鉄道ホビダス

2010年10月アーカイブ

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▲大江山連峰がそびえる冬の加悦谷を国鉄払下げの客車改造気動車キハ08 3が行く。'85.1.20 加悦鉄道加悦谷高校前-三河内口 P:寺田裕一 (『新・消えた轍』第8巻より)
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第1・2回配本分が発売とともに大変ご高評をいただいております『新・消えた轍』の第3回配本分が完成いたしました。今回は近畿地方を収録した第8巻です。

101029nwadachi8s.jpgこの『新・消えた轍』シリーズは、現在は廃止されたローカル私鉄の現役当時の姿と共に、その廃線跡を寺田さん本人が訪ね歩き記録したものです。旧版の『消えた轍』では昭和30年代以降、昭和52年の尾小屋鉄道廃止までに全線廃止されたローカル私鉄を対象にしていましたが、今回の新シリーズでは、昭和52年以降の廃止路線や、路線の半分以上が廃止された路線などを新たに収録し、エリア別に全10巻で再構成しています。

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▲兵庫県下の小私鉄として稀有な存在だった別府鉄道。1984(昭和59)年の廃止まで、さながら時が止まったかのような光景を目にすることができた。 (『新・消えた轍』第8巻より)
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今回の第8巻:近畿は、収録全10路線のうち、江若鉄道、北丹鉄道、淡路交通の3路線のみが旧版からの再録で、残り7路線は新録です。また姫路生まれの寺田さんにとっては、近畿地方は趣味の原点と言えるエリアであり、小学生5年生の時に友達に連れられて訪ねた別府鉄道をはじめ、まだキハ07がいた有田鉄道、淡いグリーンに黄色帯の塗装だった野上電気鉄道など、昭和50年代以降の変化が寺田さんが実体験として綴られており、現役当時の情景が誌上に甦ります。

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▲近畿圏にあって近年の廃止ローカル私鉄として記憶されているのが三木鉄道。厄神~三木間わずか6.6㎞をLE-CarやLE-DCが往復していた。 (『新・消えた轍』第8巻より)
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■第3回配本分の内容
〔8 近畿〕
江若鉄道・北丹鉄道・淡路交通・別府鉄道・三木鉄道・能勢電鉄川西能勢口~川西国鉄前・加悦鉄道・野上電気鉄道・有田鉄道・和歌山県営鉄道(南海電気鉄道和歌山港線)和歌山港~水軒間

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▲最新の廃線跡探訪も本書の大きな見所のひとつ。有田鉄道の跡地は自転車道として整備され、終点には有田川鉄道交流館が新設された。 (『新・消えた轍』第8巻より)
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なお、第4回配本分は第7巻:北陸で、12月末の発売を予定しております。どうかご期待ください。
■既刊
〔3 東北〕
松尾鉱業・花巻電鉄・秋田中央交通・羽後交通・宮城バス仙北鉄道・秋保電気鉄道・仙台鉄道・庄内交通・山形交通・日本硫黄沼尻鉄道・岩手開発鉄道・くりはら田園鉄道
〔4 関東〕
九十九里鉄道/鹿島臨海鉄道/鹿島鉄道/茨城交通茨城線/日立電鉄/筑波鉄道/上武鉄道/山梨交通電車線/小名浜臨港鉄道・江名鉄道
〔9 中国〕
玉野市営電気鉄道・両備バス西大寺鉄道・井笠鉄道・日ノ丸自動車法勝寺鉄道・一畑電気鉄道広瀬線/立久恵線・尾道鉄道・防石鉄道・船木鉄道・長門鉄道・下津井電鉄・岡山臨港鉄道・同和鉱業片上鉄道
〔10 九州・四国〕
大分交通/荒尾市営電気鉄道/鹿児島交通/島原鉄道/宮崎交通/熊延鉄道/山鹿温泉鉄道/熊本電気鉄道/高千穂鉄道/日本鉱業佐賀関鉄道/伊予鉄道森松線/土佐電気鉄道安芸線/琴平参宮電鉄

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▲巻末には資料編として収録各線の輸送量および収入の推移表、車扱い貨物取り扱い高推移表、施設一覧を収録。 (『新・消えた轍』第8巻より)
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■続巻の内容 (内容は変更になる場合があります)
〔1 北海道〕
根室拓殖鉄道・釧路臨港鉄道・雄別鉄道・尺別鉄道・十勝鉄道・北海道拓殖鉄道・夕張鉄道・三菱美唄鉄道・三井芦別鉄道・ちほく高原鉄道・三菱石炭鉱業大夕張鉄道
〔2 北海道・北東北〕
寿都鉄道・定山渓鉄道・旭川電気軌道・羽幌炭砿鉄道・天塩炭砿鉄道・留萌鉄道・南部鉄道・南部縦貫鉄道・下北交通・弘南鉄道黒石線・小坂製錬小坂鉄道
〔5 上信越〕
草軽電気鉄道・上田丸子電鉄丸子線/真田傍陽線/西丸子線・越後交通・頸城鉄道・長野電鉄木島線・新潟交通・蒲原鉄道
〔6 中部〕
静岡鉄道駿遠線・遠州鉄道奥山線・豊橋鉄道田口線・三重交通松阪線・東濃鉄道・三井金属神岡鉄道・北恵那鉄道・神岡鉄道
〔7 北陸〕  (第4回配本分 12月末発売予定)
富山地方鉄道笹津線/射水線・加越能鉄道加越線・北陸鉄道能登線/加南線/金石線/能美線/金名線/小松線・京福電気鉄道丸岡線/永平寺線・福井鉄道鯖浦線/南越線・尾小屋鉄道・のと鉄道


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兵庫県姫路市の姫路文学館で10月1日(金)から『鉄道と旅と文学と』展が開催されています。従来の鉄道展とは異なり、鉄道あるいは旅と文学とを関連付け、鉄道が登場する文学作品を鉄道写真、ジオラマ、絵画、鉄道グッズなどと共に展示し、文学作品と登場する鉄道を楽しんでもらおうと企画されたもので、期間中の土日などには、鉄道模型、ライブスチーム運転会をはじめ、鉄道グッズ販売、音楽演奏、映画、講演会、トークショーなど、さまざまなイベントも催されます。

himejibungakukan002.jpg■開催期間:2010(平成22)年10月1日(金)~11月28日(日)
10:00~17:00(入館は16:30まで)
※休館日:毎週月曜日と10月12日、11月4日、11月24日
※10月11日、11月3日、11月23日は開館
■開催場所:姫路文学館(姫路市山野井84番地)
TEL:079-293-8228
■交通
○JR・山陽電車姫路駅前から神姫バス11・12番系統に乗車約7分、「市之橋・文学館前」
下車、北へ徒歩3分。
○土・日・祝日は城周辺観光ループバスも運行。「清水橋・文学館前」下車、西へ徒歩3分
■観覧料
一般:500円、大学・高校生:300円、中学・小学生:200円
※20名以上の団体は2割引、常設展との共通券で2割引
※ICOCA提示で2割引
※PiTaPa、スルッとKANSAI対応の磁気カード、山陽電車の1dayチケット提示で2割引

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今週末には小誌も協力したイベントも開催されます。
■イベント
●記念講演会 講師:屋鋪 要(元プロ野球選手)
○日時:10月30日(土)13:30~15:00
○演題:「私の鉄道趣味 全国保存蒸機を訪ねて」
●トークショー 「仕事としての鉄道 趣味としての鉄道」
○日時:10月31日(日)13:30~15:00
○出演:宇田賢吉(元JR運転士)、名取紀之(月刊『Rail Magazine』編集長)
○コーディネーター:羽川英樹(フリーアナウンサー)
前者は小誌連載「めざせ打率10割! 屋鋪 要の保存蒸機撮りつぶし」でお馴染みの屋鋪 要さんが、全国の保存蒸機を撮り歩くなかで出会った心温まるお話をユーモアたっぷりに語ってくれます。また、汗顔の至りですが、後者は糸崎機関区、岡山運転区等で蒸気機関車から電車まで各種車輌に乗務され、弊社『「SL甲組」の肖像』や、『鉄路100万キロ走行記』(グランプリ出版刊/2004年交通図書賞受賞)でも知られる宇田賢吉さんと私の対談です。「仕事としての鉄道 趣味としての鉄道」というテーマを仰せつかっておりますが、果たしてどんな展開となるか...。ちなみに当日参加も可能とのことですので、お時間のある方はぜひお立ち寄りください。

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※会場内画像提供:田路和男

■主催:姫路文学館
■協力:姫路鉄道文学会
■後援:朝日新聞社・神戸新聞社・産経新聞社・毎日新聞姫路支局・読売新聞姫路支局・NHK神戸放送局
■協賛:網干自動車教習所・(株)江戸ネット・山陽電気鉄道(株)・(社)日本燐寸工業会・神姫バス(株)

●詳しくはこちら(姫路観光コンベンションビューロー ウェブサイト内)
http://www.himeji-kanko.jp/index.php/Events/View/EventsID/412/
●姫路観光コンベンションビューロー ウェブサイト
http://www.himeji-kanko.jp/
●姫路文学館 ウェブサイト
http://www.city.himeji.lg.jp/bungaku/

