鉄道ホビダス

東海道本線の最近の記事

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掛川~菊川の木製ポールS字カーブを駆け抜ける9002レ EF58 61牽引つばめ金谷~菊川~掛川は、木製ポールが残っているのでお気に入りの撮影地としてよく通いました。 '82.7.25 掛川-菊川 P:

関ヶ原越え

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秋晴れの日、長い上り坂を征した下り貨物が関ヶ原駅構内に進入する。貨物列車の代表のような編成に時代の流れを感じる。 '74.9.15 新垂井-関ヶ原 P:服部基寛

操重車がゆく

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ソ300形を連結した貨物列車が走るので、興津の鉄橋へ行きました。集まったファンは3人でした。 '85.11 由比-興津 P:采女 誠

ツーショット

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初めての九州遠征撮影行で大阪から「屋久島53号」で熊本に向かうべく待っている時に、東京では見かけないDLが入線して来ました。EF58と並んだところを記念に一枚撮影。 '73.8.17 大阪 P:吉葉富雄

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東海道本線全盛時代はまだ中学生でカメラもなく横浜駅のホームでパーラーカーを羨ましく見ているだけであった。大学に入って山陰旅行に出かけた折に大阪駅で憧れていたパーラーカーを撮影することができた。1004M「第二しおじ」。 '68.8.1 大阪 P:内田博行

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国鉄時代東海道新幹線はしばしば半日全面運休し、若返り工事が実施された。当日代替輸送で運転された臨時急行「比叡52号」は、ゴハチを先頭に12系12輌の堂々たる編成でやって来た。 '81.3.11 山崎 P:佐々木裕治

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新幹線開業で廃止となる「富士」を、鴨川橋梁でねらった。昭和36年10月に運転開始し、3年で姿を消すことになる。東京発宇野行き、第1「富士」の先頭車は、クロ151のパーラーカーだった。 '63.5 京都 P:小西 明

大雪の日

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大雪のニュースを聞いて家を出たのはいいが予想外の大雪に難儀した、そんな時EF60が押す除雪列車がやって来た、本線を除雪する姿を見たのはこれが最初で最後になった。 '75.1.12 関ヶ原 P:服部基寛

厳重警備

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強いて言えば、変則ナンバーの2号機が珍しい荷物列車ですが、いつの間にか周りにはお巡りさんがいっぱい! 最後尾には...当時、マニ30の存在を知るよしもありませんでした。 大阪 P:倉田秀夫

晩年のEF58 60

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EF58 60最後の客車牽引となったこの日、ミステリー401ヘッドマークを掲げ金菊の大カーブを走り抜けて行きました。 '83.4.1 金谷─菊川 P:遠藤 享

念願の見学会で

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ここは普段、車窓から垣間見るだけのオフリミットの聖域。それ故、見学会は願ってもない機会だった。かつての名門機関区はもう跡形もないが、数多の電機で賑わった様子は今もありありと目にうかぶ。 '75.2.23 東京機関区 P:井芝七路

夜更けのロクイチ

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浜松区の台検差換え運用で荷物列車(荷2031レ)を引牽き夜更けの沼津駅に佇むロクイチ。 '81.2.11 沼津 P:遠藤 享

EF58 60と営団甲種

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この日、東海道本線では小田急LSEによる高速試験が行われ荷38レEF58 61、営団甲種EF58 60と東海道はお祭りでした。LSEは捨てて光線も良く木製ポールの残るこの区間で撮ると決めていましたが…レンズ選択を悩みに悩み雑誌に掲載されていたアングルに心惹かれて真似て撮ったのが懐かしい思い出です。 '82.12.12 P:遠藤 享

「竹倉」を行く80系

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当時の東海道本線は、まだ輝いていました。地元、竹倉に通ってはブルートレインを撮影していました。そんな中、富士山をバックに熱海行きの80系湘南電車がやって来ました。楽しい一時でした。 '76.3 三島-函南 P:榊 聡

EF62東海道を行く

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EF58の牽く東海道本線の荷物列車がEF62に交代した後の、初めての春。桜とともに撮影しました。撮影当時は中学生ながらも、EF62に味気なさを感じたものです。 '84.4.22 摂津富田-茨木 P:齊藤義明

吹田第二機関区のEF10

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EF10というと関門用を除けば国府津、新鶴見や一部は長岡、晩年は甲府、豊橋にあって身延線、飯田線と、関東を中心に中部以東で活躍した印象が強いが、22号と41号は短期間ながら吹田第二機関区に在籍した。写真の1964年当時はEF60が増備中でEF15もまだまだ主力、重量列車にはEH10と役者がそろっており、そんな中でわずか2両の非力なEF10がどのくらい活躍したかは知らない。少数勢力のせいもあろうが、本線で運用中の姿を見かけたことはなかった。吹田第二機関区で並ぶ左からEF14 2、EF10 22、EF15 172、EF60 24。右にEH10も見える。 '64.10.10 吹田第二機関区 P:小西和之

最高のオマケ

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碓氷峠鉄道文化むらに保存されているEF65 520東海道時代です。この日、EF58 61荷38レとEF58 60営団甲種が上る日で下りのこの列車は、オマケで撮影しました。逆光で光線が悪いですが、現像上りを見ると520牽引の雰囲気の有る画像となり最高のオマケとなりました。 '82.12.15 菊川-掛川 P:遠藤 享

「つばめ」東上

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リバイバル特急2日目は、「はと」で下った編成が「つばめ」となって東上。ヘッドマークが前年の"白"から"青"に替わった「青つばめ」が曇り空の下をゆっくりと通過していった。 '82.7.25 二宮-大磯 P:長谷川武利

名古屋のC11

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名古屋機関区には意外に多くのC11が配属されていた。C11の活躍しそうなローカル線もあまりなく、汚れ具合から港湾等の入換え等に従事していたものと思う。 '69.1.26 名古屋機関区 P:中島正樹

惜別!ゴハチ荷物

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長年東海道・山陽線の荷物列車を牽引してきたゴハチが、この日をもって撤退しその役目をEF62に譲った。正面には、職員の手によるものだったのか、「惜別」の文字が...。 '84.3.29 新大阪 P:岡田光紀

「はと」茶畑に翔ぶ

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前年の「平和,つばめ」に続いて2日行程で運転された「はと」「つばめ」、両日とも夏空の下とはいかなかったが、1日目の下り「はと」が茶畑を駆け抜けて行った。 '82.7.24 掛川-袋井 P:長谷川武利

