鉄道ホビダス

鹿児島本線の最近の記事

紅一点

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優等列車が発着する長いホームに、ポツンとディーゼルカーが一輌。鹿児島交通の乗り入れ車輌でした。 '83.3.28 鹿児島本線 西鹿児島 P:倉田秀夫

風の噂で...

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風の噂で博多行きの「あさかぜ」がなくなると聞いて撮影に行きました。国道端から撮影できる数少ない絶好ポイントでしたが、一人でのんびりと撮影できました。後年再訪した際は条件が合わなくなってしまったように思います。 '85.1.5 鹿児島本線 門司ー小倉 P:綿崎真澄

それぞれの運命

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熊本区の機関庫内で休息を取る79602と69616。撮影の約1年後には69616号機は廃車に、79602号機は遠く北海道の倶知安へ渡りさらに鷲別、滝川、追分と各地を転々とした後1976年3月の構内入れ換え仕業で国鉄蒸機の最後を飾った。 '72.6.14 熊本機関区 P:吉岡勝行

南国のハドソン

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鹿児島電化はまだ少し先になる頃、鹿児島本線の熊本以南旅客を受け持っていたのはC60、C61。出発準備が整ったC60が誘導員によって給炭場を後にした。 '63.12.23 鹿児島機関区 P:中島正樹

クハ181南へ

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クハ181から改造されたクハ481-501による「有明」。廃車解体と思われていたクハ181がクハ481に改造され、九州に広域転配という前代未聞のトピックスは、当時のファンを大いに驚かせました。 '84.8 鹿児島本線 西鹿児島 P:矢島和明

ラストナンバー

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昭和40年代のレンガ造の熊本機関区に休む特急「はやぶさ」運用のC61 33。 '65.8 熊本機関区 P:中川弘一

鳥栖機関区

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鳥栖駅のホームから眺めた夕方の鳥栖機関区、給炭設備を中心に多くのカマが憩っていた。カマは主に久大本線用の8620やD60、鹿児島本線の交流電化はすでに完成していた。 '69.2.10 鹿児島本線 鳥栖機関区 P:中島正樹

C57 192

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タブレットキャッチャー装着のため、ナンバープレートがキャブから少しはみ出したC57。宮崎からの出張で誇り高き宮崎区の砲金製区名札が見られます。 '72.8.6 鹿児島機関区 P:石地康司

揃い踏み

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昭和59年に九州ブルトレにヘッドマークが復活したので、翌60年3月に九州撮影行を決行。その際、門司機関区の見学許可を頂き構内を撮影したあと、検修庫にずらりと並べられたヘッドマークに感動。今やブルトレも過去帳入り。 '85.3.18 門司機関区 P:今井博茂

「明星」到着

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いい夢、見ることができたかなぁ? '81.5.3 鹿児島本線 小倉 P:小林慎治

電蒸列車

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濃霧の中に姿を現したED76+C61の電蒸列車。鹿児島本線の電化工事もすでに最終段階で訓練運転が行われていた。この列車は山野線に入る回送C56を尻尾に付けている。 鹿児島本線 木場茶屋-隈之城 P:中島正樹

ハプニング

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一般公開中の庫内で、突然、機関車の信号炎管が作動し、辺りは騒然となりました。 '78.5.5 門司機関区 P:小林慎治

ハドソン街道

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鹿児島区の旅客用大型蒸機が次々とやってくるこの伊集院付近は、一日ずっと粘っていても全く退屈しませんでした。 '69.3.26 鹿児島本線 伊集院 P:村木勝義

門司港構内

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九州の鉄道の、重要な拠点だった「門司港」。駅舎の右隣は、門司鉄道管理局のビルです。  '78.5.5 鹿児島本線 門司港 P:小林慎治

マスコット

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鹿児島機関区のマスコットB20 10は健在でした。構内で石炭を積んだ貨車を移動したりして、元気に動き回っていました。 '69.3.26 鹿児島機関区 P:村木勝義

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構内で入換え作業をしていた48679号機は形式入りナンバープレートと切欠きテンダが印象的でした。 '69.3.26 西鹿児島 P:村木勝義

蒸機王国

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鹿児島機関区もまだこの頃は蒸機王国でした。C60、C61の旅客用大型蒸機やD51、C57、C55、C12など、また、入れ替え用の86やB20もいて圧巻でした。この日は、DD51 621が特急あかつきのヘッドマークをつけ、1輌だけ佇んでいるのを見かけました。 '69.3.26 鹿児島機関区 P:村木勝義


クハ481-501

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クハ181からの改造車クハ481-501。赤帯はカッコイイですが、車高の低さにとても違和感を感じた想い出があります。 '84.8.12 熊本 P:浅川卓也

新年の小倉駅

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36年前の、正月を迎えた小倉駅。何の特徴もない駅ビルも、今となっては、懐かしい思い出です。 '79.1.5 小倉 P:小林慎治

