鉄道ホビダス

東北各線の最近の記事

「お座敷蔵王」

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年も押し詰まった日、東北本線のお座敷列車運転情報を知り、有名撮影地里川橋梁へ向かった。雪雲が流れる那須連山をバックに橋梁を真横からねらえる場所に立った。期待通りED75重連がうなり音も高らかにファインダーに飛び込んできた。 '84.12.23 豊原-白坂 P:中島正樹

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EF57を撮りに東北本線蓮田へ。とにかく本数が多く、普通のとり方では飽きてしまうので流し取りを楽しんだ。ただうまく取れたかは現像してからなので、失敗が多く悔やんだことが思い出させる。そんな中EF58 102も流したところ、ファインダーにJNRのマークが。多少はぶれていたが何とか写っていたのが嬉しかった。 '75.3.6 蓮田 P:志井純一

矢立峠に向けて

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白沢から碇ヶ関に向けては難所の矢立峠越えがあり、補機付の列車が多い。複線化や路線改良工事でその後沿線環境はすっかり変わってしまった。訪れたこの日はあいにくの悪天候で早々に切り上げてしまったのが残念である。 '69.8.3 白沢-陣場 P:中島正樹

「準急」リアス

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夏の陽射しの中、みどり濃い山間の小駅にて列車交換。「準急」字幕や「タブレット」に時の流れを想う。 '65.7.22 川内 P:青木一郎

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上野-日光を往復した「重連ミステリーの旅号」です。EF80、EF65、DE10、EF58のリレーで、合計8輌もの機関車を使用した夢のような列車でした。 '84.4.1 自治医大-小金井 P:采女 誠

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天気予報は晴れ間ありであったが、相変わらずの梅雨空。雲が低い。マニュアルカメラの露出決めには、晴れたり曇ったりの天気よりはまだまし。そんなことを思っているうちに、軽いエンジン音とともに2008D「やまばと」が現れた。 '68.7 喜久田-安子ケ島 P:米本健一

山里の秋

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お祭り編成や駅のリヤカーなど当たり前にあったこんな光景が今となっては懐かしい。 '54.10.27 越後川口 P:落合充義

清掃作業

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折り返しの時間を利用して、清掃作業が行われていました。ボンネット先頭車も嬉しそうです。ヘッドマークには珍しく「あいづ」の代用シートが貼られていました。 '85.11 上野駅18番線 P:采女 誠

シルエット

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友人の車に便乗して五能線沿いを北上。終日曇りがちだった空が日本海に沈みかけた太陽で赤く染まってきた。鉄橋を渡り始めた上り混合列車をシルエットに浮かび上がらせ、最高の演出をしてくれた。 '69.8.1 陸奥赤石-陸奥柳田 P:中島正樹

デッキの向うに...

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上野駅に停車中の普通列車に「ゆうづる」のヘッドマークが...しかもファーストナンバーが...! '73.3 上野 P:溝手 宏

EF57、20系を牽く!

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蓮田の元荒川橋梁でEF57を撮影中にそばにいた電機ファンから耳寄り情報を聞いた。彼によると東大宮(操)から尾久(操)まで「ブルトレ」が走るらしい。蓮田を切り上げ急いで赤羽に向った。踏切を見下ろすお馴染みの陸橋で待っていたらカニ22を先頭にした20系編成を牽引してEF57が姿を現した。思わず「やったーっ!」と叫んだのだった。 '75.3 東北本線 赤羽 P:高野陽一

大釈迦峠にて

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2400mの新大釈迦トンネルの横で、444レを待つとC61 19が爆音をたてながらゆっくりと大釈迦峠を上がってきた。 '71.3.17 大釈迦-鶴ヶ坂 P:鈴木一平

ロングランナー入線

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東北本線123レ一ノ関行きは、上野を11時13分に出て終着の一ノ関へは22時42分に到着する。451.5kmを約11時間半かけて走破した。EF58 59に牽引され大宮に入線。 '75.1.15 大宮 P:大友賢一