特急「みずほ」

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撮影可能な場所をやっと見つけて撮ることが出来た寝台特急「みずほ」。傾き初めた西日を受け車体を輝やかせ軽快に走りぬけて行きました。 '77.1.26 茅ヶ崎-平塚 P:鴨下精一

80系健在なり

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上りのブルトレが走り去った後、時間つぶしに茶畑の中を行き交う列車を撮影した。ローカル列車の主力は113系になりつつあったが、80系もまだまだ現役で頑張っていた。 '76.4.3 島田-金谷 P:寺沢秀樹

初めての蒸機

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この日の担当はD51 200。当時の展示運転線は丹波口方面に延びていました。初めて見る走る動く蒸気機関車に感動しました。 '78.3 梅小路蒸気機関車館 P:楢井勝行

修学旅行

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高校の修学旅行の団体が「銀河」で早朝に京都駅に到着して一斉に下車していました。当時は寝台で移動することが多かった気がします。賑やか一時でした。 '75.7.30 京都 P:浜 忠彦

国鉄最後の日

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国鉄最後の日、鉄道発祥の地「汐留駅」に行った。C56 160が煙を上げていた。最後の時、C56の汽笛が回りのビルに反響して響き渡った。この時、国鉄が終わった瞬間だった。この汽笛は忘れることが出来ない。帰る途中、車窓から見た機関区の機関車には白いJRマークがすでに貼られていた。 '87.3.31 汐留 P:藤村巌雄

一号御料車

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国鉄の乗務員であった兄に連れられて、御召し列車を見に行ったときのひとコマ。線路をはさんで停車の車輌が写るぐらいピカピカに磨かれた、菊の御紋の付いた車輌が美しかった。 '58.4.6 宮原操車場 P:小西 明

大窓クハ153

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153系上り急行列車、合理化の名のもとヘッドマークが取り付けされず少し寂しい気がした、しかし大型の窓、ヘッドライトを持つクハ153はかっこよかった。 '77.1.16 茅ヶ崎 P:鴨下精一

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高3の夏休み、大船駅付近の撮影に行く途中、上り「富士」をかぶりつきで撮影。この写真もそうだが、ハーフ判のオリンパス・ペンなので、撮った写真は縦構図ばかりがめだった。ダイヤによれば、10分後には、「はやぶさ」と出会うはずだが、ネガには見当たらなかった。 '65.8.23 東京-大船 P:高橋孝一

貨物列車がゆく

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「桜島・高千穂」が下ってしばらくすると、DD13をお供に連れたこんな貨物列車がやってくる。品川発、蒲田と川崎で貨車を解結して鶴見まで行く、下りだけの片道列車。50-3改正では残ったと思うが、いつのまにか消えてしまった。 '74.8 大井町-大森 P:井芝七路

東京駅の煙

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高島線電化を記念して、さよなら列車が東京-横浜港間で運転された。この列車を国労会館屋上から撮影できた。D51と新幹線が並び蒸機の吐き出す煙が東京の空に舞った。機:D51 791。 '70.10.18 東京 P:内田博行

「はやぶさ」東上

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高価だったカラーフィルム。6枚撮り(6×6判)を1週間かけてチビリチビリと。客車の2輌目あたりに富士山の頭が写っていたのですが今となっては再現されませんでした。 西鹿児島発東京行6列車。 '62.1.6 茅ヶ崎─辻堂 P:青木一郎

C62 17東へ

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乗換駅の米原駅で偶然目に入った蒸気機関車。それは1年前に糸崎で火を落としたはずのC62 17でした。名古屋で保存される直前の姿です。 '71.9 米原 P:向山賢寿

オリンピックムード

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東京オリンピック開催記念に運行された東京─熱海間の「急行」列車。他に東京、熊本間の客車急行「聖火」があった。記念乗車券や記念硬貨なども発行され、オリンピックムード盛りだくさんの頃。 '1964.10.18 横浜 P:青木一郎

富士とゴハチ

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富士山の入る定番のお立ち台は環境の悪化で魅力を失っていた。新しい場所を求めて旧東海道と交叉する辺りの築堤に登ると、列車と富士山が程良く並ぶビューポイントだった。 '76.1.15 三島─函南 P:中島正樹

東京駅13番線

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博多からの長旅を終え、東京駅13番線に「あさかぜ」が到着した。出迎えの人やカメラ小僧に見守られての入線だ。ここは東北新幹線のホームとなり、残念ながら往時を偲ぶことはできない。 '75.8.3 東京 P:寺沢秀樹

下り急行「東海」

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東海道線を行く急行「東海」オレンジ色一色の前面が懐かしい。 '77.1.16 茅ヶ崎─平塚 P:鴨下精一

朝の東京機関区

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東海道線車中からみた朝の東京機関区です。見えているだけでも7輌のEF58。新幹線はあるもののまだまだ多数の夜行列車が運転されていた時代でした。 '71.7.30 東京機関区 P:向山賢一郎

一般客車の臨時列車

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陽気に誘われて午後から線路端へ行ってみると何かのイベント列車でしょうか、ゴハチが牽引する旧客編成の臨時列車がやって来ました。 '76.10.6 山崎-高槻 P:幾代 裕

旅立ち

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旅立ちの駅大阪、佐世保行きの「西海1号」、九州に旅立つ父を見送る家族だろうか。もうこの駅から西に向かう夜汽車はない。 '75.3.8 大阪 P:閑野雅幸

「出雲」入線

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客扱いが終わったホームでは電気が消され、夜も深まる名古屋駅に寝台特急「出雲」が到着。列車ができるだけブレないように望遠レンズを付けて遠目の位置でシャッターを切ったが、今ではデジカメで難なくこなせるところだ。 '83.9.29 名古屋 P:鵜飼功一

憧れの東京ブルトレ

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大学受験のため、半年間「撮り鉄自粛」していましたが、入試が終わるとさっそく鉄友とともに関東へ。久々の撮影が、ここ根府川でのブルトレ撮影でした。すでに牽引機はPからPFに代わっていましたが、当時の関西にはなかったヘッドマーク付ブルトレは、関西ファンの憧れでした。2レ「さくら」まで、充実のブルトレ・タイムでした。 '79.3.12 真鶴─根府川 P:中司純一

