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JR電車の最近の記事

119系0番代

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飯田線に残る旧型国電を置き換えるため水色の車体に灰色のテープを巻き1982年に登場した。3扉セミクロスシートでクハに便所を装備するため近郊型区分の119系を名乗るが、裾絞りのない非冷房2800mm幅車体、1M方式、加速性能重視のMT55モーターと歯車比6.07、一部発生機器流用など105系との共通項が多い。1986年11月、2輌編成8本が塗装変更と冷房化(AU75と廃車発生品70kVAMG)され東海道本線静岡地区の「するがシャトル」に転じた。しかし東海道本線に高速性能が劣る119系は不向きで僅か2年で飯田線に戻った。JR発足後は白いJR東海カラーに変更、非ワンマン車である0番代は飯田線南部で運用されたが2012年3月に213系5000番台と313系3000番代に置き換えられ引退した。写真はクモハ119-11とクハ118-7で組成されたE12編成である。 '08.3.29 飯田線 中部天竜 P:楢井勝行

115系 W2編成

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クハ115-108+モハ114-827+モヤ115-6(元モハ115-103)+クハ115-207 から成る豊田車両センター所属の訓練車である。白熱灯ライトケースを流用したシールドビーム化改造、隅部にRの付いた2段上昇窓、パンタグラフ部の低屋根、など115系初期車の特徴を残す貴重な車輌であった。2014年1月、長野総合車両センターに回送され廃車となった。 '12.7.17 東北本線 宇都宮 P:楢井勝行

485系「ニューなのはな」

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485系「ニューなのはな」は、165系「なのはな」の後継として1998年に登場したジョイフルトレインである。最大の特徴は団体の人数や目的に応じてお座敷と座席の仕様変更が可能であることであった。団体列車の他、数々の臨時列車として様々な路線で運転されてきたが、2016年7月に引退が発表され、9月25日に津田沼〜長野間で運転された団体列車を最後に引退した。なお写真は2016年7月30日〜31日に運転された「お座敷伊豆箱根号」で伊東駅まで入線した時のものであり、珍しく東海道線及び伊東線を走行した。 '16.7.31 伊東線 伊東 P:福田智志

都営12-000形1次車

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1991年11月に東京都交通局大江戸線の練馬~光が丘間が開業したと同時に導入された都営12-000形1次車。開業当時は6輌編成5本が導 入され、後にもう1本が導入された。都営12-000形1次車は白い車体と、初期のリニアモーターの独特の走行音が特徴であった。1997年に新 宿まで延伸した際に2両増結され8輌編成化され、2000年の全線開業後も姿を変えないまま活躍を続けてきた。12-000形1次車は6本のみ導 入され、他の12-000形が銀色の車体であったためとても目立つ存在であった。しかし登場から20年以上が経ち、2015年度から新型車両 12-600形の導入が始まり、廃車が進み、最後まで運転していた第4編成が6月30日で引退したことにより白い12-000形は消滅した。 '16.6.28 P:福田智志

JR東日本 E721系 P-1編成

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トップナンバーもすべてが幸運というわけではない。悲運に見舞われたトップナンバーもある。今回、紹介するE721系がそれだ。2006年(平成18年)11月28日に川崎重工で落成。翌年の2月より東北本線で運用開始。以降、常磐線等にも足を延ばす。ところが、常磐線で原ノ町へ向けて運用中の2011年(平成23年)3月11日。新地駅で停車中に東日本大震災に遭遇。連結していたP-19編成もろとも大津波の直撃を受けて大破。帰らぬ車輌となってしまった。 '09.5 仙台 P:鈴木宏幸


JR東日本 415系 K530編成

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上野・小山寄り クハ411-1607 モハ414-1507+モハ415-1507 クハ411-1507 原ノ町寄り から成る415系1500番代4連車である。1986年12月製造、勝田車両センターに配備され長らく常磐線上野口中距離電車として運用された。2007年3月、E531系配備により上野口より撤退、水戸線と友部以北のみの運用となった。2014年12月よりE531系附属編成の新製配備が再開、K530編成は余剰となり2015年7月廃車された。 '07.12.16 水戸線 小山 P:楢井勝行

JR東日本 115系 長ナノC14編成

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立川寄り クハ115-1106 モハ115-1031+モハ114-1092 モハ115-1075+モハ114-1139 クハ115-1093 直江津寄り からなる長野総合車両センター所属の6連車である。1978年8月・1979年2月に新製され東北本線高崎線系統で運用される。2002年12月、E231系1000番台に置き換えられ松本車両センターに転出、活躍の場を中央本線篠ノ井線などに移す。2007年3月、長野総合車両センターに転属、最後まで長野色を纏った115系6連として活躍、2015年9月14日に運用離脱し2015年11月9日廃車解体された。 '08.1.20 中央本線 日野春 P:楢井勝行

JR東海 サロハ371

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沼津寄り クモハ371-101+モハ370-101 サロハ371-101+サロハ371-1 モハ371-201 モハ370-1+クモハ371-1 小田急新宿寄り からなる371系、1991年3月〜2012年3月「あさぎり」、その後2014年11月まで臨時列車で活躍した。2015年4月JR東日本長野総合車両センターに送られ富士急行8500系に改造された。この際中間車 サロハ371-101+サロハ371-1 モハ371-201 モハ370-1 は廃車となった。 '08.5.14 御殿場線 松田 P:楢井勝行

JR東日本205系ナハ46編成

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川崎寄り クハ205-1201 モハ205-91+モハ204-91 モハ205-93+モハ204-93 クハ204-1201 立川寄り から成る中原電車区所属車である。1986年2月、山手線ヤテ31編成として製造された。2004年1月、E231系500番代に置き換えられ中間車6輌(サハ205-61→クハ205-1201に改造、サハ205-62→クハ204-1201に改造)が南武線に転出、ナハ46編成として活躍した。E233系8000番代配備により2015年12月に運用を離脱、2016年1月9日「205系ありがとう運転」として川崎発登戸行き臨時快速に充当され花道を飾った。そして2016年1月14日長野総合車両センターに廃車回送された。 '14.1.29 南武線 尻手 P:楢井勝行

JR東日本 205系 ナハ36編成

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中原電車区所属の 川崎寄り クハ205-20 モハ205-58+モハ204-58 モハ205-60+モハ204-60 クハ204-20 立川寄り から成る6連である。1985年9月、ヤテ20編成10連として品川電車区に新製配備、山手線で運用される。1991年11月、6扉車サハ204を組込み11連化された。2002年11月、E231系500番台に置き換えられ中間車5輌を抜き取り中原電車区に転属、活躍の場を南武線に移した。2015年10月30日、E233系8000番台にその任を譲りインドネシアへ譲渡のため新津に配給回送された。 '14.1.29  南武線 尻手 P:楢井勝行

JR東日本 115系 長ナノN4編成

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立川寄り クモハ115-1077 モハ114-1183 クハ115-1225 直江津寄り からなる長野総合車両センター所属車。大糸線に残る旧型国電置き換え用として1981年6月新製、松本運転所北松本支所に配備された。その後所属先が 松本→長野→松本→長野 と変わった。長きに渡り中央東線・篠ノ井線・信越本線などで活躍するが、長野地区向けに改造された211系3連車に置き換えられ2015年9月24日に運用を離脱、2015年10月10日に行われた「JR長野 鉄道フェスタ」で吊り上げ実演車(クハ115-1225)とキャンバストレイン(モハ114-1183)として最後の奉公をしたのち2015年11月2日に廃車解体された。 '12.2.11 篠ノ井線 姨捨−稲荷山 P:楢井勝行

205系 ナハ38編成

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中原電車区所属の 川崎寄り クハ205-22 モハ205-64+モハ204-64 モハ205-66+モハ204-66 クハ204-22 立川寄り から成る6連である。1986年2月、ヤテ22編成10連として品川電車区に新製配備、山手線で運用される。1991年11月、6扉車サハ204を組込み11連化された。2002年12月、E231系500番代に置き換えられ中間車5輌を抜き取り中原電車区に転属、活躍の場を南武線に移した。2015年10月2日、E233系8000番代にその任を譲りインドネシアへ譲渡のため新津に配給回送された。 '14.1.29 南武線 尻手 P:楢井勝行

