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2016年1月アーカイブ

キハ20 4

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1957(昭和32)年に製造された初期グループ(33輌)に属する。屋根や窓周り、台車などは10系と変わらないが、車体幅が拡大されて室内も広くなった。同車は新潟に新製配置、1960年代半ば三次へ転属し、芸備線や福塩線で活躍。回送を兼ねた定期運用で、急行「ちどり」に併結されることもあった。以来、三次から動かず、1980(昭和55)年春に廃車となった。 芸備線 備後庄原付近 P:清原正明

ヤ1

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ヤ1形式は、国鉄鉄道技術研究所の試験車として、1949、53年にかけワム23000形から1~4が改造された。各車で、試験項目が違ったようでヤ3は軌道試験車とのこと。1は突放禁止、4は連結注意の表示があるが3にはない。新しい試験車ができた後は、部品機器の輸送に使われたようです。 '61.3 東海道本線 茅ヶ崎 P:髙澤一昭

JR東海 サロハ371

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沼津寄り クモハ371-101+モハ370-101 サロハ371-101+サロハ371-1 モハ371-201 モハ370-1+クモハ371-1 小田急新宿寄り からなる371系、1991年3月〜2012年3月「あさぎり」、その後2014年11月まで臨時列車で活躍した。2015年4月JR東日本長野総合車両センターに送られ富士急行8500系に改造された。この際中間車 サロハ371-101+サロハ371-1 モハ371-201 モハ370-1 は廃車となった。 '08.5.14 御殿場線 松田 P:楢井勝行

JR東海 キハ11-2

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1989年1月伊勢車両区に新製配備されたキハ11暖地向け便所無しセミクロスシート車である。紀勢東線・参宮線・名松線で活躍した。2015年8月キハ25系2次車に置き換え、2015年10月29日ミャンマーに譲渡のため笠寺に回送された。写真は早朝の栃原駅に停車するキハ11-2を先頭にした325D、多気以南で唯一のキハ4輌編成であった。 '11.3.6 紀勢本線 栃原 P:楢井勝行

ソ20

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1928年、米国インダストリアル・ブラウンホイスト社製で、わが国初の事故救援用操重車。動力は蒸気機関。1966年に廃車となった。 写真所蔵:山本郁也

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1962年3月クハ16408を改造しクエ28000となる。制御車だがパンタグラフがあり作業用電源とした。ガーランドベンチレーターがこの頃は珍しかった。撮影の数日後クモヤ90に挟まれ、主電動機がないのにパンを上げて三鷹電車区へ去って行きました。1984年3月廃車。カットされた前後運転台は、現存するようだ。 '78.11  大船電車区 P:髙澤一昭

JR東日本205系ナハ46編成

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川崎寄り クハ205-1201 モハ205-91+モハ204-91 モハ205-93+モハ204-93 クハ204-1201 立川寄り から成る中原電車区所属車である。1986年2月、山手線ヤテ31編成として製造された。2004年1月、E231系500番代に置き換えられ中間車6輌(サハ205-61→クハ205-1201に改造、サハ205-62→クハ204-1201に改造)が南武線に転出、ナハ46編成として活躍した。E233系8000番代配備により2015年12月に運用を離脱、2016年1月9日「205系ありがとう運転」として川崎発登戸行き臨時快速に充当され花道を飾った。そして2016年1月14日長野総合車両センターに廃車回送された。 '14.1.29 南武線 尻手 P:楢井勝行

ワム20000

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側板に剥き出しの側柱が特徴的な、1928(昭和3)年に製造された鋼製有蓋車。戦後も使用されたが、老朽化により順次廃車され、1979(昭和54)年に形式消滅した。 '71.12 芸備線 備後庄原 P:清原正明

総武流山電鉄 モハ1101

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1968年、1947年三井造船玉野製作所製の京浜急行初代400形の車体を、西武所沢工場で両運化、ノーシル・ノーヘッダ化、正面および戸袋窓のHゴム化をし、手持ち部品を組み合わせて作成した下回りに載せられて製造された。総武流山電鉄では一番近代的な車輌であった。両運であるが、クハ50形と組んで運用されており、単行運転はされなかった。1979年以降、総武流山電鉄の車輌老朽化対策として西武鉄道初代501系を購入して導入されたクモハ1200形の登場により旅客運用から離脱し、晩年は京王帝都電鉄デハ1900形の台車に換装のうえ、流山駅構内の入換え車として使用され、1994年に廃車解体された。 '80.2.20 総武流山電鉄 流山―平和台 P:前 直也

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