突然の出会い

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昭和45年6月16日修学旅行。川崎発10時17分の「わかくさ号」に乗り、7時間以上もゆられ、17時35分に京都駅に着きました。なんと、降りたホームの向こうにC57が停車していました。感激し、慌てて撮影したことが忘れられません。 '70.6.16 京都 P:寺内 平

初めての撮影

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兄に二眼レフの設定をしてもらい、初めて撮った写真が、黄色のラインが入った貨物を牽引するD62 11だった。その12年後、このカメラを携えて北海道へ。小樽築港機関区で憧れのC62 2の撮影ができた。半世紀を経たカメラは、今も現役で働いてくれている。 '57.5 新長田 P:小西 明

お茶の香り

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静岡県らしい写真を撮りたいと思い、茶畑の中腹で次々にやって来るブルトレを待った。14輌編成の「みずほ」は貫録十分。やっぱりロクゴPのブルトレは格好イイ。 '76.4.3 島田─金谷 P:寺沢秀樹

脇を固める名優たち

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準急用として生まれた彼らが、主役として脚光を浴びる機会は少なかったかも知れない。しかし、舞台の彩りに欠かせない存在であったことだけは確かだと思う。 '75.3.24 宮原 P:井芝七路

運搬台車

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「大鉄局」という響きがなつかしい。かつての長距離ホームの端には、当たり前のように存在した風景でした。 '80.1.25 京都 P:中司純一

ゴハチの印象

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雨に濡れる単機のEF58を見つけ、急いでそばに寄ってカメラを取り出した。当分動くそぶりもなく撮影者は自分だけなので、いろいろな角度でじっくり眺めているうち、ふとホームにしゃがみ窓を見上げてみた。 '84.7.20 名古屋 P:鵜飼功一

春の午後

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ゆったりと時間が流れる春の午後、長大なコンテナ列車が駆け抜けてゆきました。ここがもし私の少年時代の遊び場だったら、おそらく何時間でも列車を眺めていたことでしょう。 '79.4.22 大垣 P:雨皿 亮

新快速疾走

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京阪神新快速の2代目153・165系は、日中6連で新快速運用に就いていましたが、朝夕には6+6=12連での快速運用がありました。横線のヘッドサインが、なんとも異様でした。クハ153の低運転台も、比較的遅くまで残存しており、117系との交代末期には、湘南色との混色編成も見ることが出来ました。 '80.2.10 吹田─岸辺 P:中司純一

初冬の伊吹山麓

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お召後間もない運用で、ピカピカの姿で伊吹山をバックに上ってきました。 '84.11.23 近江長岡-柏原 P:津野 剛

檜舞台を行く

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青い空、青い海、青い客車を牽くのは青いゴハチ「駅」で使用された20系客車の回送を引くEF58 129〔東〕。 '81.9.1 根府川 P:遠藤 享

急行「はかた」

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新幹線博多開業まで、夏冬の帰省臨として急行「はかた」が運転されていた。下り8113列車は東京発14:30、博多着が翌朝10:18、一般形客車使用ながら全車指定席だった。 '75.1.5 大森-蒲田 P:井芝七路

冬の風物詩

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入れ替え中のEF61のSG安全弁から噴出す蒸気、東海道の冬の風物詩。横から見ると長いボディが良く分かる。 '75.12 名古屋 P:服部基寛

奇跡の全検出場

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豊橋機関区で長く一休状態であったEF10 31が、奇跡の全検出場。また活躍が見られるとあって、回送列車を磐田駅で出迎えた。再塗装されたその姿は朝陽に輝いていた。 '81.1.18 磐田 P:中島祐樹

ロクイチ+20系

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20系客車を牽くEF58 61、転配回送で実現した最高の組合せですが、天気は最悪…この場所、晴れなら夕方の低い光を浴びた最高の光でロクイチを撮れるはずだったのですが…。 '82.11.16 金谷-菊川 P:遠藤 享

EF10が牽く客車列車

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国府津、小田原間に平日のみ通勤通学用にEF10が牽く列車があった。御殿場線から蒸機の914列車として到着後今度はEF10が受け継いだ3915列車。小田原からの上りは回送であった。 '64.3.13 国府津 P:青木一郎

ブーム全盛期

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ブルトレブーム全盛期のこの頃、日曜日になると「明星」と「彗星」の並びがお目当ての少年たちが集まり、盛んにシャッターを切っていた。 '76.7 大阪 P:寺沢秀樹

夜の帳

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夜の帳の中に佇むカマたち。扇形庫の中の光が印象的。 '67.6.30 国府津機関区 P:青木一郎

ロクイチ快走!

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この日、東海道本線では小田急LSEによる高速試験が行われ、荷38レEF58 61、営団甲種EF58 60と東海道はお祭りでした。LSEは捨てて光線も良く木製ポールの残るこの区間で撮ると決めていましたが…レンズ選択を悩みに悩み雑誌に掲載されていたアングルに心惹かれ真似て撮ったのが懐かしい思い出です。 '82.12.12 掛川-菊川 P:遠藤 享

EF58牽引「はやぶさ」

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東京駅に到着した「はやぶさ」の牽引機、EF58をホームの端で撮影。半世紀も前のこと、掛員にことわって、どうにかカメラにおさめることができた貴重な一こま。 '62.8.17 東京 P:高橋孝一

C57 7疾走!

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思い出の鉄道100年記念列車。汽笛を鳴らし続けて猛然と疾走してきた。この日の復路は大変な人出で、空前絶後の混乱となってしまった。 '72.10.14 品川-川崎 P:古澤成博

富士行き普通列車

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東海道新幹線の試運転を撮るため、二宮で下車。東京から乗ってきたEF58牽引富士行き普通列車の去りゆく姿を収めていたら、何と後部9輌がダブルルーフのオハ31系だった。 '62.11.25 二宮 P:中島正樹

黒い巨体

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黒い巨体
30年も前、EH10を写しに吹田機関区に行きました。もう、晩年と言える時期でしたがずらりと並ぶ黒い巨体に圧倒されました。 '79.6.2 吹田機関区 P:閑野雅幸

リバイバル「平和」

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掛川-菊川の木製ポール区間を14系13連の編成をくねらせて走り抜ける9002レEF58 61「平和」。 '83.7.24 掛川-菊川 P:遠藤 享

国府津のED15

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国産初の本線用電気機関車として日立製作所が造ったED15。中央線で貨物を牽く姿をよく見かけたが、いつのまにか廃車になり、1・2号機とも一時国府津機関区の庫内に収容されていた。 '60.5.29 国府津機関区 P:中島正樹

