2010年9月14日
貨物仕業を終えて
午後の上りD51牽引普通列車には、赤谷線の貨物仕業を終えたC11が新発田から列車の後部に連結され、ねぐらの新津機関区へ戻って行った。 '69.5.4 新発田 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年9月14日 20:22 | コメント (0)
2010年8月 3日
レッドトレインがゆく

撮りながら前年にヒットした山口百恵さんの歌が頭をよぎった31年前の夏、デビュー間もない50系を、コダクローム25が鮮やかに再現。 '79.9 八郎潟-羽後飯塚 P:寶柳仁志
投稿者 Yamashita : 2010年8月 3日 13:01 | コメント (0)
2010年7月26日
断崖のトンネルから
冬は厳しい気象条件の日本海沿岸も夏はうそのように穏やかだ。西日を浴びた断崖のトンネルから下りD51貨物が飛び出してきた。この頃、細かった線路沿いの道は拡幅されたが未だ非舗装。 '68.8.5 今川-桑川 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年7月26日 16:14 | コメント (0)
2010年7月 1日
蓬莱山を望む
「笹川流れ」は新潟県北部の海岸に沿って奇岩の続く景勝地。海に突き出た特長ある岩山は「蓬莱山」と呼ばれ沿線随一の車窓風景。当時羽越本線はC57やD51、それにDD51の列車が見られた。 '68.8.5 越後寒川-今川 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年7月 1日 12:13 | コメント (0)
2010年5月11日
C57 1の晴れ舞台
新潟県北蒲原郡で行われた植樹祭で新津-村上間に蒸機によるのお召列車が運転された。東京に近いこともあって多くのファンを集めたが、あいにく往復とも雨にたたられ散々であった。 '72.5.22 羽越本線 村上-岩舟 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年5月11日 18:16 | コメント (0)
2010年4月 7日
キューロクと「ポンパ号」

ディスカバージャパン「ポンパ号」のC11 91です。たまたま坂町にいました。それよりも米坂線に心が奪われていた頃です。 '72.3 坂町機関区 P:平林寛信
投稿者 Yamashita : 2010年4月 7日 10:00 | コメント (0)
2010年4月 5日
雪晴れの朝
日本海沿いをほぼ南北に走る羽越本線は、朝方山を入れての撮影は逆光になって難しい。坂町を発車したD51貨物は吐き出す煙の演出によってそれを解決してくれた。 坂町-平林 '70.1.3 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年4月 5日 14:01 | コメント (0)
「つばさ」から「いなほ」へ

「ヨン・サン・トオ」から1年間だけ81系による「つばさ」が走りました。これが東京駅発ラストラン秋田駅到着のシーン。編成はそのまま同ホーム据え置きで、翌10月1日「ヨン・ヨン・トオ」で誕生の「いなほ」出発式に臨みます。1年振りに海を見られるなぁと思っているかどうか。 '69.9.30 秋田 P:土方博生
投稿者 Yamashita : 2010年4月 5日 13:52 | コメント (0)
2010年4月 2日
冬晴れの一日

冬晴れの一日、坂町駅周辺を自転車に乗って写真を撮り回った時の一枚。この時期、新津区のC57が受け持つことが多かった青森発大阪行き荷2048列車。 '71.1.10 坂町-平木田 P:藤木俊三
投稿者 Yamashita : 2010年4月 2日 10:05 | コメント (0)
2010年3月24日
庄内平野の春
庄内平野の北方に伸びやかな裾野を広げる鳥海山、水量豊かな伏流水が麓の田圃を潤す。この風景に魅せられて再びこの地を訪れた。その恵まれた背景の真っ直中をD51貨物がやって来た。 '70.5.9 本楯─酒田 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年3月24日 13:17 | コメント (0)
2010年3月18日
重連発車
冬の新潟県瓢湖に白鳥見物に行った帰り、水原駅へ戻ると下り旅客列車が珍しくD51重連で入ってきた。すぐ前方に向かい発車シーンを撮影、2輌のカマは白い蒸気にすっぽり包まれていた。 '64.2.18 水原 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2010年3月18日 15:19 | コメント (0)
2010年3月17日
現役時代のC57 1

新津駅から乗ったC57 1の先頭車は私ひとり。ナンバープレートを目の前に、感激しながら坂町へ。「ボーッツ!」迫力ある出発シーンに再び感激。高校3年生の大切な想い出...。 '71.5.1 坂町 P:中浦秀和
投稿者 Yamashita : 2010年3月17日 15:11 | コメント (0)
同時発車!

