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2006年01月

2006年01月31日

スカイブルーの旧型国電 (大糸線

クハ 68 他 6 連信濃沓掛( C724 )  のコピー.jpg

美しい北アルプスをバックに走る大糸線の旧国6連。スカイブルーが雪原に映える。 '80.1.23 信濃沓掛~信濃常盤 P:宮村昭男

投稿者 Yamashita : 2006年01月31日 13:58 | コメント (0)

2006年01月30日

C62 3復活 (函館本線

23640017.jpg

復活の話を聞いた時は号泣しました。民営化がなかったならばこの光景に出会えたのだろうか?気になるところです。 ’87.3.31 小樽築港機関区 P:Yama

投稿者 Yamashita : 2006年01月30日 10:53 | コメント (0)

2006年01月27日

快速登戸行き (南武線

南武線 102 のコピー.jpg

川崎~登戸間を結んだ快速電車。途中停車駅は、武蔵小杉・武蔵溝ノ口の2駅だけだった。走るのは、10時から15時までの1時間に1往復、追い越しは下りの武蔵中原のみという設定のため、停車駅で乗り降りする人以外には大変不評だった。撮影2か月後には、なくなってしまった。 '78.7.31 武蔵中原 P:矢野登志樹

投稿者 Yamashita : 2006年01月27日 14:01 | コメント (0)

2006年01月26日

113系揃い踏み (東海道本線

87,03,05 平塚 113系 .jpg

今春、その姿を消そうとしている東海道線東京口の113系。朝の通勤輸送が終わり、付属編成が夕方まで平塚構内で小休止する。まさに113系黄金時代。 '87.3.5 平塚 P:渡邉健志

投稿者 Yamashita : 2006年01月26日 12:03 | コメント (0)

2006年01月25日

〈ゆうづる〉1号・2号 (常磐線

EF80 ( 1111 )  のコピー.jpg

投稿者 Yamashita : 2006年01月25日 13:45 | コメント (0)

2006年01月24日

朝日を浴びて (播但線

播但線 1972 年 3 月溝口 _2.jpg

高校の春休みに山陰へ行った時のものです。朝の姫路行きの通勤列車です。姫路~寺前の区間列車を受け持つC11は47・3の改正で引退。時は山陽新幹線岡山開業の直前です。思い出の一コマです。 '72.3 溝口 P:板倉幸弘

投稿者 Yamashita : 2006年01月24日 12:33 | コメント (0)

2006年01月23日

「さくら」西へ (東海道本線

さくら P のコピー.jpg

父の田舎の熊本へ行く途中、八幡の叔母のところへ寄るというので、乗り慣れた「みずほ」ではなく「さくら」で行く事にした。5号車11番と12番、父と私が上段、母と妹が中段だ。今なら迷わず下段を取るだろうけど、この頃は上段が私の指定席だった。梯子を使って天井近くまで登っていくのは、未知の世界へ行くような…まるで子供の頃空き地に作った秘密基地に入っていくような感覚で、いつもワクワクしたものだった。 ’75.7.25 東京 P:矢野登志樹

投稿者 Yamashita : 2006年01月23日 15:16 | コメント (0)

2006年01月20日

原野の離合 (室蘭本線

135&241.jpg

高校3年になる春休み。いよいよ受験勉強も佳境にはいる頃、国鉄蒸気機関車も最後の最後を迎える年となってしまってました。友達と急に思い立って北海道に行くことになり、まずは室蘭本線は遠浅に向かいました。遠浅附近で撮る場所を探している時、遠くからC57の牽く旅客列車が現れ、ほどなく手前の線路からも列車の近づく気配が感じられました。蒸気機関車終焉間近かであっても、この頃はまだ室蘭本線には一日いると飽きるほど蒸機列車が来る状態です。蒸機同士のすれ違いでも撮れればと少し線路から離れた場所で上下の列車がすれ違いそうな位置でシヤッターチャンスを待ちました。後日この両列車の牽引機が現役最後の旅客列車と貨物列車を牽く牽引機になろうとは この時夢にも思っていませんでした。「世紀の一瞬」の写真だ!とこの写真を見る度 一人微笑んでしまいます。 '75.3 遠浅~沼ノ端 P:高橋 明

投稿者 Yamashita : 2006年01月20日 16:14 | コメント (0)

2006年01月19日

不知火海の浜辺で (鹿児島本線

上田浦(はやぶさ) .jpg

昨日の南国の雪もあがり(瓦にちょっと雪が)八代海もべた凪。昼過ぎの柔らかい日差しの中、遠路「はやぶさ」が下ってきた。「あれっ!マークなしか…」。 '81.2 上田浦ー肥後田浦 P:奥村光治


投稿者 Yamashita : 2006年01月19日 14:43 | コメント (0)

2006年01月18日

新旧交代 (中央本線

八王子EF13とEF6477 .JPG

当時EF13の終焉の時期で八王子機関区を訪れ外から撮影をしていると職員の方から入場してよいとの事で機関区内の撮影が出来ました、当時新製配備されたばかりのEF6477とEF13が対照的に並んでいたのが印象に残っています、77はこの後国鉄最後のEF64お召しの任に付くとは思ってもいませんでした。 '79.10 八王子機関区 P:村瀬 勉