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電車化間近の下り「つばめ」を首都圏近郊で一番のお立ち台、鶴見川付近で撮った。やって来たのは青大将編成、バックには73系の京浜東北線や新鶴見に向かうD51の煙りが漂っていた。 '60.4.29 鶴見-川崎 P:中島正樹

153系特急「こだま」

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1964(昭和39)年4月23日、東海道本線静岡操車場(現:東静岡)建設現場で資材運搬のダンプカーと下り特急「富士」(151系)と衝突し特急「富士」の先頭車など数輌が脱線転覆する大事故が発生した。そのため151系運用が翌日からの都合がつかなくなってしまった。急遽、153系と157系が運用運転となった。写真は、袋井-掛川間を走行する153系特急「第1こだま」。 '64.4.24東海道本線 袋井-掛川 P:大谷真弘

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横浜機関区は、今は通過点になってしまった横浜駅近くの高島町にあった。レイルファンには評判の悪かったクルクルパーの交換作業に出会った。 '61.3.11  横浜機関区 P:中島正樹

馬入川上の二頭立て

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35レの馬入川通過は16時20分頃、冬の太陽の低さはこんな時に役に立つ、2輌のEF58のシルエットが2つの夕陽に向かって走り去った。 '76.2.11 茅ヶ崎─平塚 P:長谷川武利

113系の美学

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何気なく撮った113系の湘南電車。当時はサロ211などの2階建てグリーン車が導入される前なのですべて113系で統一され、こうしてみるとなかなかすばらしい編成美です。 ’85.12.21 大船-藤沢 P:今泉和孝

ロクイチ疾走

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飛ぶように金菊の大カーブを駆抜ける9001レEF58 61「はと」。 ’82.7.24 金谷-菊川 P:遠藤 享

品川のB6

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華やかな東京機関区に比べ、地味な存在だった品川機関区は品川駅の海側近くにあった。2120形は汐留や芝浦などで入れ替えに活躍していた。 ’56.10.14 品川機関区 P:中島正樹

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鶴田にある富士重工で落成された「レッドトレイン」。SG安全弁から高々と蒸気を吹き上げた宮原のEF58が牽引して西へと向かう。 '82.1.23 東京 P:鈴木敏行

檜舞台の名優

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威風堂々と14系ハネを従え金菊の大カーブを行くEF58 61。 '82.6.18 金谷─菊川 P:遠藤 享

動態保存機たち

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現在は静態保存となっているC11 64、D51 1、C58 1、そして現在も動態保存のC62 2の4輌に火が入れられ、庫から前部を出した状態で展示されていました。 '76.8.14 梅小路蒸気機関車館 P:石橋良章

出区前のサプライズ

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ミステリー328牽引機、EF58 60の出区前。機関士氏の粋な計らいで前照灯、室内灯の点灯、機関車の移動と最高のサプライズでした。 '82.3.28 沼津機関区 P:遠藤 享

若き日のEF65 535

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山崎付近を走る沼津機関区時代の535号機。まさかこの当時EF65のスーパーヒーローになるとは夢にも思わなかった。 '85.8.17 高槻─山崎 P:山田 優

雪の関ヶ原

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鉄心ついた頃、最初に興味を持ったのが、コンテナ特急「たから号」でした。EH10は私の幼年時代を象徴する電機です。高校2年の春休みに、雪の関ヶ原で撮影した47号機。 '78.3.14 東海道本線 関ヶ原─垂井 P:中司純一

東京駅13番

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機回し下り方への連結シーン。EF58 53最後の上京、「銀河」を牽いて来た53は、「紀伊・出雲」を牽いて帰ります。最後は東京駅で見送りました。 '80.9.24  P:遠藤 享

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前夜の台風の影響で6時間以上遅れて上ってきた「はやぶさ」の牽引機は、EF65P型と交代が間近のEF60 506であった。この時期には既にEF65P型も運用に就いていた。  '65.9.18 大船─横浜 P:長谷川武利

雪の東京を後に

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朝方まで降った雪は積雪となった。東京では珍しい雪景色が撮れると喜んだものの、狙ったブルトレは夕刻の発車で、多くの雪は溶けてしまっていた。 '84.2 東京─品川 P:田中一弘

C55 1健在なり!

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梅小路に生きたC55がやってきた! '72.12.17 梅小路蒸気機関車館 P:吉村忠修

横浜1970

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横浜1970
157系「あまぎ」を横浜駅東京寄り歩道橋から撮影。横須賀線が東海道線と同じ線路を走っていた頃。 '70.9.14 横浜 P:宮山幸雄

伊吹山麓の春景色

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残雪で輝く伊吹山を背景に雪解け水で田んぼが潤う春の日、EF58の荷物列車が駆ける。 '75.3.9 柏原─近江長岡 P:服部基寛

80系威風堂々

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今では考えられない東京発豊橋行き80系12連です。 '69.10.26 横浜 P:宮山幸雄

藤沢の大カーブ

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ここを仲間内で「藤沢の大カーブ」と呼んでいた。カメラを構えて待っていると、当り前のようにやってきたEH10。重量感のある車体と8軸のジョイント音が忘れられない。 '77.3 大船-藤沢 P:長柄篤弘

春浅き伊吹山麓

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冬のある日、鉄道友の会阪神支部主催の撮影会に参加しました。当時はまだ珍しかった、流線型・銀色ボディーの「名神高速バス」で大阪から一路東へ。雪をいただく伊吹山をバックに美しい特急列車の優雅な走りに、思わず見とれていました。 '64.2.16 近江長岡-柏原 P:柿浦和敏

薫風を巻き上げて

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今やゴハチ唯一の稼動機となった宮原の150号機。この日は14系団臨を牽いて颯爽と駆け抜けて行きました。 '82.5.5 金谷-菊川 P:幾代 裕

大阪駅の「北越」

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大阪から発車する北陸方面に行く特急の中で「白鳥」と「雷鳥」そしてこの「北越」がありましたが。このころこの「北越」が金沢発になって、後は「雷鳥」に統一されると聞いて撮りに行った一枚です。大阪環状線の車輌にも時代を感じさせます。 '78.2 大阪 P:松本卓彦

昭和のスターたち

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上野駅での撮影の帰りに寄った東京駅で撮影。昨年末引退した0系とクロ481が並んだところ。この15番線は現在は東海道新幹線のホームで使用中。 '68.11.3 東京 P:宮山幸雄