JR東日本 115系 新ニイL2編成

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新潟寄り クハ115-553(元モハ115-69) モハ115-116+クモハ114-102 クハ115-2040(元クハ115-2123) 新津新発田寄り からなる新潟車両センター所属の4連車である。初期車3輌と元身延線用クハ115-2100番台、それらをSIV給電のAU712型にて冷房改造した特異な編成である。2015年7月下旬、E129系投入により運用を離脱、2015年8月下旬、新潟車両センター内で解体された。 '08.9.7  信越本線 新潟 P:楢井勝行

JR西日本 117系 E02編成

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1979年〜1982年に京阪神地区・名古屋地区の新快速・快速用として新製された117系0番代。JR発足以降はJR西日本221系223系やJR東海311系313系にその任を譲りローカル輸送に従事することになった。1992年7月に宮原電車区から岡山電車区へ転属した4連6本は専用塗装となり快速「サンライナー」で活躍した。写真は 下関寄り クハ116-11 モハ116-11+モハ117-22 クハ117-11 姫路寄り から成るE02編成である。2011年3月濃黄色となった。2014年1月に全廃となったJR東海117系、2015年4月より廃車が始まった元117系中間車の115系3500番代、これに続き2015年8月末吹田総合車両所へ回送されJR西日本117系編成単位としては初の廃車となった。 '08.12.31 山陽本線 岡山 P:楢井勝行

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115系 新ニイY1編成

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弥彦寄り クモハ115-501+クモハ114-501 東三条寄り からなる新潟車両センター所属の弥彦線用ワンマン車(便所なし)である。1965年11月 モハ115-84+モハ114-84 として宇都宮運転所に新製配備された。1983年9月先頭車化改造され クモハ115-501+クモハ114-501 となり広島運転所に配属された。1984年1月新潟運転所に転属、1988年ワンマン化改造、1993年冷房化(SIV給電によるAU712型クーラー2基搭載)改造された。2015年3月ダイヤ改正にて弥彦線の運用をJR東日本に残存したE127系0番代に譲った。そして2015年7月13日、EF64 1032に牽引され上越線→武蔵野線→中央東線→篠ノ井線を経由し長野総合車両センターに廃車回送された。 '08.3.30 信越本線 新潟 P:楢井勝行


115系 新ニイY3編成

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弥彦寄り クモハ115-504+クモハ114-504 東三条寄り からなる新潟車両センター所属の弥彦線用ワンマン車(便所なし)である。1966年6月 モハ115-89+モハ114-89 として宇都宮運転所に新製配備された。1984年3月先頭車化改造され クモハ115-504+クモハ114-504 となり新潟運転所に配属された。1988年ワンマン化改造、1993年冷房化(SIV給電によるAU712型クーラー2基搭載)改造された。2015年3月ダイヤ改正にて運用を離脱、2015年7月13日長野総合車両センターに廃車回送された。写真は棒線の終着駅弥彦にて折り返しを待つY3編成である。弥彦神社本殿を模した駅舎と直吊りの架線と弥彦線色の115系、18切符の旅ではお馴染みの組み合わせであった。 '08.9.7 弥彦線 弥彦 P:楢井勝行

205系 ナハ13編成

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川崎寄り クハ205-134 モハ205-363+モハ204-363 モハ205-364+モハ204-364 クハ204-134 立川寄り から成る6連で1990年8月に中原電車区に配備された。2015年8月28日、E233系8000番代に置き換えられインドネシアへ譲渡のため新津に配給回送された。 '14.1.29 南武線 尻手 P:楢井勝行



『わが国鉄時代』vol.15原稿募集


『わが国鉄時代』vol.15の写真を下記の要領で募集いたします。
1)特集ページ
①EF58形電気機関車/国鉄当時の写真なら年代、線区、列車は問いません。広く募集いたします。
②名山と鉄道/今回は蒸機、電機、DL、電車、気動車問いません。カラー・モノクロいずれでも。
2)一般ページ:ブログ既投稿(含・未アップ)写真・ブログ未投稿写真問わず、印刷するためのデータ量の大きなスキャン画像データが必要となります。カラー・モノクロとも出力解像度350dpi/長辺の出力寸法380㎜が基準(モノクロJPGなら20MB程度)です。
3)ファイル名を「撮影日_撮影者名」にしてください。
4)WordまたはTextによるコメントを、ブログ「わが国鉄時代」を参考にお書きください。
5)上記1)・2)・3)をCD-Rに焼いてお送りださい。なおお送りいただいたCD-Rはご返却いたしておりません。次号以降で使用させていただくこともございますので予めご了承ください。
5)応募写真のプリント(普通紙のサムネールで結構です)を同封してください。
未アップ、未投稿のものも合わせて、奮ってご投稿くださいますようお願い申し上げます。点数の制限はありません。採否は編集部にご一任いただきます。
■宛先:〒153-8545 東京都目黒区下目黒2-23-18 目黒山手通ビル 
株式会社ネコ・パブリッシング 国鉄時代編集部 「わが国鉄時代」係

■締切:2015年9月15日(火)(必着)


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115系 新ニイY2編成

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弥彦寄り クモハ115-503+クモハ114-503 東三条寄り からなる新潟車両センター所属の弥彦線用ワンマン車(便所無し)である。1966年6月 モハ115-88+モハ114-88 として宇都宮運転所に新製配備された。1983年11月新造の運転台を取り付け クモハ115-503+クモハ114-503 に改造され広島運転所に配属された。1984年1月新潟運転所に転属、1988年ワンマン化改造、1993年冷房化(SIV給電によるAU712型クーラー2基搭載)改造された。2015年3月ダイヤ改正にて運用を離脱、2015年7月13日長野総合車両センターに廃車回送された。 '08.9.7 信越本線 東三条 P:楢井勝行


415系 K533編成

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国鉄時代末期の1986年2月に211系の車体・台車に415系鋼製車の電装品を組み合わせた415系1500番代が登場した。K533編成は1988年12月に製造された 上野・小山寄り クハ411-1623 モハ414-1523+モハ415-1523 クハ411-1523 原ノ町寄りから成る勝田車両センター所属車である。長らく常磐線上野口中距離電車として運用された後、2007年3月ダイヤ改正にてE531系化により上野口を追われ友部−原ノ町(常磐線)と水戸線に活躍の場を移した。しかし2014年12月より増備が再開されたE531系附属編成により余剰となり、2015年6月23日郡山総合車両センターに廃車回送された。 '08.9.7 常磐線 いわき P:楢井勝行

485系 Dk15編成

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鹿児島総合車両所に配置されていた 鹿児島中央寄向き クロハ481-6 モハ484-279+モハ485-177 モハ484-220+クモハ485-11 小倉向き から成る5連である。クロハ481-6はクハ481-241から、クモハ485-11はモハ485-116からの改造車である。2011年3月九州新幹線全通により余剰となった787系に置き換えられ保留車となり2013年1月廃車となった。 '09.5.1 日豊本線 宮崎 P:楢井勝行


クモハ485-3

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1972年9月モハ485-100として青森運転区に新製配備される。1980年8月南福岡電車区に転属、その後1984年2月鹿児島運転所に転属した。1985年1月運転台取付け改造を受けクモハ485-3となった。1986年11月南福岡電車区に転属、その後は鹿児島運転所と南福岡電車区を転々と移り2001年3月漸く鹿児島運転所配置に落ち着いた。後付けの運転台に設けられた大きな機器室が特徴である。九州新幹線が全通した2011年3月保留車となり2012年6月廃車となった。 '10.2.13 日豊本線 南宮崎 P:楢井勝行


クモハ485-101

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1973年9月モハ485-202として青森運転区に新製配備される。1982年10月南福岡電車区に転属、1986年7月運転台取付け改造を受けクモハ485-101となった。JR九州発足後、新型特急車に押し出され鹿児島運転所と大分電車区に転属を重ねた。2009年5月当時は大分車両センターに所属しており、2010年12月鹿児島総合車両所に転属した。2011年3月保留車となり2013年3月廃車となった。 '09.5.2 日豊本線 別府 P:楢井勝行