発車前

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C59牽引旅客列車の発車間際。カレチ氏が機関士に列車編成(車輌数)、換算重量等を通告中している懐かしい光景。 '65.8 熊本 P:中川弘一

駅の喧噪の中で

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ホームの立ち食いうどん・そばって、なんであんなに美味しいのでしょうか。 '81.5.3 小倉 P:小林慎治

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ポツポツと雨が降りだし、急いで海老津駅まで戻る途中で撮った、梅雨の思い出です。 '78.6.4 赤間-海老津 P:小林慎治

東シナ海を望

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東シナ海を望む美しい海岸線に沿って、ED76が牽引するローカル列車がやって来ました。沿線の風光は今も変りません。 '83.8.6 西方ー薩摩大川 P:宮城浩志

ちょっと一服

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黄色いヘルメットの保線係の職員さんが、ホームに上がって、ちょっと「一服」。 '78.6.4 小倉 P:小林慎治

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初の九州旅行の日にすれ違った乗車中の寝台特急「はやぶさ」の車内から撮影した向日町運転所所属のL特急下り「有明3号」。月光型と呼ばれたこの583系は昼夜不眠不休で頑張る「鉄人」である。 '83.7.29 博多-竹下 P:熊谷孝志

夕刻の583系

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1979年のお正月DF50を撮影するために南九州へ。その時の西鹿児島駅でのスナップ。左は17時07分発は博多行1022M「有明」、右は16時50分発新大阪行24M「なは」。「なは」が新大阪に到着するのは明朝7時35分である。現在、鹿児島中央発16時11分の「さくら」に乗れば博多で「のぞみ」に接続しその日のうちに東京に着いてしまう。まして新大阪なら19時55分の「みずほ」が23時37分着。夜行列車は廃れるはずだ。 '79.1.3 西鹿児島(現鹿児島中央)駅 P:長友克行

レンガ庫

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熊本駅の奥にあっレンガ造りの機関庫。クラシックな姿は大正生まれの機関車と一緒だと一段と風格があるように見えました。 '72.8.7 熊本機関区 P:石地康司

「おおよど」

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初めての九州旅行で、念願だった特急「おおよど」を撮影しました。 '77.8.10 博多 P:采女 誠

関門の主

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下り寝台特急の牽引を終えた"銀のEF81"は、次の仕業に向かいました。 '79.1.5 門司 P: 小林慎治

電化前夜

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首尾よくC61 13を撮りおえてホッとしていると突然走行音。なんとDD51 571が両パンタのED76と車輛限界測定車オヤ31等を従えての「おいらん列車」。電化は秒読み段階だった。 '70.7.16 伊集院 P:森瀬壽三

151系 発車

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昭和40年当時、151系ボンネット特急電車は直流用のため交流区間の九州は乗り入れで出来なかった。そこで、九州の区間をED73形電気機関車で牽引し、電車用のサービス電源供給のためサヤ420を間に連結して運行された。8時45分博多駅発特急「4Mつばめ号」が新大阪に向かって発車しいった。 '65.8 博多 P:中川弘一

西日を受けて

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鹿児島駅で入換え業務をこなすC55 52。屋根の向うに桜島の勇姿が見えます。 '72.8.6 鹿児島 P:石地康司

80年代の小倉駅

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門司港行きの到着です。あれから30年以上経ち、ホームの様相もすっかり変わりました。 '81.5.3 小倉 P:小林慎治

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東京からやってきた寝台特急「さくら」は九州管内を博多駅までED73でやってきました。博多から先は、非電化区間になるのでED73を切り離して蒸機に機関車交換する直前です。 '65.8 博多 P:中川弘一

夕映え

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門司から夜行で南宮崎を経由、宿も決めずたどり着いた西鹿児島駅。振返ると夕映えに「西鹿児島」の文字が、ひときわ旅情を誘った高校2年の夏休み...。 70.8 西鹿児島 P:中浦秀和

重連快走

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八代付近を快走するC60・D51重連の140レ。珍しくC60 が前補機。手前の線路は肥薩線だが、蒸機とともに消えた「踏切注意」交通標識の1号機関車風イラストが懐かしい。  '70.7.17  八代 P:森瀬壽三

最後の勇姿

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電化直前、C60・C61最後の活躍を求めて伊集院で下車。運良く127レ牽引のC61 13 を撮ることができた。この角度から見る門デフC61には独特のスピード感がある。 '70.7.16 伊集院 P:森瀬壽三

ED76快走

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古いネガを整理していたら、"流し撮り"の練習をしていたときのコマを見つけました。 '79.1.28 門司-小倉 P:小林慎治

有人踏切

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踏切警手が白旗を振る中を発車してゆくC60牽引の普通列車。当時は全国どこでも見られたごく日常の風景だった。 '69.12.20 伊集院 P:鈴木博之