急行「なにわ」

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ヨンサントウの直前に相鉄線西横浜駅ホームからねらいました。 '68.9.28 横浜─大船 P:宮山幸雄

気動車快速

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学校が休みの日は大阪駅に行って写真を撮っていました。特に福知山線は非電化だったのでDD51牽引の鳥取行やキハ20などの気動車で組成された快速を撮っていました。そのうちの一枚です。 '76.3.26 大阪 P:松本卓彦

復活「つばめ」

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新幹線博多開業時以来、6年ぶりに復活した「つばめ」。EF58 61に牽引された美しい14系客車編成にはオシ14が組込まれていて、羨望の眼差しで見送ったのを思い出す。 '81.7.26 豊橋 P:中島祐樹

晴れ舞台

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EF66 901が稲沢機関区一般公開に伴い応援に駆けつけた。普段は貨物運用でも、きょうばかりは寝台特急のヘッドマークを付けて誇らしげ。 '85.7.30 稲沢機関区 P:鵜飼功一

35年前の京都駅前

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空に張り巡らされた京都市電の架線。京都駅には新設間もない「新快速」の広告が掲げられている。梅小路の帰りがけにはいつもこの市電を撮って帰るのが常だった。 '73.1 京都市電 京都駅前 P:高橋 明

湖東の風景

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ダイヤ改正の前日、米原でEF58の「日本海」を撮ったあとEF61の「阿蘇」狙いで立ち寄った。上りが軒並み遅れで撮影場所に移動中に「みずほ」「金星」「さくら」を撮りそこね。翌日から「高千穂・桜島」「兼六」「阿蘇」などの急行が消えた、早春の伊吹が朝日にまぶしい。 ’75.3.9 近江長岡-柏原 P:服部基寛

「はやぶさ」接近

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保土ヶ谷のカーブにて。EH10貨物を追い抜きにかかるEF65P牽引「はやぶさ」午前の遅い時間帯、上りブルトレが立て続けにやってくる。 ’78.1.29 保土ヶ谷-戸塚 P:吉田明宣

EF60 19 東海道時代

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今やEF60最後の生残りとなってしまった19号機の、現役バリバリ時代の姿です。現在の二つ目,黒Hゴムとはかなり印象が異なります。 '75.1.15 金谷─菊川 P:長谷川武利

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折尾の駅のスタンプではないが「上もゆくゆく、下もゆく」。3層構造となった鉄道の、その光景のどれもが懐かしい。 '78.9.30 西大路 P:田中一弘

EF58終焉近し

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当時まだバリバリの現役で急行列車や荷物列車を牽いていたEF58。でも一方では確実に淘汰は進んでいて、東海道本線のすぐ脇にあった留置線には、すでに現役を退いていたEH10と共に数輌の予備車が最期の時を待っていた。 '81.6.16 向日町 P:瀬崎孝績

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電車急行全盛期

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昼間の東海道線に「いこま」「せっつ」など昔の国の名前を冠した電車急行がたくさん走っていた時代のひとコマ。兄弟分の顔合わせです。もちろんクーラーが付いていたのは特急だけという時代。471系の「ゆのくに」は全車指定席の金沢ゆきで、加賀地方の温泉客のための「行楽列車」でもありました。 ’64.5.3 大阪 P:柿浦和敏

春の風物詩

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春の風物詩ともなった春闘の団結号。春闘も終わった春のうららかな昼下がり、まだ車体に闘争文字の消し後の残る広島区のEF60が貨物列車を従えて神崎川を渡ってきた。当時はあまり良く思わなかった車体の団結文字も今はよい思い出。 ’74.3 塚本-尼崎 P:高橋 明

展望台より

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世界貿易センタービルの展望台から見た汐留です0系新幹線とEF58牽引の回送列車が写っています。今は汐留駅は高層ビル群になり配線も変わっているので、写真の中だけの景色になってしまいました。 ‘70年 浜松町 P:荒井哲郎

「つばめ」復活!

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新幹線博多開業時に名称が消えて以来、6年ぶりに「つばめ」が復活! ファインダー越しに初めて見るお召機、つばめのヘッドマークに、非常に興奮したのを今でも思い出す。 1981.7.25 浜松 P:中島祐樹

C62復活!

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東海道を梅小路のC62が走ると聞き、友人と出かけた。初めて見るC62の全力疾走。C62に魅了された。 '72.10 西大路─向日町 P:吉村忠修

14系急行「瀬戸」

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14系寝台車の特急使用開始は1972年3月改正からだが、それ以前一時的にB寝台車4輌が急行「瀬戸」に組み込まれて試用されていた。この日の牽引機はEF58 60。 '72.3.6 大井町─品川 P:長谷川武利

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グリーン帯付きスロを牽く宮原区EF58 150。原型小窓のすっきり顔で、当時から好きなカマだった。この場所は、飯田線と東海道の二兎を狙ってよく通った思い出の地。 ’81.3.20 豊橋─西小坂井 P:中島祐樹

さよならEF58

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EF62への置き換えにより荷物列車の運用から姿を消したEF58。「惜別」の文字をつけた荷2031レがフアンの出迎えを受ける。 ’84.3.26 大阪 P:鵜飼功一

キ550

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大垣駅構内に留置中のキ550形雪カキ車。背後に丸屋根が特徴のテム100系列の有蓋貨車がずらっと並ぶ。当時は、貨物に目を留めることは少なかったなあ…。 ’81.3.28 大垣 P:中島祐樹

関ヶ原越えの5051レ

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EF66 49牽引の5051レ。レサ10000系高速冷凍貨物車を従えた、文字通りの特急列車で、ひときわ人気があった。49号機は、今でも東京口プルトレで会える。 '81.3.28 東海道本線 新垂井─関ケ原 P:中島祐樹

残り110km…最終走者へ

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当初は東海道本線・米原経由で運転していた特急「日本海」、田村からのDD50重連に換わるべく米原~大阪間を牽引するEF58が待機位置から出発して行った。 '73.4.14 米原 P:長谷川武利

すれ違う165系

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梅雨のころ、大船駅付近で仲良く顔を合わせた165系。153系の引退の後あまり記録していない165系だったが、貴重な瞬間に思わずシャッターを切った一枚。 '81.6.14 大船─藤沢 P:鈴木敏行

初期塗装のEF65 501

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つい先頃国鉄時代の姿に化粧直しされたEF65 501だが、デビュー当初の2年間ほどは一般塗装の時代があった。九州修学旅行への途中で、すれ違いに撮った一枚である。 '66.10.18 東海道本線 真鶴付近 P:長谷川武利

昭和59年の大晦日

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昭和59年、大阪駅でロクイチを撮ることがき最高の大晦日となった。そんなロクイチも今年現役を引退し、撮影した大阪駅11番線も消え、すべてが思い出になろうとしている。 '84.12.31 大阪 P:山田 優

'70年代の米原駅

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1970年代の米原駅は、まるで鉄道車輌の百貨店ようだった。客車に交直流(急行型)電車、そして気動車、直流(近郊型)電車とさまざまな車輌がホームを賑わせていた。 '76.7.29 米原 P:瀬崎孝績

点呼!局長に敬礼!

