京王井の頭線上り渋谷行き普通電車が、駒場東大前駅を発車したのを追う。神泉駅から顔を一瞬出すところを撮りたかったから先回りして、発車を待つ。神泉駅の停車時間は1分もない。程よいタイミングでオレンジ色の顔の1000系が現れた。神泉駅一帯は中小のビルや一戸建てが所狭しと建ち並び、昔から変わらない渋谷のごちゃごちゃ感が残っている。写真はすべて2019年9月12日撮影。
人が住むところは何がしら変化がある。我々がいくつも代を重ねるごとに、村、町、街、都市は変化してきた。目に見えるものも、目に見えない風習のようなものも様々に変わる。特に首都・東京は常に変わり続けている。細胞の新陳代謝のように変化は止まることなく、工事の槌音が消えることはない。
東京のなかでも、この10数年激しく変化し続けているのが渋谷だ。平安時代後期、武将の渋谷氏が治めたのが地名由来と伝承されるこの地は、古より街道筋の一つの村に過ぎず、山手線の前身「日本鉄道品川線」開通と同時に駅が開設されたが、そのころは水車小屋と茶店がある程度だった。そののどかな町は昭和初期に山手線、東横電車、路面電車、デパート、地下鉄が交わるターミナルへと発展し、戦後は勢いを増しながら大都市の象徴的な駅へと成長した。現在、渋谷駅は外国人観光客も多数利用し、世界中に知られているといっても過言ではない。
さて、今回の題材がなぜ渋谷なのかというと、私はこの街に生まれ、育ってきた故郷だからである。故郷が渋谷と言うと「すごい!人が住むところなんかあるんだ!」と驚かれるが、ちゃんと住宅街はあって、渋谷駅の近くには銭湯もあり、わずかながら小さな個人商店もある。とはいえ、ちょっと前まであった一軒家が消えコインパーキングとなり、「〇〇に住まう」みたいなキャッチを掲げた高級志向のマンションが増えてきた。
この街で生まれ育つといっても、20数年間は他の街や大阪に住んでいた。その時は渋谷が故郷といってもピンとこなくて、あまり関心がなかった。マークシティができる前に、玉電の痕跡が消えると数枚撮影しただけ。その頃から渋谷は大きく変化をし始めていったのだ。
私は2010年から渋谷を空撮し続けている。もっと前から取り掛かりたかったが、駆け出しの頃は技術も余裕もなかった。今年は2019年。空撮し始めてからあっという間に9年間経った。東急東横線は地下へ潜り、東急東横店東館は消え、高層ビルが二棟そそり立つ。駅南側にあった中小ビルの街並みはブロックごと解体され、山手線外回り電車がよく見えるほどの更地となった。さらに2020年からは東急東横店西館と南館の解体が始まり、皆が知っている戦後の渋谷駅はいよいよ過去のものとなる。
一方で、変わらない渋谷もある。京王電鉄井の頭線・神泉駅だ。この駅は前後がトンネルに挟まれており、駅前の踏切部分だけが地上に出ている。駅周囲は小さなビルと家屋がひしめき、建物こそビルになったり駐車場になったりという変化はあるけれども、全体的な雰囲気は昔からさほど変わっていない。
最近、渋谷駅前の更地を見て唖然とする人や、ビル群にレンズを向ける人をよく見かける。そして私にとっては、故郷が瞬きする合間にどんどん変化していく姿を目の当たりにしている。ここを訪れる人、住む人、これからどんな駅となって街となるのか、それぞれの思いで関心を寄せている。劇的に変化していく渋谷駅のこれからが楽しみである。
今回の『今日も空鉄』は、いつもよりちょっとテイストが違っていたことにお気づきだろうか。故郷・渋谷の話をしたのは連載40回目の節目を意識したセレクトだが、そのごちゃっとした渋谷を克明に記録するため、ソニーのα7RⅢで撮影してみたのである。有効画素数4,240万画素の35mmフルサイズミラーレス機だ。
実はソニーのカメラを今回初めて触った。4,240万画素という高画素スペックながらボディが薄くコンパクトで、グリップは細めな手の私にもしっかりとホールド感がある。特に縦位置グリップ(VG-C3EM)と「G master」レンズを装着して持った時、手の平でしっかりとボディを押さえられる安心感があって好感が持てた。重厚感のあるフォルムからずっしりとしたイメージがあったけれど、意外と重さを感じさせないバランスである。
空撮で使うカメラに求められることは、まず壊れないこと。ひとたび上空へ飛んでしまえば多大なコストがかかる中、的確に被写体を撮らねばならない。もちろん予備も含めて2台3台体制で挑むのだが、その1台1台が正確に動かねば意味がない。フィルム時代は単純な構造だった空撮用のカメラは、デジタル時代となった今は地上撮影と同じ機種を使うし、ご存知の通り、それはかなり繊細にできている。
私が空撮で使うカメラは、地上でしばらくテストし、これなら大丈夫だと確信できてから使っている。耐久性やホールド感、エラーの少なさと、ピントの合焦機能の確認など、テストは様々だ。α7RⅢも、初陣がいきなり空撮というのはリスクが高すぎる。そこで、東海道新幹線を手軽に撮影できる有名ポイントで地上撮影をしてみた。レンズは70-200mmである。新幹線は白いボディだし、目の細かい防護網がある。フォーカスが合う条件としてはシビアだったが、このカメラは難なくクリアした。構造物がごちゃごちゃした環境下、フォーカスエリアがワイドでも、新幹線の先頭部にピントが食いついていた。
超望遠ではどうかと、200-600mmにしてみる。空撮と同じ状況でテストするため、三脚ではなく手持ちだ。5軸ボディ内手ぶれ補正がしっかりと効いて、中腰の不安定な姿勢で撮ってもブレなかった。上空では常に不安定な状態なので手ぶれ補正は頼もしい。
また、このレンズを使ってフルサイズからAPS-Cサイズへクロップ撮影にすると、簡易的に35mm換算で800mmオーバーになる。ブレもピントもかなりシビアになるが大丈夫だった。フォーカスエリアをワイドからゾーンへと臨機応変に変えれば、よりピント精度が高くなる。こういう時はファインダーを覗きながら瞬時にフォーカスエリアを変えられるよう、カスタム設定で触れやすいボタンに割り当てる。
こうして地上でいろいろとテストして、α7RⅢを自分用にカスタムして手に馴染ませ、空撮に挑む。上空で操作がまごつくのは撮影の邪魔になるし、時間ももったいない。その点、このカメラは問題なかった。ボタン位置が指に触れやすいデザインであるのも頼もしい。ファインダーを覗きながらストレスなく撮れるのが一番だ。
今回空撮で実際に使用した2種のレンズの感覚は、カリッとしている感じ。エッジは立つがギラギラするほどではなく透明感がある。建物や工事中の描写力も、立体感あるように浮き上がって見えた。空撮だとパンフォーカスになるのでフラットにピントが合うが、地上のテスト撮影で新幹線を撮った時に、ひしめく架線柱のビームからf2.8の開放値でピントの合ったN700系のノーズ部分を確認し、シビアな条件でも信頼できると頷いた。
α7RⅢは、私にとっては初めて触れたソニーのカメラである。私はストレスなく空気のような存在で撮影できるのが最良のカメラだと考えているので、すぐすんなりと手に馴染んで撮影できたのは嬉しかった。α7RⅢは上空でも安心して信頼できる。