鉄道ホビダス

南武線の最近の記事

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学生時代小田急線の乗り換えに利用した登戸駅。登戸止まりも多く、サボ(行き先表示板)の差し替えが手際よく行われていた。 '78.1.3 登戸 P:大見文夫

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武蔵溝ノ口~津田山間は73系4輌編成がきれいに見える僕らのお立ち台であった。 '71.3 武蔵溝ノ口-津田山 P:鈴木一平

古豪の休息

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中学性の頃南武線西国立にあった立川機関区に行き見学させていただいた時の1コマです。区内にはED16とともに配置されていたEF10も休んでいました。 '76.4.25 立川機関区 P:吉清 淳

C12のローカル貨物

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浜川崎~登戸間のローカル貨物に頑張る浜川崎区のC12。久地駅ホームに接してまだ少し、空き地があった頃。867列車。 '66.3.20 久地 P:青木一郎

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JR貨物で今も原色現役のEF65 87号機、鶴見-八丁畷間の短絡線が完成してルート変更になった大井基地への新幹線新造車輸送を慎重に行っていた。 '76.8.22 川崎新町-浜川崎 P:長谷川武利

最後の重連

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臨貨の関係からED16重連となった5191レ(?)。最後の重連となったこの日、粋な計らいからトップナンバーとラストナンバーがペアを組みました。 '80.9.17 
川崎新町~尻手 P:遠藤 享

古豪のねぐら

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ED16の廃車とともに、24年前に姿を消した立川機関区。西国立駅に隣接していたため、ホームから機関車達を間近に見ることができました。 '74.7.16 西国立 P:中西裕一

南武奥多摩号

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まだ17m国電が多数徘徊(?)していた時代、1967年8月の休日に快速「南武奥多摩号」なる電車が川崎・奥多摩間に運転された。驚くべきことになんと101系電車が登場!私の知る限り南武線に新性能電車が旅客扱いをした初めての出来事であった。もの珍しさもあって、早速自宅近くで撮影。101系の"快速"なので、さぞかし飛ばしてくるだろう…との期待に反して、各停との並行ダイヤのためか、おそらく50km/h以下と思われる速度でノロノロと現われた。方向幕表示が出来ないため、ヘッドマークとは別に運転台左側窓に「川崎」と言う札をぶら下げている。南武線に101系が定期的に走るようになったのは、この約1年半後、快速電車が川崎~登戸間に登場時のことである。 '67.8 久地─宿河原 P:永野晴樹

ドラえもん号

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イベント電車「ドラえもん号」。近隣の学生の演奏で出発していったなぜ「ドラえもん」なのかは記憶がないが平成の今でも国民的スターであることに違いはない。 登戸 P:鈴木敏行

古豪のねぐら

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ED16は青梅線~南武線の石灰貨物を牽引していたが、休日、貨物列車が少ないときは立川機関区に集結していた。この頃はすでにEF10が引退していたので、戦前型として貴重な存在だった。 ’81.8 立川機関区 P:深山剛志

快速登戸行き

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川崎~登戸間を結んだ快速電車。途中停車駅は、武蔵小杉・武蔵溝ノ口の2駅だけだった。走るのは、10時から15時までの1時間に1往復、追い越しは下りの武蔵中原のみという設定のため、停車駅で乗り降りする人以外には大変不評だった。撮影2か月後には、なくなってしまった。 '78.7.31 武蔵中原 P:矢野登志樹

秋の日のED16

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秋だし刈り入れの稲と撮りたいと思ったが、南武線は当時でも沿線開発が進んでいて、なかなか開けた場所がなかった。やっと見つけたこの場所、今でも田んぼは残っているのだろうか。 ’81,10,28 稲城長沼~矢野口 P:宮村昭男

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