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2006年02月
2006年02月28日
山里の駅にて (小海線)
小海線のC56 156貨物列車の出発です。蒸機は、まもなく終焉という時期でしたが、美しい高原をのどかに走っていました。 '71.10.2 佐久海ノ口 P:板倉幸弘
投稿者 Yamashita : 2006年02月28日 11:27 | コメント (0)
2006年02月27日
終焉間際の荷物列車 (山手貨物線)
目白駅の貨物側線跡の空き地は、お手軽な撮影ポイントだった。すでに新宿乗り入れの埼京線が頻繁に走っていたが、その合間を縫って白昼堂々(?)余命わずかとなった荷物列車がやってきた。 '86.10 目白 P:君島弘道
投稿者 Yamashita : 2006年02月27日 11:33 | コメント (0)
2006年02月24日
両毛線快速列車 (両毛線)
横川でED42を撮った帰途、上武鉄道を訪ねる前に高崎でスナップ撮影をした。両毛線にはまだ蒸機列車が走っていたが、キハ17系による高崎~宇都宮間の快速は2.5往復だけで(所要2時間前後)、わざわざヘッドマークを掲げていた。 '63.04.03 高崎 P:内藤健作
投稿者 Yamashita : 2006年02月24日 12:31 | コメント (0)
2006年02月22日
「主力機」DD54 (山陰本線)

出発信号の腕木信号機が下がって何か下りの列車が香住駅を発車して来そうな気配。時刻表からして客レではなさそう。貨物列車でも来るのかな? と矢田川を渡った所で待っていると、この頃の主力機だったDD54が貨物を牽いて現れた。手前に写っている道が舗装されたくらいで、この辺りの風景は今も変わっていない。 '73.3 香住~鎧 P:高橋 明
投稿者 Yamashita : 2006年02月22日 11:44 | コメント (0)
2006年02月21日
「出雲」が輝いていた時代 (東海道本線)

「出雲」はお気に入りのヘッドマークでした。「出雲」が廃止されるまでもう1ヶ月を切ってしまいました。「P」に牽かれていた時代が一番輝いていました。 '77.7.31 東京駅 P:木村一博
投稿者 Yamashita : 2006年02月21日 12:58 | コメント (0)
2006年02月20日
発車を待つ1528レ (石北本線)

道東と札幌を移動する手段として、また車中泊用列車として「大雪5号」は我々鉄道ファンとって重要な存在でした。そしてその上り「大雪5号」となる網走発の1528列車は夜汽車を楽しむ格好の対象でもありました。 '74.8 網走 P:本荘裕二
投稿者 Yamashita : 2006年02月20日 11:20 | コメント (0)
2006年02月17日
特急「踊り子55号」 (東海道本線)

週末の楽しみ「踊り子55号」PFとEF58の共通運用だっただけに、カーブの向こうから58がやってくるとすんごくうれしかったな。 '83.12.18 田町 P:鈴木敏行
投稿者 Yamashita : 2006年02月17日 13:54 | コメント (0)
2006年02月16日
100系搬入 (新幹線各線)
国鉄解体まであと25日。国鉄が最後の威信をかけてデビューさせた100系新幹線電車が続々と搬入されていく。 '87.3.4 大井支所 P:渡邉健志
投稿者 Yamashita : 2006年02月16日 12:02 | コメント (0)
2006年02月15日
ピカピカの581系 (鹿児島本線)

大分電化で北九州から姿を消すC57を撮りに小倉駅に行った時のこと。ホームでC57を撮っていたら、反対側のホームに今まで見た事のないピカピカの新型電車が入線して来た。その斬新なスタイルにすっかり見とれてしまい、C57の事はすっかり忘れてシャッターを押し続けていた。 '67.9.15 小倉 P:松崎昌一
投稿者 Yamashita : 2006年02月15日 19:08 | コメント (0)
2006年02月14日
高嶺の花 (山陽本線)

