1118のプッシュプルによって行われた。'12.3.16 上野-尾久 P:RM(名取紀之)
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▲あいの里公園に到着したキハ201系列車。731系電車との協調運転が可能だが、新製される733系との併結はできない。'11.11.8 あいの里公園
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本誌2月号(№341→こちら)で「変貌目前 札沼線 ―ふたつの顔を持つ76.5㎞―」と題してレポートをお送りした札沼線(愛称:学園都市線)の第一次電化開業が6月1日に正式決定し、JR北海道からその要旨が発表となりました。

120315n005.jpgJR北海道では、第三セクターの北海道高速鉄道開発㈱が事業主体となって桑園~北海道医療大学間の電化工事を進めてきました。変電所の新設等電力設備の新設をはじめ、信号・通信設備改修等の地上設備に工事費46億円を投入、さらに別途85億円をかけて新製車輌42輌を造る計画で、すでに設備整備が完了し、現在、試運転など新型電車の準備が進められています。
▲北海道医療大学駅下り方の架線終端部。この先は従来と変わらない非電化区間が新十津川まで続く。'11.11.8 北海道医療大学
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6月1日からは"第一次電化開業"として一部列車を電車化し、ダイヤの変更が行われますが、追って本年10月には全面開業を予定しており、札幌~北海道医療大学間の全列車が電車化されることとなります。

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▲電化される桑園~北海道医療大学間とは打って変わって、非電化区間ではいかにも北海道らしい牧歌的な風景が続く。'11.11.8 晩生内-札的
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6月1日のダイヤ変更では札幌~北海道医療大学間の列車100本のうち69本が電車化されます。同区間に投入される電車は721系、731系、733系、735系の3ドア・冷房車輌で、札幌圏全体として共通で運行されます。電車化による性能向上により、46本の所要時分を1~9分短縮することが可能となります。また、201系気動車使用の18本と合わせて、100本中87本が3ドア・冷房車輌となります。

120315n002.jpgこの札沼線(愛称:学園都市線)第一次電化開業に伴って新製される733系は、旭川・室蘭方からクハ733-100代(Tc1)+モハ733-100代(M)+クハ733-200代(Tc2)の3輌編成(1M2T)でロングシート車。最高速度は120km/hで、731系・721系と連結して最大6輌で運転が可能(201系気動車とは併結不可)となっています。車体は735系がアルミ合金であるのに対して、733系はステンレス鋼(先頭部はどちらも鋼鉄製)となり車体幅を拡大。編成定員も735系が428人であるのに対し、733系は439人(座席定員はどちらも148人)に増加しています。
▲札沼線名物でもある50系客車からの改造気動車キハ141系。新十津川方の"山線"には入線できないため、電化開業後の動向が注目される。'11.11.8
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▲一日3往復...屈指の閑散区間となっている浦臼~新十津川間。新十津川に到着したキハ40形400番代も心なしか寂しそう。'11.11.8 新十津川
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■新型通勤電車投入輌数と時期
○733系電車36輌のうち18輌を6月に投入。残り18輌は10月投入予定。
○735系電車6輌を6月に投入。
 ※運用上の都合により、6月1日よりも早く営業運転に使用する場合がある。
■新型通勤電車運行区間
○札幌~北海道医療大学間
○小樽~札幌~滝川間
○札幌~新千歳空港・苫小牧間
※石狩当別―新十津川間のワンマン列車については時刻の変更はない。
※札幌15:00発の浦臼行きは石狩当別行きとなり、石狩当別で浦臼行きに乗り換え。

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HD300形量産車登場。

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▲ついに登場したHD-300形量産車の2エンド側正面。エンジン発電機を搭載した側にあたる。'12.3.1 東京貨物ターミナル P:RM(新井 正)
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一昨年春にJR貨物と東芝の共同開発で誕生した試作ハイブリッド入換機関車HD300-901の量産バージョンがいよいよお目見えいたしました。

