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2012年7月アーカイブ

EF65 1009

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1969(昭和44)年10月22日製造、川崎重工+富士電機製、新鶴見新製配置。後に宇都宮・田端・稲沢・JR貨物稲沢・新鶴見・岡山・高崎へと転属し、最後は岡山機関区に転属して活躍した。昭和43年度第5次債務機の中で唯一、PS22B形パンタグラフを装備しており、岡山では珍しい大宮2色更新機であった。2007(平成19)年7月31日に廃車された。 '08.4.12 山陽本線 舞子 P:中司朔良

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前方のキハ28-2380は1964年12月に新製、水戸に配備された。その後、真岡、山形、新庄を経て1993年12月小牛田運輸区に転属となった。屋根上に常磐線列車防護無線を装備していたためクーラーの間隔が一部偏っている。後方のキハ28-2318は1963年9月に新製、和歌山に配備された。1980年10月水戸に移籍、その後、真岡、山形、新庄を経て1993年12月小牛田運輸区に転属となった。両車とも1991年「月山」用にアコモ改造(側面行先表示の取付、リクライニングシート化)されている。小牛田に転属後は主に快速「南三陸」指定席車として運用された。2007年6月キハ110系に置き換えられ保留車となり2009年1月廃車となった。 '08.1.14 東北本線 小牛田運輸区 P:楢井勝行

クハ481-324

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1975年2月 金沢運転所新製配置、写真のクハ481-324は485系A10編成の金沢方先頭車として特急「雷鳥」で活躍した。2009(平成21)年11月、交直切替機能を廃止し、クハ481-324からクハ183-712へ改番の上、福知山電車区へ転属した。転属後も塗色は変更されず、183系BB69編成の新大阪方先頭車として特急「北近畿」などで活躍した。2010(平成22)年11月30日に廃車された。 '06.11.12 東海道本線 岸辺 P:中司朔良

東急 旧5000系

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1954(昭和29)年、東横線に高抗張力鋼による軽量車体、カルダン駆動の採用、正面2枚窓の湘南スタイルで登場した新性能電車で、合計105輌が製造された。1970年代に入ると6000系や7000系のステンレスカーが導入されると、田園都市線、大井町線、目蒲線へと転属して行った。1977年になると長野電鉄への譲渡を始めとして他鉄道へ譲渡が進んだ。その中でも1983年に上田交通に譲渡された5358・5371は旧型車と連結を前提とした工法簡略化改造で、他の先頭車改造車と異なり、切妻のまま運転台を取付た。乗務員用ドアはなく、代わりに小窓が設けられ、全面窓はJR103系同様上部を内側に傾斜させた3枚窓になった。上田交通では主に5250形と連結されていたが、1986年の架線昇圧のため、わずか3年で同じ形式の5000系に置き換えられ廃車された。(写真は上田交通譲渡前の最後の点検をする同車) '83年 東急長津田車庫 P:田中健吉
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EF58 150

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1958年3月東芝府中工場で製造され、東海道本線から山陽本線へと電化が進む幹線の特急牽引用として活躍、宮原機関区~宮原運転所の所属であった。国鉄末期の1985年に運用を離脱・廃車になったが、翌1986年の民営化直前に車籍が復活、塗装を茶色に変更しそのままJR西日本へ承継された。その後イベント用としてジョイフルトレイン等の牽引に活躍したが、2009年を最後に本線での自力走行実績はないまま2011年10月31日付で車籍抹消となった。 '91.8 山陽本線 須磨-塩屋 P:泉谷 純

EF81 99

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1974年3月新製、酒田機関区配備、日本海縦貫線で運用される。1985年に長岡運転区に移る。JR発足時にはJR東日本に継承された。田端運転所に転属後1988年12月北斗星塗装となり寝台特急の牽引に活躍する。2008年2月EF81 89故障により急遽カシオペア塗装に変更され看板列車牽引に抜擢された。2010年6月カシオペア牽引は後継機EF510-500番代となった。そのためEF81 99のカシオペア牽引期間はわずか2年4か月であった。その後は常磐貨物で運用されたがEF510-500番台増備によって余剰となり、2011年8月廃車となった。 東北本線 蒲須坂-片岡 '09.12.29 P:楢井勝行

クハ489-702

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1974年横川側非貫通型先頭車クハ489-700番代が4輌登場した。形態はクハ481-300に準ずるが、片渡り構造・EF63連結のためジャンパ栓受けの数が異なり、助手席下にCPを搭載しないため点検蓋がないなど若干異なる部分があった。1985年の「白山」削減や1998年長野新幹線開業により489系が充当される列車減ったためJR西日本は余剰の489系を北陸特急に転用した。写真のクハ489-702は京キトA05編成として「雷鳥」で活躍したが2010年秋に廃車となった。 '08.3.11 北陸本線 加賀温泉 P:楢井勝行

