特集・コラム

憧れへの旅―イスタンブル(ヨーロッパ側)編―

2020.05.20

 イスタンブルは、聞きしに勝る大都会だった。ボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側の市街地が東西に向かい合っている。ヨーロッパ側市街地はさらに、金角湾で北側の新市街と南側の旧市街に分けられる。

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▲夕暮れのヨーロッパ側市街地を俯瞰する。金角湾を跨ぐガラタ橋を、低床トラムが渡ってゆく。


 レイル・ファンから見るとイスタンブルの面白さは、その都市鉄道網の豊富さにあると言えるだろう。路面電車には連節車体の新型車が活躍する路線から、骨董品の2軸車が走る路線まである。海峡を潜り両岸を結ぶ地下鉄道や、高低差のある都市を結ぶ地下ケーブルカーなど、興味の対象は尽きない。

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▲地下ケーブルカーは、坂道の多いイスタンブルを歩くにはありがたい存在。日本のケーブルカー同様、2車両が中間地点ですれ違いながら上下の駅を結ぶ。


 イスタンブルで最も有名な建築の一つがアヤソフィアである。キリスト教の聖堂として6世紀に建てられ、後にイスラム教のモスクとして改造された。現在はイスタンブルの歴史を伝える博物館として、広く開放され ている。東ローマ帝国時代の竣工から約1500年、歴史ある建築の傍を走るのは、トラムの1号線である。お昼過ぎに、ちょうどトラムとアヤソフィアの双方を順光で1枚の写真に収めることができた。

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▲イスタンブルいち有名な建築、アヤソフィアを背に新型トラムが走り抜ける。


 トラム1号線(T1号線)はヨーロッパ側の新旧市街地を結ぶ全長18.5kmの路線で、新型の連節車両が活躍していた。 垢抜けた車両が頻繁に行き交うトラム1号線の軌道沿いに歩くと、国鉄シルケジ駅の駅前へと出る。ヨーロッパ側市街地のターミナル駅であり、ありし日の「オリエント急行」の終着駅でもある。イスタンブルと鉄道の関係を語る上で外せないのが、この「オリエント急行」の存在である。かつてイスタンブルは、西ヨーロッパの国々から走ってきた「オリエント急行」の東の終着駅であったのだ。『オリエント急行殺人事件』で有名なアガサ・クリスティ氏もまた、ここイスタンブルに長く逗留していたという。街には、アガサ・クリスティ氏が宿泊したホテルも当時のまま残されている。

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▲シルケジ駅は工事中だったが、石材とレンガを組み合わせた優美な設計を随所に見ることができた。紅白の縞状アーチはモスクなどにも共通する意匠。


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▲アガサ・クリスティ氏が逗留した「ペラ パレス ホテル」には、彼女に纏わる品々が残されている。有名な『オリエント急行殺人事件』はここで生まれたのだ。


 櫻井 寛さんの提案で、この日の昼食はシルケジ駅に併設されている「レストラン オリエントエクスプレス」で頂くことになった。二種類の石材で縞状に仕上げられたアーチと、幾何学模様のステンドグラスに迎えられてレストランに入る。高い天井、穏やかな明るさ。壁には、かつての「オリエント急行」のポスターや、映画『オリエント急行殺人事件』名シーンの写真などが掲げられていた。実際にこのレストランを訪れたというアガサ・クリスティ氏の肖像も。

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▲「レストラン オリエントエクスプレス」の壁に掲げられた映画ポスター。『オリエント急行殺人事件』は幾度となく映画化、映像化された作品でもある。


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▲イスラム式の模様のようでもあり、機関車の動輪のようでもあるステンドグラス。


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▲落ち着きのある内装、美味しい食事、そして親切なスタッフの方々。「オリエント急行」には乗れずとも、その旅の一端を味わうには充分な楽しさだった。


 今となっては、イスタンブル行きの「オリエント急行」が走るのは年に一度だけとなってしまった。シルケジ駅では通勤電車は地下から発着し、地上のホームは閑散としている。それでも、物語や映画を愛する人にとって、ここシルケジ駅は常に輝かしいヨーロッパの旅の始発地点であり続けるのであろう。
※本取材旅行は2020年3月上旬に行ないました。2020年5月1日現在、トルコ共和国に対しては新型コロナウイルス感染症の影響により、渡航中止勧告が出ています。(レイル・マガジン編集部)

文・写真:原田佳典 協力:トルコ共和国大使館・文化広報参事官室

 

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