投稿者 Yamashita : 2006年01月18日 14:49 | コメント (0)

2006年01月17日

50系客車 初対面 (予讃本線

DF50 1.JPG

トップナンバーが牽いて来るのは分かっているものの、「時間があまりない」「だけど駅では撮りたくない」なんてわがままを言いながら地図を眺めていたら、隣の駅との間に伊予鉄道とのオーバークロスがあった。都合がよいことにその近くに「西衣山」という駅もあるではないか。少ししてやって来た客車列車の先頭には、確かにDF50 1の文字が見えるが、何と客車は初めて目にする50系。まだまだ大半が旧型客車を使っている中、ショッキングな一枚となった。 '79.2.22 松山~三津浜 P:矢野登志樹


投稿者 Yamashita : 2006年01月17日 10:57 | コメント (0)

2006年01月16日

急行「天の川」 (羽越本線

img013.jpg

20系化直前の急行「天の川」です。当時は20系を早く見たくて20系化を待ち望んでいました。20系化後東京の大学に進学し帰省の時には、わざわざ寝台を選んで帰省したものです。当時は天の川の他に「きたぐに」も客レで羽越本線を走っていました。 '76.7.8 村上~間島 P:佐久間敏也


投稿者 Yamashita : 2006年01月16日 10:49 | コメント (0)

2006年01月13日

香月線の9600 (香月線

96.katuki2.JPG

香月線と言えば86のイメージが強いが昭和42年頃までは、96の牽く運炭列車の運用もあった。この日は、北九州には珍しく大雪の降った日だった。右手に見えるのは筑豊線。今、ここは遊歩道になっている。 '67.12.29 中間~新手 P:松崎昌一

投稿者 Yamashita : 2006年01月13日 13:03 | コメント (0)

2006年01月12日

オホーツクの浜辺で (釧網本線

'84,01,02 北浜駅 01.jpg.jpg

網走を早朝に出て客車列車を撮ろうと計画したが見事に寝坊。仕方なくタクシーを飛ばして北浜駅まで来た。結局客車列車は撮れなかったが、オホーツク海に面した駅の様々な光景が撮れて満足できた。激しく降りしきる雪の中、間もなくやってくる列車に備えて駅員さんが雪かきをはじめた。 '84.1.2 北浜 P:君島弘道

投稿者 Yamashita : 2006年01月12日 21:42 | コメント (0)

2006年01月11日

高さ日本一! (高千穂線(日之影線)

高千穂橋 198102.jpg

昨年ニュース番組で「高千穂鉄道再建断念」の特集を見た。高千穂線時代の風光明媚なあの風景も過去の物か。この橋はどうなるのだろう…。 '81.2 高千穂~天岩戸 P:奥村光治

投稿者 Yamashita : 2006年01月11日 22:10 | コメント (0)

2006年01月10日

重連 発車! (関西本線

700725.jpg

暑い日でした。撮影目的は近鉄電車でしたが、主客転倒、重連発車の迫力は忘れられません。 '70.7.25 桑名 P:谷口裕明

投稿者 Yamashita : 2006年01月10日 11:00 | コメント (0)

2006年01月06日

EF58の給油 (東海道本線

EF58 給油 .JPG

名古屋駅でキハ81「くろしお」を撮影していると3番線(?)あたりで蒸気を吹き上げて荷を引き停車しているEF58が目に入りました。急いで移動し、機関車に近づくとSG用燃料を給油しているところでした。初めて見た光景で今でも私のゴハチの印象はこれに尽きます。 '77.2 名古屋 P:村瀬 勉

投稿者 Yamashita : 2006年01月06日 12:14 | コメント (0)

2006年01月05日

新金谷の正月 (大井川鐵道

大井川 C56&C11 22701.JPG

国鉄蒸機全廃後の4か月後に、C11 227によるわが国の本格的な蒸機復活運転を始めた大井川鐵道。「手の届かない遠くへ行ってしまった彼女に再び会う事が出来る」という計り知れない感動は涌き上がったものの、何かしっくり来ない。そう、彼女の走る線路の上には架線が張ってあるのだ。「架線の下は電機が走るもの」という身体に染み付いた感覚はそう簡単には拭い切れない。重い腰が上がるまで5年もかかってしまった。標津線中標津駅で見かけてから6年半振りの彼女は、以前と同じように元気だった。「やはり、蒸機は火が入ってこそ蒸機だ!」今までの躊躇いも吹っ切れた。大井川鐵'道に足繁く通うようになったのはそれからだ。85年正月、重連運転があるという情報を貰い、車を持っている友人を説得し、彼女に会いに行った。タイから奇跡的に戻ったC56 44と共に、日章旗としめ飾りでおめかしした彼女は、ひときわ輝いて見えた。 '85.1.2 新金谷 P:矢野登志樹

投稿者 Yamashita : 2006年01月05日 10:03 | コメント (0)

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