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▲先頭形状とカラーリング。先頭長は既存のMLX01-901の23mから15mに短縮されている。 (JR東海提供)

去る10月20日の交通政策審議会中央新幹線小委員会の発表で、東京~名古屋間をほぼ直線ルートで結ぶ南アルプスルート(Cルート)の採用が確定的となった超電導リニア方式の中央新幹線ですが、この中央新幹線での使用を視野に入れた営業線仕様の超電導リニア新型車輌の概要がJR東海より発表となりました。形式名は、かの0系新幹線を想起させる「L0系」。今年度中には製作に着手されるとのことです。

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▲客室内のイメージ。客席の頭上空間と荷棚収納スペースも拡大されている。 (JR東海提供)

JR東海は平成25年度末の完成を目標に、山梨リニア実験線の延伸工事(24.4㎞)および先行区間(18.4㎞)の設備更新工事を進めており、完成すると延長42.8㎞の新実験線が誕生することになります。この新実験線には営業線仕様の超電導リニア新型車輌が投入される予定で、このたび発表となったのはその新型車輌の概要です。

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▲現在の試験車輌との車体断面の比較。在来の粘着式鉄道の車輌断面に近くなってきているのがわかる。 (JR東海提供)

注目の先頭形状は既存のMLX01をベースにより滑らかな形状とし、先頭長はこれまでの試験結果を踏まえ、車内空間の確保と空力特性を考慮して15mに短縮されています。またカラーリングは東海道新幹線のイメージを踏襲しつつ、白色塗装範囲を増やし、軽快感を演出するとともに、青色塗装の配列で躍動感を演出するものとなります。

車体断面は現在の航空機のような円形断面から在来車輌に近い角型に変更され、居住性の向上が図られます。さらにN700系と同様に、客席の頭上空間と荷棚収納スペースも拡大されます。

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▲発表されたL0(エル・ゼロ)系のロゴ。 (JR東海提供)

形式名は先述のようにL0(エル・ゼロ)系。L(エル)は、リニア(Linear)を表し、0(ゼロ)は東海道新幹線と同様、営業線仕様の第1世代の車輌を表しており、オリジナルのロゴ(予定)が車体側面に貼付されます。
今回製作されるのは先頭車4輌、中間車10輌の合計14輌。このうち、先頭車2輌、中間車3輌の5輌については今年度内に製作に着手して、平成25年度に完成させ、延伸完了後(平成25年度末)の新実験線で走行を開始する予定です。さらに残りの9輌(先頭車2輌、中間車7輌)も平成27年度までに順次投入される予定で、新実験線では最長12輌編成とするなど、14輌をさまざまに組み合わせて営業線へ向けた最終的な走行が行われます。

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第4回:Bad Doberanの"路面蒸機"。(下)

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▲Kuhlungsbohnの市街の一部も石畳の路面併用軌道となっている。商店街を分け入ってゆくような派手さはないが、"路面蒸機"本来の味わいという面ではこちらの方に軍配を上げたい。'10.9.18  Kuhlungsbohn,Mitte
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全線15.4㎞の所要時間は40分余り。始発列車と終列車以外はすべて中間駅のHeiligendommで交換するダイヤとなっています。表定速度に換算すると20㎞/hほどとたいへんゆっくりとしていますが、Heiligendommと終点のKuhlungsbohn,West間には整備された並行道路がないため、全線をクルマで追走しようとすると追いつくことはできません。1時間ヘッドというフリークエンシーの高さと、クルマより時間がかからないという利便性が、いまだに"Molli"の実用鉄道としての側面を支えているのでしょう。

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▲クリックすると「今日の一枚 The Movie」に飛び、Kuhlungsbohn,Mitte駅に到着・発車する列車(上の写真の動画)をご覧になれます(2分29秒)。

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▲9月も後半となると辺りはすっかり秋の気配となる。瀟酒な住宅街を軽快なブラスト音を響かせて"Molli"が行く。機はつい一昨年マイニンゲンで新製されたクローン。'10.9.18  Kuhlungsbohn,Ost
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▲Bad Doberanの市街をあとに専用軌道へと向かう下り列車。わかりづらいが、この部分も併用軌道である。'10.9.18 Bad Doberan,Goethestraße
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現在、使用されている機関車は99.32クラスと称される1D1タンク機で、運転整備重量は何と43.8t。ナローゲージとはいうものの、わが国の軽便鉄道では考えられないほどの巨体です。現在、99-2321-0、99-2322-8、99-2323-6、99-2324-4("99"はナローゲージ用機を示し、末尾の数字はコンピュータ管理用のチェックデジット)の4輌が在籍していますが、2321~2323の3輌は1932(昭和7)年コッペル製なのに対し、最後の2324号機は2年ほど前(2008年)にマイニンゲン機関車工場で"新製"されたレプリカというから驚きです。

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▲終点 Kuhlungsbohn,Westの機関庫で給水する99-2321。本機は1932(昭和7)年のコッペル製。'10.9.18 Kuhlungsbohn,West
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▲機関庫横の側線で休んでいたダブルルーフ+オープンデッキの特別車。'10.9.18 Kuhlungsbohn,West
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個人的にはこの99.32クラスは大きさといいスタイルといい、今ひとつシンパシーを感じづらい機関車ではありますが、実際に"路面"を走る姿を目の当たりにするとそんな思いもどこへやら...北ドイツに生き残った稀有な情景にぐいぐいと引き込まれてゆくのでした。

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▲石畳の併用軌道が西日に包まれる。路面"電車"とはまたひと味違う、非電化の路面軌道の魅力を堪能した一日だった。'10.9.18  Kuhlungsbohn,Mitte
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第3回:Bad Doberanの"路面蒸機"。(中)

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▲かつてはチムニー・ファーストもあったようだが、現在は下り列車はすべて逆機牽引。商店街の石畳に敷かれた900㎜ゲージの軌道上を、列車は鐘を鳴らしながらゆっくりと進む。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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全線15.4㎞のうち"路面"を走るのは、Bad Doberan Stadtmitteの商店街から住宅街にかけての1㎞ほどと、終点に近いKuhlungsbohn Mitte付近の300m位とそれほど長くはありませんが、"Molli"と言うと路面を走る蒸気列車を連想してしまうのは、この商店街シーンがあまりに強烈だからでしょう。

101006n1930.jpgアーカイブをひもといて見ると、この商店街の建物群は戦前からほとんど変わっていないようです。さすがに東西ドイツ統一後は装飾看板等も目立つようになって、かなり今風な印象となってきてはいますが、それでも石畳の街路をはじめ、ハンザ同盟以来、脈々と続いてきたこの地域の遺風を感じずにはいられません。
▲街中の併用軌道も、"Molli"のスチームベルが聞こえない間は変哲のない生活道路。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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▲Bad Doberan Stadtmitte駅に到着する下り列車。ここからの乗降も少なくない。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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▲MECKLENBURGISCHE BADERBAHN MOLLI GmbH、通称"Molli"の路線概念図。Rostock からは列車で1時間かからずに到達することができる。中間駅のHeiligendammは2007年のG8サミット開催地。"OSTSEE"(東海)はバルト海のドイツ名。(パンフレットより)
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▲商店街の併用軌道を出て国道をBad Doberan駅へと向かう。結構な上り勾配となっているが、石炭の質が良いのか、派手なブラスト音の割りに煙はあまり出ない。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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交通量の多い国道を横切り、なかば強引に商店街に分け入ってくる"Molli"は、決して歓迎されざる面もあるに違いありません。それでもこの前近代的な乗り物が今もって人々の足として一定の役割を担っているのは、歴史と共存してゆく強い思いがあってからのことでしょう。写真を撮っていても、行き交う地元の人から「ほら、モリーよ」とどれほど声を掛けられたでしょうか。"Molli"はバート・ドーベランに暮らす人々にとって、時代を超えてなくてはならない存在となっているのです。

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▲商店街を去ってゆく下り列車。最後尾の自転車積載用有蓋車が通り過ぎるのを待ちかねたようにクルマが続行する。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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今月10月末までは夏ダイヤで11往復の列車設定がある"Molli"も、北ドイツの厳しい冬の訪れとともに11月からは半分近くに減便となります。しかし、クリスマス・シーズンの訪れとともに、あのBad Doberan Stadtmitteの商店街は見事なイルミネーションに彩られるそうで、その中を行く"Molli"の姿はまた格別なものがあると聞きます。

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第2回:Bad Doberanの"路面蒸機"。(上)

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▲スチームベルを鳴らしながら商店街の真ん中を進む。この季節、ほぼ30分毎に上下どちらかの列車がこの商店街を通り抜ける。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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優先してご紹介すべき案件が多く、すっかり間延びしてしまった感がありますが、週末でもありますので、北ドイツナロー巡りの第2回をお送りすることにいたしましょう。"島軌道"の続編はどうなっているのか...との声も少なからずいただいておりますが、まずは訪問順に話を進めることとし、今日は現役"路面蒸機"として知られるMECKLENBURGISCHE BADERBAHN MOLLI GmbHの様子を動画を交えてお伝えしたいと思います。

