鉄道ホビダス

2016年9月アーカイブ

DD51 899

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1978年3月佐倉機関区に新製配備、当初は成田空港ジェット燃料輸送などで活躍した。1987年稲沢機関区に転属、1994年5月に発足した愛知機関区所属となった。2015年7月故障により運用離脱し廃車、2016年4月22日解体された。写真は2089レ紀勢貨物を牽引し撮影名所を下るDD51 899号機である

485系「ニューなのはな」

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485系「ニューなのはな」は、165系「なのはな」の後継として1998年に登場したジョイフルトレインである。最大の特徴は団体の人数や目的に応じてお座敷と座席の仕様変更が可能であることであった。団体列車の他、数々の臨時列車として様々な路線で運転されてきたが、2016年7月に引退が発表され、9月25日に津田沼〜長野間で運転された団体列車を最後に引退した。なお写真は2016年7月30日〜31日に運転された「お座敷伊豆箱根号」で伊東駅まで入線した時のものであり、珍しく東海道線及び伊東線を走行した。 '16.7.31 伊東線 伊東 P:福田智志

クモハ12001

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1933年モハ34005→形式称号改正で→モハ12001→クモハ12001となる。この写真の頃は沼津機関区にあってクモヤ22202とともに大船工場への入出場車の牽引車として使用された。前部運転台にはパンタグラフ上昇用の手動空気ポンプがあったが引き紐で上昇できたので、使用停止の表示があった。以前のパンか、特別な事由で使用されたのかも。 '80.2.1 大船工場 P:高澤一昭

クモヤ22202

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木造車鋼体化のクモニ13034が1970年に牽引車に編入されてクモヤ22202となった。車輌はクモニ13のままで、沼津機関区にあってクモハ12011と共に大船工場への入出場の牽引車をつとめた。きれいな車体のまま1984年民営化前に廃車といなっている。 '79.3 大船工場 P:高澤 一昭

JR東海 キハ48-6502

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寒地向け便所なしのキハ48-1516として1979年7月美濃太田機関区に新製配備される。1988年7月冷房化改造(床下搭載型)される。1998年8月エンジンをC-DMF14HZB(カミンズ350PS)に換装、キハ48-6502に改番された。1999年伊勢車両区に転属、活躍の場を紀勢本線と参宮線に移す。2011年12月に国鉄色になり人気を博した。2015年12月1日運用離脱、12月3日ミャンマー譲渡のため笠寺へ回送された。 '11.7.21 参宮線 多気−外城田 P:楢井勝行

ホキ2500

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 ホキ2500は1967年製造(日車、輸送機)された、石灰石輸送のホッパーです。1998年青梅線の石灰石輸送が終了し、翌1999年形式が消滅した。写真は輸送が終る12年前に厚木駅に疎開されたホキ十数輌のなかで先頭にあって、トップナンバーに運よく出会った時のもの。 '86.11 相模線 厚木 P:高澤一昭

ED18 2

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1924年EE製ED50 16→1931年ED17 16に改造。1955年軸重軽減のため、台車を替え独特の軸配置のED18 2となり飯田線北部で運用された。1979年廃車。浜松工場、佐久間レールパークで保管された。1992年トロッコファミリー用として復活し客車の牽引したが、2005年廃車され名古屋リニア鉄道館に展示されている。 '71.3.14 中部天竜支区 P:高澤一昭

DD11 1

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1954年汽車大阪で気動車用のDMH17と液体変速機を使用し新製。田端区配置、東京区、国府津区(久里浜支区)で,十余年をすごし早岐区、小郡区と移動し1978年11月に除籍された。田浦には米軍を含め複雑な専用線があり、入換えに使用された。 '65.8.11 横須賀線 田浦 P:髙澤一昭

ドリームカー

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急行「まりも」の座席指定車のグレードアップを図るため、1988年、オハ14 503・505・507・508・510の5輌に対し、キロ182形のグレードアップにより発生したグリーン車用リクライニングシートに交換して誕生した。急行「まりも」は、1993年3月PDC化により廃止されるが、その後、ドリームカーは急行「はまなす」に転用され、本年3月まで使用された。 '91.8 釧路運転所 P:佐々木 裕治

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1947年東急からデト3011を譲り受けて、電貨2となった。保線作業などに使われ、昼間、続行運転で白色円板を付けて、客電の後を追いかけていました。1970年3月廃車、江ノ電から貨車がなくなりました。 '65.10.2 長谷 P:高澤一昭

DD11 2

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1954年汽車大阪製。田端区配置、東京、国府津(久里浜支区)で十余年をすごし早岐、小郡移り1976年廃車された。のちベトナムへ行ったらしい。スカ線では逗子、田浦、横須賀での入換えに使用された。 '68.1.3 横須賀線 横須賀 P:高澤 一昭

埼玉新都市交通1000系

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埼玉新都市交通1000系は1983年12月の開業と同時に導入されたニューシャトルの初代車輌である。最初は4両編成で登場したがのちに 6輌編成化された。車体カラーは登場当時赤と白のツートンカラーだったが2000年にリニューアルした際に黄色と緑のツートンカラーに変更され た。6輌編成9本が導入されたが、2007年から2000系及び2020系の導入により廃車が進み、2016年6月26日に1017編成が引退し たことにより全車引退した。 '16.6.25 東宮原 P:福田智志

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