キハ82系「つばさ」「白鳥」ならぬ485系「つばさ」「いなほ」の同時発車が実現してしまいした。秋田鉄道管理局広報の企画で、いなほ延発によって可能となりました。許可のもと、羽越・奥羽両線の真ん中で撮影したのはたった4人でしたが、今だに興奮したのを思い出します。 '82.9 秋田 P:土方博生
投稿者 Yamashita : 2010年3月17日 14:39 | コメント (0)
2010年2月 3日
夕映え

晩秋の夕暮れ、上り貨物列車を牽いて発車する長工式デフのD51 324。吐き出すドレーンが夕日に映える。電化工事の始まる前の坂町駅は広々見える。 '70.11.13 坂町 P:藤木俊三
投稿者 Yamashita : 2010年2月 3日 11:50 | コメント (0)
2009年12月28日
三面川を渡る
朝日連峰を源に鮭の遡上する川として名高い三面川。この川に架かる橋梁を見下ろす高台に立った時、ちょうど村上駅を発車したC57牽引下り旅客列車が期待通りの煙を上げてやってきた。 '70.1.2 村上-間島 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年12月28日 14:39 | コメント (0)
2009年12月11日
C51とC57
新津機関区で撮影中、気が付いたら停車しているC51の煙突から煙がまっすぐ立ち上っていた。それがいつまで経っても変わらず、久しぶりにカマへ火を入れたのかもしれない。 '64.2.18 新津機関区 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年12月11日 17:44 | コメント (0)
2009年10月14日
加治川堤の春
日本一を誇った加治川堤の桜並木は羽越水害で壊滅状態となってしまった。その前年の春、陽気に誘われて家族連れの賑わう川岸で、羽越本線のC57牽引上り旅客を撮っている。 '65.4.25 新発田-加治 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月14日 13:25 | コメント (0)
2009年10月 9日
吹雪の坂町
羽越本線下り列車で坂町駅下車、米坂線に乗り換えた日、荒っぽい横殴りの風雪に迎えられた。これから向かう厳冬の米坂線が思いやられた。 '64.2.14 坂町 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年10月 9日 21:36 | コメント (0)
2009年8月 3日
残雪の鳥海山
予定通り象潟、小砂川と撮り終えて戻る途中、午後の日差しをいっぱいに浴びた鳥海山に惹かれて、再び遊佐で下車した。折良くC57牽引の下り普通列車がやって来た。 '69.5.2 遊佐-南鳥海 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年8月 3日 13:39 | コメント (0)
2009年6月26日
過ぎ去りし夏
親戚が新発田にあった関係で学生時代に何度か羽越方面に行った。C51がまだ健在でホームで待つ乗客にも時代を感じさせる活気があった。 '57.8.12 新発田 P:中島正樹
投稿者 Yamashita : 2009年6月26日 14:24 | コメント (0)
2009年4月 3日
C57 1通過!
高校3年の春、撮影旅行の最終日。上り列車で勝木駅に着くすぐ、下りの通過! シャッターを切るのがやっと。写っていたのは、C57 1を見送る国鉄マン。私にとって、忘れえぬ一瞬となった。 '71.5.3 勝木 P:中浦秀和
投稿者 Yamashita : 2009年4月 3日 23:23 | コメント (0)
2009年3月10日
わが通学列車

通学で毎朝お世話になった新津発青森行き833列車。ときどき回送を兼ねた重連になることがあり、通学カバンに忍ばせたカメラで写真を撮りまくりました。 '71.5.10 坂町 P:藤木俊三
投稿者 Yamashita : 2009年3月10日 18:49 | コメント (0)
2009年1月22日
「白鳥」と「鳥海」

春近い雪晴れの朝、まだ架線が張られていない架線柱の下で待つDD51 517の牽く「鳥海2号」の前方からキハ82系の正統「白鳥」が姿を現した。 '72.3.16 羽後亀田 P:長谷川武利
投稿者 Yamashita : 2009年1月22日 12:53 | コメント (0)
2008年10月31日
秋田発新津行き834レ

