鉄道ホビダス

2013年5月アーカイブ

103系E38編成

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電車としては国鉄最大の製造輌数を誇る103系の中の8輌。この編成はもとは総武緩行線にいた先頭車が非ATC車の編成であり、2000年に武蔵野線へ転属。E38編成となった。この編成は先頭車が高運転台車両で数少ない非ATC車(1980年代製)であったこと等から武蔵野線の103系の中でも注目を集めた。しかし、武蔵野線に山手線で置き換えられた205系がVVVFインバーター化・5000番代に改造され投入された、この編成は2005年6月25日に三鷹電車区75周年イベントの記念列車として最後の花道を飾った。その後も7月まで運用に入り、2005年7月末に除籍された。除籍後はそのまま廃車・解体かと思われたが、207系の塗装変更などで車輌不足となってしまったJR西日本に売却され、先頭車は広島で2010年まで、中間車は阪和線や大阪環状線などで2011年まで活躍した。 '05.6.25 三鷹電車区(三鷹電車区75周年記念イベントで撮影) P: 斎藤義政

キハ38 0番代

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キハ35系気動車の老朽化及び冷房化対策を目的に、1986年から1987年にかけてキハ35形の改造を各地の国鉄工場で実施された。主な改造は、台車や変速機などの主要機器はキハ35部品を流用し、外装部品などはバス用の部品を多用し軽量化と製造コスト低減を図った。また車内の冷房化も実施され、トイレ付きの0番代は4輌製造され、八高線に導入後は久留里線で活躍していたが、新鋭機E130配置に伴い2013年12月より運用がなくなり廃車となった。 '86.7 高崎機関区 P:長岡行夫

筑波鉄道 キハ811

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もと雄別鉄道キハ104。1962年新潟鉄工製で、104 、105はほぼキハ20の窓配置にキハ22の小型1段上昇窓を組み合わせたような独特の形態をもっていた。1970年、雄別鉄道廃止にともなって同系列6輌すべてが関東鉄道に移り、唯一片運転台だった106のみ常総線に配置、残り5両は筑波線に配置された。筑波線が筑波鉄道として分離された後もそのまま残ったが徐々に廃車が進み、1987年の路線廃止時に残っていたのは811のみだった。これは廃線を1週間後に控えた土浦駅での姿。 '87.3.25 土浦 P:小西和之

DD51 896

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重連総括制御装置搭載・SG未搭載の貨物列車牽引用 DD51 800番台 の一輌である。1975年8月新製、稲沢第一に配備、1994年5月発足した愛知機関区所属となる。原色機であるため紀勢貨物でも人気を集めた。2011年12月運用外れ保留車となり2013年3月に解体された。 '10.12.19 紀勢本線 大内山―梅ケ谷 P:楢井勝行

クハ489-1

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1971年製造の「白山」用クハ489トップナンバー。スカートに配置されたタイフォンが特徴である。長野新幹線開業後は上越線経由の夜行急行「能登」に転じた。この写真は偶然出会った「はくたか」代走。優雅なボンネット、原型を保つスカート、赤い大型ヘッドマークに感激してシャッターを押した。2010年3月「能登」廃止の後、2011年3月まで臨時列車などで運用、そして保留車となり金沢総合車両所松任本所で保管されている。 '08.1.5 越後湯沢 P:楢井勝行

長野電鉄 3500系 O6編成

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1966年製造の営団地下鉄3000系 3075-3076 が1993年長野電鉄に転入、O6編成 モハ3526-モハ3536 となった。木島線や屋代線でワンマン運転を担当した。2002年3月末に木島線廃線、そして2012年3月末には屋代線も廃線となりO6編成も用途を失い廃車となった。尚、屋代線廃止が目前に迫った2011年12月にO6編成の赤帯・NAGADENマークが撤去され営団地下鉄日比谷線時代を彷彿させる「マッコウクジラ」が復活した。廃車後もそのままの姿で須坂駅に留置されている。 '10.4.4 長野電鉄 屋代線 信濃川田 '10.4.4 P:楢井勝行

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旧ビスタカー10000系の電装品を流用し1971年6月、近鉄初の通勤冷房車2680系(モ2680偶+モ2680奇+ク2780)2本(2682F・2684F)が登場。4扉ながら全席固定クロスシート、ク2780はトイレを装備する。大阪線に所属し大阪と伊勢を結ぶ長距離急行で運用された。写真は2680系6連(2682F+2684F)の上本町発宇治山田行き快速急行、大きな行先表示板が懐かしい。後に前面行先表示幕を取付、1991年にはロングシート化され名古屋線に転じた。2002年8月、2682Fは廃車となった。しかし相方の2684Fは鮮魚列車に改造され現在でも活躍中である。 '78.3 近畿日本鉄道 山田線 松阪 P:楢井勝行

EF66 51

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1975年1月9日落成、川崎重工製造、下関新製配置。一度も転属することなく、ブルトレなどの牽引機として活躍した。2009年9月10日に廃車。 '08.3.16 東海道本線 吹田 P:中司朔良