485系 Do1→Dk1編成

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鹿児島中央寄向き クハ481-246 モハ484-304+クモハ485-101 小倉向き から成る大分車両センター所属の3連である。クモハ485-101はモハ485-202からの改造車である。2010年12月鹿児島総合車両所に転属しDk1編成となった。2011年3月九州新幹線全通により余剰となった787系に置き換えられ保留車となり2013年3月廃車となった。 '09.5.2 日豊本線 別府 P:楢井勝行

E3系1000番代 L52編成

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1999年12月の山形新幹線新庄延伸時、L51編成と共に配備された。先に廃車されたE3系R17編成同様、GTO-VVVF制御車ながら運転台ワイパー2本装備という特徴を持っている。2015年2月、秋田新幹線より転用されたE3系1000番代L55編成に置き換えられ廃車解体された。 '13.5.18  東北新幹線 東京 P:楢井勝行


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115系 八トタM3編成

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立川寄り クモハ115-306 モハ114-334 クハ115-358 松本寄り からなる豊田車両センター所属車である。1975年2月三鷹電車区に新製配備、1986年10月豊田電車区に転属した。新製配備時より2015年12月6日までひたすら中央東線ローカル運用に従事していた。そして2015年1月、M9編成と共に「ありがとう八トタ115系の旅」で最後の活躍を行う。2015年1月21日、廃車回送を兼ねた「松本コース」にて通い慣れた中央東線を後にした。 '08.3.29 中央本線 大月 P:楢井勝行

205系 ナハ16編成

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川崎寄り クハ205-139 モハ205-375+モハ204-375 モハ205-376+モハ204-376 クハ204-139 立川寄り から成る6連で1990年9月に中原電車区に配備された。南武線に1989年2月から新製投入された205系の最終編成(16本目)である。この後(2002年9月以降)投入されるは他線区(山手線16本、横浜線1本)からの転入車である。E233系8000番台配備により2014年10月中旬に運用を離脱、2014年12月下旬に長野総合車両センターに回送され南武線生え抜き205系としては初の廃車となった。 '08.2.9 南武線 川崎 P:楢井勝行

485系 K1編成

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新潟向き クハ481-346 モハ485-1088+モハ484-1088 モハ485-1057+モハ484-1057 クロハ481-1028 上野・直江津向き から成る、黒い連結器カバーが特徴の新潟車両センター所属車である。「ムーンライトえちご」や波動輸送で運用された。2014年6月に僚友のK2編成が廃車された後も「北越」などで活躍する。しかし2015年3月14日の北陸新幹線開業により遂にその用途をなくす。そして2015年3月19日に秋田総合車両センターへ廃車回送された。 '07.12.15 信越本線 新潟 P:楢井勝行

183系 OM103→N104編成

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北向き(→N104 新宿・松本方) クハ182-102 モハ182-1032+モハ183-1032 モハ182-1054+モハ183-1054 クハ183-1527 南向き(→N104 長野・直江津方) から成る、大宮総合車両センター所属の波動輸送用車輌である。中間モハ4輌はグレードアップ車である。2013年7月に長野総合車両センターに転属、N104編成となった。主に多客期に運行される臨時「あずさ」「かいじ」で運用された。2015年3月初めに運用を離脱、廃車となった。 '08.1.5 高崎線 大宮 P:楢井勝行

クハ481-346

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1976年2月青森運転所に新製配備、1987年7月秋田運転所に転属、1992年7月青森運転所に戻る。2003年1月上沼垂運転所に転属、165系に替わり夜行快速「ムーンライトえちご」用K1編成6号車(赤い座席のレディースカー)となり活躍した。2009年3月に「ムーンライトえちご」は臨時化(のちに廃止)、その後は波動輸送や「北越」などに充当された。しかし2015年3月14日の北陸新幹線開業により運用を失い、2015年3月19日に秋田総合車両センターへ廃車回送された。これで仙台車両センター所属のクハ481-334(東武直通→あいづライナー)と共に最後のクハ481-300番代が現役から退いた。 '08.3.30 信越本線 新潟 P:楢井勝行

クハ182-102

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1986年9月サハ481-103を種車として改造、松本運転所に配備された。後位の乗降扉はステップ付き、前位乗降扉後ろの客室窓上に取り付けられた行先表示幕が特徴である。「あずさ」「かいじ」用183系として最後まで松本運転所に留まった。その後高崎車両センターに転属し波動輸送用となった。2006年3月大宮総合車両センターに転属、OM103編成6号車として長きに渡り波動輸送に活躍した。2013年7月長野総合車両センターに転属、2015年3月初めに運用を離脱し廃車となった。 '08.1.5 高崎線 大宮 P:楢井勝行

115系 八トタM4編成

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立川寄り クモハ115-307 モハ114-335 クハ115-360 松本寄り からなる豊田車両センター所属車である。1975年2月三鷹電車区に新製配備、1986年10月豊田電車区に転属する。2014年12月6日、長野総合車両センター211系の運用拡大により豊田電車区115系は運用を失う。そして2014年12月10日、115系M4編成は長野総合車両センターに廃車回送された。写真は小淵沢駅中線にて他の115系M編成を従え6連の前に立つ115系M4編成である。内装はリニューアルされているがシートピッチ拡大前に製造された115系300番代の細窓を含んだ窓配置が特徴的である。 '08.10.11  中央本線 小淵沢 P:楢井勝行

209系 ナハ54編成

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1996年1月、ウラ46編成として浦和電車区に新製配備、京浜東北線で活躍する。2010年2月、E233系1000番代に置き換えられ転用改造(10連→6連、GTO→IGBT、など)され中原電車区に転籍、南武線で活躍する。組成は 川崎寄り クハ209-2203[47]モハ209-2205[93]+モハ208-2205[93] モハ209-2206[94]+モハ208-2206[94] クハ208-2203[47] 立川寄り である。( [ ] は旧車番を示す。)2015年2月3日、E233系8000番代に置き換えられ長野総合車両センターに廃車回送された。 '14.1.29 南武線 川崎 P:楢井勝行


E3系 R24編成

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東京寄り E311-24 E326-24 E329-24 E328-24 E325-24 E322-24 大曲寄り から成る秋田新幹線R24編成、2005年4月に新製配備された。2013年12月、E6系に置き換えられ運用離脱。E326-24 と E329-24 を山形新幹線L54編成に供出、他の4輌は廃車となった。 '13.5.18 東北新幹線 宇都宮 P:楢井勝行

115系 長ナノC10編成

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立川寄り クハ115-1115 モハ115-1050+モハ114-1113 モハ115-1051+モハ114-1114 クハ115-1076 直江津寄り からなる長野総合車両センター所属の6連リニューアル車である。1978年9月新製され東北本線高崎線系統で運用される。2001年11月~2002年3月、E231系1000番代に置き換えられ松本車両センターに転出、活躍の場を中央本線篠ノ井線などに移す。2007年3月、終の棲家となる長野総合車両センターに転属する。2015年2月2日、運用を離脱し廃車となった。写真は小淵沢駅にて小海線キハ110系と並ぶC10編成である。当時長野色の115系は趣味的に外れであり小海線ホームから編成全体を撮影しなかったことが悔やまれる。 '08.3.2 中央本線 小淵沢 P:楢井勝行

115系 八トタM40編成

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クモハ115-318+モハ114-354 サハ114-319 モハ115-348+モハ114-374 クハ115-398 鎌倉・松本寄り からなる豊田車両センター所属車である。1975年12月~1976年6月に新製、1986年10月三鷹電車区の115系が豊田電車区に転属したおり6連となった。2000年12月松本運転所に転属し信州色となる。しかし2002年12月廃車される169系代替として豊田電車区の戻り再度山スカ色となり波動輸送に活躍する。中間車3輌は115系訓練車W2編成と共に長野総合車両センターに廃車回送された。残る3輌も訓練車として使用された後、2014年7月長野総合車両センターに廃車回送された。写真は大宮駅3番線に停車のホリデー快速鎌倉号、京浜東北線209系の姿も懐かしい。 '08.10.11 東北本線 大宮 P: 楢井勝行