坂町で6分間の停車中に給水。隣のホームでは米坂線125レが一足早く到着していた。乗り換え客を乗せて終着をめざす。 ’72.3.7 坂町 P:平林高之
投稿者 Yamashita : 2008年10月31日 15:05 | コメント (0)
2008年10月30日
田園の驟雨

梅雨の走りか、C57 1号機のお召列車が通過すると、辺りは一層暗くなってきた。撮影の緊張感から解放され、京ヶ瀬駅への向かう途中、暗い空に煙を舞い上げ、田植えが終わった水田に影を落として、D51牽引の貨物列車がやってきた。 ’72.5.22 水原~京ヶ瀬 P:齋藤孝行
投稿者 Yamashita : 2008年10月30日 14:55 | コメント (0)
2008年9月27日
主役交替

羽越本線はすでに電化が完成しており EF81や特急電車の試運転が始まっていました。酒田駅から見える機関区にはSL、EL、DLが入り交じり役者交替の情景を見せていた。 '72.8 酒田 P:本荘裕二
投稿者 Yamashita : 2008年9月27日 18:21 | コメント (0)
2008年9月26日
トップナンバーとの邂逅

中学卒業したあとの春休み。友人と東北周遊券で蒸機を追いかけたときの一枚。まさか1号機と出会えるとは…。感動で手が震えたのを覚えています。 '71.3 村上─間島 P:宮崎 弘
投稿者 Yamashita : 2008年9月26日 11:20 | コメント (0)
2008年9月22日
東北旅行の途中で

私が中学生時代の写真です。当時の東北周遊券を使って蒸気機関車撮影旅行を友人と2人で行った時、米坂線乗車までの間に撮った一枚。当時、D51の牽く旅客列車は羽越本線では珍しくなかったようです。 ’71.3 坂町 P:宮崎 弘
投稿者 Yamashita : 2008年9月22日 17:53 | コメント (0)
2008年8月19日
夜の羽越本線

夜の羽越線では、貨物列車が続々とやってきます。ほんの数分間隔で発車する列車があり、2本のD51牽引貨物が並びました。物流の大動脈を感じさせられる一瞬でした。 '72.3.22 酒田 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2008年8月19日 19:17 | コメント (0)
2008年6月 4日
「鳥海」と「いなほ」

ある時、祖父母が住んでいた家から比較的近い羽後亀田駅で、特急「鳥海」と「いなほ」が行き違い交換することに気がつきました。そこで、駅裏のあぜ道を進み交換風景を撮影しました。ちょうど、「いなほ」が485系1500代だったこともあり、ものすごく満足したことを覚えています。 '84.3 羽後亀田 P:田原雅幸
投稿者 Yamashita : 2008年6月 4日 15:02 | コメント (0)
2007年11月26日
師走の風を浴びて

坂町駅遠方、米坂線との分岐近く。稲を乾し終え、今年の役目を終えたはざ木の間に師走の風が吹き抜ける。はざ木の脇を、なめくじD51が村上方面に出発していく。はざ木もD51も既に過去の風景になってしまった。 '71.12.30 坂町 P:齋藤孝行
投稿者 Rail Magazine編集部 : 2007年11月26日 22:29 | コメント (0)
2007年4月20日
安全祈願

新津でのC57 1号機の最後の花道は、お召列車牽引の栄光。機関区裏で牽引前後ではご披露されていたから撮影された方も多かったと思う。これは機関区での安全祈願祭での一コマ。本機はお召列車牽引、梅小路での保存のため改装されたが、今まで馴染んできた1号機の面影がなくなり少し寂しかった。それでも管理局、機関区の本機への深い愛情が感じられファンとして嬉しく思ったものだ。 ’72.5.19 新津機関区 P:齋藤孝行
投稿者 Yamashita : 2007年4月20日 14:28 | コメント (0)
2006年10月12日
初夏の浜辺をゆく

9月26日掲載の志水様の風景を見て、懐かしくなって投稿しました。写真の編成、当時全国各地でよく見られた気動車の掻き集め編成。ホームに行ってきた時には今日はどの車輌に乗ろうか楽しみでした。写真の列車は次の日からは新製の40系気動車に置き換えられてしまいました。 勝木─府屋 ’79.5.31 P:吉村元志
投稿者 Yamashita : 2006年10月12日 10:21 | コメント (0)
2006年10月 4日
多彩なDL

