鉄道ホビダス

2016年2月アーカイブ

EF10 24 

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1939年3月、日本車両・東洋製造。新製配置は国府津機関区。沼津、門司と移り、長く関門トンネルを行き来した。1961年新鶴見にステンレス地金のまま転属した。写真はその2年後の塗装をされた姿。八王子、豊橋と貨物輸送に就き、78年廃車された。 '63.10 新鶴見機関区 P:髙澤一昭 


JR東海 キハ11-2

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1989年1月伊勢車両区に新製配備されたキハ11暖地向け便所無しセミクロスシート車である。紀勢東線・参宮線・名松線で活躍した。2015年8月キハ25系2次車に置き換え、2015年10月29日ミャンマーに譲渡のため笠寺に回送された。写真は早朝の栃原駅に停車するキハ11-2を先頭にした325D、多気以南で唯一のキハ4輌編成であった。 '11.3.6 紀勢本線 栃原 P:楢井勝行

北総7260形 

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北総7260形は2006年に京成電鉄からリースを受けて導入され、元3300形の3308編成と3316編成を連結した8輌編成で運転してい た。リースの際に北総鉄道のカラーに変更され、京成3300形の中でも最後まで残っていた。北総鉄道のみならず都営浅草線や京浜急行でも直通し、 京浜急行線内では快特として運転することもあった。北総鉄道で唯一の抵抗制御車であったと同時に現役時代、関東では最古の地下鉄乗り入れ車輌と なっていた。2015年2月28日に京成3300形が引退し、北総7260形も3月22日のさよなら運転を最後に引退、北総7260形の引退に よって京成電鉄から赤電と呼ばれた車輌はすべて引退した。 '15.3.22 京成電鉄 堀切菖蒲園-京成関屋 P:福田智志

JR東海 キハ40-6308

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キハ40-2112として1981年4月奈良機関区に新製配備された。国鉄民営分割時にはJR東海の伊勢機関区所属となった。1989年美濃太田車両区に転属、1991年2月に冷房化改造(床下搭載機器型)、1997年10月エンジンをC-DMF14HZB(カミンズ350PS)に換装しキハ40-6008に改番、さらに2000年2月ワンマン化改造されキハ40-6308に改番され伊勢車両区に転属した。その後再度美濃太田車両区に転属した。2015年7月1日運用離脱、2015年7月7日ミャンマー譲渡のため笠寺へ回送された。写真は高山〜飛騨古川の区間列車で活躍するキハ40-6308である。 '08.3.10  飛驒古川 P:楢井勝行

DD51 8

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1964年に製造された非重連の初期型車。新製後は鳥栖に配属、晩年を吹田で過ごし、1985年春に廃車となった。 '79.1 吹田第一機関区 P:清原正明

湘南モノレール 300形

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300形(三菱製)は、1970年(昭和45)3月のモノレール開業時から使用された。2編成は後、中間車を新製し3輌編成なった。空中散歩のとき高速で、カーブに入ると、体が持ってゆかれ、独特の味わいがあった。500形導入により、1992(平成4)年7月までに廃車された。 湘南深沢 '72.1212 P:髙澤一昭

JR東海 キハ48-6814

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寒地向け便所無しのキハ48-1531として1980年2月美濃太田機関区に新製配備、高山本線や太多線で運用される。1989年11月冷房化改造(床下搭載型)される。1995年6月エンジンをC-DMF14HZB(カミンズ350PS)に換装、キハ48-6514に改番された。その後1999年伊勢車両区に転属した。2000年6月ワンマン化、キハ48-6814に改番された。2015年6月30日美濃太田車両区のキハ40系の運用が終了、検査期間が長く残るキハ40系3輌が伊勢車両区に転属した。玉突きでキハ48-6814が余剰となり2015年7月30日ミャンマー譲渡のため笠寺へ回送された。 '11.7.21 紀勢本線 松阪−徳和 P:楢井勝行

JR東海 キハ11-107

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1989年2月美濃太田車両区に新製配備された寒地向け便所無しセミクロスシート車である。後に伊勢車両区に転属し活躍の場を紀勢本線・参宮線・名松線に移す。2015年8月キハ25系2次車に置き換え、2015年10月29日ミャンマーに譲渡のため笠寺に回送された。写真は山深い家城駅にて交換を待つ伊勢奥津発鳥羽行きのキハ11-107単行列車である。この後2009年10月、台風18号の被害により家城〜伊勢奥津が不通となっており、2016年3月26日復旧予定までは家城にて折り返し運転を行っている。 '08.12.14 名松線 家城 P:楢井勝行

