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近鉄モ800系

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1955(昭和30)年、大阪線用試作高性能車モ1451形に引き続き、近鉄奈良線特急用高性能車800系が2M1Tの3連でデビュー。当時の奈良線は旧生駒トンネルをはじめとする限界狭隘なトンネルが数か所あり、車幅2500mmに制限され、パンタグラフもシューの幅が短い独特のものを装備していた。在来車は15mの小形車だったが800系は18mとし、スイスの技術を導入したシュリーレン式台車や一枚ガラスによる下降式窓など、側面はあたかもスイスの電車そのものと言えるスタイルであった。特急は大阪の上本町~近畿日本奈良間を鶴橋、大和西大寺の2駅停車で30分で走破。後にTを増備して2M2Tの4連となり活躍した。この時代でも35‰の生駒越えの急勾配を70㎞/h以上で軽快に駆け上った。1964(昭和39)年8月の新生駒トンネルの開通と、数か月後の奈良線の限界拡幅工事の完成と共に20m級の900系や新製の8000系が全線に亘って進出するに及び、800系は特急運用から引退。しかし8000系の増備がままならず、吊掛けの旧形車ともどもラッシュ時の天理線直通準急や昼間の急行に活躍した。写真は800系が旧奈良市内の古都の面影を残す併用区間を走行する姿。市電とは異なり軌道内クルマ進入禁止だったので、制限速度は40㎞/hで、万が一軌道内に乱入するクルマがあると、猛烈なタイフォンを鳴らし、蹴散らしながら走行して定時ダイヤを確保した。 ’65.8 油坂─近畿日本奈良 P:永野晴樹

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2008年7月   

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