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新幹線各線の最近の記事

鴨宮車庫にて

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0系新幹線のモデルになった試作車1000形(A・B編成)を鴨宮車庫で見学した。右がA編成で、左がB編成。 '64.4 東海道新幹線鴨宮モデル線 P:高橋孝一

消え去りし者たち

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廃止を目前に控えた西大路九条電停。市電の名残の姿をカメラに収める人の頭上を走り去るのは0系新幹線。このあたりは車の渋滞に巻き込まれることなく走っていたのだが。 '78.9.24 京都─新大阪 P:鈴木博之

オート三輪が!?

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東海道新幹線開業まで3か月となり、工事も大詰めの6月下旬「ん!? オート三輪があんなところに」とカメラを向けたところ軌道の最終点検中でした。今では考えられない光景ですがちょっと滑稽な風景でした。 '64.6.25 静岡─浜松 P:大谷真弘

修学旅行

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名古屋駅在来線ホームから新幹線ホームを撮影。女子高校の修学旅行でしょうか。駅名板と女子高生のスカートの丈の長さが時代を思わせます。 '83.9.29 名古屋 P:鵜飼功一

展望台より

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世界貿易センタービルの展望台から見た汐留です0系新幹線とEF58牽引の回送列車が写っています。今は汐留駅は高層ビル群になり配線も変わっているので、写真の中だけの景色になってしまいました。 ‘70年 浜松町 P:荒井哲郎

新幹線15周年記念号

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現在は撮影するファンも多い新幹線だが、この時代は興味の対象外といった感じだった。もちろん私もその一人。この時はたまたま出番で仕事の合間に撮影したのだが、他に人は居なかったように記憶している。その0系もいよいよ引退。当時は無機質に見えた0系が、今は可愛く見えるから人間なんて勝手なものだ。 '79.10.7 東京 P:宮村昭男

0系「ひかり」通過!

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風を切るパンタや、モーターの轟音と共に米原駅を通過する「ひかり」。16輌全部が電動車・8基パンタの迫力。 ’80.5.3 米原 P:石原一正

1/1000で0系を

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念願の一眼レフを購入。1/1000秒を試そうと写した0系。マイナーチェンジが進んでいた頃だが、旧型の大窓車が来てガッカリ。今思えば貴重なひとコマ。架線柱もヘビコン改装前でスッキリ。防音壁も低いものでした。今では高層マンションが増え、このような画は撮ることもできません。 ’80.12.14 豊橋─名古屋 P:石原一正

0系全盛時代

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ブルトレブームの少年には「待てど暮らせど0系ばかり」の新幹線は興味の対象外。それでもこれだけ並べば「おおっ!」で1枚。今となって「撮っておいてよかった」の1コマ。 ’77.4 東京 P:一ノ瀬祐一

100系搬入

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国鉄解体まであと25日。国鉄が最後の威信をかけてデビューさせた100系新幹線電車が続々と搬入されていく。 '87.3.4 大井支所 P:渡邉健志

大宮始発

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【コメント】
発車を待つ大宮始発時代の200系新幹線。「どんなものなんだろう」という見たさ半分、「蒸機一本槍だったぼくが、新幹線を撮るようになったらおしまいだな」という気持ち半分、で出掛けたうちの一枚。でも…、撮っておいて良かった! '83.8 大宮 P:矢野登志樹

0系お召の整備風景

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この写真はたぶん鉄道雑誌では未発表のカットで0系お召の整備風景です。お召標記の帯はメーカーから採寸カットされた物を現場で図面を見ながら手作業で貼り付けていきます。大物であり気包が入ったり、しわが出たりしてなかなか上手くは行きません。時として左右がアンバランスとなってしまい、そのまま本番で走ってしまった例もあります。  '81.5.21 東京第一運運転所 P;渡邉健志

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