鹿島鉄道 DD90 1

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昭和30年に日本車両が製造した試作機でしたが、昭和32年6月に国鉄が借入した際にDD42 1を名乗ることになりました。しかし翌年3月には除籍ののちに返却され、常総筑波鉄道に譲渡されてDD90 1になったという経歴を持つ機関車でした。その後、関東鉄道・鹿島鉄道と継承され、晩年は常陸小川駅の貨物荷捌線に留置されていました。この写真を撮影した1週間後、鹿島鉄道の廃線を待たずして現地で解体されてしまいました。 '07.2.20 鹿島鉄道 常陸小川 P:前 直也

キハ45 600番代

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三井三池鉄道を訪問した途中で久留米にて撮ったものです。キハ45の中でも600番代は簡易郵便荷物車として1969(昭和44)年に2輌が新製されました。客室内は郵便荷物室として使用する前半室分の座席が全てロングシートで、アコーディオン式カーテンによって仕切ることが可能となっていました。前方の窓によく見ると鉄格子が見えるでしょうか? 生涯九州から出ることはなく1993(平成5)年に2輌とも廃車となりました。下回りはエンジンはDMH-17H(180ps)台車はコイルバネ式のDT22C(TR51B)で後方に写っているキハ58とほぼ同じ構成でした。 '84.2.15 鹿児島本線 久留米 P:杠 泰郎

EF66 30

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1973年9月20日落成、川崎重工+冨士重工製造、下関新製配置。後に吹田区へと転属する。最後まで残った旧更新色であったが、2010年に広島車両所に入場、新更新色になって同年5月26日に出場した。2012年に広島車両所へ回送され、廃車された。 '11.4.2 北方貨物線 吹田(信)-塚本(信) P:中司朔良

近畿日本鉄道 18200系

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1966年11月と1967年12月に京都伊勢志摩直通用特急車 モ18200+ク18300 2連5本が登場した。建築限界が狭く600Vの橿原線に乗り入れるため、長さ18,640mm幅2,670mmの600V/1500V複電圧車となっている。主電動機は大出力180kWを初採用、後に近鉄特急車の標準となった。密度の高い電装走行機器廻りに対し車内設備はやや貧弱で座席はシートピッチ930mmの転換クロスシートであった。橿原線の建築限界が解消された1973年9月からは京都伊勢志摩直通特急に通常の特急車が進出、アコモの劣る18200系は1989年9月、団体専用車「あおぞらⅡ」4連2本・2連1本に改造、20100系「あおぞら」を置き換えた。2005年12月、12200系を改造した15200系にその任を譲り老朽化した18200系は廃車となった。 '78.3 近畿日本鉄道 山田線 松阪 P:楢井勝行

381系 FH62編成

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381系FH62編成は元日根野電車区のC603編成である。2011年3月12日から運用離脱した5月31日まで特急「こうのとり」で活躍した。その後、6月3日より福知山電車区第402仕業(通常:183系)の代走を務めたが、翌6月4日に同編成の不具合で381系FH63編成が代走した。同編成は、2010年年末から2011年年始にも「北近畿」の代走を務めていた。他編成と比べて塗装状態が良いクハ381-131が含まれていたが、6月8日に福知山電車区から伯備線経由で後藤総合車両所へと廃車回送された。  '11.3.27 福知山線 生瀬-宝塚 P:中司朔良

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豊橋方 7019-7070-7751-7752-7069-7020 岐阜方 から成るパノラマカー6連である。1967年3月3次車として 7019-7070-7069-7020 4連で新製、1968年10月1次車から中間車 7159-7060 を組込み6連となる。1970年4月6次車に中間車 7159-7060 を譲り4連に戻る。1973年1月連結化工事、1977年2月M式自動連結器を取付、1990年8月7701Fから中間車 7751-7752 を組込み再度6連となる。2008年5月「名古屋本線東西直通60周年記念号 」に充当され注目を集めるも2008年6月末で運用を失い、逆さ富士の行先種別表示器が撤去された痛々しい姿で布袋駅側線に留置されていた。その後2008年9月に廃車となった。尚、現在では布袋駅も高架化工事のためすっかり様相が変化している。  '08.7.27 名古屋鉄道 犬山線 布袋 P:楢井勝行

長野電鉄 3500系 O1編成

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03系に置き換えられた営団地下鉄日比谷線3000系39輌が1993年長野電鉄に移籍、3輌組成のL編成3本、2輌組成のN編成8本、2輌組成ワンマン対応のO編成6本となった(2輌は部品取り)。01編成は モハ3521-モハ3531 から成る非冷房車である。元は1963年製造の 営団3031-3032 で50年近い車齢を有したが2012年3月末、屋代線最終列車運行終了後に須坂駅に留置されていた2000系A編成を牽引し信濃川田駅に移動、共にそのまま保管された。写真は信州中野~湯田中の区間列車を代走するO1編成。ぶら下げ式の行先表示や板張りのホームが地方私鉄らしい味わいを出していた。 '09.11.14 長野電鉄 長野線 信濃竹原 P:楢井勝行


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