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企画展「茨城鉄道」

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山鹿温泉鉄道の注文流れを引き取ったとされるケハ401が表紙の図録。写真はもちろん、丹念な廃線跡の調査も興味深い(1部500円/18ページ)。

 現在、那珂川を巡る二つの私鉄に関する、興味深い企画展が開催されています。
 まずご紹介するのは、水戸市立博物館で開催されている『総集編 茨城鉄道 第2期-今も思い出の中を走ってる-』です。
 茨城鉄道、後の茨城交通茨城線は、常磐線赤塚駅を起点に那珂川に沿ってを遡り現在の城里町にあった御前山駅まで25.2kmを結んだ鉄道で、1926(大正15)年から翌年にかけて開業しました。開業と前後して玉川村までの免許も下付されていますが、これは実現することはありませんでした。

mito3.jpg この鉄道で特徴的だったのが、戦時中の1944(昭和19)年11月に赤塚~上水戸間を電化したことです。この年の8月には湊鉄道(現ひたちなか海浜鉄道)や水浜電車などと戦時統合されて茨城交通が発足しています。さらに電化区間は当時、陸軍第二歩兵聯隊の兵営があった南袴塚(後の大学前)まで延伸されました。電化区間では当初、水浜線と同型の木造ボギー車が使用されましたが、後に鶴見臨港鉄道からの買収国電であったモハ30形2輌が入線します。兵営の跡地は戦後、茨城大学となり、茨城線は通学輸送にも賑わうようになり、1956(昭和31)年には水浜線も上水戸から大学前まで乗り入れるようになりました。わずかな区間とは言え、この時期に鉄軌直通運転を開始したことは特筆すべきことで、この時点ではかなり積極的な運営がなされていたといえましょう。
 しかし、多くの私鉄がそうであったように、昭和30年代も後半になると輸送量の減少が目立つようになります。1965(昭和40)年4月には水浜線の廃止に先駆けて電車運転を中止、翌66年6月には石塚~御前山間、1968(昭和43)年6月には大学前~石塚間、そして1970(昭和46)年には最後まで残った赤塚~大学前間が廃止され、茨城交通茨城線は姿を消しました。
 今回の企画展は茨城鉄道の旧沿線にあたる城里町で開催された写真展に続く第2期として開催されたもので、多くの貴重な写真と資料が展示されています。特に会場で公開されているありし日の茨城線を撮影した約30分の映像と、廃線跡の丹念な調査は大変興味深いものです。
 会期は次の日曜日である5月27日までですので、ご興味のある方はお見逃しのないように。
水戸市立博物館ホームページ
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会場の水戸市立博物館。水戸駅から徒歩15分程度です。

 

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