EF81 102

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102号機は昭和48年度第1次債務にて日立製作所で昭和49(1974)年5月17日に落成した。当初は敦賀第二機関区に配置されたが、後に富山第二機関区に転属。昭和61年11月に敦賀機関区(現:敦賀地域鉄道部)に転属した。寝台特急「日本海」を中心に活躍したが、平成21(2009)年12月1日に廃車となった。 '08.1.27 P:中司朔良

長野電鉄3500系 N5編成

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1993年に在来車の置き換え用として営団地下鉄日比谷線の3000系「マッコウクジラ」を譲り受けた車両。このN5編成は営団時代に3061号と3062号を名乗っていた車輌で、東武線直通対応編成であった。2001年に冷房化が施工されたが、2012年の屋代線廃止に伴う運用見直しなどの関係により廃車となった。 '12.3.6 長野電鉄長野線小布施 P:厚木貴匡

EF65 87

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2桁代のEF65で唯一、デフロスターが残っていた87号機。平成23(2011)年3月のダイヤ改正以降は所属先の岡山機関区にて留置状態が続いていた。最後まで国鉄色を維持していた同機も平成24(2012)年1月18日の8867レの本務機次位無動力で広島車両所へ回送され、廃車解体された。 '07.12.1 東海道本線 甲子園口 P:中司朔良

キハ45-500番代

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1機関搭載の片運転台車で、1966年から1969年にかけて暖地型の0番代74輌、寒地型の500番代22輌、暖地型簡易郵便荷物車の600番代2輌の計98輌が製造された。国鉄からJRには97輌が承継されたが片運転台車で運用上小回りが利かないこともあって、民営化直後から急速に淘汰が進み、1995年に全廃となった。 '92.8.12 北陸本線 高岡 P:長岡行夫

阪急電鉄 3058

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写真の3058Fは今津線最後の非表示幕編成であり、貴重な存在であった。映画「阪急電車 片道15分の奇跡」でも活躍したが、9000系9004Fの登場により2011年9月10日に営業運転を終了し、同年9月23日に廃車となった。 '11.4.25 P:中司朔良

タム5000形

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川崎貨物駅に行くといつも並んでいたタム5000形、通称「味タム」。味の素のロゴと社名が目立つ。川崎貨物駅から急カーブの連絡線で京浜急行・小島新田駅に入り、鈴木町まで片線だけに設けられた3線区間を電車の来ない夜中に運行していた。ほとんどは「アミノ酸専用」と標記されていたが、写真の左から2輌目のタム6147は塩酸およびアミノ酸専用となっている。 '92.5.1 川崎貨物駅 P:小西和之

クロ481-2000番代

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1978年、「白山」「はくたか」を3MGとするためサロ489-1000番台10輌が製造された。1989年、JR西日本はこの内の5輌を先頭車化・3列座席化しパノラマグリーン車として「スーパー雷鳥」に投入した。白を基調とした特別編成が北陸路を颯爽と快走し画一的な国鉄時代とは異なる新たな特急列車の幕開けを感じさせた。後継の681系・683系に追われ2001年青い専用塗装で「しらさぎ」に、2003年には国鉄色となり既に脇役になっていた「雷鳥」に返り咲いた。JR化後に改造された車輌であったが国鉄色になってから鉄道ファンの人気を集めた。その後ダイヤ改正の度に「雷鳥」は本数を減らし2011年3月のダイヤ改正で惜しまれながら引退した。 '08.1.20 北陸本線 金沢 P:楢井勝行

弘南鉄道7000系

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東京オリンピックを目前に控えた1964(昭和39)年7月、東急7000系の中間車(旧番号7142)として登場した。東急では6連+2連の8輌編成の6連側の中間車とし東横線で活躍後、平成元年11月弘南鉄道に譲渡され弘南線に配属された、不運にも8年後の平成9年8月に発生した館田駅での正面衝突で休車、平成11年6月正式に廃車された。 弘南鉄道 平賀車庫 P:田中健吉

キハ82-90

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1961年から1967年までに110輌が製造されたキハ82系は、キハ81系の改良型である。キハ81系の欠点は、搭載エンジンの低出力に伴う編成の出力不足と、先頭車の非貫通構造による編成構成上での不都合等であった。キハ82系はこれらの問題に対して、中間車については全車走行用エンジン2基搭載し、また先頭車を貫通式運転台を備えて分割併合に長短の編成を組めるようになった。分割民営後はJR北海道及びJR東海にて継承されたが、2009年3月31日付ですべて廃車となった。 '89.8.12 高山本線 鵜沼-坂祝 P:長岡行夫

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