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御殿場線の最近の記事

15番へ後進 !

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向きを変え終わり逆転機は後進位置に。炭台に向け動き始める。機:D52 72。 '68.6.24 国府津機関区 P:青木一郎

投炭訓練

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蒸機配置の機関区には機関助士の技量向上のため投炭訓練台が設置されており、模擬火床への投炭で散布状態を把握していた。これは写真展示用に訓練を再現させた際の一コマ。模擬火床はD50相当。 '68.9.5 国府津機関区 P:青木一郎

D52 70プラ・ナンバーに

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かつての御殿場線のヒーロー"D5270"が引退して4年、山北駅構内に記念公園が完成。しかし、世は、蒸機ブームの真っ最中! 盗難防止のため、栄光のナンバープレートがすべて、黄色のプラスチック製に付替えられてしまった...。 '72.8 山北 P:中浦秀和

夜汽車の光と影

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夜空に舞う白煙。響く汽笛と車輪のリズム。想いをのせて夢のせて、旅立つ夜汽車の光と影。国府津発御殿場行、931列車。 '67.10.25 国府津 P:青木一郎

投炭作業

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発車に備え投炭が続く。散布位置の微妙な調整は「自動給炭機よりやはり、手」の言葉が印象に残った。 国府津発沼津行、927列車 機:D52 72 '68.6.12 御殿場 P:青木一郎

沼津駅午前2時

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東海道線工事に伴う計画迂回で、上下計5本が前後をD52に挟まれ急坂を登った。間もなく発車、前機に続く後機からの長い汽笛吹鳴が今も耳に残る。大阪発東京行44(御殿場線内4044)列車。機:小郡から応援のD52 61。 '65.6.20 沼津 P:青木一郎

電蒸運転

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御殿場線の蒸機廃止まで1か月足らず、蒸機の助けを借りた電機の練習運転が始まった。御殿場では停車時間を利用して名残を惜しむ機関士らの記念撮影が行われていた。 '68.6.9 御殿場 P:中島正樹

三役揃い踏み

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電化間際の駿河小山構内。ちょっと遠いが左から、小田急乗入れの「銀嶺」、D52 70(山北駅・静態保存)、試運転中の73形電車。歴史の匂うワンシーン...。 '68.4.21 駿河小山 P:中浦秀和

天下の嶮のD52

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豪快な汽笛一声! 電化を間近に控えながらも、最後まで力を振り絞るD52 70(山北駅静態保存)だった。 '68.5.9 谷我 P:中浦秀和

迂回列車

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東海道本線の小田原市内でガード拡張工事があり、一部の上り夜行列車はD52の後部補機付で御殿場線経由となった。早朝の濃霧を突いて急行「伊勢・那智」がやって来た。 '65.6.20 富士岡-南御殿場 P:中島正樹

富士山と73系

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何といっても御殿場線の鉄道写真の醍醐味と言えば、日本一の富士山と電車の組み合わせだろう。いつもは長いレンズは余り使用しないのだがこの日は、望遠レンズを付けてみた。カメラのファィダー越しに雄大な富士が顔をのぞかせた麓を、旧国電73系電車がモーター音軽やかに駆けぬけて行った。 '79.2.2 御殿場─足柄 P:伊藤正巳

D52惜別

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御殿場線は1968年7月1日に全線電化された。その前日の蒸機最終日には、D52の前面には惜別の飾り付けがされていた。その後、この70号機は山北駅に隣接した公園に保存されている。 '68.6.30 御殿場 P:内田博行

D52発車!