イベント四重連

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B20 10を先頭にC55+C12+8620+一般客車3輌のイベント列車が、25㎞/hほどの超ロースピードで、鹿児島を目指した。併走する国道には、懐かしい車のギャラリーが。「SLブーム」が始まった頃のひとこま。 '69.7 重富-竜ヶ水 P:中浦秀和

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子供の日に、門司機関区が一般に公開されることを新聞記事で知り、友人と出かけました。「EF10 35」や「EF81 301」の内部が公開されていて、列ぶことなく見学できました。薄暗い工場内でのピンボケ写真も、良い思い出です。 '78.5.5 門司機関区 P:小林慎治

C59「みずほ」

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昭和40年の夏、熊本電化を控えて最後の活躍をするC59が「みずほ」を牽引して博多駅を発車する。C59は終着駅熊本までの旅。撮影時期はお盆で、その他蒸機牽引の多くの臨時列車が走り活気で満ちていた。 '65.8 博多 P:中川弘一

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学生時代にアルバイトで稼いだ旅費で九州へ旅行しました。熊本駅から西鹿児島駅へ向かう途中に、列車交換でC61牽引上り特急はやぶさが佐敷駅を通過しました。側線にはD51が待機しており、駅には荷物用のリヤカーが見受けられる懐かしい駅風景です。 '65.8 佐敷 P:中川弘一

撮りたかったC60

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電化1年前で電化工事が各地で進められていた。架線柱がない場所を探してこの場所に来た。夏でもあり煙は期待出来なかったが、撮りたかったC60は撮影できた。初めて見るC60に満足した。 '69.8.20 伊集院-東市来 P:内田博行

門司の扇形庫

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門鉄局無煙化達成後の門司機関庫は、主にDLの「ねぐら」として使用されていました。現在、扇形庫は解体され、「北九州貨物ターミナル駅」となっています。ただ、扇形の跡は、今でも確認できます。 '78.5.5 鹿児島本線 門司機関区 P:小林慎治

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学生時代の夏休みに九州旅行に出かけました。前日は熊本駅で一泊した後、各駅停車で鹿児島に向かう途中の停車中に下りC61「はやぶさ」がやって来て停車中にテンダーでは、石炭をスコップで掻き寄せる作業を行っていました。 '65.8.20 出水 P:中川弘一

並走

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西鉄北九州線(路面電車)の、手向山トンネルから赤坂電停までの間に、鹿児島本線下り線と併走する「絶景ポイント」がありました。 '79.1.28 門司-小倉 P:小林慎治

昭和の一こま

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ホームにあった、水飲場や洗面台、吸殻入れなど、いつの間にか、見かけなくなりました...。 '81.5.3 小倉 P:小林慎治

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八代付近の築堤を全速力で駆け上るC61。終着の西鹿児島まではまだまだ遠い。 '70.3.28 八代-肥後高田 P:松崎昌一

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南国の強烈な日差しが注ぐ中、乗客たちは皆屋根付きの場所に集まっていた。やがて到着した上り列車を引く蒸気機関車を見て一様にウンザリとした顔をしていた。 '70.7.25 上田浦 P:松崎昌一

薩摩路のC60

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翌月に交流電化を控えた鹿児島本線南部、最後の蒸機を求めて暑さにもめげずにやって来た。ただ土地勘に乏しく、やっと見つけたシュロの木を取り込んで南国らしさを表現してみた。 '70.8.6 木場茶屋-隈之城 P:中島正樹

南国のハドソン

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電化工事が始まりハドソンC60最後の活躍の舞台となった鹿児島本線。同じハドソンのC61に比べてテンダーが長い分バランスがよかった。夕方の222レを牽いてやってきたのは鹿児島機関区のC60 18。 '69.2.9 湯之元-市来 P:鈴木博之

さらばC60

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電化はまだ6か月先であったが鹿児島近辺ではすでに架線まで張られていた。夕方の22レはC60 28号機牽引でやって来た。私にとってこの列車が鹿児島本線最後の蒸機列車撮影となった。 '70.4.3 西鹿児島-上伊集院 P:内田博行

「有明」との出会い

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九州内の特急として誕生した「有明」は一般公募で命名された。公募のパンフレットは今も大切に持っている。1往復の設定のためなかなか撮れなかったがやっと駅交換で撮ることが出来た。 '70.3.27 上伊集院 P:内田博行

早春の薩摩路

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南国南九州の春の訪れは早く3月下旬には菜の花畑は満開になる。黄色に染まった菜の花畑を真っ黒なD51が駆け抜けて来た。 '70.3.30 上田浦 P:松崎昌一

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鹿児島本線の洞海湾沿いには、岸壁から直接船に石炭を恥込む施設がありました。D60の後方に見える一段高い線路に石炭専用貨物車セラを引いていき、セラの下部ハッチを開け、石炭を船に積み込んでいました。若戸大橋も見えます。 '74.7.20 西戸畑 P:衛藤哲也

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