115系 八トタM4編成

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立川寄り クモハ115-307 モハ114-335 クハ115-360 松本寄り からなる豊田車両センター所属車である。1975年2月三鷹電車区に新製配備、1986年10月豊田電車区に転属する。2014年12月6日、長野総合車両センター211系の運用拡大により豊田電車区115系は運用を失う。そして2014年12月10日、115系M4編成は長野総合車両センターに廃車回送された。写真は小淵沢駅中線にて他の115系M編成を従え6連の前に立つ115系M4編成である。内装はリニューアルされているがシートピッチ拡大前に製造された115系300番台の細窓を含んだ窓配置が特徴的である。 '08.10.11 小淵沢 P:楢井勝行

115系 八トタM1編成

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立川寄り クモハ115-304 モハ114-332 クハ115-354 松本寄り からなる豊田車両センター所属車である。1975年2月三鷹電車区に新製配備、1986年10月豊田電車区に転属、山スカのヌシ的存在であった。2014年12月中央東線に転じた211系に置き換えられ長野総合車両センターに廃車回送された。写真は山スカ集う大月駅にて6連の先頭に立つM1編成である。 '08.11.11 大月 P:楢井勝行

205系 ナハ49編成

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川崎寄り クハ205-1204 モハ205-28+モハ204-28 モハ205-30+モハ204-30 クハ204-1204 立川寄り から成る6連で中原電車区に所属していた。モハ4輌は1985年8月製造、クハ2輌はサハ205として1985年11月製造、山手線で活躍した。2004年2月、E231系500番代投入により南武線に転入、サハ205を先頭車改造した。E233系8000番代配備により2014年11月初旬に運用を離脱し長野総合車両センターに回送され南武線205系初の廃車となった。 '14.1.29 南武線 尻手 P:楢井勝行

新幹線700系 C8編成

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700系2次車として1999年6月新製、当初は「のぞみ」で活躍するもN700系配備により「ひかり」「こだま」運用に移り、2014年1月に廃車となった。写真は岐阜羽島寄りの引き上げ線より夕刻の名古屋駅14番線に入線する700系C8編成である。この後、名古屋発東京行き「こだま676号 」として運行、ゆったり寛げる「ぷらっとこだまグリーン」にて2時間50分の旅を楽しんだ。 '13.5.13 東海道新幹線 名古屋 P:楢井勝行

E3系1000番代 L51編成

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1999年12月に新庄まで延伸された山形新幹線。この際E3系1000番台7連2本(L51編成とL52編成)が新製配備された。同じ塗装に変更された先輩の400系と共に活躍、当初は200系K編成と、その後E4系と最高速度240km/hで併結運転された。2008年12月~2010年4月にE3系2000番代が配備され400系を置き換え、2012年3月~9月より併結相手がE2系に変わりE3系1000番代も275km/h運転されるようになった。2014年8月、秋田新幹線より転用されたE3系1000番代L54編成に置き換えられ廃車となった。写真は新庄駅にて当時はまだ主流であった400系と並ぶE3系1000番台L51編成、時代の流れは早く塗装変更により銀のつばさは過去の物になろうとしている。 '08.1.14 山形新幹線 新庄 P:楢井勝行

205系 H21編成

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東神奈川寄り クハ204-81 サハ204-121 モハ204-222+モハ205-222 サハ205-141 モハ204-221+モハ205-221 クハ205-81 八王子寄り からなる鎌倉車両センター所属の205系H21編成、1989年1月末に製造され横浜線で活躍する。E233系6000番代配備により2014年6月中旬に運用を離脱、インドネシアに譲渡される4本目の編成として新津まで鉄路を回送、その後新潟港より海を渡った。 '14.1.29 東神奈川 P:楢井勝行


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205系 H16編成

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東神奈川寄り クハ204-76 サハ204-116 モハ204-212+モハ205-212 サハ205-136 モハ204-211+モハ205-211 クハ205-76 八王子寄り から成る鎌倉車両センター所属の205系H16編成、1988年末より横浜線で活躍する。2014年5月中旬にE233系6000番台により置換られ長野総合車両センターに回送され5本目の廃車となった。尚、この後2014年5月下旬から新潟港に回送されるH06編成以降の横浜線用205系はインドネシアに譲渡されることになった。 '14.1.29 横浜線 東神奈川 P:楢井勝行

205系 H06編成

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1988年9月より横浜線で活躍してきた205系、2014年2月からE233系6000番代により置換えが始まり約170輌がインドネシアに譲渡されることになった。その第一編成として2014年5月下旬、東神奈川寄り 204-66 サハ204-106 モハ204-192+モハ205-192 サハ205-126 モハ204-191+モハ205-191 クハ205-66 八王子寄り からなるH06編成が新潟港に向けて配給回送された。 '14.1.29 横浜線 東神奈川 P:楢井勝行

新幹線400系 L5編成とL3編成

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1992年7月より山形新幹線で活躍し1999年12月には新庄まで延伸した。写真は翌月からのE3系2000番台運用開始を控えた新庄駅頭端ホームから400系同士の並び、次々とファンが撮影していた。尚、右のL3編成は2010年4月にさよなら運転に充当され花道を飾った車輌である。 '08.11.22 山形新幹線 新庄 P:楢井勝行

485系 かもしか編成

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1997年3月秋田新幹線開業により余剰となった「たざわ」用編成を短編成化・専用色化し、新たに秋田~青森の「かもしか」に充当した。秋田向き クロハ481-1002 モハ484-1079+クモハ485-1006、クロハ481-1003 モハ484-1023+クモハ485-1008、クロハ481-1007 モハ484-1080+クモハ485-1005 青森向き から成る3輌編成3本である。東北新幹線新青森開業の2010年12月まで「かもしか」で活躍した。その後しばらくは臨時列車等で運用されたが2011年10月廃車となった。写真は青森駅に停車するクロハ481-1003、この列車の指定席車に青森から秋田まで乗車した。シートピッチが狭く足元も窮屈なストッパー付きR51BN改シートの座り心地は悪く、2時間半の乗車時間は苦行であった。 '08.11.23 奥羽本線 青森 P:楢井勝行

205系 H03編成

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1988年9月~1989年2月、205系7連H01~H25編成が蒲田電車区に新製配備され横浜線の103系を置換えた。1994年12月6扉車サハ204形100番代を組込み8連化された。1996年12月、鎌倉車両センターに転属、その後他線区からH26~H28編成が転入した。2014年2月16日から投入された横浜線用E233系6000番代により置換えが開始、まずH26編成がサハを減車し南武線に転出した。2014年2月下旬、東神奈川寄り クハ204-63 サハ204-103 モハ204-186+モハ205-186 サハ205-123 モハ204-185+モハ205-185 クハ205-63 八王子寄り から成るH03編成が長野総合車両センターに送られ、編成単位の廃車一本目となった。 '14.1.19 横浜線 東神奈川 P:楢井勝行

485系 T11編成

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新潟向き クハ481-1029 モハ485-1061+モハ484-1061 モハ485-1085+モハ484-1085 クロハ481-1009 金沢/秋田向きから成る、新潟車両センター所属の特急用車輌である。クロハ481-1009は元クハ481-1014である。南秋田運転所より1996年3月に Tc1029 Tsc1009 MM'1085、1997年3月に MM'1061 が上沼垂運転区に転入、白い車体(通称上沼垂色)となり「北越」「いなほ」で活躍してきた。2013年9月、常磐線より転じたE653系1000番代が「いなほ」で運用されることになり、余剰となった485系T11編成は2013年10月秋田総合車両センターに廃車回送されその姿を消した。 '09.1.15 信越本線 直江津 P:楢井勝行

107系 N3編成

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107系 N3編成は、1988年に大井工場にて落成。小山車両センターに配属される。主に、日光線や東北本線で活躍した。2009年にはレトロ塗装に変更される。しかし、2013年に205系600番代がデビュー。同年3月16日のダイヤ改正で日光線の電車はすべて205系600番代になることが決まり、改正前日の3月15日に運用離脱。2013年6月に長野へ廃車回送された。 '12.4.5 日光線 下野大沢 P:植木雅斗

