鉄道ホビダス

総武本線の最近の記事

C58奮闘

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南酒々井を発車する下り列車は直後から勾配に立ち向かう。陽射しは穏やかだが長い客車を牽き、機関車はブラスト高く煙も黒く、奮闘の様相。千葉発銚子行323列車、機:C58 291。 '69.1.15 南酒々井-榎戸 P:青木一郎

千葉のC57 1

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C57 1が梅小路機関区に行く直前に鉄道100年記念特別列車を牽いたところ。左側の駅ホームにいる人間を極力避けようとした結果、左右がアンバランスとなってしまった。 '72.9.30 千葉 P:宮山幸雄

C58 165頑張る

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電化間近の総武本線。初秋の日差しの中、いつもとかわらず、淡々と普通列車を牽くC58 165の姿があった...。 '69.9.28 都賀-東千葉 P:中浦秀和

丹精こめて

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機関庫を覗くと若い構内手二人がC57を清掃していた。好きで選んだ仕事であろうか、一人は憧れのナンバープレートを一生懸命磨いていた。我々にとっては頭が下がる場面だ。 '66.6.5 新小岩機関区 P:中島正樹

勝浦行き125レ

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房総東線勝浦行き125列車の発車直前の様子です。手前の工事中の貨物ヤード跡には後に両国国技館と江戸東京博物館が建ちました。後方のドームは日大講堂です。これも後に両国コアシティとなりました。同年の8月20日には蒸機のさよなら運転がありこの年の夏をもって両国から煙が消えました。 '69.7.11 P:服部邦義

荒川放水路

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荒川放水路の旧橋梁は立派な曲弦トラスでした。101系とC57の牽く客車列車のすれ違いの様子です。懐かしい昭和の時代の1シーンです。 '68.5 平井─新小岩 P:服部邦義

下町の汽車

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総武快速線の工事中の錦糸町─両国間の横川橋梁で両国への回送待機中のC57です。横川は小名木川に続く運河で木場にに近く材木問屋が多くあり下町情緒の色濃い場所でした。現在、この川は現在は埋め立てられて公園になってしまい往時をしのぶ跡はなくなってしまいました。 '68.7 錦糸町─両国 P:服部邦義

上総路の8620

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総武本線に初めて行って初めて撮影した一枚です。夢中で撮ったので、煙が切れた写真ですが、今でも、その時の甲高いゆっくりしたドラフト音が忘れられません。 '69.3.26 榎戸─八街 P:寺内 平

小休止

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ホームからのスナップ。C57の後の背景の林は今でも残っているのかな。 '69.9.12 佐倉 P:高橋孝一

佐倉機関区銚子機関支区

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銚子機関支区に佐倉機関区の3姉妹がそろいました。並び順も素敵で、左右がC58と86、真ん中の一歩前にはC57です。しかもC57は形式名入りナンバープレートの59号機でした。 '69.9.12 銚子機関支区 P:高橋孝一

秋葉原1981

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歩行者天国で賑わう秋葉原の電気街。頭上を通過するカナリア色の総武線緩行103系はまだ非冷房車。 '81.5 秋葉原-御茶ノ水 P:鈴木博之

佐倉-物井の旧線を行く

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電化前の佐倉前後は列車本数も多く、ファンには人気のある場所であった。その中で旧線を行くD51+C57の貨物は特に印象に残った。 ’65.11.23 佐倉-物井 P:中島正樹

初めて見る8620

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鉄道雑誌の記事を読み一度行きたいと思っていた南酒々井駅に、思ったより広々とした駅構内を歩いていたら、8620の貨物列車が到着。あわててカメラを出しとった一枚です。 '69.4.20 南酒々井 P:鴨下精一

雨の両国駅

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総武本線の千葉以遠の列車が両国始発だった頃、両国駅にC57を見に行きましたが、あいにくの雨、寒いホームでC57を見ているとキハ58が到着、「うち房」の表示をつけたこの時のキハ58はスマートでした。 ’69.3.30 両国 P:鴨下精一

氷雨の中で

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正月明けで雨降りの寒い一日でした。佐倉駅待合室の木の長いすに手造りの座布団があり列車待ちにはありがたかった思い出があります。 '69.1.15 佐倉機関区 P:宮山幸雄

海水浴臨「白い砂」

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さまざまな海水浴臨が走るのが夏の千葉局の楽しみだったが、電化後はだんだんと大人しくなってしまった。海水浴も車で行く時代になり、夏臨はこの「白い砂」と「青い海」あたりが最後だろうか。 '79.8.17 錦糸町 P:宮村昭男

両国発最後の煙

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この房総東線221レ(両国─勝浦)をもって都内発の蒸機旅客列車は廃止となった。薄暮の中C57 105〔岩〕は、歴史の中に走り去った。 ’69.8.20 西船橋 P:長谷川武利

千葉のC57 1

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総武本線を走ったC57 1です。鉄道百年の年でした。まだDC時代の「水郷」や「犬吠」が、この付近で顔を合わせていました。東京近郊での初めての蒸気機関車撮影でした。 '72.10.1 佐倉─南酒々井 P:板倉幸弘

総武本線蒸機最後の日

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蘇我~越中島間の2184レが千葉鉄道管理局最後の蒸機列車となり、美しく磨かれたD51 21が先頭に立って最後を飾った。後ろに見える「かに谷」も今はなく…。 ’70.3.24 新小岩機関区 P:久保彰希夫

準急色の「浜風」

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現在では播但線の特急に使われている「はまかぜ」だが、かつては両国から出るキハ26系の準急に漢字で使われていた。 '62.11.18 両国 P:内藤健作

初詣成田号

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成田山に初詣に御参りする人でにぎわう初詣成田号。写真の153系や113系で運転されていました。 ’82.1.1 成田 P:すずきとしゆき

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