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私が小学校1年生の時の写真で、当時警察官だった父親が撮影した写真です。電化を間近の頃、駅長さん(?)と機関士さんに顔をのぞかせてもらった貴重な写真です。御殿場線のD52には珍しく迫力のある黒煙が上がっています。 '68年頃 富士岡 P:佐藤明彦

真白き富士の嶺

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冬の御殿場路、雄大な富士が真っ青な空に映える。冷気を震わせ御殿場に向かう貨684列車。 '65.12.31 岩波 P:青木一郎

冬の足柄路

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駅間際だが上り勾配のため力行の蒸気が冷気に舞っていた。沼津行きとしては日中に走る唯一の客車列車。寒空の下でも待つ楽しさがあった。917列車、機:D52 335。 '65.1 足柄 P:青木一郎

臨時準急「たかね」

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夏季臨として品川、御殿場間の臨時準急が運転された。御殿場線内では久々の一等車付きの編成。水遊びの子供たちもいる鮎沢川沿いの夏風情。後方は箱根5号トンネル。機:D52 '64.7.12 谷峨─駿河小山 P:青木一郎

山北機関区の名残

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広々とした構内に残る山北機関区時代の転車台。線路に沿う立派な通信線と共に往時が偲ばれた。御殿場発国府津行き628D。 '64.11.8 山北 P:青木一郎

D52進入

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国府津発沼津行627列車 機:D52 403 駿河小山からの連続勾配を上りきり、足柄駅に今入る。夏季臨対応として機関車運用が増やされていた時。 '65.8.4 足柄 P:青木一郎

富士山麓の煙

090918_gotennba%20.jpg D52の重連が富士の裾野を駆け上がる。臨時運用の機関車回送として定期列車に併結したため沼津、国府津間で重連運転となった926列車。 機:D52 236+D52 335 '67.10.10 富士岡-南御殿場 P:青木一郎

冬の富士山麓

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箱根の山並みをバックに足柄からの連続勾配も半ばを過ぎ、最後の力闘をするD52 236。国府津発沼津行927列車。 '66.1.2 P:青木一郎

マンモス機の顔

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機関区配置6輌のD52の内、炭台にて珍しくも3輌が顔をそろえた一時。左236、中70、右403の仲間たち。 '67.7 国府津機関区 P:青木一郎

富士を望む丘から

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鮎沢川対岸の山肌をよじ登りふっと振り向くと、この場所で全く予期しなかった雄大な景色が目に飛び込んできた。 '66.1.25 御殿場-足柄 P:田辺多知夫

富士の裾野のモハ72系

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特急あさぎりが走り、普通列車はステンレスの車両ばかりになった御殿場線も、30年前はスカ色をまとったモハ72系が最後の活躍をしていた。 '78.9.3 御殿場 P:梅沢 浩

D52 70

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D52 70を現役時代、真上から撮った珍しい(?)一枚。'68年電化後、黄色いプラ板のナンバープレートに交換。誰でも前面を開き覗いたり、煙突まで登れる無防備な状態だったが、現在は御殿場線山北駅脇の小さな公園に柵で厳重に囲われ静態保存されている。 '68.5.9 山北 P:中浦秀和

クモハ73902

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富士の裾野を走る御殿場線。のどかな高台からレールを見下ろすとやってきたのは73系旧型車。先頭のクモハ73902はジュラルミン鋼体でデビューも途中で全金属改造されたユニークな経歴の持ち主。73系の他にも165系3輌の急行「ごてんば」や小田急乗入れのSEも健在だった。 ’79.2.11 駿河小山-足柄 P:吉田明宣

終焉間近のD52

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高校時代は通称「山線」と呼んでいた御殿場線から蒸機が消えると聞き、帰省の際に撮影した。大きな図体に似合わぬ小さなヘッドライトを付けたD52が牽く926レ。 1968.3.20 沼津 P:鈴木博之

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御殿場線の73系サヨナラ運転の出発式の写真です。たしか午後から休みを取って出かけた記憶があります。この当時電車を撮るということはしなかったので(撮影は機関車のみと決めていた)、この列車に乗って国府津まで来た覚えがあります。 ’79.10.16 沼津 P:渡邉健志

電化間近の御殿場線

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電化間近い御殿場駅でD52を待っていたら、やってきたのはD51で逆向きでした。当日は富士スピードウェイで大きなレースがあり車内は満員でした。 '68.5.3 御殿場 P:谷口裕明

ローカルムード満点!

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115系の上り列車が到着する。どこからあがってきたのか、階段しかないはずのホームに自転車を押してオジサンが現れた。 '83.11.18 東山北 P:渡邉健志

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