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2009年9月アーカイブ

相模鉄道 3000系、3010系

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国鉄モハ63形の割り当て車・火災復旧車、モハ60形の戦災復旧車、サハ48形の事故復旧車という20m級旧形国電9輌からなるグループが3000系であった。1964~6年に主要機器・走り装置・一部の内装部品を再利用して、当時増備中であった旧6000系に近似した車体に更新し3010系となった。また、この時に付随車1輌(サハ3514)を新製して10輌の所帯となった。1986~87年に主回路を換装し相鉄初のVVVF制御車となり、冷房装置も搭載して3050系となった。これにより、旅客車両の100%冷房化が完了した。1998年に脱線事故を起こして走り装置を損傷し、修復・現役復帰することなく翌1999年に廃車となった。写真は、3000系から3010系への更新が進行中の頃のもので、更新済の先頭2輌の車輌番号は不明であるが、3輌目は元サハ48025改造のモハ3005、4輌目は元モハ60003のモハ3004である。3010系への全車更新が終了するまでは、このような新旧混成編成が見られた。 '65.6 二俣川 P:長谷川武利

近鉄モ5251形

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戦前、現在の信貴山口-高安山間のケーブルカーの上部に信貴山門に至る「信貴山急行電鉄」なる電車が走っていた。急勾配、急曲線が続く登山鉄道であったが、戦時中に不要不急路線として撤去。その電車は地平に降りて南大阪線を経て戦後長らく伊賀線で活躍した。もともと信貴山への観光登山鉄道の電車らしく14mという車体ながらRを描いた独特な大きな窓を持つなど、ユニークなデザインの車輌として伊賀線に転属後もファンには知られた存在だった。1977年に名古屋線で活躍した5000系(元6310、6330形)などの入線により引退した。なお、戦前には3輌あったが、うち1輌は戦前に転落事故のため廃車された。かつての信貴参急行電鉄の線路跡はバス道路となっている。 '75.11.23 上野市 P:永野晴樹

クモハ20 100番代

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もと南海鉄道山手線のモタ3000である。ただしこの電車の設計・発注などは旧阪和電鉄によるものである。その後戦時中の強制買収などの経緯を経て、国電の仲間入りを果たし、旧阪和電鉄の電車は旧電の中では最も高速性能に優れていた。この電車は阪和電鉄が発注した最後のもので、Rを描いた独特の窓や、車内の日除けには障子を模したものを用いるなど「和風」的デザインも最後まで保っていた。旧国電では独特のデザインを最後まで保ったが、1967(昭和42)年に引退、その代わりに関東で余った73系などが入って、阪和線の電車は著しくひどい状態となった。 '61.6 鳳-東羽衣 P:永野晴樹

キロ29 503

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キロ29 503
JR西日本 米子運転所(現在の後藤総合車両所)配置のキハ58系気動車ジョイフルトレイン「ふれあいSUN-IN」3輌のうちの唯一のキロ29。3輌中この車輌とキロ59 506 は平成19年7月6日に、キロ59 505は平成20年11月17日に廃車となった。
写真は、はるばるJR東日本管内までやってきて飯山線、小海線に入線した際のもの。飯山線復路の9102D。 飯山線 蓮 P:熊木裕一

EF12 14

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EF12形はEF10形の出力増強タイプとして1941年から1944年にかけて17輌が製造された。1600kWの出力を有し、戦前型電気機関車の最高峰として旅客用のEF57形と双璧をなした。14号機は15号機と共に1944年の製造で、誕生順では最終グループである。本機は国府津を手始めに水上,高崎二,宇都宮と職場を替え最終的には高崎二区で1977年12月に廃車となった。 ’75.11.23 上越線 井野 P:長谷川武利

秩父鉄道 デキ7

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秩父鉄道にデキ6・7は、ともに1925(大正14)年、英国イングリッシュ・エレクトリック製(車体・台車などはノース・ロコモチブ、主電動機はデッカー)。1952(昭和27)年の1200vから1500vへの昇圧に伴い、電動機出力が149.2kW(600v)×4から186kW(750v)×4となった。パンタグラフは当初2基だったが、戦時中に1基に変更されている。1976(昭和51)年さよなら運転が行なわれ1977(昭和52)年に廃車されている。 '70.2.11 寄居 P:柿浦和敏

クハ103-751

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'74年から登場の103系電車の制御付随車クハ103形。山手・京浜東北・根岸線の首都圏通勤線区のATC化計画に伴い、車輌側の機器搭載対応としてマイナーチェンジを実施。高運転台構造となり、その分面長な印象を和らげるべく窓下にステンレスの飾り帯を設置。写真の-751は、78年度本予算により、'79年川重製。新製は山手線の品川区。このタイプは、77年以降に製造された車両輌で前端の雨樋形状が大型となったタイプ。また、車内のスタンションポール、網棚受け等がSUS無塗装化された。首都圏を代表する顔的な存在であった。同車は'85年、205系投入と埼京線用として川越区に転属。うぐいす色を纏って活躍するも、'91年同線205系化で豊田区に、オレンジバーミリオンを纏って青梅・五日市線で活躍。'02年01月廃車。 '88.5.29 山手(埼京)線 池袋 P:梶村昭仁

阪神電鉄 3501形

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3501形は3011形に次ぐ急行用大型車として1958年に登場し、3扉ロングシートで今に続くレイアウトを持ち、2連窓で車体の裾に丸味を帯びたスマートな車体に赤い胴回りから「赤胴車」と呼ばれた。昇圧や冷房改造などが行われたが、基本的に大きな改造なく活躍し、平成元年に8000形が増備されると引退した。 P:深山剛志

キハ11 111

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キハ11は寒冷地用の両運転台車で1955年から製造され、北海道用に耐寒仕様にしたものは100番代となり、そのラストナンバーが111という「オール1」と言うゾロ目番号となった。キハ11は1980年頃までに国鉄からは引退したが、茨城交通に譲渡されたキハ11 25は近年まで活躍し、現在は大宮の鉄道博物館で動態保存されている。 '76.3 五能線 深浦 P:永野晴樹

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