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▲公式側から見たHD300-1。試作機と比較すると端梁や前照灯など外観もかなり変更されている。'12.3.1 東京貨物ターミナル P:RM(新井 正)
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試作機に当たるHD300-901は東京貨物ターミナルをはじめ、札幌貨物ターミナル、南松本などで各種試験を行っていましたが、この量産機HD300-1はそれらの試験データを反映した設計変更が行われています。外観上では端梁や手摺の形状変更が目につきますが、基本的な構造は試作機を踏襲しており、1エンド側から「主変換モジュール」、「蓄電モジュール」、「運転室モジュール」、「発電モジュール」と4つのセクションから構成されています。

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▲キャブ側面の標記類も位置関係を含めて試作機とは異なる。'12.3.1 東京貨物ターミナル P:RM(新井 正)
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このHD300形はエンジン発電機で石油エネルギーを電気エネルギーに変換し(発電モジュール部)、蓄電池からの電気エネルギー(蓄電モジュール部)と合わせてモーターに供給(主変換モジュール部)するもので、"シリーズハイブリッドシステム"と称されています。このハイブリッドシステムによりNOxの排出量を61%低減することに成功したほか、燃料消費量を36%、騒音レベルも22dB低減することができるとされています。

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▲前面手摺に設置されている連結器灯にはカバーが設けられた(左)。右は発電モジュール部を上から見る。'12.3.1 東京貨物ターミナル P:RM(新井 正)
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▲キャブ内。従来のDE10などと同様に入換えの便を考慮して運転席は横向きに設けられている。'12.3.1 東京貨物ターミナル P:RM(新井 正)
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この量産機HD300-1は1月に東芝で落成、新鶴見機関区に配置されて、すでに2月8日から東京貨物ターミナル駅の入換用として活躍を始めています。
なお、本機に関しては来週発売の本誌最新号にて詳しくご紹介いたしますので、あわせてご覧ください。

(取材協力:JR貨物)

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▲五反田にあるIMAGICA東京映像センターは、わが国の映画やコマーシャルフィルム製作の総本山。'12.3.13
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4年前に映画「鉄道王国 北海道」(アーカイブ「映画"鉄道王国 北海道"が完成」参照→こちら)を製作された栗山 弘さんと大石和太郎さんによる新作映画「人間(ひと)と鉄道」の初号試写が、東京・五反田のIMAGICA東京映像センター試写室で行われ、企画段階から多少お手伝いをさせていただいたご縁で、ひと足お先に拝見させていただきました。

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▲準備中の試写室。通常の映画館と異なり、通路灯や非常灯なども消えて全暗黒になるのが新鮮。'12.3.13
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初号試写とは聞き慣れない言葉ですが、完成状態のフィルムを一般の方に見せる試写会とは異なり、まだ修正箇所がある完成前段階のフィルム、私たち出版の世界で言えば最終校正紙に当たるものを関係者のみに公開するもので、実は栗山さん、大石さんご両人も今日初めて目にされるそうです。

120313n002.jpg新作「人間(ひと)と鉄道」のテーマは千葉の鉄道。大石さんのアーカイブをふんだんに活用した前作の北海道とうって変って、今回、千葉の鉄道をテーマに選んだのは4年ほど前のいすみ鉄道に遡るそうです。バス転換も噂される中、菜の花、桜、紅葉と四季を走る姿を"記録"として撮りためておこうとロケを始めたのを端緒に、お二人はどんどん千葉の鉄道の魅力に取りつかれてゆきます。房総半島を走る各線にカメラを向ける中で、ほどなく本格的な映画制作を決意。そしてその興味は時空を超えて廃止された数々の路線にも広がり、この作品では成宗電気軌道、夷隅軌道、南総鉄道、県営軌道庁南線といった知られざる鉄軌道の数々もスクリーンに登場します。

▲初号試写を終えて記念撮影に臨まれる栗山 弘さん(右)と大石和太郎さん(左)。'12.3.13
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▲新作映画「人間と鉄道」(16㎜トーキー・60分)のパンフレット表紙。ただしこれはいわゆるゲラで確定版ではない。'12.3.13
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何とお二人の共同制作はこの「人間(ひと)と鉄道」で17作品目となるそうで、この作品でも16㎜フィルム撮影、演出なしの拘りは貫かれておられます。後半に登場する小湊鐵道上総鶴舞駅での子どものシーンなど、エキストラを使っての撮影と思いきや、実際は粘りに粘ってものにされた"実写"だそうで、お二人合わせて160歳を超えるご年齢からは想像もできない映画に掛ける情熱にただただ脱帽です。