101006n2109.jpg旧東ドイツ側には、現在でもDR(東独国鉄)が運営していたナローゲージの蒸気鉄道が7路線ほど残されています。とりわけザクセン州のドレスデン周辺に点在する750㎜ゲージやメーターゲージの線区が有名ですが、北ドイツのバルト海沿岸にも2つの蒸機ナローの姿を目にすることができます。今回ご紹介するBad Doberan(バート・ドーベラン)を起点とする900㎜ゲージの通称"Molli"と、ドイツ最大の島・リューゲン島の島内を走るRUGENSCHE BADERBAHNです。
▲ここがBad Doberan Stadtmitte駅。小さな駅名標があるだけでホームもない。デッキから円板を上げて発車合図を送っているのはなんと子ども。'10.9.18
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▲カフェやレストランが並ぶ商店街をかき分けるように"Molli"がやってくる。街の人々にとって路面を走る蒸気機関車は親の代から続く当たり前の風景だけに、振り返る人さえいない。'10.9.18 Bad Doberan Stadtmitte
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MECKLENBURGISCHE BADERBAHN MOLLI GmbH、通称"Molli"は1886(明治19)年の開業。1910(明治43)年に延伸を果たし、現在のBad Doberan~Kuhlungsborn(キュールングスボーン)間15.4㎞が全通します。開業以来今日まで一貫して牽引機は蒸気機関車のみと、何とも浮世離れした鉄道です。しかも、町としては小さいながらも、Bad Doberanの目抜き通りといえる商店街のど真ん中を、その蒸機牽引列車が走り抜けるのですから驚きです。

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▲Bad Doberanとリューゲン島のRUGENSCHE BADERBAHNの位置。'10.9.18
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沿線は旧東独時代には高級リゾート地として知られ、2007年には途中駅のHeiligendamm(ハイリゲンダム)近郊で主要国首脳会議(G-8サミット)も開催されています。それだけに"Molli"も観光鉄道そのものかと思いきや、実用鉄道としても立派に機能を果たしている点が特筆されます。1時間毎(4月1日~10月31日)のネットダイヤというフリークエンシーの高さもあってか、地元の人々にとっても大切な足として盛んに利用されているのです。

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▲路地のような商店街を抜け、Bad Doberan駅へ向かう国道へと躍り出る。遮断竿はないが、信号と警報機音だけで行き交うクルマはピタリと停まる。'10.9.18
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▲Bad Doberan駅ホーム。左奥が"Molli"の乗り場。ちなみに本線のホームは1面片側だが、分岐器を挟んで前後が1番ホーム・2番ホームとなっており、発車すると両列車がすれ違うかたちとなる。'10.9.18
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低床気動車のコミュータトレインが発着するドイツ鉄道のBad Doberan駅はなんとも閑散とした小駅で、そのホームの対面に"Molli"の乗り場があります。構内はかなり広く、蒸気鉄道にはあまり似つかわしくない近代的な機関庫も備えられています。

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▲商店街を抜けると線路は閑静な住宅街を進む。もちろん併用軌道で、このようにクルマで軌道上を走ることも可能。'10.9.18
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逆機牽引でBad Doberan駅を出た列車は国道横の勾配を下り、交差点を横切ると目を疑うような狭隘な商店街へと入ってゆきます。カフェやら、ブティックやら、ベーカリーやらが軒を並べる商店街にスチームベルを鳴らしながら"分け入って"ゆく姿はとても21世紀の現代とは思えない光景です。戦前はスチーム・トラムが2軸客車を数輌牽いて走っていたそうで、贅沢を言えばそんな姿も見てみたかったものです。

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▲歯切れの良いブラスト音を響かせて国道交差点を通過する"Molli"。西日が一瞬、深紅の足回りを照らし出す。'10.9.18
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クリックすると「今日の一枚 The Movie」に飛び、商店街の路上のBad Doberan Stadtmitte駅に到着する列車をご覧になれます(1分54秒)。

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▲南大夕張駅で開催された汽車フェスタの賑わい。南大夕張駅は経済産業省より近代化産業遺産として認定されている。'10.10.26 P:三菱大夕張鉄道保存会

この夏小ブログでご紹介した「夕鉄バスで巡る夕張の鉄道廃線跡ツアー」(アーカイブ「この秋は近代化遺産の宝庫・夕張へ」参照)は、応募開始からほどなく申し込み定員に達し、道外からの参加者も交えて、予定通り10月3日に実施されました。いささか日が経ってしまいましたが、中心となられた三菱大夕張鉄道保存会の奥山道紀会長からレポートをいただいておりますので、ここでご紹介いたしましょう。

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▲湖面に造形美を映す三弦橋。下夕張森林鉄道夕張岳線最大の橋梁だった。'10.10.3 P:三菱大夕張鉄道保存会

秋の気配が深まる今日この頃ですが、夕張市で鉄道文化財の保存・活用を進める私たち三菱大夕張鉄道保存会では、夕張鉄道(本社・夕張市 鉄道線:野幌~夕張本町 53.2km 1926~1975年)の協力により、10月3日に「夕鉄バスで巡る夕張廃線跡ツアー」を実施しました。

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▲「SL館」の三菱大夕張鉄道4号機(左)。「汽車フェスタ」ではラッセル・キ1の点灯も行われた(右)。'10.10.3/'10.10.25 P:三菱大夕張鉄道保存会
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当日は午前8時に道外からの参加者も含め45名が札幌大通を出発。野幌からは廃線跡を転用した「広域農道・きらら街道」を一路、夕張に向けて走ります。途中、農産物の集散地として賑わった晩翠・南幌・北長沼では現在も残る農業倉庫がかつての駅の位置を伝えてくれています。栗山では夕張鉄道自社発注の21号機(9600形の最終製造機)や、角田専用線を分岐していた新二岐駅舎を見学、夕張市に入り、いよいよ錦沢の散策です。

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▲旧陸軍が開発した重構桁を転用した独特の構造の小巻沢林道橋。'10.10.3 P:三菱大夕張鉄道保存会

夕張鉄道は新二岐から平和まで夕張山地の西縁を横断するため3本のトンネルと錦沢駅のスイッチバックで標高差を克服していました。錦沢は20‰の勾配が連続する山越え区間に位置した本格的三段式スイッチバックで、更に二段目の途中(6.7‰の勾配上)に駅施設があり、スイッチバック式停車場としても珍しい構造でした。廃線後はサイクリングロードとして整備されましたが、現在はそれも廃止され、訪れる人も少なくなっています。ツアー参加者は落ち葉を踏みしめサイクリングロード跡を進み、錦沢遊園の碑にかつての賑わいを想像していました。

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▲バスツアーで夕張鉄道新二岐駅(左)や、栗山公園の夕張鉄道21号(右)を見学するツアー参加者。'10.10.3 P:三菱大夕張鉄道保存会
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▲石炭博物館を見学するツアー参加者(左)。夕張市石炭博物館には専用線電車も運行されていた角田炭鉱(栗山町)の看板も展示されている(右)。'10.10.3 P:三菱大夕張鉄道保存会
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バスに戻り鹿ノ谷車輌区やゆうばり市民会館として残る夕張本町駅跡を車窓から眺め、石炭の歴史村に入り、夕張市石炭博物館・炭鉱生活館を見学後、現在は閉館している「SL館」を特別に見学。同鉄道や三菱大夕張鉄道(清水沢~大夕張炭山 17.2km 1911~1987年)の蒸気機関車や客車、部品や駅備品などの貴重な展示品を熱心に見学して回りました。参加者からは「貴重な資料が公開されず、もったいない」との声もあがりました。

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▲落ち葉を踏みしめ錦沢へ。かつては炭鉱の町の一大観光スポットとして賑わった錦沢も、今では静かな大自然に還ろうとしている。'10.10.3 P:三菱大夕張鉄道保存会

その後、夕張駅近くの屋台村で各自昼食。シューパロ湖にかかる下夕張森林鉄道夕張岳線の三弦橋を最高の位置から見学し、ダムインフォメーションセンター、旧南大夕張駅の保存車輌、旭沢橋梁、旧陸軍が開発した重構桁を利用した小巻沢林道橋などを回って、帰路につきました。
また、9月26日に経済産業省より近代化産業遺産として認定された旧南大夕張駅で「汽車フェスタ2010」を開催し、ミニコンサートや旧車展示、ライブスチームの運行などを行い、多くの行楽客で賑わいました。

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▲マニ35形、マニ36形、マニ37形改造の救援車は32輌中31輌の写真を掲載。左上のオエ61 307は書類上マニ36 307が種車だが、実際にはスハフ32 213改造のスエ31 47をそのまま振り替えたものであった。 (RMライブラリー『マニ35・36・37形』下巻より)
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今月のRMライブラリーは、ご好評をいただいている『マニ35・36・37形』の下巻をお届けします。上巻ではマニ36形についてその概要と詳細な形態分類を収録しましたが、続く下巻ではマニ35形、マニ37形2形式について詳述されています。