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ピーンと張り詰めた緊張感の中、これから伊豆急下田に天皇皇后両陛下をお迎えに上がるお召列車の点呼が始まりました。撮影している私も背筋を伸ばしたことを思い出します。 '76.2.3 品川 P:渡邉健志

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急行「銀河」(左の20系)で東京に戻る途中 横浜駅に停車中「あさかぜ」が追い抜くという放送を聞き 急いでホームに降りて写真を撮りました。 '78.3 横浜 P:本荘裕二

懐かしい顔

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茶色の4番線にEF58・3番線からキハ82系「かもめ」・2番線には福知山線休日臨時列車のC11363篠山口ゆき・・・と、大阪駅に懐かしい『顔』が揃ったところをパチリ。'64.5.27 大阪駅 P:柿浦和敏

展望室より

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急行に格下げされた20系とはいえナハネフ22の展望室からの眺めは格別なものでした。 '78.3 根府川付近 急行「銀河」の車内より P:本荘裕二

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川崎駅手前の直線区間を行く急行「銀河」。寝台特急列車群もまだまだ健在だった頃で、直後に「あさかぜ4号」、さらには「富士」「はやぶさ」「みずほ」そして締めの「さくら」まで、今から思えば線路端で夢のような時を過ごせた。ヘッドマークはないもののEF58+20系の編成美を誇る「銀河」の存在感は大きかった。 '78.1.2 川崎─横浜 P:吉田明宣

雪の新鶴見

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40年以上前のこと、3日間降雪が続き関東地方は記録的な大雪となった。電気機関車達は静かにお休み中、いずれも今はなき懐かしい面々である。 '67.2.12 新鶴見操車場 P:長谷川武利

相撲列車到着

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名古屋で行われる夏場所を前に、12系客車に乗ってお相撲さんが遠路はるばるやってきた。 '83.6.19 名古屋 P:鵜飼功一

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学校から帰ると、よくこの場所に直行し、写真を撮ってました。この日は休日で同級生と朝から撮りました。荷物列車や急行列車などが走っていて、一日中居ても飽きることがありませんでした。 '83.7.23 横浜─戸塚 P:佐藤 誠

授業をサボって…

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大学へ通う途中、神領電車区からの浜松工場入場列車と時々すれ違った。この日はまさに「珍ドコ編成」。思わず授業をサボり、追いかけて撮影に。 '84.1.7 熱田─名古屋 P:鵜飼功一

155系最後の活躍

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155系が3輌組み込まれた急行「東海2号」です。車内設備が更新され東海色に塗り直されて在来列車に組み込まれていましが、 クーラーも取り付けられず、台車も153系の台車は空気バネ式のDT24・TR59に対し、155系はコイルバネのDT21AとTR62の位落ちで、結局長続きはしませんでした。 ’78.11.8 根府川─真鶴 P:吉村元志

役目を果たして

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東海道線名古屋地区に117系が登場し、快速運用を中心に活躍していた153系らが置き換えられた。その後のある日、木曽川駅に留置中の一編成を見かけ写真を撮った。先頭は低屋根のクハ155-18。 '82.7.17 木曽川 P:鵜飼功一

トップナンバーとの邂逅

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何が来るかもわからず、カメラを持って待っているとEH10 1号機がやってきました。この撮影地も住宅地になり消滅してしまいました。 '76.5.28 大船付近 P:渡邉健志

早春の湖東にて

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湖西線開業で消える米原回りのEF58牽引「日本海」がメインテーマだったが、まだ夜明け前の早春の湖東は寒く、急行「銀河」の客車から漏れる蒸気に温かみを感じた。 '75.3.9 米原 P:服部基寛

クハネ581-7の「雷鳥」

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貫通扉を埋め込んだクハネ581-7の「雷鳥」。タイフォンにシャッターがないため、冬季は雪害対策車が使用されていたので、これは夏専用? '82.5.5 山崎-高槻 P:松本テツヤ

湖東大雪

19750112kashiwabara.jpg一瞬の雪晴れのなか153系の普通電車が柏原に進入してきた。貨物側線にはEH10の貨物列車が雪に埋もれて身動きとれず除雪待ちしていた。 ’75.1.12 柏原 P:服部基寛

ただいま修繕中

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名門、梅小路の庫の中のC11 96。蒸気ドーム・メインロッドなどを取り外しての修繕中、職員の方にとって蒸機は、手がかかるだけに愛着もひとしおだったことでしょう。 ’67.6.12 梅小路機関区 P:柿浦和敏

山から下りた山男

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1984年3月改正から、この山男EF62がEF58に変わって荷物列車の牽引に充当されるようになりました。この東海道本線を走る荷33レは、貴重なシーン。 ’85.3.12
 戸塚-大船 P:皆川一茂

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黒一色の貨物列車

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鮮やかな塗装の機関車やカラフルな色合いのコンテナが増え、最近の貨物列車は随分と華やかになりました。今となっては、黒一色の貨物列車が新鮮に感じられます。 '81.3 西ノ宮-芦屋 P:倉田秀夫

C58重連

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東海道本線上を走る蒸機牽引定期旅客列車としては、最後だった二俣線C58重連旅客列車。 ’69.7 二川~豊橋 朝倉淳一

「銀河」に挑戦

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浜松付近では急行「銀河」の走行撮影は無理だと思っていたが、20系とゴハチの定期列車を指をくわえて見ているだけでは満足出来ず、どうしても浜松付近の走行する「銀河」を撮影したくてトライXを増感して撮影を試みてみた、当時は自分なりに満足した1枚だったが、今この写真を見るとあの時の情熱を自分でも関心する一枚となった。 ’77.6.21 天竜川─磐田 P:村瀬 勉