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▲本題とはまったく関係ないが、試写に伺おうと五反田駅を降りると、改札横に同駅の今昔を掲示したこんなディスプレーを発見。しかも、よくよく見ると左の旧写真には「1973年 名取紀之 撮影」の文字が...。'12.3.13
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今月中にもう一度この初号試写を行い、修正点を洗い直したうえで完成版を製作、その後は公募試写会等もお考えとのことですが、前作ともども試写会に留まることなく、広く多くの皆さんにご覧いただく場が設けられることを期待したいと思います。

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▲あの日から一年、新橋駅前の通称SL広場では東日本大震災復興支援「さんてつ広場 復興市」が開催された。'12.3.11
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東日本大震災から一年、鎮魂の一日となった昨日3月11日、東京・新橋駅前のSL広場では、岩手県三陸鉄道強化促進協議会主催、三陸鉄道株式会社、ネスレ日本株式会社共催による東日本大震災復興支援「さんてつ広場 復興市」が開催されました。

120311n002.jpgこれは甚大な被害を受けた三陸鉄道の復旧を通して三陸地方の復興を支援する「キット、ずっとプロジェクト」(3月5日発足)の一環で、会場では三陸鉄道の歩みや三陸の人々の"今"を伝えるフォトギャラリー、地元の方々による三陸沿線名産品の販売などが行われ、多くの皆さんが足を止めておられました。また会場では本誌でもお馴染みの中井精也さんによる心温まる作品とエッセイで綴る新刊『走れ、さんてつ!三陸鉄道のある風景よ、もう一度!!』(徳間書店刊)の即売も行われ、買い求めたこの本を会場内の仮設ベンチで食い入るように見入る方の姿も見受けられました。

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▲晴れ渡った新橋の空には時折、春を感じさせる風が吹く。この同じ時間、三陸ではどんな時が流れているのだろうか...。'12.3.11
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三陸鉄道(107.6km)は北リアス線の小本~陸中野田間、そして南リアス線全線で不通が続いていますが、昨年11月3日から独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構の全面的支援を受けて復旧工事を開始、2014(平成26)年4月には全線を復旧すべく奮闘中です。そして来月4月1日にはまず北リアス線田野畑 ~陸中野田間で運行を再開、北リアス線の不通区間は小本~田野畑間(10.5km)に短縮されます。

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▲三陸鉄道の苦悩の一年を写真で振り返る展示(左)や、各種の特産品、それに"さんてつ"グッズを扱うブース(右)も賑わいを見せた。'12.3.11
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▲一枚一枚がこの一年を語りかけるような展示写真の数々。'12.3.11
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▲三陸鉄道のキャラクター"さんてつくん"が登場するとたちまち記念写真の輪ができた。'12.3.11
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▲三陸鉄道をはじめ、被災地への熱いトークを繰り広げた阿藤 快さん。'12.3.11
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会場では三陸鉄道への応援メッセージが書き込めるはがきが配布され、来場者の皆さんの思いが記されてゆきました。このメッセージを記入したはがきは、一部が田野畑駅などに掲出される予定だそうで、ここ新橋駅前で綴られた思いが、遥か三陸へと届くはずです。

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▲応援メッセージはがきには訪れた人それぞれの思いがつづられ、そのまま三陸へと運ばれる。'12.3.11
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実物の2分の1という巨大な"さんてつ"をバックにしたステージには本プロジェクトの中で"三陸案内人"に就任された阿藤 快さんが登場、被災地への熱い思いを語られ、やがて時刻はあの14時46分に...。
「黙祷」。
詰めかけた多くの皆さんが一年前のあの時に、被災地に思いを馳せて、喧噪の新橋駅前にも一分間の無音が広がったのでした。

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▲東北の鉄道写真展「復活への記録 鉄道を通して見る東北の現在(いま)」を開催中の姫路文学館北館特別展示室入口。P:田路和男