101020nRML135s.jpgマニ35形はスハニ35形などの座席荷物合造車をベースに改造されたもので、1962(昭和37)~1967(昭和42)年に42輌が落成しています。しかし、1967(昭和42)年にはマニ35 2005が早くも事故により廃車となったのを皮切りに、1969(昭和44)~1972(昭和47)年にかけて25輌が廃車もしくはスエ31形に再改造されてしまっており、マニ36形に比べれば実際に目にされた方は少ないかも知れません。幸い、今回は著者の藤田吾郎さんが全車の写真を確認されたうえで形態分類を実現されています。

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▲マニ35形の形態分類と、スハニ31グループ。 (RMライブラリー『マニ35・36・37形』下巻より)
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一方、マニ37形はパレット輸送に対応するために1967(昭和42)年から1968(昭和43)年に37輌が改造されたもので、このうち関西地区にいた5輌は14系化された急行「雲仙・西海」などに連結されるためブレーキ系統の改造を受け、200番代に改番されています。

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▲マニ37形のスハ32グループとスハフ32グループ。 (RMライブラリー『マニ35・36・37形』下巻より)
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また後半ではマニ35形、マニ36形、マニ37形をベースに改造された救援車32輌中、31輌の写真を収録しました。ちなみ残り1輌はスエ31 187で、これは改造を担当した盛岡工場にそのまま常備されたという特殊性からか、写真が発見されていないそうです。

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▲番号変遷表では全車の種車および救援車化後の番号を網羅。中には7回の改番を経験している車輌もある。 (RMライブラリー『マニ35・36・37形』下巻より)
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その他、巻末にはマニ35形、マニ36形、マニ37形全車の番号変遷表を収録しています。実物・模型問わず客車ファン必見の本書、是非上巻とともに書架にお揃えください。

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十勝三股あの頃。

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▲まったく人の気配のない士幌線十勝三股駅で折り返しを待つ帯広行き2連。'75.8 十勝三股 P:澤田節夫
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先週の士幌線の話題(アーカイブ「日本鉄道保存協会総会より(下)」参照)をご覧になった澤田節夫さんから、かつて士幌線の終点・十勝三股駅を訪れた際の画像をお送りいただきましたので、さっそくお目にかけることにいたしましょう。

101019n004.jpg澤田さんが十勝三股駅を訪れたのは1975(昭和50)年8月のお盆の頃です。当時、士幌線はすでに惨憺たる営業係数で、なかでも利用客の少ない糠平~十勝三股間は朝夕4往復のみの運転。道内の盲腸線の中でもとりわけ訪れにくい終着駅のひとつでした。写真を拝見すると、構内上り方のはずれに2線の矩形庫があるのがわかりますが、当時の時刻表をひもといてみると、前夜20時43分着の729Dで十勝三股に到着した気動車が、翌朝5時40分発の722Dとなって折り返す運用となっており、この駐泊用の設備だったようです。それにしても、厳冬期には氷点下30℃を下回るこの地で、5時代の始発を出すために駐泊するご苦労はいかばかりのものだったでしょうか。
▲小さな琺瑯看板がなければ駅舎とわからないかもしれない十勝三股駅駅舎。'75.8 十勝三股 P:澤田節夫
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▲出発信号機横には給水塔、その奥には2線の矩形庫が備わっていた。'75.8 十勝三股 P:澤田節夫
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▲士幌線の主力は10系気動車の両運・寒地用バージョンであるキハ12だった。総輌数22輌中、当時は池田機関区に16輌が集結していた。'75.8 十勝三股(キハ12 7) P:澤田節夫
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ここ終点・十勝三股駅の標高は661m。士幌線は平野の帯広から一方的な上り勾配となっており、ことに糠平付近から十勝三股にかけては25‰も連続する険しい路線でした。1956(昭和31)年夏には上士幌で逸走した貨車が気動車に激突して死者5名を出すなど、この片勾配に起因する障害も少なからず発生しています。帯広機関区の9600形による貨物列車の設定は末期は帯広~上士幌間のみで、上士幌~十勝三股間の定期貨物運用はなくなっていましたが、かつての木材輸送華やかなりし頃のキューロクはさぞや難儀したことでしょう。

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▲かつては木材輸送で賑わったであろう構内は意外なほど広々としている。1978(昭和53)年年末から糠平~十勝三股間はバス代行となってしまったが、この時、十勝三股周辺の人家は2軒のみだったという。'75.8 十勝三股 P:澤田節夫
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澤田さんが十勝三股を訪れてから3年後の1978(昭和53)年12月、糠平~十勝三股間は全国の国鉄線でも珍しい休止扱いとなり、バスによる代行輸送が開始されます。地元タクシー会社に委託したこの代行は、時としてバスではなく乗用車が充当されたことさえあったそうです。

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▲折しも国道橋の架け替え工事が行われていた。背後に士幌線のコンクリートアーチ橋が見える。それにしても鉄骨の新橋までもがアーチ構造となっているのはなぜだろう。'75.8 十勝三股 P:澤田節夫
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第17回「鉄道の日」を祝う。

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▲中村英夫「鉄道の日」実行委員会会長(東京都市大学学長)をはじめとした皆さんによる乾杯で祝賀会の幕が切って落とされた。'10.10.14 京王プラザホテル
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10月14日は17回目となる「鉄道の日」。同日夜には東京・新宿の京王プラザホテルで「鉄道の日」実行委員会主催による祝賀会が開催されました。この祝賀会では毎年「日本鉄道賞」の発表が行われます。「日本鉄道賞」は、「鉄道の日」創設の趣旨である「鉄道に対する国民の理解と関心」をさらに深めるとともに、鉄道の今後一層の発展を期することを目的として、平成14年に創設された表彰制度であり、鉄道の発達に貢献した鉄道事業者や団体を「鉄道の日」実行委員会が表彰するものです。

101018n764.jpg今年の「日本鉄道賞」は、京成電鉄株式会社、成田高速鉄道アクセス株式会社、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構による「JAPAN SPEED 日本の空港アクセスを世界クラスへ」が受賞いたしました。都心~成田空港間を最速36分と成田空港を身近にしたこと、新型スカイライナーによる最高時速160㎞/h運転の実施、快適性向上並びに多くの関係者調整を行い、着工から4年数ヶ月という短期間での開業、さらに大幅な建設費の低減や、貴重な鳥類の保護といった環境保全への取り組みなど、空港アクセスの改善のみならず、地元調整、工期短縮、工事費低減、自然環境配慮等の各種取り組みが総合的に評価されたものです。
▲9回目となった「日本鉄道賞」の発表。'10.10.14 京王プラザホテル
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▲表彰選考委員会特別賞を受賞した富山市と富山地方鉄道。'10.10.14 京王プラザホテル
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表彰選考委員会特別賞には、富山市と富山地方鉄道株式会社による「路面電車の環状運行で、中心市街地の活性化を目指す」と、阪急電鉄株式会社による「日本初の"カーボン・ニュートラル・ステーション"エコで始まる新しい駅 阪急摂津市駅」が選ばれました。前者は地域公共交通活性化及び再生に関する法律の適用を受け、軌道事業における全国初の上下分離方式の採用により新たな軌道の整備を行い環状運行を開始しました。さらに、環状運行用に新型低床車輌を3輌導入するなど、賑わいの創出と公共交通の利便性向上に寄与し、中心市街地の活性化に取り組んだことが評価されたものです。一方、今春開業した阪急摂津市駅は、地球温暖化対策モデル地区である南千里丘の玄関口として、自治体や駅周辺の開発者とも連携し、太陽光発電等の設備の導入やカーボンオフセットにより、駅運営に起因するCO2排出量を実質的にゼロにした日本で初めての駅です。利用者や地域に対し、駅看板やイベント列車によって環境啓発のメッセージを発信した点や、レンタサイクルを充実させた点も評価されました。

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▲「鉄道の日」実行委員会は国土交通省鉄道局をはじめ、各鉄道事業者、研究機関等54団体によって組織されている。'10.10.14 京王プラザホテル
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このほか表彰選考委員会による特別表彰として、「地方鉄道駅舎リノベーション賞」に市民協働による岩見沢駅複合駅舎建設に取り組んだ北海道旅客鉄道株式会社と岩見沢レンガプロジェクト事務局、改札口を撤去し駅内外の行き来を自由化するなど利用者の憩いの場や出会いの場となるよう中村駅を改築した土佐くろしお鉄道株式会社、nextstationsが、「旅客情報サービス向上賞」に東海道新幹線N700系における車内インターネット接続サービスを実現した東海旅客鉄道株式会社、「地域観光振興賞」に廃線を活かして観光鉄道事業として20年を迎えた嵯峨野観光鉄道株式会社が選出されました。

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▲「鉄道の日」に先立ち、10月9日・10日の土日には東京・日比谷公園で「鉄道フェスティバル」が開催され、多くの家族づれで賑わった。'10.10.10 日比谷公園
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なお、「鉄道の日」実行委員会では毎年、日比谷公園で「鉄道フェスティバル」を開催しており、今年も10月9日・10日の二日間にわたってさまざまなイベントが繰り広げられました。残念ながら初日は季節はずれの大雨となってしまいましたが、それにも関らず二日間で10万人近い方が訪れ、ことにファミリー層には大きなアピールとなったようです。