B6の終焉

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首都圏の入換え機とし最後の活躍をした2120もついに終焉を迎え、機関庫の片隅で錆びた身を寄せていた。田端機関区ではこの後9600に引き継がれ、やがてDD13へと代わっていった。 I56.4.3 田端機関区 P:中島正樹

早朝のホーム

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お盆の時期だからでしょうか。早朝の五所川原駅のホームは、大勢の乗車客でとてもにぎやかでした。 '71.8.17 五所川原 P:鈴木一平

深夜のハチロク

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花輪線の龍ヶ森へは、盛岡始発の大館行きに乗りたい。そのため、上野からの急行の盛岡着は深夜。そこで、始発までの数時間は、毎回ここ盛岡機関区を訪問。未明だというのに、すでに86は出庫準備に入っていた。 '69.1.17 盛岡機関区 P:高橋孝一

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高校時代に撮ったキハ181系「つばさ」、お金がなかったのでモノクロになりました、カラーで撮りたかったのですが、今思えばモノクロでもよかったと当時を思い出します。 '75.11.24 尾久─赤羽(王子付近) P:田中健吉

寒い朝

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上野駅15番線に到着した夜行列車。冷え切った空気が、わずかに暖かくなった気がします。首都圏は前日から雪でした。 '84.1 上野 P:采女 誠

錦秋をゆく

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風光明媚な山間部を抜ける米坂線でも一番のハイライトは伊佐領─羽前沼沢間の渓谷に架かる眼鏡橋であろう。紅葉真っ盛りの時期、陰り始めた日差しを気にしながら一瞬に通過する列車を狙ったこのシーンは良き思い出となった。 '70.11.1 伊佐領-羽前沼沢 P:中島正樹

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電車化される前にキハ81「はつかり」を撮影したいと思いながらも遠出の資金もなく、結局、上野周辺での撮影となった。上野からの回送ではあったが鴬谷でのこの写真は思い出の一枚となった。 '68.7.14 上野─尾久 P:内田博行

要田駅の夏

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蒸機の撮影で訪れた要田。降り立って振り向くと、夏雲を背にしたローカル駅がそこにあった。交換の急行を待つ間乗客は、ホームに降りて所在なさそう。真夏の空気の中、駅前で飲んだ缶ジュースの味が忘れられない。 '68.8.15 要田 P:大澤 彰

通学列車

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吹雪の中、朝の通学列車が五能線の小駅に到着した。吹雪は北国の高校生にとっては特別なことではないのだろう。寒さ厳しい悪天候にもかかわらず、いつもどおりの通学風景がそこにあった。 '80.3.11 林崎 P:寺沢秀樹

蓬莱山を望む

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「笹川流れ」は新潟県北部の海岸に沿って奇岩の続く景勝地。海に突き出た特長ある岩山は「蓬莱山」と呼ばれ沿線随一の車窓風景。当時羽越本線はC57やD51、それにDD51の列車が見られた。 '68.8.5 越後寒川-今川 P:中島正樹

ハチロクとの再会

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波浪による転覆事故で不通になっていた五能線の暫定ダイヤが発表された。諦めていた8620が再び走ることを知り、急遽友人と訪れた。写真は米代川を渡る225レ。 '73.1.27 能代-向能代 P:中島正樹

青森の老兵

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青森駅から少し離れたところに機関区があり、着いた時は夕方4時過ぎ。陽が沈む前に、入換えで働く美しいキュウロクを夢中で撮影しました。 '70.3.17 青森機関区 P:鈴木一平

国電の記憶

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うぐいす色の73系、木の床の匂い、よじ登って叱られた車内中央のポール、子供の頃よく乗った茶色い国電の記憶が車内にはありました。201系がデビューした1978年の一コマ。 '78.8 仙台 P:寶柳仁志

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