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さいはての駅

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今は廃線になってしまった天北線。クッチャロ湖に近いが下りる乗客は一人もいない。厳しい自然に荒れ果てた駅舎がとっても胸を打ち、旅の実感がこみあげた。 '78.8.2 山軽 P:蒲生 洋

銭函海岸

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この日は「さよならC62」重連が運転された日。本命を待つ間に試し撮りしたED76+一般客車。普通列車でも長大編成はさすがに本線ならでは。 '72.8.27 張碓-銭函 P:川瀬 剛

テンダーの影

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午後の時間帯に常紋越え撮影のために山に登り、陽が出ていたおかげで比較的寒さを感じることはなかった。このとき何人か同じ場所で撮影していたがD51のテンダーに自分の影が映っていたことを現像してから発見した。 '75.2.23 金華-常紋(信) P:宮山幸雄

憎きDD51

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『SLダイヤ情報』によると、このコンテナ列車はD52の予定だったのですが、この日やって来たのは当時は憎きDD51でした。 '72.8.26 落部─野田生 P:川瀬 剛

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山線の急行ニセコの定期運用廃止の報に、最後に勇姿を見ようと廃止1日前に渡道した。かつての重連運転はもう見られないと思いつつ、小雨が降る晩秋の上目名の峠で待っていると、なんと回送客車をつけた重連。149キロポスト、名優最後の晴れ舞台を見送る人は誰もいなかった。 '86.10.30 熱郛-目名 P:齋藤孝行

14時30分発322レ

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塩狩は、私の心に残る撮影場所の一つである。駅の近くにユースがあり良く利用させていただいた。特に冬場の撮影は、列車到着に合わせユースを出て、撮影後再び戻って身体を温めたことを思い出す。  機:C55 30〔旭〕  補機DD51 '71.1.1 P:小西 明

西様似駅

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駅を降り立って撮影ポイントまで向かうとき、ふと振り返ると材木が沢山積み上げられていました。その時、駅舎となんともマッチングしてるなぁと思いシャッターを切りました。 '48.3.28 西様似 P:川瀬 剛

秋晴れの美幌

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好天の秋日、美幌を出発するC58 395牽引の575レを良い光線で捉えられました。遠方には相生線の29657の姿も見えます。 '74.10.13 美幌 P:齋藤隆行

D61に会いに

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留萌本線のお目当てはD61。ステーションホテル(駅寝)を懐かしく思い出す北海道でした。 '74.7.28 留萌本線 峠下─恵比島 P:吉村忠修

倶知安発車

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倶知安駅の下り方でのC62重連の整備や発車シーンの写真は何度となく目にしている。この一枚は、上り方。函館に向けてC62重連が発車する数カットのうち、機関助士がはっきり写っている一枚を選んだ。 '69.3.8 倶知安 P:高橋孝一

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「ニセコ1号」の前に露払い列車のようにラッセル車が出動して線路わきの雪をラッセルしてきた。ラッセルした雪がこちらに飛んでくる。どうしようかと思う間もなく羽の向きを変えてくれた。 小沢─倶知安 '70.3.14 P:内田博行

快晴の山線

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「蝦夷富士」羊蹄山がキハのガラスやボディに映っている。本命でなかったこれらのキハの写真も、40年を経た今、大変貴重なものに思えてきた。 '69.3.7 倶知安 P:高橋孝一

小樽築港機関区

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扇形庫の中からの一枚。一次型D51「なめくじ」がピットに入ってくるところ。左にはD51、右にはC62の2号機が休んでいる。なんとも、すごい機関区だった。 '69.3.8 小樽築港機関区 P:高橋孝一

トンボ重連

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テンダを背中合わせにしたD51重連のセキが夕張からやって来た。わずか一駅間の運転で、直ちに本務機は解放され、単機で出発して行った。JR北海道のC11「SL冬の湿原号」における「トンボ重連」は、記憶に新しい。 '75.3.7 鹿ノ谷 P:佐々木裕治

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宗谷本線の旅客列車が無煙化され、さよなら列車が運転されたのは半年後だった。長年客車の先頭に立ったパシフィックC55・C57の姿は既になく、雨の子供の日列車を引いたのはキューロク重連だった。 '75.5.5 多寄 P:佐々木裕治

力闘!522列車

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1527列車撮影後、美幌で交換した522列車をとらえる。このときは1週間ほど美幌を拠点に精力的に午前は北見~網走間、午後は常紋と効果的に撮影。C58 33とは毎日のように遭遇していた。 '75.2.28 美幌-緋牛内 P:宮山幸雄

雪晴れの銀山

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山線の銀山駅は晴れ。駅舎の軒にはツララも下がっている。今、安全運行のためのタブレット交換が行われている。 '70.2.9 銀山 P:高橋孝一

機関車は強し

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北見駅付近で撮影ポイントを探索中に踏切事故に遭遇。右側に止まっている車(おそらくトヨタカローラ)とD51が衝突したようだ。D51 150は一見したところほぼ無傷で警察の検証が終了後自力で発車していった。 '75.2.26 北見-東相ノ内 P:宮山幸雄

「乗って行け」

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北海道屈指の豪雪地帯。この日も2m以上の積雪でした。「蕗の台」から1㎞地点での撮影中、突然、9600牽引の混合列車が線路上で停止。何事かと思ったら「乗って行け」。初めて運転席に乗せてもらいました。その時の機関士、助手さんです。おおらかな時代です。 '72.12 蕗の台 P:平林寛信

しばれる朝

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気温氷点下20℃鼻毛が凍るほどの寒さのため1527列車はシャッターがかぶり気味。その後、美幌で交換した522列車はご覧のとおり無事撮影できた。 '75.2.26 緋牛内 P:宮山幸雄

D61+D51重連

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羽幌炭鉱閉山後も三井芦別から留萌港に向け運炭列車が設定されており、滝川→深川間では僅か1両となったD61がD51と重連でセキを牽引する姿を見ることができた。 '74.7.14 妹背牛-深川 P:佐々木裕治

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