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▲紅葉に包まれる第三音更川橋梁。1936(昭和11)年の竣工で、現存する道内の鉄道用コンクリートアーチ橋としては最古。国登録有形文化財に指定されている。'10.10.9
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2日目は日本一寒くオーロラが見られる町としても知られる陸別町の「銀河の森コテージ村」に分宿、翌日は旧国鉄士幌線のコンクリートアーチ橋をはじめとした鉄道遺産の保存・利活用に取り組む上士幌町へと向かいました。上士幌町役場では竹中 貢町長にお出迎えいただき、一行はさっそく第三音更川橋梁へ。士幌線のコンクリートアーチ橋というと、糠平湖の湖面から顔を出すタウシュベツ川橋梁(ダム建設に伴う1955年の線路付け替え前の旧線の橋梁)が有名ですが、この季節はダム湖に沈んでしまっており、残念ながらその姿を見ることはできません。

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▲糠平川橋梁は北海道自然歩道・東大雪の道の一部になっており、橋上を歩くことも可能。川原に降りると見事な透明度の水中には無数の魚影を見ることができる。'10.10.9
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かつての黒石平駅を出たすぐの下り方に位置する第三音更川橋梁は、紅葉の名所としても知られる「泉翠峡」にかかっており、折しもあたりはちょうど見ごろ。ご案内いただいたNPOひがし大雪アーチ橋友の会の皆さんの熱心な解説もあって、参加者一同、この橋梁が歩んできた70数年の歳月にしばし思いを馳せていました。

101015n12681.jpg続いて線路付け替え前の旧線の第2音更川橋梁を見学、昼食ののち、士幌線線路跡の8.5㎞を利用した北海道自然歩道・ひがし大雪の道にかかる糠平川橋梁へと足を進めました。糠平川橋梁は糠平ダム建設時の線路付け替えにともなって1955(昭和30)年に建設された新線用のコンクリートアーチ橋で、長さ63.3m。旧線の多くの橋梁が通行不可なのに対して、三の沢橋梁、五の沢橋梁とともに歩いて渡ることが可能で、しかも川原に降りてその全容を見上げることもできます。
▲糠平川橋梁を渡ったところにある第七糠平トンネル。軌道跡を歩けるのはここまで。'10.10.9
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旧士幌線には1936(昭和11)年から1955(昭和30)年にかけて、大きなものだけでも15ものアーチ橋が建設されてきました。NPOひがし大雪アーチ橋友の会は、年々劣化が進むこれらのコンクリートアーチ橋の保存を軸に、鉄道資料館の運営など、将来の利活用に向けてのさまざまな取り組みを行っており、その活動は全国から参加した加盟団体の皆さんにとっても大きな励みとなったようです。

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▲静まりかえった森の中を「ひがし大雪高原鉄道」のトロッコのジョイント音が近づいてくる。あたりの紅葉は今まさに真っ盛り。'10.10.9
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▲かつての糠平駅跡には上士幌町鉄道資料館(左)が建てられており、士幌線関連のさまざまな資料が展示保存されている(右)。'10.10.9
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NPOひがし大雪アーチ橋友の会が運営しているもうひとつのユニークな施設が「ひがし大雪高原鉄道」です。ネーミングは壮大ですが、これは旧糠平駅構内を中心とした約620m区間の線路を使って足こぎトロッコを走らせる体験型施設で、JR北海道から譲り受けた軌道自転車が手作りの台車を牽引して森の中を走り抜けます。通常は7・8月の土日・祝日限定での運行ですが、この日は保存協会のためにわざわざスタッフを動員して試乗の機会を設けていただきました。

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▲快走する軌道自転車。軽そうに見えるが、お客さんを乗せたトロッコを"牽引"しているため結構な体力が必要。'10.10.9
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▲糠平川橋梁方(十勝三股方)の終点で折り返す。どなたも楽しそう(左)。右は上り方(帯広方)の終点となっている第六糠平トンネルで折り返す"列車"。逆勾配となっているため、この時ばかりはエンジントロが後押しする。'10.10.9
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かくして遠軽町、陸別町、上士幌町と3町を舞台にした日本鉄道保存協会総会は成功裏に幕を閉じましたが、まさにその後を追うように嬉しいニュースが飛び込んできました。10月14日の「鉄道の日」付けで、この上士幌町の「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群」が準鉄道記念物に新規指定されたのです。

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▲帰京後、古いネガの中から見つけ出したカットをスキャニングしてみた。今から35年前、現役時代の士幌線士幌駅ホームで、到着しようとしているのは帯広発十勝三股行きのキハ12 10〔釧イケ〕。糠平~十勝三股間がバス代行となるのはこの写真の3年後のことである。'75.4.2 士幌線士幌
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▲「りくべつ鉄道」では動態保存されているCR75-101とCR75-2の2輌をフル稼働させて体験乗車・体験運転の機会を設けてくれた。体験運転のCR75-2(通称「黄メーテル」)からすれ違うCR75-101を見る。'10.10.8
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総会2日目は遠軽町ご提供のバスでマウレミュージアムや遠軽公園に静態保存されているD51 859号機などを見学、"生田原ちゃちゃワールド"で今度は陸別町ご提供の大型バスに乗り換えて旧陸別駅へと向かいました。

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▲体験乗車・体験運転を前にオリエンテーションを受ける(左)。右は緊張した面持ちで体験運転に臨む参加者。'10.10.8
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本誌でも何度かご紹介しているように、2006(平成18)年4月に廃止となった北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(池田~北見間)は、旧陸別駅構内に残された車輌と施設を使って体験運転施設「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として再生が図られようとしています。2008(平成20)年4月にオープンしたこの「りくべつ鉄道」は、陸別町と陸別商工会議所を主軸に活発な活動を続けており、今回の総会に際しても金澤紘一陸別町長が中心となって歓待をしてくださいました。

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▲いかにも北海道らしい広々とした陸別駅構内には国鉄時代からの木造機関庫など歴史的建造物が並ぶ。'10.10.8
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▲模型にでもしたくなるような木造1線の矩形庫(左)と、網走本線時代の1909(明治42)年に設置された道内現存最古の転車台(右)。'10.10.8
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一行が到着するや、待ちかねたようにホームに入っていたCR75-2がアイドリングを開始、オリエンテーションののち体験乗車が行われました。ただ、この「りくべつ鉄道」の特筆すべき点は、体験"乗車"ばかりか体験"運転"ができることです。この日は特別に2輌のCR75形をご用意いただき、2班に分かれて体験運転会が行われました。もちろん今回の総会参加者の中にはJR各社をはじめとした鉄道事業者の方も多く、さらには実際に保存車輌の運転に携わっておられる方も少なくありません。それだけに気動車の運転も手慣れたものかと思いきや、さにあらず、皆さん緊張した面持ちで体験運転に臨んでおられました。なかには前日の丸瀬布で雨宮21号の加減弁を握っておられた遠軽町の小山係長の姿もあり、ブレーキ扱いのあまりの違いに、しきりに首を傾げておられたのが印象的でした。

101014n12617.jpg16時からは陸別町タウンホールに場所を移して事例発表会の二日目が行われました。今回は道内の保存団体からの報告が中心で、三笠市商工観光課、遠軽町丸瀬布総合支所産業課、三菱大夕張鉄道保存会、NPO北海道鉄道文化保存会、NPO狩勝線を楽しむ会、NPO東大雪アーチ橋友の会、釧路臨港鉄道友の会、MOTレールクラブ、陸別町総務課が、それぞれの最近の取り組みを紹介、直面している問題点の提起が行われました。この事例発表会の最後には、道内の保存鉄道・鉄道遺産を横断するネットワーク作りの提案が金澤紘一陸別町長からなされ、会場は大きな拍手に包まれました。
▲陸別タウンホールで行われた事例発表会では、鉄道遺産の保存・利活用に取り組む道内の各団体から発表が行われた。'10.10.8
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▲陸別駅を発車する体験運転のCR75-101。夢の本線走行実現に向けて「りくべつ鉄道」の挑戦はまだ始まったばかりだ。'10.10.8
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「りくべつ鉄道」では今後、陸別駅構内のみならず、軌道が残されている旧川上駅までの9.8㎞の"本線運転"を視野にさまざまな調整が行われています。去る9月8日にはこの存置区間の一部を使っての入線試験が行われ(本誌今月発売号参照)、"夢"への大きな一歩が刻まれました。

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▲北海道の秋は一気に深まる。またとない好天の下、雨宮21号の牽く特別列車が錦秋の湖畔を駆ける。客車のデッキで熱心に視察しているのは、同じ森林鉄道の保存に取り組む高知県馬路村・やなせ森林鉄道運営委員会の清岡会長。馬路村は総勢16人の大視察団を組んでの参加となった。'10.10.7
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先週、10月7日(木曜日)から9日(土曜日)までの日程で日本鉄道保存協会の2010年度総会が開催されました。今年の開催地は北海道・遠軽町。5年ほど前に生田原町、丸瀬布町、白滝村と合併した遠軽町は、その面積1,332.32㎢と全国2番目の広さを持つ町で、私たちファンにとっては石北本線の要衝としても広く知られています。