あの東日本大震災から一年...一昨年秋に特別展「鉄道と旅と文学と」を開いた姫路文学館(アーカイブ「必見! 姫路文学館"鉄道と旅と文学と"」参照→こちら)で、東北の鉄道写真展「復活への記録 鉄道を通して見る東北の現在(いま)」が開催されています。前回の特別展終了後3ヶ月がたった3月11日、東日本大震災が発生し、阪神淡路大震災を間近で体験した姫路文学館の皆さんも、あの日からずっと東北に思いを馳せてこられたそうです。

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▲会場内入口付近。あの震災から一年...会場は静かな感動に包まれている。P:田路和男

そんな中で東北の、それも特別展会期が終わったばかりの鉄道の様子を姫路でも伝えられないだろうか...と今回の企画が持ち上がりました。前回の特別展のご縁で姫路文学館の皆さんがわざわざ弊社までご相談にみえ、鉄道写真家としてのみならずボランティアとしても活動され、写真集『ここから始まる。』(→こちら)で被災鉄道を応援されている広田 泉さんをご紹介いたしました。

120308n3570.jpg今回の写真展は広田 泉さんが記録し続けられた震災後の東北の様子と、ゆっくりでも確実に復興していく姿を、鉄道というキーワードを通じて多くの皆さんに伝えようとするもので、あわせて日本貨物鉄道株式会社協力による写真も展示されます。
▲3月1日のオープン以来、多くの方がこの会場に足を運んで被災地に思いを馳せている。P:田路和男
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■東北の鉄道写真展「復活への記録 鉄道を通して見る東北の現在(いま)」
■会期
 2012(平成24)年3月1日(木)~3月25日(日)
 休館日:月曜日、3月21日(水)〔3月20日(火・祝)は開館〕
 10:00~17:00(入館は16:30まで)
■会場
 姫路文学館特別展示室(北館2階)
■主催
 姫路文学館
■観覧料
 無料
■監修
 広田泉(鉄道写真家)
■協力
 日本貨物鉄道株式会社・姫路鉄道文学会
・予定展示数 約50点

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▲写真集『ここから始まる。』より。震災直後の気仙沼線陸前小泉。広田 泉さんご自身もひたちなか海浜鉄道の取材の最中に3月11日14時46分を迎えた。P:広田 泉
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また、東日本大震災から1年となる3月11日(日曜日)には広田 泉さんによる講演会「ここから始まる ~震災から一年。鉄道を通して私が見て感じたこと。~」が開催されます。8日夕方現在、姫路文学館学芸課に問い合わせたところまだ余席があるそうですので、ぜひご参加いただければと思います。

120308n3566.jpg■広田 泉氏講演会
○演題
 ここから始まる ~震災から一年。鉄道を通して私が見て感じたこと。~
○日時
 2012(平成24)年3月11日(日) 13:30~15:00
○会場
 姫路文学館講堂(北館3階)
○定員
 200名
○参加申込
 はがき、ファクシミリ、電子メールのいずれかで、【郵便番号、住所、氏名、電話番号、「広田泉氏講演会希望」】を、姫路文学館まで連絡。定員になり次第締め切り。
▲3月1日のオープン時、テレビ局の取材に応える広田 泉さん。P:田路和男
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■問合せ先
 姫路文学館
 〒670-0021 姫路市山野井町84番地
 TEL:079-293-8228/FAX:079-298-2533
 Email: kyo-bungaku@city.himeji.hyogo.jp

※明日は不在のため、小ブログは休載とさせていただきます。

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▲地下トンネルを模したアーチ状の屋根の下に保存されている5833のカットボディー。手前には車輪もディスプレーされている。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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今日は所要で江東区方面へ。時間をつくって東京メトロ東西線南砂町駅前に保存されていると聞く5000系のカットボディーを訪ねてきました。路面電車と比べて地下鉄車輌の保存車はそれほど多くはなく、ましてやカットボディーとはいえ5000系の個体は貴重と言えるでしょう。