651系 K203編成

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1989年3月より「スーパーひたち」で活躍を始めた651系。旧態依然とした485系に対し、優雅な姿・最高速度130km/h・シートピッチ970mmを誇り大幅な性能・サービス向上を成した。1997年10月に登場した「フレッシュひたち」E653系がシートピッチ910mmであったため、651系の人気はさらに高まった。2002年12月からは「フレッシュひたち」でも運用された。2013年3月に651系・E653系はE657系に置換えられたが、651系は2013年10月から期間限定で「フレッシュひたち」一往復に復帰、そして2014年3月からは651系1000番代に改造され高崎線特急に転用されことになった。しかし 仙台寄り クハ651-103 モハ651-8+モハ650-8 クハ651-8 上野寄り から成るモノクラス4輌附属のK203編成は2013年9月に651系初の廃車となっている。 '11.2.6  常磐線 土浦-神立 P:楢井勝行

サハE230形500番代

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2002から2005年にかけて、山手線の205系置き換えのため導入されたE231系500番代の6扉車で、11輌編成の7号車と10号車に組み込まれたT車である。しかし、山手線におけるホームドア設置に伴い、7号車はサハE231形600番台、10号車はサハE231形4600番代に差し替えられ、2010年に全104両が一気に廃車された。活躍期間は長いもので8年半、短いもので5年強の短命な車輌だった。 '10.1.10  山手線 代々木-原宿 P:中村和幸

E3系 R2編成

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1997年3月の秋田新幹線開業に備えて、1995年3月新製時より各種試験を行ってきたE3系先行量産車R1編成。その結果をフィードバックし1996年10月からE3系量産車が製造された。R2編成はその第1号であり5輌組成で登場した。秋田新幹線開業の翌1998年には6輌組成に増強された。写真は「こまち」「はやて」の先頭に立ち盛岡駅14番線に入線するR2編成である。16号車15号車はシートピッチ910mmの元自由席車ある。「こまち」「やまびこ」「なすの」で活躍した。後継のE6系増備により2013年9月末に運用から離脱し引退した。 '08.2.11 東北新幹線 盛岡 P:楢井勝行

新幹線100系 K53編成

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2002年2月、100系グランドひかりV5編成などを種車に6輌編成・4列座席に改造した、山陽区間「こだま」用編成。従来塗装(白に青帯)で登場するが、程なくグレー/グリーンのJR西日本塗装に変更された。しかしこのK53編成は幸運の持ち主で、2010年夏に従来塗装(白に青帯)に復元されたK編成3本の第1号として2010年7月報道陣に公開される栄誉を引き当てた。短い期間であったが沿線から注目を集め花道を飾り、2012年3月に引退・廃車となった。 '08.12.31 新大阪 P:楢井勝行

183系 OM102編成

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北向き クハ183-1012 モハ182-1045+モハ183-1045 モハ182-1028+モハ183-1028 クハ183-1505 南向き から成る、大宮総合車両センター所属の波動輸送用車輌である。中間のモハ183/モハ182ユニット4輌はグレードアップ車である。写真は雪の石打駅で待機する快速「シーハイル上越」、クハ183-1012の特急マークは撤去されているのでやや間が抜けた印象を感じる。2013年3月以降185系が波動輸送に進出、老朽化の進む183系OM102編成は引退し2013年11月末長野総合車両センターに送られた。 '08.1.20 上越線 石打 P:楢井勝行

183系 H61編成

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東向き クハ189-8 モハ182-1047+モハ183-1047 モハ182-1044+モハ183-1044 クハ189-504 西向き から成る、田町車両センター所属の波動輸送用車輌である。2013年3月大宮総合車両センターに転属となった。2013年7月 モハ182-1044+モハ183-1044 を モハ188-26+モハ189-26(183/189系H101編成)と交換、翌8月長野総合車両センターに送られ2013年10月解体された。写真は大宮発「ホリデー快速河口湖」で運用されるH61編成、鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ期間であったため多くの立客が出るほど車内は混雑していた。 '08.110.11 中央本線 大月 P:楢井勝行

183系 マリ31編成

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「あずさ」「かいじ」で使用されていた183系1000番代が松本運転所から幕張車両センターに転属、白/青の「あずさ」塗装のまま波動輸送用マリ31編成・マリ32編成となった。臨時列車や団体列車で活躍、2010年3月~2012年1月には「ムーンライトえちご」に充当された。しかし老朽化のため2013年末に廃車されることとなり、長野総合車両センターへの送り込みを兼ねた団体列車が12月15日(マリ32編成)と12月23日(マリ31編成)に運転され花道を飾った。写真は2008年の成田初詣団体臨に運用されるマリ31編成、最も相応しい場で頑張っている姿が印象的であった。 '08.1.12  成田線 成田 P:楢井勝行

E3系 R17編成

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秋田新幹線の乗客増に対処すべく1998年9月に増備されたR17編成、新製時より6輌組成である。GTO素子によるVVVF制御の最終編成であるが、後期増備車同様に運転台ワイパーは2本装備する。この写真の頃、既に併結相手は殆どE5系、そして翌月の2013年6月には後継のE6系増備により運用離脱、廃車となった。 '13.5.8 東北新幹線 宇都宮 P:楢井勝行

E3系 R8編成

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1996年11月5輌組成で新製、1997年3月開業の秋田新幹線「こまち」で運用される。翌1998年には6輌組成に増強、後に「やまびこ」「なすの」でも活躍した。R2編成~R16編成の初期量産車はGTO素子によるVVVF制御であり運転台のワイパーも1本のみである。写真は盛岡駅11番線に入線するR8編成「こまち」、「はやて」との併結に備え11号車連結器カバーが開いている。後継のE6系に置換えられ2013年4月に運用離脱、廃車となった。 '08.2.11 盛岡 P:楢井勝行

107系 N2編成

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1988年5月~8月にJR東日本各車両工場で製造されたクモハ107+クハ106から成る107系0番代8編成。165系から台車、電装品(歯車比は5.60に変更)、クハ106用AU13E分散型クーラーを流用している。両開き3扉の車体にロングシート、クハ106にはトイレを装備する。小山電車区に配備され日光線で活躍した。老朽化により205系600番代にその任を譲り2013年3月ダイヤ改正で引退した。写真のN2編成(クモハ107-2+クハ106-2)は1988年5月大宮工場で製造、パンダグラフ1基で登場し1998年霜取り用パンダグラフが増設された。塗装は公募により選ばれ、白地に緑色のNラインを配していた。2008年3月日光駅舎のエンブレムとデザインマーク(神橋)の貼り付け、2009年3月レトロ調ツートン塗装に変更された。2013年6月に廃車となった。 '09.3.27  東北本線 宇都宮 P:楢井勝行

107系 N4編成

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クモハ107-4+クハ106-4から成る107系0番代N4編成は1988年8月大船工場で製造、小山電車区に配備され日光線で運用された。当初からパンダグラフ2基を装備する。白地に緑のNライン塗装で登場、2008年3月エンブレムとデザインマーク(男体山と中禅寺湖)の貼り付け、その後レトロ調ツートン塗装に変更された。205系600番台に置き換えられ2013年3月ダイヤ改正で引退、2013年5月23日大宮総合車両センター鉄道ふれあいフェア2013展示とその前後の自力回送で花道を飾った。その後、2013年5月から6月にかけてN1・N2・N8各編成と共に8連で廃車回送された。小山車両センターから高崎まで自力回送、高崎から長野総合車両センターへはEF64 1032の牽引であった。 '09.12.13 東北本線 宇都宮 P:楢井勝行

クロ481-2001

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1978年9月サロ489-1001として金沢運転所に新製配備。1989年3月には3列座席のパノラマグリーン車クロ481-2001に改造され白い「スーパー雷鳥」、2001年3月からは青い「しらさぎ」で活躍する。2003年10月、京都総合運転所に転属、国鉄色となり「雷鳥」に復帰した。しかし2011年3月「雷鳥」が廃止、クロ481-2001も運用を失い2011年8月に廃車となった。写真は廃止直前、京都駅を出発する「雷鳥8号」。小松から京都まで、このクロ481-2001に乗車した。車内は別れを惜しむファンで一杯だった。 '11.3.4 東海道本線 京都 P:楢井勝行