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▲特別に2列車同時運行が行われ、雨宮21号の牽く列車と、鶴居村簡易軌道の生き残りである運輸工業製DLの牽く列車がすれ違う。'10.10.7
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思えば前回、広域合併前の丸瀬布町でこの日本鉄道保存協会総会が開催されたのは1994(平成6)年8月のことですから、実に16年ぶりに戻ってきたことになります。個人的には3年前に森林公園いこいの森を訪れており(アーカイブ「丸瀬布いこいの森を訪ねる」参照)、さほど久しぶりという感覚はありませんでしたが、佐々木修一町長をはじめとする遠軽町の皆さんのエスコートで、"一見"では決して気づかないさまざまな町の表情を知ることができました。ちなみに今回の総会は、主開催地団体は遠軽町ですが、せっかく近隣までお出でになったのなら...と、"りくべつ鉄道"の動態保存を進める陸別町、旧士幌線のコンクリートアーチ橋の保存・利活用に取り組む上士幌町も招聘下さり、3町を巡る2泊3日とこれまでにない密度の高い行程となりました。

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▲北海道教育大学の今 尚之准教授による基調講演「北海道の近代化遺産の保存と活用」(左)。右は開催地団体として奔走された佐々木修一遠軽町長。'10.10.7
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いこいの森の雨宮21号を見学後、マウレ山荘の大広間で総会が開催され、事業報告、会計監査報告といった堅苦しい議事ののち、北海道教育大学の今 尚之准教授による基調講演「北海道の近代化遺産の保存と活用」が行われました。15年ほど前に北海道教育委員会によって手探りで始まった道内の近代化遺産調査はまさに模索の連続で、交通カテゴリーに「大通公園」(通りだから...?)がノミネートされるなど、今では笑い話になるようなさまざまな紆余曲折があったようです。
北海道ならではのニシン漁や石炭鉱業の遺構を保存するにせよ、単に番屋や機械類だけを残すのではなく、「一構え」=システムとしてどう機能していたのかを後世に伝えてゆくことこそが本来の近代化遺産の保存だという今先生のお話は、全国各地から集った参加者の皆さんの大きな共感を呼んでいました。

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▲82歳を迎えてますますエバーグリーンの輝きを放つ雨宮21号。北海道遺産にも指定されている。'10.10.7
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開催地団体からの報告では、雨宮21号を護り続けている産業課の小山信芳係長から同機のこれまでの歩みが説明されましたが、保存に至る経緯についてはこれまでほとんど知られることのなかった事実も詳らかにされ、実に興味深いものでした。
1951(昭和26)年からのディーゼル機関車導入によって、雨宮21号は僚機とともに1957(昭和32)年3月には廃車・解体される予定でしたが、林業とともに歩んできた地元の熱意がこれを抑え、処分価格10万円を積み立てて雨宮21号のみがスクラップを免れることとなります。ところが一難去ってまた一難、1969(昭和44)年春に、群馬県沼田市に設けられた研修施設(現在の林業機械化センター)の展示候補に挙がり、林野庁は雨宮21号の群馬への移管を計画します。この時も丸瀬布町はこぞって反対署名を集めてこれを阻止。かくして雨宮21号は丸瀬布を出ることなく、1976(昭和51)年には所有権が正式に町へと移管され、今や北海道遺産にまでなって元気に活躍を続けているのです。

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▲遠軽駅を出る石北本線貨物8073列車後補機。DD51のプシュプルが農産物の"動脈輸送"+リサイクル廃棄物の"静脈輸送"を受け持っている。ちなみにこの日は上り団体臨時列車との交換の関係で時変がかかり、所定より12分の早く遠軽駅を発車していった。'10.10.8
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▲煙の絶えなかった遠軽機関区の扇形庫は跡形もなく、転車台だけが名残を留めている(左)。右は今も変わらぬ遠軽のシンボル瞰望岩(がんぼういわ)。遠軽駅開業以来、駅構内を見下ろし続けている。'10.10.8
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この話にはさらに後日談があります。同時期に置戸森林鉄道の3号機(ボールドウィン)が廃車となって保管されており、林野庁は抜き打ち的にこの置戸森林3号機を沼田に移管することを決定、当時の北海道新聞は「明暗を分けた2台」のタイトルでこの経緯を紙面で紹介しているそうです。事と次第によっては、小ブログでもたびたびご紹介している「よみがえれボールドウィン実行委員会」は「よみがえれ雨宮実行委員会」になっていたかも知れないのです。

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▲日本鉄道保存協会加盟団体をはじめとした総会参加者の皆さん(一部)。'10.10.7
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先述のように雨宮21号は2004(平成16)年10月に北海道遺産に指定され、今や遠軽町のみならず道内の"お宝"として大きな脚光を浴びています。遠軽町では今後、この雨宮21号機を軸に森林鉄道車輌の保存・利活用にさらなる取り組みを行ってゆく予定だそうで、耳を疑うようなサプライズ計画も動き始めています。

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▲「島秀雄記念優秀著作賞」表彰状と記念盾を手に受賞の喜びを語る関 崇博さん。'10.10.10
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一昨日の10日(日曜日)、東京・市ヶ谷の私学会館で鉄道友の会の「2010年島秀雄記念優秀著作賞」の贈呈式が行われ、私も版元代表として出席させていただきました。すでにご報告申し上げましたように、関 崇博さんが長年の調査・研究を纏められた『門鉄デフ物語』が単行本部門での受賞の栄誉に浴しております。

090615nn00.jpg鉄道友の会が選定する「島秀雄記念優秀著作賞」は、毎年一回、趣味的見地に基づき、鉄道分野に関する優れた著作物または著作に関わる功績を選定し、鉄道および鉄道趣味の発展に寄与することを目的として、2008(平成20)年に新設された賞で、今回が3回目となります。先行委員会は、鉄道関係の著作物に精通した鉄道友の会会員10名(西野保行委員長)で構成。今年の候補は単行本部門24作品、定期刊行物部門21作品が推薦され、第2次選考で単行本部門8作品、定期刊行物部門7作品に絞られ、最終選考で単行本部門4作品、定期刊行物部門1作品、特別部門1作品に栄えある「島秀雄記念優秀著作賞」が贈られることとなったものです。ちなみに、鉄道友の会事務局が概算したところでは、対象期間(2009年1月1日~12月31日)中に発行された鉄道関連の単行本は実に350種にものぼっているそうです。まさに土日もなく毎日1冊ペースで発行されている計算となり、そんな膨大な出版物の中からの受賞だけに、編集担当者としても嬉しい限りです。

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▲選考理由を発表される西野保行選考委員長(左)。右は須田 寛鉄道友の会会長から表彰状を受け取る関 崇博さん。'10.10.10
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選定理由は「本書は、著者が今から40年ほど前に雑誌『鉄道ファン』(交友社)に連載し、さらに2004(平成16)年から翌年にかけて、再び『鉄道ファン』誌に決定版として掲載した連載をベースとして、単行本に再構成したものです。蒸気機関車の形態を大きく左右するデフ(除煙板)にこだわり続け、趣味者の視点で40年間の歳月をかけてまとめた本書は、まさに鉄道趣味の原点を示したものと言えます。デフは蒸気機関車の付属的な装備に過ぎませんが、客観事実と著者の考察・推測を明確に区分して記述し、著者の永きにわたる調査・研究の成果が集大成されています。デフの分類についても、実物の調査をベースとして資料の引用により的確な考察が加えられており、鉄道研究における指導的な役割を果たす作品として、選定しました」と発表されております。

101012n12719.jpgなお、今年の受賞作品は以下の6作品でした。
単行本部門(4作品/発行日順)
和久田 康雄 「日本の市内電車」 成山堂書店(2009)
関 崇博 「門鉄デフ物語」 ネコ・パブリッシング(2009)
奈良崎 博保 「九州を走った汽車・電車」 JTBパブリッシング(2009)
宇都宮 照信 「食堂車乗務員物語」 交通新聞社(2009)
定期刊行物部門(1作品)
大熊 孝夫 「雪国を駆けぬける「スノーラビット」」(交友社「鉄道ファン」2009年5月号掲載)
特別部門
「日本鉄道旅行地図帳」の刊行に対して (新潮社)
▲受賞者を代表して挨拶される和久田康雄さん。'10.10.10
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▲2010年島秀雄記念優秀著作賞受賞者の皆さんが揃って記念撮影に臨む。'10.10.10
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弊社としては、昨年の湯口 徹さんのRMライブラリー『日本の蒸気動車』に続く受賞となり誠に光栄なことです。なお、西野選考委員長は、3年目となった今回の選考の中で、海外の鉄道研究を含めたグローバルワイドな視点での著作が少ない点、若い方の著作を顕彰する奨励賞的位置づけの必要性、さらには定期刊行物が特集や連載で自由度が少なくなり、独自の視点での著作が発表しにくくなってしまっている点を今後の課題とされておられましたが、後者は編集者の端くれとしても誠に耳の痛いご指摘でもありました。

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今月14日に開館三周年を迎える鉄道博物館で、 土曜日(10月9日)から開館三周年特別企画展 「御料車~知られざる美術品~」が始まります。 今日は内覧会にお招きいただきましたので、ひと足早くその前代未聞の特別企画展の片鱗をご紹介いたしましょう。