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▲保存展示というよりは公園の休息施設として利活用されており、ドアは撤去されている。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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保存されているのは南砂町駅前の「江東区立 新砂あゆみ公園」。保存といっても車輌丸ごとではなく、先頭部5mほどのカットボディーで、台車もありません。説明板によれば2002(平成14)年3月にこの公園に設置されたもののようで、「長年、江東区民の足として利用され...(中略)...これまで走行していた線路の真上のこの地に休憩施設として再度利用されることになりました。旧型車両にこれまでの思いを感じていただければ...」と前文が掲げられています。

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▲カットボディの後ろにはジャングルジム、さらにその後ろには逆端の先頭部を想像させる"運転台"が備えられている。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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120307n209.jpg車輌自体は1968(昭和43)年12月日車製の5033Fの先頭車5833で、1969(昭和44)年3月の東陽町~西船橋間(15.0㎞)開業にともなう中野~西船橋間(30.8㎞)全通用として増備されたグループの1輌です。やはり説明板によれば1968(昭和43)年12月2日に搬入、同12月18日に試運転、翌日12月19日に公式試運転を行い、2001(平成13)年3月に廃車となるまでに3,968,957㎞、実に地球99周分を走ったそうです。
▲これがその子ども用"運転台"。カットボディーの先頭部からちょうど20mほどの位置にある。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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▲ドアはもとより窓も撤去された車内。あくまで公園のベンチ代わりといったことなのか、座席もモケットではなく木製のスノコに替えられている。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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▲車内には番号板も残るが、これはレプリカ(左)。天井の扇風機はその姿を消してしまっている(右)。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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▲灯火は安全性も慮ってか塗装された板状のものに替えられている(左)。右は車体側面の営団マークだが、ご丁寧にもテプラ(?)で「プレートは複製品です」と注意書きが貼られている。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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保存車輌という観点からすれば決して状態は良くありませんが、休憩施設として"利活用"することが主眼とすれば、こういった方向性もありなのかも知れません。車内には東西線と江東区内の鉄道関連略年表なども掲げられており、さらには「乗客の皆様へ」と題して「・乗車無賃です ・犬、猫、動物の乗車はご遠慮下さい」などユーモア溢れる注意書きもあって、鉄柵で囲われて見向きもされない"保存"車よりはずっと地域に根ざして親しまれる存在になっているようです。

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▲いつになく開花が遅れているとされる紅梅がちょうど満開。地下鉄東西線とともに発展を遂げてきた街だけに、このカットボディーはこれからも住民の皆さんに愛され続けてゆくに違いない。'12.3.7 新砂あゆみ公園
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▲終点の是政駅で折り返しを待つ351系。かつて砂利採取で賑わった路線だが、すでにその面影はなく、"砂利穴"は競艇場に変わった。'73.9 是政 P:古村 誠
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現在発売中の本誌誌面(→こちら)では、来週末で姿を消す久留里線のタブレット閉塞式をJR東日本千葉支社のご協力を得て詳しくご紹介しています。ひと昔前までは全国各地で見られたタブレット閉塞式(通票閉塞式)も、いまや風前の灯。極めて原始的ながら創業以来わが国の鉄道の安全を護ってきたシステムも、ついに博物館でしか目にできないものとなってしまいそうです。

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▲西武電車とタブレット...今から思えばなんとも不思議な光景がまだ日常のものとして繰り広げられていた。'73.9 P:古村 誠
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今日は本誌をご覧になった古村 誠さんから西武鉄道多摩川線のタブレット閉塞時代の写真をお送りいただきましたのでご紹介させていただきます。撮影された古村さんは高校時代西荻窪から国立まで中央線で通学しておられ、武蔵境で接続する西武多摩川線はいわばホームグラウンド。折にふれてレンズを向けておられたようです。