新幹線100系 K編成

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2002年~2003年、100系V編成を改造し6輌編成・4列座席とした「K編成」10本が登場し山陽区間の「こだま」に投入された。2010年7月には3本が白地に青帯の旧塗装に戻され人気を博した。8輌編成化された500系や700系レールスターが山陽区間の「こだま」に転用されるのに伴い2012年3月に引退した。写真は新大阪駅20番線に停車中のK57編成、グレーのJR西日本色と足回りを隠す柵が残念だった。しかし隣の20番線にN700系「のぞみ」が入線、登場時期が20年も異なると技術が進化し車体デザインも大きく変わることを実感出来た。 '11.3.4 新大阪 P:楢井勝行

JR西日本183系

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1990年より数度に渡り、485系から交流機器の撤去した183系700・800番代、交流機器を使用停止とした183系200番代が登場した。クロハ183組込の国鉄色6連 B編成、1-2座席配置のクロ183組込のライトグレー塗装4連 A編成、クモハ183組込のライトグレー塗装3連 C編成 が存在した。A編成・C編成 は併結され7連、途中分割の「きのさき」「たんば」「まいづる」、福知山での増結解放など幅広い運用で活躍した。老朽化のため新製287系や紀勢西線より捻出された381系アコモ車に置き換えられ、A編成・C編成 は2011年3月、B編成 は2013年3月に引退した。A編成・C編成 併結7連の「北近畿」と B編成 6連「きのさき」が交換する風景、この「きのさき」の国鉄色 B65編成 は、2013年3月末に運転された団体列車183系ラストラン「なつかしの北近畿」号に充当され花道を飾った。 '09.1.8 山陰本線 豊岡 P:楢井勝行

新幹線100系 P編成

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1989年~1991年100系V編成「グランドひかり」9本が登場、2階建て車輌4輌連ねて山陽区間を230km/hで運転した。2000年から2階建て車輌を外し短編成化され4輌編成はP編成、6輌編成はK編成と呼ばれ山陽区間の「こだま」で運用された。写真の先頭車121形5050番代は中間車125形3000番代に廃車されたTcの運転台を接合したものであり、運転台下のスカート造形に特徴があった。車内は4列座席化されており「こだま」のサービス向上に貢献した。P編成は2011年3月に引退、1年後の2012年3月にK編成も引退した。 '08.12.31 山陽新幹線 博多 P:楢井勝行

クモハ101 ワンマン改造車

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南武支線(尻手~浜川崎間)のワンマン運転を行うために101系クモハ101、クハ100の2輌1ユニット3編成がワンマン改造された。当初は非冷房であったが、その後、冷房改造され、AU712型冷房装置、CS24型インバータ装置が屋根上に搭載された。本線から101系が消えていく中活躍を続けたが、2003年11月に定期運用を終えて廃車された。 '88.2  南武線 尻手 P:藤村巌雄

E1系

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通勤・通学輸送の需要に対し、混雑緩和を目的として登場した新幹線電車で、1994年登場。初のオール2階建ての新幹線で「Max」の愛称を持った最初の車両。200系12両と比べ4割増の定員数となり、主に朝夕のラッシュ時に威力を発揮した。また、自由席車両2階の3+3列の座席配置、弁当・飲み物の自動販売機や売店設置を行いワゴンによる車内販売を省略するなど、従来の新幹線にない取り組みが行われ、注目を集めた。しかし、12両では閑散時間帯で供給力が過剰となるなどの問題が生じ、製造は6編成で打ち切り。以降の製造はE4系へと移行となった。1999年12月に東北新幹線から撤退し上越新幹線専用車となり、2004年には内外装共にリニューアルを行い朱鷺色のラインの入った塗色へと変更された。東北新幹線でのE5系増備に伴い、押し出されたE2系が東北新幹線のE4系の運用を担当。これにより余剰となったE4系による置き換えが決定し、2012年9月28日を持って定期運行を終了。同年10月27日・10月28日にさよなら運転を行い、引退となった。 '12.8.15 上越新幹線 大宮 P:小柳 啓

189系 "彩野"

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2002年12月松本運転所の183系189系はE257系に置き換えられ波動輸送用としてJR東日本各地の運転所に転属した。クハ189-2、モハ189-45、モハ188-45、モハ189-43、モハ188-43、クハ189-511は日光をイメージした赤(二社一寺や神橋)と黄(キスゲや紅葉)を基調とした塗装に変更、車内は化粧板交換(木目調)と座席モケット張替(緑基調)が行われ、「彩野」と命名され小山電車区に配属された。2006年3月大宮総合車両センターに転属しスペーシア(初期)色に準じた塗装変更及び東武鉄道保安装置搭載し東武直通特急予備車となった。但し車内設備で劣る「彩野」(シートピッチ910mm、対して東武100系・485系改造車はシートピッチ1100mm)は八王子横浜延長運転の臨時特急以外は主に臨時快速に充当された。2011年6月253系1000番代に置き換えられ廃車となった。 '08.1.12 成田線 成田 P: 楢井勝行

103系 3500番代

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'96年3月の八高線電化(八王子駅-高麗川駅間)に伴い、川越線用3000番代が運用されることになっが、運用区間の延長で必要編成数が不足した。そのため、209系3000番代4本の新製と103系0番代の改造施工が行なわれ、新たに3500番代として誕生した。これは運用中の103系3000番代とは異なり、種車は103系の改造車で3000番代と共用運用で使用されたが、'05年4月に廃車・解体された。 '96.3  川越線 高麗川-武蔵高萩 P:長岡 行夫

クモハ112-3802

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1986年福知山線山陰本線城崎電化用として各地で余剰の113系初期車に寒冷地対応工事を行い113系800番代として投入した。モハ12-134は先頭車化されクモハ112-802となり同じく先頭車化されたクモハ113-802ペアを組んだ。1991年七尾線電化に伴う415系800番代の改造種車を捻出するため2Mの2連と2M2Tの4連を組み合わせてクハ111-800、モハ113-800、クモハ112-800の3連が組成された。この際、クモハ112-802はモハ113-819と組んだ。2000年輸送力適正化及びワンマン化のためクハ111-800を外しモハ113-800妻面に3枚平面窓の運転台を取り付け113系3800番代となった。旧型国電のようなクモハ112-3819もユニークであったがペアを組んだクモハ112-3802も金属押さえの前面窓にダブルパンダと特徴のある面構えであった。老朽化のため2008年8月223系5500番代に置き換えられ廃車された。 '08.3.9 福知山 P:楢井勝行

103系 広E-04編成

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2005年JR西日本車輌不足の際、JR東日本より武蔵野線用103系8輌編成一本を購入した。モハは関西地区に投入されたがクハは広島地区に投入され既存モハと組成され広E-04編成となった。低運103系先頭車ばかり広島地区では唯一の高運クハ103であったため異彩を放っていた。広島地区103系は先頭車の前面行先表示器を使用停止・運行番号表示器で編成番号表示しているが、この編成は紙を貼っているだけに見えた。関西地区から余剰となった113系に置き換えられ2010年廃車となった。 '09.3.29 呉線 広 P:楢井勝行

新幹線400系

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1992年、初の新在直通新幹線車輌(ミニ新幹線)として山形新幹線「つばさ」で営業開始した。当初は全電動車の6輌編成であったが、乗客数増加のため1995年付随車を追加し7輌編成となった。東京寄り先頭車は3列座席のグリーン車、中間4輌はシートピッチ980mmの指定席車、新庄寄り2輌はシートピッチ910mmの自由席車であった。「つばさ」運用時は常に混雑していたのでもっぱら「なすの」自由席車運用時にシートピッチ980mm中間車に好んで乗車した。サーモンピンクの座席モケットが印象的であったが、走行中の「ブーン」という騒音が大きく、一昔前の車輌であることを感じされられた。2008年12月~2010年4月にE3系2000番代に置き換えられ引退した。 '08.3.30 奥羽本線 米沢 P:楢井勝行

クモハ183-200番代

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1991年、パノラマグリーン車「スーパー雷鳥」付属編成用にモハ485-200番代を先頭車化したクモハ485-200番代が登場した。改造当初は白い「スーパー雷鳥」専用色のエース特急車輌として君臨したが、後継の681系・683系に追われ流転の運命を味わうことになった。まず1997年、国鉄色に変更のうえ「しらさぎ」増結編成に転用、2001年にはパノラマグリーン車も「しらさぎ」に転用され、ともに「しらさぎ」専用色(通称あおざき色)になった。さらに2003年には「しらさぎ」からも追われ交流機器を使用停止しクモハ183-200番代に改番、ライトグレー塗装(通称アーバン色)化され山陰・福知山系統に転用された。(パノラマグリーン車は国鉄色となり「雷鳥」に復帰した。)山陰・福知山系統では主に「まいづる」に充当され、綾部駅での分割併合にその威力を発揮した。引退は2011年3月、新鋭287系モノクラス3輌編成にその任を譲った。 '09.1.18 山陰本線 綾部 P:楢井勝行