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▲荘厳な雰囲気のエントランスを入ると、まず御召予備機として人気の高かったEF58 60号機のナンバーや、「御召」の仕業札などファン垂涎の展示が目を引く。'10.10.6
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あらためてご説明するまでもないかと思いますが、「御料車」は明治、大正、昭和、それぞれの時代の最高の車輌製造技術と、工芸美術の粋を集めて製作されたもので、神業ともいえる精緻にして優美な装飾の数々は、まさに「走る美術品」でした。しかし車輌の性格上、これまでその詳細が公開されることはなく、今回の展示はまさに画期的なものとなります。

メインとなる特別展示は、明治から昭和、それぞれの時代において最高水準の美術、工芸、技術の粋を用いて製造された御料車全18輌を解説すると共に、それぞれの美しい内装の様子や実際に用いられた美術工芸品の数々が、4章の流れに沿って展示されています。
■通期展示:2010年10月9日(土)~2011年1月16日(日)
●御料車に備え付けられていた置物、扇風機、御化粧台などの調度品
●各御料車に合わせて制作されたものや宮家から贈り物

101006n2339.jpgまた、今回の特別企画展の特徴は、展示内容が三期に分けて入れ替えられる点です。
■第一期展示:2010年10月9日(土)~11月8日(月)
●1936(昭和11)年に皇太后(貞明皇后)用として製造された3号御料車(2代)の玉座・テーブルのセット
●11号御料車御食堂室に飾られていた刺繍画「桜と鳩」
■第二期展示:2010年11月10日(水)~12月13日(月)
●1933(昭和8)年に皇后(香淳皇后)・皇太后(貞明皇后)用として製造された2号御料車(2代)の玉座・テーブルのセット
●8号御料車の上天井原画(川島織物セルコン所蔵)
■第三期展示:2010年12月15日(水)~2011年1月16日(日)
●1960(昭和35)年に製造された現1号御料車の玉座・テーブルのセット
●8号御料車御座所妻面の仕切、引戸、大鏡のセット

▲これまで体系的に見られる機会の少なかった御料車の歴史を一覧できる壁面展示。'10.10.6
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▲7号御料車玉座(再現)。寺社仏閣を思わせる折上二重天井の室内はレプリカだが、当時の御料車の構造がよくわかる。'10.10.6
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この 開館三周年特別企画展 「御料車~知られざる美術品~」には来館特典として特製オリジナルしおり、台紙のプレゼントも予定されています。さらに、第一期から第三期のすべての展示をご覧になると、「特製オリジナルしおり」(先着1,000名)、「オリジナル来館記念カード台紙」(先着2,000名)がプレゼントされます。(※一人1回限り。期間毎に配布する3種類の来館記念カードに日付入りの記念スランプを押印のうえ、3枚セットにしてインフォメーションに提示)

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▲1号御料車(初代)の次室に通じる扉(再現)。これは玉座を中央にして右手となる「右近の橘」。'10.10.6
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▲究極の漆芸が駆使された引戸の数々(左)。それぞれ意匠の異なる螺鈿が施された引戸は、一枚一枚がまさに第一級の美術品。右は金工の極致・釘隠しの数々。'10.10.6
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また、新たな試みとして期間中の毎週水曜日を「キャンパスデー」とし、大学・専門学校の学生に限り、入館料が特別割引料金として500円となります。(※インフォメーションで学生証を提示。12月29日(水)は休館日)
さらにこの特別企画展に合わせて数々の記念グッズの販売も予定されています。
101006n2345.jpg(1)御料車展図録
展示作品の写真や解説などを収録した図録(A4判、136ページ、オールカラー、 1,500円※税込み/ミュージアムショップで販売)
(2)オリジナルカレンダーなど
オリジナルカレンダー(2011年版)をはじめ、記念グッズをミュージアムショップで販売。(※オリジナルカレンダーは11月上旬発売予定)

■ 会場 鉄道博物館2F スペシャルギャラリー
埼玉県さいたま市大宮区大成町3丁目47番
JR大宮駅よりニューシャトル「鉄道博物館(大成)駅」下車、徒歩1分
■ 入場料 無料(入館料のみ)
■ 主催 鉄道博物館(公益財団法人東日本鉄道文化財団)
■ 特別協賛 毎日新聞社
■ 協賛 ビックカメラ 岩岡印刷工業 鹿島建設 川崎重工業 JT ジェイティービー
資生堂 タイトー 大日本印刷 鉄建建設 東急車輛製造 凸版印刷
日立製作所 三越 NECディスプレイソリューションズ
■ 特別協力 JR東日本
■ 協力 宮内庁
■ 展示協力 川島織物セルコン

取材協力:鉄道博物館
※スペシャルギャラリー特別企画展内での写真撮影は。記念撮影エリアを除いてできません。

※明日より日本鉄道保存協会年次総会(遠軽町)出席のため、小ブログは11日まで休載とさせていただきます。

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▲HB-E300系初の4輌編成で登場した「新型リゾートしらかみ」。秋田・青森方の先頭車HB-E301-1方から見る。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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既存のリゾートしらかみ「青池」編成の後継車輌として登場したHB-E300系「新型リゾートしらかみ」が、10月1日に報道公開されました。

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▲前面を見る。現行の「青池」編成と同様にスカートも濃青色に塗装されている(左)。HB-E301-1とHB-E300-1の後位側側面に描かれた「リゾートしらかみ 青池」のロゴ(右)。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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これまで登場したHB-E300系「リゾートビューふるさと」「リゾートあすなろ」(アーカイブ「HB-E300系"リゾートあすなろ"誕生」参照)は2輌編成でしたが、この「新型リゾートしらかみ」は4輌編成となっているのが最大の特徴で、編成は(←秋田・青森)HB-E301-1+HB-E300-101+HB-E300-1+HB-E302-1(東能代・弘前→)となっています。

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▲中間車のHB-E300-1。前位(写真手前)側の大きな窓部分がイベントスペース(左)。同じく中間車のHB-E300-101はボックス席の半個室車輌(右)。なお「新型リゾートしらかみ」は、車体側面の"RESORT HYBRID TRAIN"のロゴ位置が車体中心ではなくオフセットされている。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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外観は、現行の「青池」編成を踏襲し、日本海の水平線をイメージした濃青色と十二湖の青池をイメージした明青色となり、ハイブリッド車輌のイメージの銀色が混合することで環境に優しい車輌イメージを表現しています。

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▲客室内オープン席部は「リゾートビューふるさと」「リゾートあすなろ」と同様のインテリア。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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室内は、「リゾートビューふるさと」「リゾートあすなろ」と同様に、室内全体をオフホワイトでまとめ、出入口付近や荷物棚上部を木目調、床をコルク調とすることで素材の風合いを出し、明るさの中にも落ち着ける空間としています。

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▲HB-E300-1の前位部に設けられたイベントスペース。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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中間車のHB-E300-1は、先頭車と同様の座席車ながらも前位にイベントスペースが設けられ、ここで津軽三味線の生演奏や津軽弁「語りべ」実演などが行なわれる予定です。また、HB-E300-101はボックス席の半個室の設備となり、現行「青池」編成と同様のサービスが行なわれます。

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▲HB-E300-101のボックス席。照明は窓側のスイッチでON・OFFが可能(左)。車端部のボックス席(1A・1B)のみ、座席幅が狭くなっている(右)。 '10.10.1 秋田車両センター P:RM(伊藤真悟)
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この「新型リゾートしらかみ」は東北新幹線新青森開業に併せて営業運転が開始されますが、編成を合わせるために、現在運転しているリゾートしらかみ「橅(ぶな)」編成・「くまげら」編成も東北新幹線新青森開業後は4輌編成で運転されます。このため「橅(ぶな)」編成には現行「青池」編成の中間に連結されているキハ48 1543が改造のうえ組み込まれるほか、「くまげら」編成にはキハ48 1503が改造して組み込まれる予定となっています。

取材協力:JR東日本秋田支社

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▲明治37年、普通列車で青森を出て下関へ到着するのは5日目の午後であった。ピーコック製のP3/5(のちの3200形)に牽かれて青森駅を出る列車。絵葉書所蔵:髙木宏之 (鉄道タイムトラベルシリーズ誌面より)
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従来の弊社鉄道書とは一味違った新シリーズ「鉄道タイムトラベルシリーズ」がスタートを切りました。エポックメーキングな時代にタイムスリップし、その時代の鉄道旅行をバーチャル再現しようという試みで、まず第1回配本として「日露戦争を走る 明治三十七年の鉄道旅行」と、「新幹線、東京オリンピックを走る 昭和三十九年の鉄道旅行」の2冊を発売いたしました。

101004n1964_002.jpg企画およびディレクションは、先ごろ『週刊朝日』で「鉄道シルクロード紀行」を連載(のちに単行本化)して大きな反響を呼んだ紀行作家の芦原 伸さん。明治の昔から国鉄消滅JR発足までの鉄道史を、単に鉄道の視点だけでなく、時代の転換点を象徴するさまざまな事象をキーワードに立体的にひも解こうというコンセプトは、まさに芦原さんの最も得意とする切り口と言えましょう。第1巻となる「日露戦争を走る 明治三十七年の鉄道旅行」は副題の「秋山好古、秋山真之、正岡子規が駆け抜けた時代」が示すように、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の時代が舞台。もと『週刊朝日』編集長の川村二郎さんの巻頭言「『坂の上の雲』を読む」でスタートを切る本書は、「青森~下関、1800キロの仮想旅行」を大きな軸に、「大連~瀋陽 日露戦争の鉄路をゆく」、「関西鉄道と官設鉄道の大戦争」、「甲武鉄道への時間旅行」等々、まさに時空を超えた記事が満載です。

