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国鉄・電車

クモハ42005 (国鉄・電車)

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1934年7月の京阪神地区の吹田-須磨間の電化開業用として製造された車輌。本車は1950年頃まで京阪神地区で使用され後、横須賀線・伊東線へ転出、その後、1957年に宇部区に移り、宇部・小野田線で使用された。1981年の105系投入時に小野田線本山支線用として使用されることになり、生き残ったが、クモハ42005は他2輌と異なり、JRに引き継がれることなく、1987年に廃車された。 '85.3 小野田線 雀田 P:角中武大

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クハ111-1122 (国鉄・電車)

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113系電車の制御付随車。'72年7月開業の総武線の増設別線である、錦糸町~東京間地下新線用に同年4月から増備された、いわゆる1000'代といわれる番代。従来と比較して前照灯シールドビーム化、外嵌め式二段上昇式ユニットサッシ、タイフォン位置の変更等の外観の変更のみならず、保安装置がATC(-3形)化された事から、これらの対応用として大幅にモデルチェンジ。ブレーキ弁が非常抜取位置対応のME41C形、マスコンもMC54形に。またカプラもKE76形×3本から、KE70形+KE76形2本となった。写真の車輌は'74年度第二次民有車で'74年川重製、新製は大船区で以来、横須賀・総武線で活躍。民営化前の'86年に地上線の東海道線田町区に転属。湘南色、カプラをKE76×3本化。その後幕張区へ転属し、再度スカ色化され房総各線ローカル運用で活躍。田町区転属時に改造されていた、KE76形カプラ3本のまま、'06年廃車。 '87.12.6 東京 P:梶村昭仁

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クハ711-901 (国鉄・電車)

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耐寒・耐雪機能を備えた北海道初の国鉄在来線電車で、1M方式を採用した初の交流専用車。1967年(昭和42年)北海道電化に向け試作車2編成4両が製造され、先行して建設された手稲~銭函間の試験線で、ED75 500とともに各種試験が実施された。クハ711-901+クモハ711-901(S-901編成)は汽車会社製で、側窓は2段式のユニット窓、客用扉は4枚折戸両開きで登場したが、量産化改造時に引き戸式に改造されている。制御方式は、電車で初めてサイリスタ位相制御が採用され、当時主流の抵抗制御方式とは異なり、ゆっくりではあるがスムーズに加速するのが特徴。量産車は、1M2Tの1ユニット3両編成とされ、S-901編成は、室蘭電化の際クモハを電動車扱いとし、追加製作したクハ711と3両編成に統一された。晩年、快速エアポートや旧塗装で函館本線電化30周年号として運転され花道を飾り、老朽化により1999年までに運用を終了した。現在JR苗穂工場に留置されている。 '97.4 苗穂-白石 P:佐々木裕治

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クハ68-210 (国鉄・電車)

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1930年製造のサハ48-14を1959年に制御車化改造したクハ47-72を、1963年に新潟地区ローカル用に3扉化,耐寒耐雪化工事を行ってクハ68としたのが本車で、同族には、-200,-211がいた。1979年1月頃に廃車になったものと思われる。 '74.12.17 信越本線 新潟 P:長谷川武利

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モハ113-268 (国鉄・電車)

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'74年度第二次債務予算製造車から登場の113系0番代のマイナーチェンジ車でこの中間電動車モハ113形。形態的に'72年以降の1000'代、'74年製造700代に準じ、当初から冷房装置(集中式AU75形)搭載、側窓外付式二段上昇ユニットサッシュ採用や側行先自動幕、循環式汚物処理装置(TcとTのみ)等を準備工事(登場時)とした。なお、番号は0代の続番となっているため番代区分はない。従来と比べ、主制御器がCS12G形となり、継電器類の無接点化がさらに図られたタイプに。従来からの床下高圧引通しに加え、冷房化等による三相高圧配線が海側に追加となり、山側の低圧線もKE76形3本配線となった。写真の-268は'75年度第一次債務予算による、'76年川重で新製。大船区に投入。東海道首都圏地区で長らく活躍。その後、国府津区、田町区と行き来し、'99年11月まで活躍。 '88.1.4 東京 P:梶村昭仁

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