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私鉄・専用線 その他の線区一覧

2008年05月27日

ラサ工業時代のC10 8

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新型ディーゼル機関車への置き換えにより、引退が決定していたラサ工業のC10 8号機。あれから32年、大井川鐵道で今も活躍するとは思いませんでした。 1976.4.1 ラサ工業 宮古工場専用線 P:石橋良章


投稿者 Yamashita : 2008年05月27日 20:47 | コメント (0)

2008年05月14日

コッペル健在

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九州旅行のついでに貝島炭礦へ行った。九州のどこだったのだろう…。よく思い出せないくらい遠い記憶。小さな蒸機が働いていた。 '74.3.22 貝島炭礦 P:吉村忠修

投稿者 Yamashita : 2008年05月14日 17:49 | コメント (0)

2008年02月14日

ED32牽引お座敷列車

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伊豆箱根に国鉄からお座敷列車が入線するということで、まずは函南で東京区ゴハチ牽引の姿を撮った後、県道ショートカットで先回りして待っていると、大きなヘッドマークも誇らしげにED32がシナ座を従えてやって来ました。 '82.7 伊豆箱根鉄道駿豆線 三島二日町-大場 P:幾代 裕

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投稿者 Yamashita : 2008年02月14日 13:20 | コメント (0)

2007年05月09日

筑波鉄道乗り入れの12系

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行楽シーズンの筑波山への足として、国鉄から筑波鉄道へ乗り入れる12系客車の筑波号、普段は寝ているDD501の晴れ舞台です。 ’83.5.5 筑波鉄道 P:幾代 裕

投稿者 Yamashita : 2007年05月09日 21:36 | コメント (0)

2006年09月18日

蒸機健在なり!

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国鉄の線路上からは煙が消えましたが、ここではまだ蒸気機関車が健在でした。国鉄線との貨車の受け渡しは、いつも輌数が多くて感心していました。しかも貨車の種類も多く、ワム代用なのか冷蔵車も使用したりして、何を積んでいるのか気になっていました。この日はワキが入って来ました。 ’76.4.2 ラサ工業専用線 P:阿部 淳

投稿者 Yamashita : 2006年09月18日 14:32 | コメント (0)

2006年08月22日

車窓から撮った「あまぎ」

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小学生の頃、家族旅行で伊豆稲取へ向かう途中、特急「あまぎ」が追い抜いていった。各駅停車の車窓から夢中で撮影した古き思い出の一枚。 ’69.7頃 伊豆急行線 川奈 P:竹内正行

投稿者 Yamashita : 2006年08月22日 12:43 | コメント (0)

2006年06月14日

阪和貨物線

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阪和貨物線は家から近く、暇さえあればよく撮影にでかけていました。ここでは機関車の重連が多くありましたが、中でもEF15の重連が大のお気に入りでした。そんな思い出の一杯つまった阪和貨物線も2004年7月より休線となってしまいました。再びここに列車が走ることがあるのだろか・・・。 '84.10.27 P:山田 優

投稿者 Yamashita : 2006年06月14日 14:32 | コメント (0)

2006年03月20日

20t入換動車

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国鉄工場向け20t入換動車の、出荷準備に遭遇しました。車両限界の関係で屋根を外すんですね。この後シートを掛けられて、福島駅との境界の辺りまで10t入換動車で運ばれました。 '81.3.26 福島市 協三工業専用線 P:阿部 淳

投稿者 Yamashita : 2006年03月20日 12:36 | コメント (0)

2006年03月03日

客車特急の行灯

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鉄道90周年の博覧会場では、屋外に数々の車両を展示したほか、往年の「つばめ」を始め客車特急の行灯も見られ、客車時代が短かった「はつかり」が印象に残った。 '62.6.16 東京・晴海 P:内藤健作

投稿者 Yamashita : 2006年03月03日 15:45 | コメント (0)

2006年01月05日

新金谷の正月

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国鉄蒸機全廃後の4か月後に、C11 227によるわが国の本格的な蒸機復活運転を始めた大井川鐵道。「手の届かない遠くへ行ってしまった彼女に再び会う事が出来る」という計り知れない感動は涌き上がったものの、何かしっくり来ない。そう、彼女の走る線路の上には架線が張ってあるのだ。「架線の下は電機が走るもの」という身体に染み付いた感覚はそう簡単には拭い切れない。重い腰が上がるまで5年もかかってしまった。標津線中標津駅で見かけてから6年半振りの彼女は、以前と同じように元気だった。「やはり、蒸機は火が入ってこそ蒸機だ!」今までの躊躇いも吹っ切れた。大井川鐵'道に足繁く通うようになったのはそれからだ。85年正月、重連運転があるという情報を貰い、車を持っている友人を説得し、彼女に会いに行った。タイから奇跡的に戻ったC56 44と共に、日章旗としめ飾りでおめかしした彼女は、ひときわ輝いて見えた。 '85.1.2 新金谷 P:矢野登志樹

投稿者 Yamashita : 2006年01月05日 10:03 | コメント (0)