120306nIMG_0003r.jpgご承知のように西武鉄道の多摩川線は中央線の武蔵境と是政を結ぶ延長8.0㎞のミニ路線で、他の西武鉄道線区とはまったく接続しない離れ小島となっており、本線とは微妙に異なる独自の歴史を歩んできました。昭和30年代まで蒸気機関車が残されたのもほかならぬこの多摩川線でしたし、セ1形やセフ1形といった特異な貨車は最後まで多摩川線に封じ込められたままでした。そして閉塞方式。特殊な存在であった山口線を除けば、ここ多摩川線は西武鉄道最後のタブレット閉塞区間で、"都内"で見られる電車同士のタブレット交換はまさに奇跡とも言える不思議な光景でした。
▲運転台に置かれたタブレットキャリア。湘南スタイルの全面窓から差し込む日差しもどことなく柔らかい。'73.9 P:古村 誠
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▲北多摩の電留線で休むクモハ371+クハ1411の2連。半室運転台の払い下げ国電もこの多摩川線を最後の棲家とした。'73.9 北多摩 P:古村 誠
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お送りいただいた写真には、タブレット授受の状況のみならず、ガランとしたホームの様子など、あの頃の多摩川線の長閑な空気感が溢れており、新宿からわずか20分ほどの所でこんな光景に出合えたのかと、あらためて驚かされます。

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▲貨車さえもガラパゴス化(?)していた。木造の緩急車(ワフ31形)も「多摩川線」と標記されて今なお現役だった。'73.9 北多摩 P:古村 誠
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▲市之倉さかづき美術館の駐車場裏に置かれた東京窯業№2。訪れたのは昨春で、観光客で賑わう傍らで貨車移動機がぽつんと佇む姿は何ともシュール。'11.4.15
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先日、大田区の萩中公園に保存されている昭和30年製の貨車移動機をご紹介いたしましたが(アーカイブ「都心に残る貨車移動機」参照→こちら)、さらに古い、貨車移動機としては"古典"に属する個体が岐阜県の多治見市に保存されていますのでご紹介いたしましょう。

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▲そのプロフィール。貨車移動機のアイデンティティーである「重要機械番号」は残念ながら判読できなかったが、「46‐12 43‐12 甲 名機区」の検査標記は読み取れる。なお、台枠側面前部にある鍵穴状の穴はクランク棒でのエンジン始動用のもの。'11.4.15
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杯や美濃焼の逸品を展示している多治見市市之倉にある「市之倉さかづき美術館」の駐車場横に保存されているのが、今回ご紹介する東京窯業№2号機です。市之倉はかつて中央西線の多治見から出ていた東濃鉄道笠原線の主要途中駅で、駅構内からは東京窯業多治見工場の専用線が分岐しており、陶磁器や耐火煉瓦等が盛んに出荷されていました。本機もこの専用線での入換用に配備されたものと思われますが、その出自は戦後最初に制式化された国鉄貨車移動機C2形です。

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▲そのキャブ内。雨ざらしのため荒廃が進んでおり、操作機器のいくつかは失われてしまっている。'11.4.15
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公共企業体としての日本国有鉄道が発足した1949(昭和24)年時点での貨物取扱駅数は3,478駅。このうち実に64%以上にあたる2,233駅では貨車入換の動力が配備されておらず、依然として手押し作業を強いられていました。特殊会社整理委員会による通達に基づき「日本国有鉄道の所有地内にある日本通運株式会社の施設の処理等に関する法律」が公布され、その中で「貨車の入換に使用する動力車」の国鉄への買収が明記されて総計69輌の日通動車が国鉄籍に編入されましたが、状況は"焼石に水"で、当面300輌程度の貨車移動機が必要となっていました。

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▲キャブ内床面(左)。フューエルタンクは運転席座席下に備わる。右はキャブ内から覗いたエンジンルーム。'11.4.15
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▲足まわりの第2軸駆動部を見る。推進軸の先には新製された逆転機と二段減速歯車を収納したケーシングが見える。'11.4.15
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そこで国鉄では戦前のC形に大幅な改良を加えたC2形を設計、内燃機職場を持つ長野・浜松・多度津・橋本・京都の各工機部(1950年以降は工場)に割り当てて直轄生産することにしました。省営自動車の再生エンジンを利用することを前提としたため、ことに終戦時に省営自動車の修繕を東西二か所で分担していた橋本工機部と京都工機部が重点的にこの生産を担当することとなり、最終的には総計140輌のうち、橋本工機部が50輌前後、京都工機部が55輌と、大半がこの二か所の自動車工場によって落成しています(拙未定稿「貨車移動機発達史略」1981年)。