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▲仮想旅行は青森から仙台、そして上野へと現代とオーバーラップしながら進む。 (鉄道タイムトラベルシリーズ誌面より)
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もちろん『国鉄時代』の連載でもお馴染みの鉄道史研究家・三宅俊彦さんや髙木宏之さんによる時刻表や絵葉書といった貴重な資料がふんだんに反映されており、単なる絵空事ではなく重厚な史料に裏打ちされた疑似時空旅行が楽しめます。

101004n1964_003.jpg今回はもう一冊、第3巻「新幹線、東京オリンピックを走る 昭和三十九年の鉄道旅行」もお届けします。あらためてご説明申し上げるまでもなく、昭和39年といえば東京オリンピックを機に戦後日本が高度経済成長へと大きな飛躍を遂げるターニングポイントとなった年です。そしてそのバックボーンを担ったのが「夢の超特急」東海道新幹線で、新幹線の成功は鉄道技術のみならず、日本人のモチベーションそのものを高揚させることとなります。本書ではもとJR東海社長(現相談役)の須田 寛さんの巻頭インタビューを皮切りに、昭和39年の東海道新幹線の旅をトレース、開業当時の新幹線運転日誌や新幹線運転士試験の概要といった興味深い記事も併録しております。

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▲東海道新幹線開業準備にも関わられた須田 寛さんが語る開業前夜から波乱の幕開けは必読。 (鉄道タイムトラベルシリーズ誌面より)
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この「鉄道タイムトラベルシリーズ」は、続いて11月下旬にシリーズ第2巻「満鉄あじあ号と欧亜連絡鉄道の夢 昭和十年の鉄道旅行」、第4巻「国鉄終焉とJRの誕生 昭和六十二年の鉄道旅行」の2冊を発行予定です。お近くの書店でぜひお手に取ってご覧いただければ幸いです。

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▲洋上に浮かぶ小島Nordstrandischmoor(画面右上)へと北海を渡る600㎜の軌道。今もって実用の交通手段として利用されているが、さすがにこの状態では"世界で最も乗りたくないナロー"のひとつかもしれない。'10.9.17 Luttmoorsiel
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第1回:世にも不思議なNordstrandischmoor軌道。
遅い夏休みをいただいて2年ぶりにヨーロッパに行ってまいりました。と言っても、もちろん観光目的ではなく、今回の旅のターゲットは北ドイツに点在するナロー、しかもインダストリアルナローです。ハンブルク近郊にはいまだにターフ(ピート)採掘用の軌道がいくつか残されていますが、一部には環境条例の改定によって2012年をもって採掘が禁止されるとの観測もあり、いわばお尻に火が点いた状態での訪独となりました。
それでは、何回かに分けて、この北ドイツのナロー巡りの旅をお伝えすることにいたしましょう。なお、あくまで不定期での掲載となりますことをあらかじめご承知おきください。

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▲今回ご紹介するNordstrandischmoorと、のちに詳しくご紹介するOland-Langenessのふたつの軌道の位置関係。ともにデンマークに近いドイツ最北部の北海上に浮かぶ小島である。
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日本からハンブルクへの直行便はなく、単身、アムステルダム経由でハンブルク空港に降り立ったのは成田を発って16時間余り、現地時間は22時をとっくに回っていました。例によってこの手の旅の"極意"は、食べる・観るといった海外旅行らしさ(?)を如何に排除して体力を温存するかにあります。この日もジャンクフードを携えてお決まりのibisホテルチェーンにチェックイン。明日早朝からの行動に備えることにしました。

101001n1436.jpg実は今回のもうひとつの大きな目的は、ターフ軌道のほかに北海に浮かぶ孤島への軌道探訪にありました。オランダからドイツにかけての北海沿岸には小さな島々が連なっており、現在でも島内で観光鉄道を走らせている例が少なくありません。そんななか、デンマーク国境にほど近いユトランド半島西部には、本土から島への実用輸送手段としていまだにナローゲージの軌道を使用しているサイトが二か所あります。ただ、海外のウェッブを見てもこれらの軌道に関しての記述は少なく、行き当たりばったり、行ってみなければ実態が判らないというのが正直なところでした。
▲戦前はドイッツ製のいわゆる"オットー"が活躍していた。(Luttmoorsielの歴史案内看板より)
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▲沿岸整備局とも呼ぶべき官庁所有の列車。機関車は1968年製のSchoma(CDL10形・製番3104)で、なんともかわいい。'10.9.17 Luttmoorsiel
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▲さらに小型のキャブレス機は1956年製のDiema(DL6形・製番1870)。ヤードには島の住民のプライベートカー(?)と思しき車輌たちも留置されている。'10.9.17 Luttmoorsiel
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▲Nordstrandischmoor島住民用の連絡車。宿泊客を乗せたこの車輌が、食材などを載せた無蓋車を牽引してよろよろと北海を渡ってゆく。'10.9.17 Luttmoorsiel
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ハンブルクからレンタカーを飛ばすこと2時間あまり、まず訪れたのはGoogle Earth で現存を確認したNordstrandishmoor(ノルトシュトランディッシュモール)と呼ばれる小さな島への軌道です。国道を離れて見渡す限りの干拓地をひたすら走って北海の堤防に出ると、そこには言葉を失う光景が...。遙か洋上に浮かぶ孤島に向けて伸びる600㎜ゲージの軌道が波しぶきを浴びているではないですか。聞けば島には4軒しか建物がなく、しかもうち1軒は教会、もう1軒は学校で、残り2軒が民宿を営んでいるとのことです。ちなみに学校に通っているのはこの民宿の子供3人。この人たちの日々の生活と、宿泊客の輸送が洋上の600㎜の軌道に委ねられているのです。

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▲堤防上から沿岸整備局車庫(右奥)をのぞむ。天候は急速に回復し、ヤード上には見事な虹が架かった。'10.9.17 Luttmoorsiel
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▲ヤード(左写真右奥)を出た軌道は斜面を駆け上がって堤防上に出、スイッチバックするかたちで今度は海岸へと下りてゆく。'10.9.17 Luttmoorsiel
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船で渡れば造作もないこと...と思いがちですが、この付近は広大な干潟となっており、しかも潮の干満の差が大きく渡船が使えないそうで、21世紀の現在にあっても島との最短の往来はいまだにこの原始的な軌道に頼らざるをえないのです。かつては内陸側の干拓地も広大な干潟で、軌道延長は6㎞ほどあったようですが、現在は短縮して3.5㎞ほど。Luttmoorsiel(リュットモールジール)と称する起点には沿岸整備局とでも言うのでしょうか、官庁のヤードが広がっており、各種の車輌や資材が置かれています。また、周辺はサンクチュアリとしても知られているようで、バードウォッチャーたちが集う小さなカフェも設けられています。

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▲ノルトシュトランディッシュモール島に日が暮れようとしている。強風に流された雲間から、後光のような鋭い陽が洋上の軌道を照らす。あいかわらずの寒さの中、何かの啓示の如きこの光景を、しばらく茫然と見つめていた。'10.9.17 Luttmoorsiel
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この軌道は4日後に再訪することになるのですが、さらにクルマで30分ほど北上したDagebull(ダゲビュール)から出ているもう1線の"島軌道"Oland-Langeness線のあまりの凄さに、今回の旅の主目的はターフ軌道から島軌道へと見事に変わってしまいました。その辺はまた後日...。

※これまでにご紹介した主なヨーロッパのナローゲージ(実物)関連記事
●項目をクリックするとそれぞれのアーカイブに飛びます(ただし、動画はすでにリンクが切れていますのでご了承ください)。
●レイトン・バザードのハロウィン(イギリス/2009年10月)
●世界最古の桟橋ナロー Hythe Pier Railway(イギリス/2009年1月=3回連載)
●レイトン・バザードの秋(イギリス/2008年10月=2回連載)
●ノルマンディーに欧州最古の現役内燃機関車を訪ねる(フランス/2008年7月=3回連載)
●"リリプット"の森(フランス/2008年6月=3回連載)
●惜別! ライン河軌道(スイス・オーストリア/2007年8月)
●老人ホームの「給食軌道」(オーストリア/2007年7月=3回連載)
●ヘレンタールバーンとナスバルトバーン(オーストリア/2007年3月=2回連載)
●アッペンツェラー・バーンの残り香(スイス/2007年2月)
●知られざるもうひとつのレーティッシェ・バーン(スイス/2006年2月=2回連載)
●アイルランドに欧州最大のナローゲージ網を訪ねる(イギリス・アイルランド/2006年1月=13回連載)
●ひとりぼっちの「RhW」(スイス/2005年10月=2回連載)
●12年ぶりのライン河上流工事事務所(スイス・オーストリア/2005年10月=10回連載)


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