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2011年11月アーカイブ

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「ユウユウサロン岡山」は、岡山鉄道管理局向けの欧風客車として、1985年11月に幡生車両所にて完成した。落成当初は「ゆうゆうサロン岡山」という名称で、岡山発の団体臨時列車などに使用された。1993年には延命工事が施工され、このときに塗装が現在のものとなっている。JRになってからも広く使われていたが、老朽化に伴い2011年3月の運行を持って、運用を終了した。また、2002年までは、専用機関車としてEF65 123が使用されていたが、老朽化により廃車となっている。 '11.3.26 山陽本線 庭瀬─中庄 P:有木裕一

クモユニ74

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東海道本線東京口の主力が80系電車から153系,111系電車に置換わるのに当たり、これら新性能車と併結して使用する荷物電車用に、それまでのクモユニ81形の後継車として1962年から登場した(‐0番代)。モハ72形の台枠,主回路機器,台車・駆動装置等を再用した改造車だが、運転台制御機器は新性能車に合わせて一新され、空気ブレーキ装置は電磁直通方式に換装された。1964年からは中京地区用として80系電車とも併結可能な‐100番代、上越・高崎線用として更に115系電車とも併結可能な‐200番代が改造され、‐100番代から‐200番代へ再改造された車もあったが、総数31輌を数えた。郵便・小荷物扱いの縮小・廃止により漸減し1986年までに全車廃車となった。 '65.9.18 東海道本線 保土ヶ谷-戸塚 P:長谷川武利

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函館市交通局 601

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函館市交通局600形は1959年に5輌が新潟鐵工所(4輌)、汽車会社(1輌)で製造された。当初は前後対称の3枚扉だったが、1969年にワンマン化のため右側扉を埋める改造を受け、写真でもドア跡の窓や撤去されなかったステップなどに改造跡が見える。同時に前面運転席窓下部も開閉可能に改造され、あまり例のない顔つきになった。これらの改良にもかかわらず短命で、製造から14年、改造からわずか4年後の1973年に全車廃車となった。 '70.7.21 函館駅前 P:小西和之

別府鉄道 キハ101

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1934年川崎車輌製。元・国鉄キハ41057。1952年、同和鉱業片上鉄道に譲渡されキハ301となる。1974年に別府鉄道へ入線し。1984年の廃止まで使用された。野口線で運用についていたが、盆・正月の貨物運休の期間か、臨時運行の時には土山線でも顔を見せた。加古川市内に保存されていたが、2008年に解体されてしまった。  '75.8 土山─中野 P:芝地寛之

C57 187

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1946年三菱重工三原工場製のC57三次型。新潟局管内での配置が長く、ドーム前手すりも長野工場施工のタイプとなっている。1965年、新津区の僚機4号機とともに大分に転属、1967年宮崎区へ。4号機は1971年廃車となったが、187号機は日豊本線蒸機最末期まで活躍、1974年4月26日に廃車となっている。 '73.8 日豊本線 田野 P:吉葉富雄

京阪電鉄・京津線 56

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京津線50形は1932年に4両、翌年にさらに4輌が増備された。66.7‰勾配に備えて1次車4輌は発電制動、2次車は路面電車では初の回生制動を装備した記念すべき車両。しかし1949年の四宮車庫火災で全車被災、被害の軽かった52、54号だけが復旧されて56、55号と改番された。新鋭80形の増備で1968年廃車。戦後間もなく車体更新で生まれた70形も前面ヘッダーがない等のマイナーチェンジはあるもののほぼ同じ形態で、やはり四宮車庫火災を唯一まぬかれた72号が寝屋川工場の入換機械として現存する。 '64.7 蹴上 P:小西和之

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