185系

特集・コラム

狩人~カルス鉄道撮影編~

2020.05.14

 寝台列車でトルコの東端部カルスに到着した翌朝、私はホテルのビュッフェでチーズ三昧の朝食を堪能していた。カルスがチーズの名産地だという話は聞いていたが、まさかホテルの朝食に10種類を超えるチーズが並べられていようとは。ビュッフェの窓越しに冴え渡る青空に目を細めながら、熱いチャイで食事を締めくくる。

3-チーズ2a.jpg

▲カルスで宿泊したホテルの朝食。淡泊なものから味の濃いもの、塩辛いものまで、チーズにこれほど味の違いがあるのかと驚かされた。


 口の中がさっぱりしたところでロビーに降り、櫻井 寛さんとガイドのムラトさんと合流した。昨晩深夜、私たちは首都アンカラから「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」に乗り、30時間以上かけてこの終着駅カルスへと辿り着いた。個室寝台や食堂車、機関車への添乗といった「乗り鉄」要素を満喫した今、今度は同じ列車を外から撮影したいと思うのは必然であった。しかしここで問題になるのは「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」の時刻表である。この列車は上下便ともに、カルス発着の時間帯は夜間なのだ。

3-列車a.jpg

▲銀世界をゆく「ドーウ・エキスプレシ」。私たちの乗ってきた観光列車と同じく、新型のTVS2000型客車で統一された編成。


 そこで、同じくアンカラとカルスを結ぶ夜行列車でありながら、観光地に長時間停車しない直行便「ドーウ・ エキスプレシ」に目を付けた。2つの列車の見た目は瓜二つである上に、西行きの「ドーウ・エキスプレシ」 はカルスを朝8時に出発する。この列車なら撮影できるのではないか、という櫻井さんの提案に、私は一も二もなく賛成した。車に乗り込み、撮影地を目指す。トルコ語で雪は”Kar”。カルス(Kars)という地名は雪の国といった響きだと、ムラトさんは言った。市街地の雪はすでに溶けてしまっていたが、しばらく走ると景色は一転、銀世界となった。

3-停車駅a.jpg

▲カルスから南西に約50km。好ましい佇まいのサルカムシュ駅に停まるのは、一日一往復の「ドーウ・エキスプレシ」のみである。


 「ドーウ・エキスプレシ」は長距離夜行列車でありながら、カルス周辺での地域輸送の役割も担っているようで、小さな駅の一つ一つを拾いながら走る。こちらとしても、車でその都度追いついて撮影できるので好都合であった。白銀の山岳地帯、車と列車は抜きつ抜かれつ西を目指す。列車を追いかけながら走っているうちに、カラウルガンという集落に辿り着いた。小ぶりなミナレット(塔)を備えたモスクがある。このモスクと列車とを同時に眺められる丘があり、ここを最後の撮影ポイントに決めた。

3-モスクa.jpg

▲モスクを横目に「ドーウ・エキスプレシ」は西へと駆けてゆく。凛とした尖塔は、列車内からもよく目立つことだろう。


 カラウルガンの村でチャイハネ(喫茶店)に立ち寄った。暖冬とはいえまだ残雪のある時期、チャイの温かさは 五臓六腑に染み入るようである。「ドーウ・エキスプレシ」をさらに追いかけることもできたが、せっかくカルスまで来たからには周辺の史跡や景勝地も一目見ておきたかった。カルスの東、アルメニアとの国境地帯には、千年前に栄えたアニの都市遺跡もある。私たちは来た道を戻り始めた。

3-アニ遺跡2a.jpg

▲穏やかな起伏のある大地に点々と建築が遺る、アニの都市遺跡。この小さな円形聖堂も、およそ1000年前に建てられたものだという。


 カルスはトルコ東端部の街ということで、気になるのは隣国への国際列車の有無。カルスの東側アルメニアとの間には現在列車は走っていないが、北側のジョージアとの間には最近になって新たな国際連絡線が敷設された。カスピ海に面するアゼルバイジャンの首都バクーまで繋がっているという。カルスの駅長であるムハレム・トラマン氏に話を伺ったところ、この国際鉄道では当面の間、貨物列車のみ運行されるそうだ。旅人としてはやはり、この区間に旅客列車が走る日が来ることを願わずにはいられない。 今はまだ鉄道で越えられぬ国境に思いを馳せながら、私たちはイスタンブルへと戻る飛行機に乗った。

3-カルス駅a.jpg

▲「ツーリスティック・ドーウ・エキスプレシ」の東の終着駅カルス。構内には、国境を越えさらに東に向かうであろう貨車たちが犇いていた。


※本取材旅行は2020年3月上旬に行ないました。2020年5月1日現在、トルコ共和国に対しては新型コロナウイルス感染症の影響により、渡航中止勧告が出ています。(レイル・マガジン編集部)

文・写真:原田佳典 協力:トルコ共和国大使館・文化広報参事官室

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加