115系 モハ114形2600番代 (JR電車)

'81年身延線新性能化で115系投入の際、隧道等断面狭隘区間入線可能とするため、同形2000代の集電装置取付屋根部をさらに低くした番代。PS23Aを搭載もなお折畳高さを低く抑えざる得ない、もともと私鉄・富士身延鉄道を1941年に買収した線区ゆえの同線専用番代。車内・外観は2000代と同様ながら冷房準備工事(MGは160kVA搭載)で扇風機のみ。塗色は地域色の先駆けとも云える赤2号に灰白色ラインテープ貼付。ワインカラーとも。-2601~-2613の13輌登場。全車沼津機関区へ。のち民営化前に静岡運転所へ転属。JR化以降、湘南色化、冷改(C-AU711形)、汚物処理装置取付等小改良が行なわれた。運用区間も身延線以外の東海道・御殿場・飯田線へも。'99年以降、-2608が霜取り対応を目的に廃車の381系から流用パンタを搭載し2パンタ化。'07年以降313系と順次交替。'08年05月に番代消滅。 ’89.9.2 富士宮 P:梶村昭仁
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クロ381形10番代 (JR電車)

JR化後の'88年3月ダイヤ改正時にしなの号の特別車輌(グリーン車)について、中央線沿線の木曽路または信濃路の沿線展望を堪能出来る様にとのコンセプトにより、短編成化によるサロ→クロ化改造の折、3輌残って居たサロ381形の前頭部を展望車(パノラマ)スタイルを採用。0番代と異なり、運転台後部から車体中央部に2人掛リクラニングシートを海山3列配置の特別室構造とし、側引扉、専務車掌室を中央に移動、後半を一般席とした。特別室部分は車体側部に大きな連窓に改造、運転台部はぎ装を組んだ鋼製の運転台ユニット結合とした。前頭部の愛称表示にはLED式を採用した。投入時は速達系しなの号に優先使用。利用増に大きくアッピールする事に。'98年以降383系投入で順次引退(写真の-13は'78年8月川重製、元サロ381-20が種車)、'08年5月までに引退、番代消滅。 '88.5.25 名古屋 P:梶村昭仁
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E993系ACトレイン (JR電車)
E993系ACトレインは、2002年4月に製造された試験車である。川越車両センターに配属され、埼京線や中央線などで試運転を行なった。また鉄道イベントにもよく展示されていた。各種試験を経て2006年7月に郡山に廃車回送、郡山車両センター一般公開時に最後の展示会が行なわれ、9月に解体された。 '03.12 尾久客車区 P:福田智志
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JR103系クハ103-1203 (JR電車)

旧営団地下鉄東西線乗り入れ用301系の増備用として103-1000番代を東西線仕様とした車輌で、7輌編成×5本、35輌が在籍、初期型1編成と窓枠をユニット化した後期型4編成からなる。103-1200番代は西船橋方から1号車がTc車となるため、7輌編成の三鷹寄りではクモハ102-1200となる。乗り入れ先の東西線10輌化に伴い編成替えが行われ、余剰と成った車輌は常磐快速線用として松戸区に転属し、同線で使用された後に廃車となっている。4号5号編成は地上線用サハを組み込み10輌化、3号編成は写真のように5輌化され多編成入場時の予備編成となって幌を付け異彩を放っていた。301系とも組むようになり、時折写真のような姿を見ることができたが(写真後ろ5輌は301系で車体側面の段差で分かる)、E231-800導入に伴い平成15年までに引退した。 '03年頃 西荻窪 P:田中健吉
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クロ381形50番代 (JR電車)

JR化後の特急「しなの」号フリークエンシーアップによる短編成化対応で不足する特別車輌(グリーン車)を普通車から格上改造した番代。全5輌が名古屋工で'87.10~12に竣工。外観はグリーン車マークが側引扉横に付いた程度で替らず、車内がグリーン車用のリクライニングシート交換、但し窓とシートピッチが合っていなかった。写真の-52は'74年川重で新製の二次投入車で、元クハ381-13が種車。前面の二連ワイパが識別点。その後大きな改造もなく使用も、383系投入で引退、'97~'98年にかけ番代消滅。 '89.3.24 名古屋 P:梶村昭仁
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