伯備線を訪ねての帰途、夜行列車待ちの間にスナップした「うずしお3号」。当時は均一周遊券での特急利用は認められておらず、ただ眺めるだけの存在であった。 '69.3.08 岡山 P:内藤健作
投稿者 Yamashita : 2006年02月14日 11:00 | コメント (0)
2006年02月13日
特急「あさま」 (信越本線)
上田まで行く途中での写真です。高崎から乗車した下り客車列車の窓より撮影しました。(下りあさま号:ヘッドマークは最後尾車で、午前中の便です)。 '74.9 P:板倉幸弘
投稿者 Yamashita : 2006年02月13日 12:39 | コメント (0)
2006年02月10日
急行「大雪51号」 (石北本線)
’74年12月30日、一日限りの臨時急行「大雪51号」が札幌~網走間に運転された。当時の人気列車「大雪5号」くずれの1527レに先行するため多くの鉄ちゃんたちが目をつけた。乗ってみると、案の定年末輸送列車なのに鉄道ファンで満員だった。眠れぬ翌朝、暗がりの中、息をきらして走って撮った思い出の一枚。 '74.12.31 女満別 P:井門憲俊
投稿者 Yamashita : 2006年02月10日 11:06 | コメント (0)
2006年02月09日
本州最後のキューロク (奥羽本線)

米坂線の無煙化後も予備機で残っていた、59634号機に火が入ったと言う情報を得て、早速撮影に行きました。長井線の貨物運用ですが、初めての事で撮影地も判らず、何となく勘で下りた駅で駅撮りをしました。通勤時間帯で列車が迫っていたのか、かなりのスピードで走り去っていきました。この後終点の荒砥駅まで追い駆けました。これが、私が見た本州最後のキューロクの、最後の運用でした。 '73.3.29 糠の目 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2006年02月09日 12:07 | コメント (0)
2006年02月08日
急行「つくばね」 (水戸線)

勝田~上野間を水戸線経由で走っていた「つくばね号」です。勝田~結城間は普通、結城から上野間が急行となりました。水戸線から東北本線へは短絡線を使い、小山駅を通らなかったため、結城駅で小山行の列車に接続していました。 '73.1.28 結城 P:石橋良章
投稿者 Yamashita : 2006年02月08日 13:31 | コメント (1)
2006年02月07日
網走駅 (釧網本線)
'84年の初日の出を根室の納沙布岬で拝んだ後、釧路経由で網走に移動。その時乗った急行ノサップを夕方の網走駅で何気なく撮った一枚。釧路を出る時には根室標津行きのキハ22をつけた4輌だったが、途中で切り離し網走まで行くのはキハ56の2輌のみ。最果てをゆく急行にふさわしい姿と言えようか。 '84.1.2 網走 P:君島弘道
投稿者 Yamashita : 2006年02月07日 12:00 | コメント (0)
2006年02月06日
EF58 60 (東海道本線)
お召し予備で待機中のEF5860号機です。このときばかりは本務の61号機に負けない存在感がありました。直立不動の姿勢でホームに待機する待機する機関士の姿が印象的でした。 '79.5.27 岡崎 P:寺沢秀樹
投稿者 Yamashita : 2006年02月06日 11:21 | コメント (0)
2006年02月03日
競宴 (紀勢本線)
紀勢線特急が「くろしお」から「南紀」になり始めて撮影しようと構えていると、キハ82がファインダーの中に現れました、とほぼ同時に近鉄特急が追いかけて来ます、想定外でアングルを変更して構えるとこのように国鉄と近鉄の特急の競争になりましたが、私の横を僅かにキハ82が早く通過しました、近鉄特急の最後部はビスターカーでした。 '79.11 紀勢本線 津~阿漕 P:村瀬 勉
投稿者 Yamashita : 2006年02月03日 12:10 | コメント (0)
2006年02月02日
雪晴れの道 (奥羽本線)

雪晴れの休日なので、カメラを持って駅に行って見ました。特に遅れも無く運行されているようで、雪国の鉄道の強さを感じました。やがてEF71にサポートされた、特急「つばさ」がやってきました。期待したほどは、雪まみれになっていませんでした。 '75.2.17 米沢~関根 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2006年02月02日 10:08 | コメント (0)
2006年02月01日
EF10運転台 (飯田線)
小さい頃から憧れていた機関車に乗るのは何歳になっても興奮するももですが、電機機関車で初めて運転席に乗ったにはこのEF10でしたそれも24号ステンレス機でした、今思えば50ミリレンズで撮影した写真からは防腐剤の匂いがしてきます、これは私の一番馴染みのある国鉄の匂いです。 '77.6.10 中部天竜 P:村瀬 勉
投稿者 Yamashita : 2006年02月01日 11:06 | コメント (0)