EH10 26 

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1955年8月、汽車・東洋製造。新製配置は稲沢第二機関区。翌年吹田二区に移動。東海道本線の主力として使用され、さらに山陽本線岡山まで活躍の範囲を広げて、宇野線宇野まで入線した。工業デザイナーの萩原政男氏によるデザインで、黒い塗装に黄色のラインの塗色と相俟っていかにも貨物機らしい逞しさがあった。性能や構造は旧型電機と新系列電機の過渡期の機関車で、EF60以降の新系列機の増備により1970年代後半から廃車が始まり、1981年に64輌全機引退して廃形式となった。26号機は1980年12月廃車となっている。 '76.1.28  東海道本線 品川 P:髙澤一昭

JR東日本 115系 長ナノC14編成

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立川寄り クハ115-1106 モハ115-1031+モハ114-1092 モハ115-1075+モハ114-1139 クハ115-1093 直江津寄り からなる長野総合車両センター所属の6連車である。1978年8月・1979年2月に新製され東北本線高崎線系統で運用される。2002年12月、E231系1000番台に置き換えられ松本車両センターに転出、活躍の場を中央本線篠ノ井線などに移す。2007年3月、長野総合車両センターに転属、最後まで長野色を纏った115系6連として活躍、2015年9月14日に運用離脱し2015年11月9日廃車解体された。 '08.1.20 中央本線 日野春 P:楢井勝行

EF53 16 

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1934年8月 汽車、芝浦製造。長く東京機関区あって1954年まで、お召列車の任にあたった。1965年10月EF59 14に改造され、山陽本線 瀬野ー八本松の補機となり、1978年12月廃車された。写真は、上野への発車待ちの1960(昭和35)年撮影で、この頃は東京、上野の入換え、区間回送を仕業としていた。 '60.9.29 東海道本線 東京 P:髙澤一昭

JR東海 キハ11-4

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1989年1月伊勢車両区に新製配備されたキハ11暖地向け便所無しセミクロスシート車である。当初の運用区間は紀勢本線(亀山〜多気)・参宮線・名松線であった。1999年3月に便所付きキハ11-300番台が増備、これとペアを組んで紀勢本線多気以南〜新宮にも運用されることとなった。2015年8月キハ25系2次車に置き換え、2015年10月29日ミャンマーに譲渡のため笠寺に回送された。写真はキハ11-4を先頭にして新宮に到着した325Dである。後方2輌は330C→332Cとして多気へ、前方2輌は334Cとして亀山へ向かう。尚、新宮に停泊するキハ11は無く全てその日のうちにJR東海管内に戻っていく運用であった。 '09.1.17 紀勢本線 新宮 P:楢井勝行

EF66 1

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EF90 1(EF66 901)試作機で各種試験が行れたのち量産化された。 1968年7月26日汽車、東洋製造。下関運転所に配置され、68年10月時刻改正から、東海道、山陽高速貨物列車に使用された。以後広島、吹田第二、JJR貨吹田と貨物輸送に専念し2008年3月廃車。写真は公式試運転折返駅で点検中の1号機。 '68.7.26 東海道本線 平塚 P:髙澤一昭

C58 297

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昭和16年川崎車両で竣工、昭和30年には一ノ関機関区に配属されていてた。その後昭和40年には佐倉機関区に配属されていて、昭和42年には第2休止となり電化と共に廃車解体された。写真は、佐倉-物井間の旧線で「亀崎橋梁」を渡るところで、中央の石垣は現在も旧線の遺構として残る。下を流れる川(案内看板のは「物井川」とあるが地図では「鹿島川」となっている)は河川改修のため、現在とは流れを変え橋梁自体も現存はしない。 総武本線 佐倉-物井(旧線) P:田中健吉

EF81 138 

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1979年4月東新潟機関区に新製配備、その後青森運転区に転属となり、1987年4月国鉄分割民営化によりJR東日本青森車両センター所属となる。長年にわたり寝台特急牽引などで活躍した。2015年11月下旬郡山総合車両センターに回送、2015年12月上旬保存のため個人宛てに陸送された。写真は「あけぼの」を青森〜上野をロングランで牽引していたEF81 138、この後2009年3月以降→廃止まで長岡〜上野はEF64牽引となったため上野口でその姿を見ることはなくなった。 '08.4.8 東北本線 大宮 P:楢井勝行

キ133(キ100)

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日本国有鉄道(←鉄道省)が、1928年から製造を開始した単線用ラッセル式除雪車で194輌が製造された。 写真所蔵:山本郁也

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