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今なお現役

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大垣夜行で降り立った名古屋駅で見られた光景。今も現役で残るEF58 150とEF64 4の並びでした。当時は何でもない並びも、今となっては貴重なカット。 ’83.10.7 名古屋 P:皆川一茂

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放課後のスター

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中学時代、友達とよく撮影に出掛けた、現在廃止の弥勒寺踏切。「放課後のスター」はゴハチ重連の荷物35レで決まり! ’77.3 大船-藤沢 P:長柄篤弘

大阪駅の活況

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万博輸送たけなわのGW初日、長駆青森から到着の2002レ「日本海」とこれから宇野に向かう6601M「鷲羽1号」です。湖西線もEF81もなかった当時の「日本海」は米原からEF65Pが牽引していました、「鷲羽」に並ぶ学生団体が当時の状況を物語っています。 ’70.4.29 大阪 P:石田哲彦

静岡名物 茶畑とEF18

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箱型車体に載せ替える前のEF58の面影を残すEF18。32~34の3輌が島田~金谷間の小運転を中心に余生を送っていた。当日、天気は小雨模様で露出は厳しく、出来栄えが心配だったが、かろうじてお目当ての列車は写っており、ホッとひと安心した一枚。 ’76.2.15 島田─金谷 P:寺沢秀樹

少年時代の憧憬

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先日、EF58 61を撮影に出掛けた。この電気機関車を見るといつも、少年時代の熱い気持ちを思い出す。当時は鉄道写真撮影に明け暮れる毎日であった。私にとって少年時代=国鉄時代、そして20年経ったいまでも、この機関車はあの頃と変わらず輝き続けている。 ’86.8 大船-藤沢 P:府川雄一

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浜松の特徴もない159号機にややがっかり。しかし、今思えば、バックの富士電車区に懐かしい電車の姿も見えて、いい雰囲気の1枚であるとあらためて思う。 ’81.5.5 富士川─富士 P:鈴木敏行

朝のデッドヒート

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この日はEF58牽引の寝台特急の撮影をメインに塚本駅に出かけたが、見事に(?)内側線の快速に被られ、撃沈状態であった。この時は悔しい思いをした記憶があるが、見方を変えればEF58と153系のデットヒートのシーンが展開されており、今となってはかえって貴重なカットとなった。 ’79.4.21 塚本 P:寺沢秀樹

EF65 535

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今でこそ高崎機関区所属で貨物列車を牽いて首都圏を気楽に走っているEF65 535ですが、当時は東京機関区所属、華の東海道・山陽本線を全速力で駆け抜けるスター列車が担当でした。今日は大好きな「出雲」が担当です。 ’77.10.30 東京 P:木村一博

181系「とき」とEF61 1

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昔は上野・東京間は在来線の線路がつながっていた。新潟行き特急ときと東海道本線下り客レ牽引のEF61 1(しかも茶色) が仲良く並んだ風景。両列車は反対方向に発車するが、いずれも下り列車である。 '67.12 東京 P:永野晴樹

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大阪駅6::54。大窓のEF58に牽かれた「あかつき・明星」が終着の新大阪に向けて発車。
おお写真小僧、今日も早くから来て撮っとるな! と運転手のお兄ちゃんが身を乗り出す。隣ホームの「たてやま1号」も少し写り、よい雰囲気。ところが残念、柱の影が58の顔にかかっちゃいました。 ’78.8.26 大阪 P:吉田明宣

EH10試作機

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東海道上りブルトレ群を撮りに真鶴ー湯河原の大カーブへ、富士、はやぶさ、を撮り一段落していると背後から黒いかたまりが、EH10牽引貨物列車でした。よく見るとパンタが中央に寄った試作機!。あわてて通り過ぎる所を撮った一枚。 '76.2 真鶴-湯河原 P:木村一博

早起きは「三本の得」

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日曜日、蒸気機関車の撮影に出かけない日は近所の神崎川の堤防まで九州から上って来る関西寝台特急をチョッピリ早起きして撮りに出かけた。この頃はまだHゴムのEF58は少なかったように思う。ホントの朝メシ前のことだった。 ’72.11 尼崎-塚本 P:高橋 明

両雄の対面

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EF5861と60、お召機の並びが実現した。東海地区で植樹祭のお召列車が運転されたときの1コマ。予定外の光景に夢中でシャッターを切った。機関車の周囲では明日の運転に備えて入念な整備が行われていた。 ’79.5.27 名古屋 P:寺沢秀樹

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東京駅に入線するEF58の牽く臨時特急「踊り子51号」です。今なき東京機関区所属のEF58が14系客車を牽いて、伊豆急下田まで快走していました。 ’83.8.1 東京 P:石橋良章

昭和50年の東京駅

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ブルトレブームの真っ只中、横にいる電車も素敵な面々。ホームでギターを奏でるお兄さんが普通にいた頃。 ’75.5 東京 P:一ノ瀬祐一

EF58最晩年の光景

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1983年当時ゴハチ荷物列車はまだ多く走っていましたが、中でも荷2031列車は大阪駅で機関車交換のため浜松機関区と宮原機関区のゴハチが並ぶので大人気でした。 ’83.11.23 大阪 P:山田 優

準急時代の東海

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153系の初期型は運転台が低いため前照灯の位置も下がり、おなじ時期の157系に比べると、いまひとつのデザインだった。 '65.7.11 東京 P:内藤健作

天竜川橋梁にて

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いつものように近場でのんびり撮影していると、天竜川橋梁から大窓のEF58が飛び出してきました、現像が出来て見るとパンタグラフがクロスです、初めて見たこの組み合わせは広島の機関車でした。 '78.8.10 天竜川~磐田 P:村瀬 勉

湘南色の荷電

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3月のダイヤ改正で東京駅から湘南色の113系電車が見られなくなりましたが、かつては、153系、165系、そして荷物電車まで湘南色でした。 '81.9.1 保土ヶ谷~東戸塚 P:石橋良章

山から下りた山男

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東海道線の荷物列車、EF58の後任は何とEF62だった。山にのぼらなくなった山男といった風情で違和感があったが、何よりも荷物列車そのものの終焉間近を感じさせる配役であった。 '86.9.27 根府川~真鶴 P:君島弘道