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▲動輪とサイドロッド。ブレーキ装置はもちろん手ブレーキのみで、最大牽引車数は換算7輌。盈車の場合は貨車自体の制動も併用する必要があった。'11.4.15
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あらためて本機を見てみると、キャブが車体全幅に改造されていたり、連結器が一般的な自動連結器に取り換えられていたりするものの、全体に色濃くC2形の特徴を残しており、黎明期の貨車移動機を象徴する個体として極めて価値あるものと言えましょう。

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▲美術館(画面右手)の賑わいからは取り残されたように人知れず置かれている東京窯業№2。行く末が案じられる。'11.4.15
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富士急行6000系デビュー。

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▲先頭車化改造のクモハ6501を先頭にした6000系第1編成。運転台側にパンタグラフを増設している。なお増設パンタは霜取り及び異常時対応用のため普段は上がることはない。 '12.2.29 河口湖 P:RM(伊藤真悟)
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富士急行線の新しい通勤・通学電車として、JR205系を改造した6000系が2月29日(「富士急の日」)にデビューしました。この日よりデビューしたのは第1編成で、富士山方からクモハ6501(1号車・Mc)+モハ6601(2号車・M')+クハ6551(3号車・Tc')。クモハ6501はモハ205を先頭車化改造しており、富士急行線の普通列車としては初の3輌編成となります(JRからの乗り入れ車を除く)。

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▲クハ6551。大月・河口湖方先頭車の3号車で、種車はクハ204。床下に電動空気圧縮機を増設している。'12.2.29 河口湖 P:RM(伊藤真悟)
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先頭車化改造以外の改造内容としては、クモハ6501のシングルアームパンタ化と運転台側への霜取りパンタ増設(どちらもFPS33E)、側扉の半自動ドア化、前面・側面行先表示器のLED化、車外スピーカ取付、自動放送装置取付、モハ6601への車いすスペース設置、客室内側扉上部へのLED式案内表示器設置(千鳥配置)、暖房器の増設、腰掛端部へのパーテーション設置、先頭車運転台側台車へのスノープラウ取付、耐雪ブレーキの追加、モハ6601の電動空気圧縮機の交換とクハ6551への増設などで、改造は東日本トランスポーテックが担当しています。なお制御方式は直並列組合せ抵抗制御方式の界磁添加励磁制御で種車と変更はありません。

003.JPGリニューアルデザインは水戸岡鋭治氏によるもので、外観は富士山をイメージしたブルーを基調としています。前面ブラックフェイスと側扉のブルーは塗装で表現されていますが、前面の白ふちや前面帯・側面帯、「FUJIKYU COMMUTER TRAIN」・「FUJIKYU RAILWAY」をはじめとするロゴ類はラッピングとなっています。また側扉の窓には富士山麓電気鉄道の社紋も貼られています。
▲車体側面の行先表示器もLED式に変更。'12.2.29 大月 P:RM(伊藤真悟)
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004.JPG客室内に目を転じると、内装には床や吊手など随所に木を使用し、シートはオリジナルのモケットとされています。なお床のフローリングは既存の床の上に設置しているため、側扉部分を見ると段差があることがわかります。また妻部貫通路部分には暖簾が設置されているほか、広告枠の一部も木製になっています。
▲先頭車の台車にはスノープラウを取付。'12.2.29 河口湖 P:RM(伊藤真悟)
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先頭車の乗務員室背面の扉はクハ6551は種車のままですが、先頭車化改造のクモハ6501は中央(やや運転士側)に設けられており、乗務員室扉は前述の床のフローリング化に伴ない乗務員室側にのみ開くかたちになっています。

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▲クハ6551の客室内。側扉は客室内側も塗装され、E233系と同様のドア開閉ボタンを設置。腰掛はモケットを変更し、床はフローリング、吊手にも木材を使用している。 '12.2.29 富士山 P:RM(伊藤真悟)
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▲優先席部分の吊手は赤色として明確化している(左)。クモハ6501の運転台背面。乗務員室扉は中央部となるとともに、ヒーターを増設している(右)。'12.2.29 富士山 P:RM(伊藤真悟)
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当日は河口湖15:37→大月16:30、大月16:42→河口湖17:35の定期列車に充当され、折しも学生の下校時間帯でもあったことから、「東京の電車?」「新しい電車だ!」などの声が聞かれ、早速注目を集めていました。

