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2012年8月アーカイブ

キハ40 100番代

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北海道向けの酷寒地向として'77年より製造された両運転台車の片開きドアで、キハ40系では最初に就役したグループである。車輌数は'82年までに150輌(101-250)が製造され道内で活躍し、JR以降'90年から'95年に車輌のワンマン化(700番代)に改造され、廃区分番号となった。 '91.8.11 室蘭本線 礼文-小幌 P:長岡行夫

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1963年4月から1965年9月にかけて Tcク11500+Mcモ11400(奇)-Mc'モ11400(偶) 計42輌が新製された。(ク11500は12輌のみ)10100系や10400系(改造前)は125kWモーターで出力不足気味であったため本形式は145kWモーターに増強された。先頭車前面窓が助手席側も運転席側と同じ大きさになり大型電照式特急表示器と相俟って精悍な顔つきで人気を博した。1969年5月には不足するTcを増備した。既に12200系が登場していたため車体造作をク12300に準じリクライニングシート装備のク11520が3輌新製された。標準軌各路線にてノンストップ特急・甲特急・乙特急などに幅広く活躍した。後続の特急車輌に対し接客設備の見劣りが目立ってきたため1980年4月~1982年12月に車体更新された。後継のACE22000系の登場に伴い1993年5月~1997年3月に廃車された。 '78.3 近鉄山田線 松阪 P:楢井勝行

EF65 1123

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JR西日本からJR貨物に譲渡された最後のEF65である。2008(平成20)年2月1日に岡山機関区で台車検査を受け東福山までの試運転を行い、同年の3月4日には岡山機関区にてGPSの取付が行われた。PF後期型で前面部分が完全にオリジナルの状態を保っていた1輌であったが、2011年3月のダイヤ改正後は岡山機関区にて留置状態が続いた。2012(平成24)年2月22日に8867レで広島車両所へ無動力回送され、同年3月3日に解体された。 '08.3.16 北方貨物線 吹田(信)-塚本(信) P:中司朔良

クハ103-64

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1965年5月ウグイス色で新製、池袋に配備され山手線で運用される。1973年3月浦和に転属、スカイブルーになり京浜東北線で運用される。1976年9月京浜東北線ATC化対応のため森ノ宮に転属、冷房化改造・オレンジ色になり大阪環状線で運用される。JR西日本発足以降、戸袋窓・妻窓の閉塞、スカート取付が行われた。2001年3月奈良に転属、28年振りウグイス色に戻り(但し白い前面警戒帯付き)関西本線、奈良線などで活躍する。尚、前面窓金属板押え化はこの時期に行われている。2008年6月岡山に活躍の場を移した。しかしマスカット色になること無く、車体表記も大ナラのままであった。老朽化が進んだため2010年3月廃車となった。 '09.1.1 山陽本線 岡山 P:楢井勝行

山陽電鉄2000系

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吊掛駆動自動方式の820形850形といった特急車を置き換えるべく製造された、山陽電鉄初の19m級高性能電車である。主として特急に充当することを目的としていたが、それと同時に次世代車輌のモデル的な役割も担っており、その形態は製造時によって大きく異なる。2000系はタイプⅠから、タイプⅥまであり、この2009はタイプⅡになるのだが、前面はタイプIと同一だが、前面窓は最後まで原形を保っていた2008・2009を含め、寸法は殆ど変更されずに終わっている。機器類の構成も基本的にタイプIと同一だが、主電動機は川崎製と同等の性能を備える三菱電機MB-3037-Aへ、制御器も改良型のKMC-102へ変更されている。また、台車はOK-15の実績を基に小改良したOK-15Aとなった。後に、2000系の機器・部品は現在の3000系に流用されている。 '78年 山陽電鉄本線 須磨 P:松本卓彦

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