最後に撮った「国鉄」

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国鉄を最後に撮ったPFの引くミト座。この数日後、私達が愛した国鉄は消滅した。国鉄最終日のお祭騒ぎがどうしても馴染めず、汐留のC56も撮らなかったので、この写真が本当のさらば国鉄時代。 '87.3.23 函南 9303レ P:渡邉健志

人気者の顔

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人気者のブルトレ入線、今日はPトップナンバーだ。 '77.7.31 東京駅 P:木村一博

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「出雲」はお気に入りのヘッドマークでした。「出雲」が廃止されるまでもう1ヶ月を切ってしまいました。「P」に牽かれていた時代が一番輝いていました。 '77.7.31 東京駅 P:木村一博

特急「踊り子55号」

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週末の楽しみ「踊り子55号」PFとEF58の共通運用だっただけに、カーブの向こうから58がやってくるとすんごくうれしかったな。 '83.12.18 田町 P:鈴木敏行

EF58 60

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お召し予備で待機中のEF5860号機です。このときばかりは本務の61号機に負けない存在感がありました。直立不動の姿勢でホームに待機する待機する機関士の姿が印象的でした。 '79.5.27 岡崎 P:寺沢秀樹

113系揃い踏み

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今春、その姿を消そうとしている東海道線東京口の113系。朝の通勤輸送が終わり、付属編成が夕方まで平塚構内で小休止する。まさに113系黄金時代。 '87.3.5 平塚 P:渡邉健志

「さくら」西へ

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父の田舎の熊本へ行く途中、八幡の叔母のところへ寄るというので、乗り慣れた「みずほ」ではなく「さくら」で行く事にした。5号車11番と12番、父と私が上段、母と妹が中段だ。今なら迷わず下段を取るだろうけど、この頃は上段が私の指定席だった。梯子を使って天井近くまで登っていくのは、未知の世界へ行くような…まるで子供の頃空き地に作った秘密基地に入っていくような感覚で、いつもワクワクしたものだった。 ’75.7.25 東京 P:矢野登志樹

EF58の給油

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名古屋駅でキハ81「くろしお」を撮影していると3番線(?)あたりで蒸気を吹き上げて荷を引き停車しているEF58が目に入りました。急いで移動し、機関車に近づくとSG用燃料を給油しているところでした。初めて見た光景で今でも私のゴハチの印象はこれに尽きます。 '77.2 名古屋 P:村瀬 勉

159系「こまどり」

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155系の〈ひので〉と〈きぼう〉が消えた後も、中京地区からの159系〈こまどり〉は、けっこう遅くまで残っていた。ヘッドマークこそ無くなってしまったが、方向幕はきちんと修学旅行と表示していた。 '78.5.11 品川 P:宮村昭男

157系の黄昏

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特急「あまぎ」から引退した身を電車区の片隅でユックリ休めていた。優雅なスタイルを春の陽が暖か包んでいた。 '76.3 国府津電車区 P:黒川省二郎

WC事情

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保線の方々もご苦労されたでしょうが、高速時は車輌を選ばないと全開の窓から…。 '84.8.4 東京 白石正和

EF58 53「銀河」

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宮原のスター、大窓のゴハチ53号機が20系「銀河」を牽く姿。この当時でも53号機が「銀河」を牽くとの情報がどこからともなく入ると、次の日の朝は顔なじみとなった常連が根府川に集まってくる。 '78.7.22 根府川〜真鶴 P:渡邉健志

SGの季節

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安全弁からSGの蒸気を吹き上げるゴハチは冬の風物詩だ。スロ81を牽いて発車を待つ61号機。'83.12.7 品川駅 P:宮村昭男

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大学に入学して最初に授業をサボったのがこの写真を撮った日だった。6月、梅雨前の日の長い時期なら下りのブールートレインが白糸川鉄橋で海をバックに撮れる。もうすぐEF65PからPFに置き変わるという。午後は自主休講。〈さくら〉の前にやってきたのがEF58重連の荷35レ。足早に歩いている途中で来たものだから、サイドから一枚いただいた。結局、ぼくがEF58重連を撮ったのはこれが最初で最後となった。もっとちゃんと撮っておけばと、後悔しきり。今ではこの鉄橋自体「撮影不能」…。 '78.6.12 根府川〜真鶴 P:山下修司

〈桜島・高千穂〉西へ

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最後の東京発の九州急行1101レ〈桜島・高千穂〉。食堂車も寝台車もなくなり、すっかり落ちぶれてしまった。2輌目のオロ11だけがわずかに急行らしい。それでも、旧客14輌編成はなかなかの迫力だ。'74.5.19 田町 P:宮村昭男

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旅客線を走る荷2033レ。浜松のカマが担当のこの列車! 今日の牽引はトップナンバーだ! ’82.3.22 新子安 P:すずきとしゆき

元旦のEH10

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終夜運転のお陰で、電車でも夜明け前に撮影地に着く事が出来た。次々やってくるブルートレインの合間に来たEH10牽引の貨物列車が、初日を浴びて走っていく。 ’79.1.1 函南〜三島 P:矢野登志樹

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夏は東海道線は伊豆へ、湘南へと臨時列車のオンパレード。113系はスカ色の付属編成を2組をつなげて伊東へ、そして蒲田の103系を借りてきて品川・横浜-平塚間をピストン輸送。海へ車で行く時代ではなかったので、大増発しても車内はスシ詰状態。冷房車なんてやっと山手線に試作車が1編成入った頃の時代なので、当然10連非冷房で窓を全開した103系が京浜東北線とは明らかに違う走りで、駆け抜ける。 ’73.7.28 P:渡邉健志

157系〈あまぎ〉

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東京と伊豆急下田を結ぶリゾート特急「あまぎ」です。後発の157系電車の姿も見えます。横須賀線の電車も地上を走っていました。 ’75.6.22 東京駅 P:石橋良章

品川駅のゴハチ重連

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お昼ごろに品川に行くといつも見れた宮原と宇都宮のカマのゴハチの重連。撮影後は東海道線下りホームのお好みうどんにつゆが見えなくなるほど食べ放題の具を入れて腹いっぱい食べたのも懐かしい思い出!’81.3.15 品川駅 すずきとしゆき

DD54大阪駅到着

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今から30年前には大阪駅発着列車に旧客組成の通勤列車があったこと自体、今思えば奇跡です。この741レは数少ないDD54の定期運用でしたが、この場所で他の鉄ちゃんに逢うことはありませんでした。'77,07,06 大阪駅 P:渡邉健志

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