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▲ラッピングが進む6000系第2編成。こちらは二段窓車で、前面ふち部分のラッピングと側扉の塗装を待つばかり。'12.2.29 電車修理工場 P:RM(伊藤真悟)
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6000系は主に普通列車に使用され、今後は第2編成が3月18日頃を目途にデビュー予定で、第3・第4編成は平成24年度内に導入される予定となっています。なお3月18日には6000系のデビューを記念したオリジナルグッズの販売会や車輌撮影会などの運行記念イベントの開催が予定されており、この時には第1編成と第2編成が出揃う予定となっています。

取材協力:富士急行株式会社/東日本トランスポーテック株式会社

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▲NHKラジオセンター131スタジオで、長らくご一緒させていただいた柿沼 郭アナウンサー、石山智恵アナウンサーと。
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今日からいよいよ3月。ご承知のように2週間後にはJRのダイヤ改正が行われ、記憶に残る数多くの列車や車輌が歴史の中へと去ってゆきます。そして年度替わりでもあるこの季節は、鉄道に限らずさまざまな"ラストラン"が行われます。私が担当させていただいてきたNHKラジオ第1「つながるラジオ」内の「金曜旅倶楽部 -旅に出ようよ-」もそのひとつで、4月からの番組内容改編に伴い、私が担当する放送は明日(3月2日)が最後となります。

120301NHK.jpg最後の放送となる明日の「金曜旅倶楽部」(15時10分~16時→こちら)では、「ネコが招くよ~わかやま電鉄 貴志川線の旅~」と題して、先日小ブログでもご紹介したわかやま電鉄を取り上げます。「日本一心豊かなローカル線になる」を合言葉に、和歌山電鐵発足以前と比較すると13%もの利用客増を達成している貴志川線の魅力を、春の沿線の表情とともにお伝えいたします。
▲東京・渋谷のNHK放送センター全景。「金曜旅倶楽部」はこの13階から全国へ放送されている。
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振り返ってみるとひょんな切っ掛けで前番組の「ビュッフェ131」内の「鉄道とっておき話」をお引き受けしたのが2006(平成18)年の4月のことですから、同時間帯のNHKラジオ生番組とのお付き合いも足掛け6年になります。最初はわずか5分のミニコーナーでしたが、番組が「金曜旅倶楽部」と模様替えした際に20分枠となり、さらに昨春からはニュースや交通情報を挟んで15時台ほぼ通しの40分番組となりました。

生放送、しかもほかならぬNHKの全国放送ですから、さまざまな貴重な体験もさせていただきました。番組名「つながるラジオ」通りに、メール、電話、ファックスによる即座のレスポンス、しかも全国津々浦々からの反響には驚かされましたし、台本の推敲も民放各局での出演では考えられないほど細かいものでした。時には次のゲストの方が遅れ、予定以外のトークをせねばならないような局面もあり、今となってはその冷や汗も懐かしく思い出されます。さらにはラジオジャパンとして国外にも流れているだけに、海外の友人から「聞いたよ」と嬉しいメールをもらったこともありました。

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▲明日の放送の紹介ページ。ラストランはかつて「鉄道とっておき話」の時代にも取り上げさせていただいたわかやま電鉄。「つながる写真館」(→こちら)もご参照。

思えば最初の放送は交通博物館閉館の話題でしたから、時間の流れの速さを感じずにはいられません。これまでに取り上げた鉄道は、北は釧網本線から南は肥薩線まで全国におよび、テーマにさせていただいた鉄道事業者の皆さんをはじめ、地元観光協会の方々など、取材や資料のご提供など並々ならぬお世話になりました。あらためてこの場を借りて御礼申し上げます。
明日の放送「ネコが招くよ~わかやま電鉄 貴志川線の旅~」(→こちら)では伊太祈曽駅のニタマ新駅長も電話で生出演(?)してくれる予定です。もちろん全国どこからでもお聴きになれますので、15時10分にはぜひNHKラジオ第1をご選局ください。

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