113系 3800番代

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国鉄福知山線電化時に113系初期車を改造した113系800番代が投入された。JR西日本七尾線電化時に再改造されクハ111+モハ113+クモハ112となった。2001年さらにモハ113がクモハ113に改造、ワンマン化され3800番代を名乗った。クモハ113-3800は切妻のまま運転台が設置され、旧型国電のような顔付きとなり注目を集めた。篠山口-城崎温泉で地域輸送を担ったが2008年8月新造車223系5500番代にその任を譲り引退した。 '08.3.9 福地山線 篠山口 P:楢井勝行

485系「やまなみ」

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12系改造のお座敷列車「くつろぎ」の代替として1999(平成11)年に登場した485系改造のジョイフルトレインである。4輌編成で内訳はクロ484+モロ485+モロ484+クロ485となっていた。同じく高崎車両センターに所属していたお座敷列車「せせらぎ」と併結運転が可能で、両者を併結した団体列車や各地での臨時列車で活躍した。2011(平成23)年に「やまなみ」と「せせらぎ」は「リゾートやまどり」として東急車輛で再改造されることになり、先頭車が不要となった「やまなみ」は中間車が改造された以外は廃車となった。現在も「リゾートやまどり」の一部となっているが、お座敷列車としての面影はない。  '07.5.2 高崎線 桶川 P:島田 学

クハ189‐1

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1975年、日本車両にて製造。奇数向き(軽井沢寄り)制御車。屋根上にAU13EN形冷房装置を5基搭載し、また床下には210kvAのMGとCPが搭載された。長年、長野運転所に所属し主に特急「あさま」に運用された。晩年は波動用として幕張車両センターに配置されたが、'09年4月16日に廃車回送された。 '09.4.16 津田沼 P:菅谷和之

サヤ209-8

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在来線用試験電車MUE-Train (ミュートレイン)の4号車として、209系サハ209-8からの改造により誕生。「台車の性能向上試験」を主な用途として試験運用された。試験終了後、同車は除籍された、現在は6輌で運用されている。 '09.10.14 幕張車両センター P:菅谷和之

201系H7編成

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中央線の201系の中で最後まで残っていた1編成。2010年10月17日廃車となった。これによりオレンジバーミリオン・大型前面表示機つきの「中央線の201系」は消滅。中央線の顔として長年活躍してきた201系だが、すでに過去のものとなった。 '10.8.14 青梅線 西立川-東中神 P:髙杉直彰

485系「せせらぎ」

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485系「せせらぎ」は12系客車「やすらぎ」の置き換え用として、「日本の四季を巡る空間」をコンセプトのもと、485系から2001年3月に大宮工場で改造された。4輌編成でジョイフルトレインとして活躍したが、2010年7月に東急車輛へ回送され、新型ジョイフルトレイン「リゾートやまどり」へ再改造され、やまなみ中間車2輌を組み込み6輌編成として再出発した。これにより「せせらぎ」は過去のものとなった。 '09.10.11 中央本線 豊田-八王子 P:藤村巌雄

新幹線400系

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400系は1992年の山形新幹線開業と同時に登場した新幹線。在来線直通に対応するために日本初のミニ新幹線として開発され、登場当時の銀色塗装は当時とても斬新なデザインとして話題を呼んだ。1995年には1輌付随車を増結し7輌編成となり、1999年の新庄延伸に伴い、E3系1000番代と同様の塗装に変更された。その後もしばらくの間山形新幹線の主力車輌として活躍を続けてきたが、2008年からE3系2000番代の導入により廃車が始まり、最後まで残ったL3編成も2010年4月18日の「つばさ18号」を以って営業運転から引退した。 '10.4.18 東北新幹線 大宮 P:福田智志

165系800番代

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この「パノラマエクスプレスアルプス」は1987年に登場した165系電車改造の6輌編成で構成されていた。所属は八王子支社で中央本線内で運用された場合は中間に167系を増車し10輌編成で運転されたこともあり、その167系車両はアルプスと同一塗装が施された。2001年に老朽化などにより廃車され富士急行に譲渡された。 '94.5.2 青柳─すずらんの里 P:長岡行夫

クモハ84001

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1988年に瀬戸大橋線の開通に伴い、盲腸線となってしまう宇野線 茶屋町─宇野間の区間運用に使用するため、大阪地区で使用の後、余剰となっていたクモニ83を種車に改造され、岡山区に配置された車輌。車体は改造費用を低減するため、荷物ドアを利用した前後非対称の独特のスタイルであった。宇野線・瀬戸大橋線(児島まで)で単行、2輌編成などで使用され、1995年6月にクモハ123に置き換えられ、廃車された。クモハ84001はモハ63434として製造の後、モハ72098を経て、クモニ83005から改造された。 '89.3 瀬戸大橋線 児島 P:角中武大

クハ415-1901

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当時慢性的な常磐線中距離電車の混雑緩和と着席増を目的として1991年に日本車輌にて1輌のみ試験的に製造された2階建て構造を有する415系の下り方制御車。定員は座席116人を含む合計156人。惜しくもその後の増備には至らず、2006年に廃車され区分消滅した。 '05.5.27 水戸 P:横山淳

■ご覧のみなさまへ
ブログ「消えた車輌写真館」をご覧いただきありがとうございます。季刊『国鉄時代』vol.20の編集作業のため、しばらく更新が滞っておりましたが、編集作業を終了し、アップを再開致します。今後ともなにとぞよろしくお願い申し上げます。
『国鉄時代』vol.20 特集:C62(下)は49輌全機が特急を牽引したことを写真で実証した「C62栄光の軌跡」ほか、「呉線 そのよき時代」「配置・運用からみた山陽本線 中・西部のC62」、一般記事では「宮原区EF58の輝ける日々」など重量級の企画で12月21日発売です。
(担当:国鉄時代編集部 山下修司)

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115系 モハ114形2600番代

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'81年身延線新性能化で115系投入の際、隧道等断面狭隘区間入線可能とするため、同形2000代の集電装置取付屋根部をさらに低くした番代。PS23Aを搭載もなお折畳高さを低く抑えざる得ない、もともと私鉄・富士身延鉄道を1941年に買収した線区ゆえの同線専用番代。車内・外観は2000代と同様ながら冷房準備工事(MGは160kVA搭載)で扇風機のみ。塗色は地域色の先駆けとも云える赤2号に灰白色ラインテープ貼付。ワインカラーとも。-2601~-2613の13輌登場。全車沼津機関区へ。のち民営化前に静岡運転所へ転属。JR化以降、湘南色化、冷改(C-AU711形)、汚物処理装置取付等小改良が行なわれた。運用区間も身延線以外の東海道・御殿場・飯田線へも。'99年以降、-2608が霜取り対応を目的に廃車の381系から流用パンタを搭載し2パンタ化。'07年以降313系と順次交替。'08年05月に番代消滅。 ’89.9.2 富士宮 P:梶村昭仁

クロ381形10番代

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JR化後の'88年3月ダイヤ改正時にしなの号の特別車輌(グリーン車)について、中央線沿線の木曽路または信濃路の沿線展望を堪能出来る様にとのコンセプトにより、短編成化によるサロ→クロ化改造の折、3輌残って居たサロ381形の前頭部を展望車(パノラマ)スタイルを採用。0番代と異なり、運転台後部から車体中央部に2人掛リクラニングシートを海山3列配置の特別室構造とし、側引扉、専務車掌室を中央に移動、後半を一般席とした。特別室部分は車体側部に大きな連窓に改造、運転台部はぎ装を組んだ鋼製の運転台ユニット結合とした。前頭部の愛称表示にはLED式を採用した。投入時は速達系しなの号に優先使用。利用増に大きくアッピールする事に。'98年以降383系投入で順次引退(写真の-13は'78年8月川重製、元サロ381-20が種車)、'08年5月までに引退、番代消滅。 '88.5.25 名古屋 P:梶村昭仁