DD13+DD14の貨物列車を撮影した。しかし、これは重連仕業として総括制御を行っているのか、それとも、DD14は回送なのかは今となっては判らない。今から思えば、ずいぶん多彩なDLが走っていたものである。 ’72.8.6 府屋-勝木 P:志水 茂
投稿者 Yamashita : 2006年10月 4日 10:19 | コメント (0)
2006年9月26日
DD53牽引貨物列車

まだD51やC57が列車の先頭でがんばっていた頃、雪解けの季節になるとDD53が牽引する貨物列車が現れた。除雪用機関車が本線で営業列車を牽くのが珍しく、思わずシャッターを切った。あれから30年以上経過した今秋、ばんえつ物語にDD53が登場という。秘かに楽しみにしている。 1972.8.6 府屋─勝木 P:志水 茂
投稿者 Yamashita : 2006年9月26日 13:39 | コメント (1)
2006年9月25日
春浅き日本海

海の見えるこの場所が好きで、電化完成後も含めて何度か行きました。この時はもう架線柱が建てられていました。やってきたのは、横手機関区から乗り入れのD51124でした。 '72.3.23 上浜-小砂川 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2006年9月25日 13:20 | コメント (0)
2006年8月15日
EF58牽引「通学列車」

羽越本線電化後、村上までEF58の牽引する旅客列車の設定がありました。村上市内にある3つの高校に通学する学生を乗せて8時台に村上に到着。その後11時ごろに村上駅に青森から到着する荷物列車を牽引して新津方面へ帰って行きました。 ’76.8.6 平林─岩船町 P:佐久間敏也
投稿者 Yamashita : 2006年8月15日 12:59 | コメント (0)
2006年8月10日
電化間近

暑い中汗を拭きながら貨物列車の発車を待っていると、特急「白鳥」がやって来ました。そう言えば、電化になれば蒸機だけじゃなく、キハ82も見れなくなるんだなぁ…と、改めて感じた一瞬でした。 ’72.8.25 坂町 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2006年8月10日 12:28 | コメント (0)
2006年7月19日
羽越本線の「とき」(?)

各駅停車の列車に乗っていたら、列車交換はないはずの駅で、何かが来る気配。急いでカメラを用意していたら、試運転でしょうか、乗務員訓練でしょうか、何と特急「とき」がやって来ました。電化開業間近なある日の、一瞬の出会いでした。 ’72.8.25 岩船町 P:阿部 淳
投稿者 Yamashita : 2006年7月19日 12:51 | コメント (0)
2006年5月11日
日本最長距離急行

客レの急行「きたぐに」です。新潟駅まで寝台車を連結していいましたが、羽越本線内は12系中心の座席車でした。村上駅を発車するのは、午前10時すぎ。大阪から青森まで約19時間の旅。「高千穂」「桜島」が'75年3月に廃止され、この列車が日本最長距離急行となりました。終着青森到着は17時すぎです。 '76.4.8 村上~間島 P:佐久間敏也
投稿者 Yamashita : 2006年5月11日 12:41 | コメント (0)
2006年4月 3日
20系化された「天の川」

今月発売の『国鉄時代』5は20系特集ということで、20系化後の急行「天の川」の写真を投稿します。「天の川」は夏場は秋田まで羽越本線内で走行写真の撮影できる列車で、座席車が12系化されて人気のなくなった「きたぐに」とは逆に、20系化後は根強い人気のあった列車。 '77.6.6 村上~間島 P:佐久間敏也
投稿者 Yamashita : 2006年4月 3日 13:06 | コメント (0)
2006年1月16日
急行「天の川」

20系化直前の急行「天の川」です。当時は20系を早く見たくて20系化を待ち望んでいました。20系化後東京の大学に進学し帰省の時には、わざわざ寝台を選んで帰省したものです。当時は天の川の他に「きたぐに」も客レで羽越本線を走っていました。 '76.7.8 村上~間島 P:佐久間敏也
投稿者 Yamashita : 2006年1月16日 10:49 | コメント (0)


