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両毛線の最近の記事

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新車のように美しい水戸局和式客車を牽くEF58。機関車の吹鳴とレールの音は、今でも覚えています。国鉄時代の89号機のステップは、白色塗装されていませんでした。 '87.3 両毛線 駒形付近 P:采女 誠

夕方の駅

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通勤通学客で賑わう夕方の佐野駅のホームを、EF15 125号が静かに通過していきました。 '77.8.28 佐野 P:石橋良章

C58重連

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DCが多かった電化前の両毛線だか、朝晩は輸送力を高めるため、蒸機牽引の客車列車があった。この日は、機関車回送があったのか、C58の重連であった。 '67.3.19 岩舟 P:高橋孝一

冬の朝

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冬2月の朝、キハ17とキハ20の2輌編成が小山に向かって発車していく。排気管からは「爆煙」が...。電化前の両毛線はローカルの雰囲気があふれていた。 '67.2.19 思川 P:高橋孝一

C50快速

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C50の牽く小山行きが発車を待っている。形式的には快速だが、実質は各停と同程度の所要時間だった。今秋の高崎ではD51の汽笛が幾度となく聞こえたが、2011年にはC61 20も加わり、「あの日の生涯の宝物」に再び出会える...。 '65.9.29 高崎 P:高橋孝一

ポンパ号

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蒸機末期でも派手にペイントされたポンパ号はいかがなものかと思っていたが、友人に誘われるまま小山駅へ。両毛線のスター165系の快速と「門」、「福」のワフが良き思い出の一枚となった。 '71.5.22 小山 P:落合充義

さらば蒸気機関車

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お召の予備機になったC58 400を囲んで、「SLお別れ会」が小山機関区で開かれた。モールで飾られたC58を撮影する機関区の職員たちの左側にはC50も顔を見せていた。 '68.9.29 小山機関区 P:高橋孝一

思川の朝

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大学では「鉄研」に入ろうと、受験前から決めていた。大学ではもちろん「鉄ちゃん」としての生活が中心であった。たとえば、両毛線の沿線には何度となく足を運び「撮り鉄」を続けた。中でも、ここ思川は特に気に入った場所であった。その甲斐あって、太陽が「ギラリ」と客車を照らしたすがすがしい朝のC58の列車をものにすることができた。 '66.12.30 思川─小山 P:高橋孝一

思川のカーブ

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日光連山を背景に写真が撮れる思川のカーブ。電化前の両毛線では、DCのほか、朝晩C58の牽く旅客列車が数本あった。 '67.2.19 思川-小山 P:高橋孝一

上州路のC58

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この年の10月に電化を控えた両毛線の駒形駅西方でC58の牽く貨物列車を撮影。C58はこの駅で停車なのか、「絶気」状態。腕木信号は斜め左下の青(進行)を示している。背景の山は上毛三山(さんざん)の榛名山。 ’68.2 駒形-前橋 P:高橋孝一

両毛線貨物

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長閑な田園地帯を行く両毛線の貨物列車。両毛線は東北本線と上越線のバイパスルートとしての役目を担っており、EF12が牽引する長編成の貨物列車が意外に多く設定されていた。 '77.4.2 思川―小山 P:寺沢秀樹

両毛線快速列車

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横川でED42を撮った帰途、上武鉄道を訪ねる前に高崎でスナップ撮影をした。両毛線にはまだ蒸機列車が走っていたが、キハ17系による高崎~宇都宮間の快速は2.5往復だけで(所要2時間前後)、わざわざヘッドマークを掲げていた。 '63.04.03 高崎 P:内藤健作

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