E993系ACトレイン

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E993系ACトレインは、2002年4月に製造された試験車である。川越車両センターに配属され、埼京線や中央線などで試運転を行なった。また鉄道イベントにもよく展示されていた。各種試験を経て2006年7月に郡山に廃車回送、郡山車両センター一般公開時に最後の展示会が行なわれ、9月に解体された。 '03.12 尾久客車区 P:福田智志

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JR103系クハ103-1203

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旧営団地下鉄東西線乗り入れ用301系の増備用として103-1000番代を東西線仕様とした車輌で、7輌編成×5本、35輌が在籍、初期型1編成と窓枠をユニット化した後期型4編成からなる。103-1200番代は西船橋方から1号車がTc車となるため、7輌編成の三鷹寄りではクモハ102-1200となる。乗り入れ先の東西線10輌化に伴い編成替えが行われ、余剰と成った車輌は常磐快速線用として松戸区に転属し、同線で使用された後に廃車となっている。4号5号編成は地上線用サハを組み込み10輌化、3号編成は写真のように5輌化され多編成入場時の予備編成となって幌を付け異彩を放っていた。301系とも組むようになり、時折写真のような姿を見ることができたが(写真後ろ5輌は301系で車体側面の段差で分かる)、E231-800導入に伴い平成15年までに引退した。 '03年頃 西荻窪 P:田中健吉

クロ381形50番代

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JR化後の特急「しなの」号フリークエンシーアップによる短編成化対応で不足する特別車輌(グリーン車)を普通車から格上改造した番代。全5輌が名古屋工で'87.10~12に竣工。外観はグリーン車マークが側引扉横に付いた程度で替らず、車内がグリーン車用のリクライニングシート交換、但し窓とシートピッチが合っていなかった。写真の-52は'74年川重で新製の二次投入車で、元クハ381-13が種車。前面の二連ワイパが識別点。その後大きな改造もなく使用も、383系投入で引退、'97~'98年にかけ番代消滅。 '89.3.24 名古屋 P:梶村昭仁

JR東日本200系F編成

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東北・上越新幹線開業当時から活躍してきた200系。その中でも最も原形に近い姿だったのが12輌編成のF編成である。F編成は9号車にビュフェが連結されており、独特の窓の並びが特徴だった。一部の編成は100系に準じた前面となっていた編成も存在していた。しかし老朽化と次世代車輌の導入により、廃車が進み、最後まで残っていたF19編成も2007年5月に廃車回送され、200系の未更新車は消滅した。なおこの編成が廃車になった後、200系の国鉄色は一時期消滅したが、東北・上越新幹線開業25周年を記念してリニューアル車のK47編成が2007年6月に国鉄色に戻され、再び200系の国鉄色が復活した。 '07.5.9 東北新幹線 大宮 P:福田智志

クハ111-571

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'88年2~6月、房総各線列車増発に伴う短編成化用の先頭車として、クハ115-0番代から改造(写真の種車は元クハ115-66)。一見オリジナルに見えるが側扉に半自動用の取手が残り、戸閉機械もTK8のままの為、開扉時に引残り(1,100mm幅分)はそのまま。車内も余り変わらず、運転台機器(MC37→MC22又はMC54化、ブレーキのAG38A化等)の変更、偶数向車両故にCP搭載。また編成相手のTc車も同様の改造で登場。特段の番代という訳では無く、改造当時の0番代のラストナンバー以降に付番。偶数向-570~-574、奇数向-271~-275の各5両として全10輌が登場。冷改されることなく'93年1月~7月に掛けて全廃。 '88.5.22 千葉 P:梶村 昭仁

クハ111-571

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'88年2~6月、房総各線列車増発に伴う短編成化用の先頭車として、クハ115-0番代から改造(写真の種車は元クハ115-66)。一見オリジナルに見えるが側扉に半自動用の取手が残り、戸閉機械もTK8のままのため、開扉時に引残り(1,100mm幅分)はそのまま。車内も余り変わらず、運転台機器(MC37→MC22またはMC54化、ブレーキのAG38A化等)の変更、偶数向車輌故にCP搭載。また編成相手のTc車も同様の改造で登場。特段の番代というわけではなく、改造当時の0番代のラストナンバー以降に付番。偶数向-570~-574、奇数向-271~-275の各5輌として全10輌が登場。冷改されることなく'93年1月~7月にかけて全廃。 '88.5.22 総武本線 千葉 P:梶村昭仁

JR301系

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旧国鉄初の通勤型アルミ車で7輌×8編成56輌が在籍した、初期型5編成と後期型3編成からなり、識別帯の造作で区別(添付写真は後期型)できた。乗り入れ先の東西線10輌編成化に伴い編成替えが行われ、1号編成と3号編成先頭車が中間車化(運転席は残されたが機器は撤去)、2号編成の2・3号車がサハ化された、6号編成は5輌化され他編成入場時(301系並びに103-1200入場は5輌単位で入場した)に代番用として差し替えたが、103-1203編成が5輌化された後不要となり早くに姿を消した、この301-6編成と103-1203編成は両端「幌付き」で異彩を放っていた。写真の黄色識別帯は総武緩行線205系導入に伴い誤乗防止の為、以後青色に変更された、写真以降の大きな改造として快速幕の撤去と冷房化があり、冷房化後では車内の扇風機の数がM1とM2車と異なっていた。231-800導入に伴い平成15年で全車引退した。 '87年頃 阿佐ヶ谷 P:田中健吉

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JR東日本が1992年に製作した高速試験用の車輌である。300km/h営業運転に向けての環境対策として「騒音・微気圧波・地盤振動の低減」のために徹底した軽量化と車体平滑化が行われた。東京方952-1~4は、新幹線車両として初の連接構造が採用され、1993年12月には、425km/hの速度記録(当時)を達成した。試験終了後1998年2月に廃車となり、952-1は、鉄道総合技術研究所風洞技術センター(米原)に、953-1,5は仙台車両センターに保存されている。写真は、左が952-1(東京方)、右が953-5(盛岡方)である。 '93年 仙台 P:長谷川武利

E991系(TRY-Z)

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E991系の、1号車-クモヤE991-1側から捉えた編成である。クモヤE990-1の巨大な高運転台とは異なり、車体中心より左側に偏って突き出した戦闘機のキャノピーを彷彿とさせる運転台が印象的である。 '95.10 中央本線 青柳 P:長谷川武利

JR東日本 E991系(TRY-Z)

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在来線における「21世紀の理想的な鉄道システムの実現」を掲げ「究極の技術開発に挑戦する試験電車」として「TRY-Z」の愛称を持つ3輌編成の車輌。1号車-クモヤE991-1が日本車輛、2号車-サヤE991-1が東急車輛(台車は住友金属)、3号車-クモヤE990-1(本写真の先頭車)が日立製作所製である。3輌は、車体構造,主回路機器,運転台,空調システム,台車(構造,車体姿勢制御方式,アクティブサスペンション)に各々独自の方式を採用して共通性はなく、制御指令とブレーキシステム(油圧ブレーキ+吸着式渦電流ブレーキ)のみが共通である。サヤE991-1は、車体傾斜に呼応するパンタグラフ姿勢制御装置を備えていた。1994年11月完成後何度かの改装を重ねながら、常磐線に於いて高速走行試験、中央線に於いて車体姿勢制御走行試験を行い、1999年3月除籍、6月に解体された。 '95.10 中央本線 四方津 P:長谷川武利

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381系特急形車輌の制御グリーン(特別)車輌。元サロ381-3で1973年川重製。長野区→神領区と変遷しJR化後の特急増発&短編成(9→6輌)化によりサロ→クロ改造を名古屋工で1987年実施。1-2位側客室部を切断し貫通構造の鋼製で新製した運転台部をつなげて改造。3-4位側便洗面所を生すため乗務員室直後に側客扉&デッキ構造となった。晩年は編成増結対応として貫通路に常時幌を取付けイメージが変ったが大した改造もなく、1998年に383系後継車と交代廃車となった。  '89.8.24 名古屋 P:梶村昭仁

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