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山陽各線の最近の記事

播但の主

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和田山で見た1962レのDD54 33はきれいな姿だった。わずかな貨車を従えた播但線の主は大馬力の持ち主。牽引力に対し不本意だったように思えた。 '78.11.23 P:野々村康久

キハ181系堂々

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間もなく電車化される「やくも」を撮るため日野川鉄橋へ。架線下のDCは好みではなかったのですが、その長大編成を目の当たりして、不満も吹っ飛びました。 '82.5 伯耆大山-米子 P:赤座安彦

撮影記念

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早朝、いつものDCで1年ぶりに信号場を訪れると、顔見知りの助役さんが、「この春頃から、ブームで急に訪れる方が増えたので、信号所のスタンプ作ったんです!」と微笑みながら、自家製の時刻表に押してくださった! とっても嬉しかった! '69.8.10 布原信号場 P:中浦秀和

細江貨物ヤード

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現在の下関駅から、東に約1kmの場所に、かつて鉄道連絡船と接続していた、元の下関駅の跡地があり、貨物ヤードとして使用されていました。ただ、車輌の出入りは少なく、事業用車や幡生工場での解体待ちの車輌が留置されていて、とても"楽しい"ところでした。 '79.3.3 細江貨物ヤード(旧下関駅) P:小林慎治

山陽本線全盛時代

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三原発急行「びんご」を退避させ、宇野発特急「ゆうなぎ」が岡山駅に到着した。急行、準急にもヘッドマークが取り付けられ華やかであった。山陽本線の全盛時代は何時間いても飽きることはなかった。 '68.8.10 岡山 P:内田博行

伯備線のDE10

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この日運転されたD51三重連921レを撮影後、帰りの922レを待っていると、D51ではなくDE10重連でやってきた。その後増備されたDD51に置き換えられたため、DE10活躍の期間は短かった。 '72.2.13 備中川面 P:鈴木博之

年輪

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電車も年を取ると「しわ」が増えるんだなぁ、と思いながら、跨線橋からシャッターを押しました。 '80.3.28 小野田 P:小林慎治

「瀬戸」の昼寝

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宇高連絡船から降りると駅の構内にブルートレインが見えた。寝台特急「瀬戸」が出番まで昼寝をしているように見えた。 '78.8.26 宇野 P:野々村康久

うららかな日

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伯備線を島根県植樹祭のD51お召が走った日、沿線はどこもカメラの砲列が敷かれた。山間地へ入る手前のレンゲ畑で待機したが、列車の接近に驚いた野バトが突然舞い上がった。 '71.4.21 伯備線 伯耆溝口-江尾 P:中島正樹

さよならD51

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山口線のさよなら列車のひとコマです。給水塔が今でも当時の面影を残しています。ちなみに、D51 194号機は紆余曲折を経て津和野駅の傍に鎮座し、C57やC56の奮闘を見守っています。 '73.9.30 P:山縣 博

増結「はまかぜ」

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いつもなら、編成すべてが画面に収まるはずの「はまかぜ」だったのですが、多客期の増結を、すっかり忘れてこの有様。 '77.7.26 長谷-生野 P:芝地寛之

山陽各線

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