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RMライブラリー224巻『1950年代の戦前型国電(中)』完成

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総武線を行き交うモハ41117(モハ40改造)とクハ79194。 1953.10.13 津田沼-船橋 P:長谷川明(RMライブラリー224『1950年代の戦前型国電(中)』より)

RML224H1ss.jpg 長谷川明さんによる『1950年代の戦前型国電』の中巻が完成しました。本書はこの1953(昭和28)年6月の称号改正前後の時期に対象を絞り、まだ原形に近い姿で活躍していた戦前型の鋼製国電についてまとめるもので、上巻では鋼製国電初期の30・31・32系を収録しましたが、続く中巻では戦前型国電の中核をなす40系を収録します。
 40系は1932(昭和7)年度から製造された3扉・ロングシートの通勤電車です。32系では制御車・付随車のみであった20m車体がついに電動車にも採用され、以後の省線電車の標準形態を確立しました。ただし、当初、20m車体は関西向け車のみで、関東向けは従来車に合わせて17m車体とされ、関西向けがモハ40・41だったのに対し、関東向けはモハ33・34とされました。まもなく関東向けも20m車となったため、モハ33・34は少数に終わり、称号改正によって30・31系や鋼体化系列の50系と同じモハ11・12形に統合されますが、この旧モハ34のうちの1輌が後に伊豆箱根鉄道に譲渡されて、最後は事業用車となったコデ66です。

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関東向けに投入された17m車体のモハ33・34。当初から片運転台のモハ33として製造されたものは2輌のみであったが、後の戦時改造でモハ34の一部も片運化されモハ33に編入された。(RMライブラリー224『1950年代の戦前型国電(中)』より)

 モハ40系の最大の特徴は、年度による形態の変化でしょう。運転台は半室から全室に、前妻は平妻から半流に、屋根は木製から鋼製の張り上げになり、さらにノーシル・ノーヘッダに、前灯も取り付け型のLP42から砲弾型、埋め込みへと、車輌技術の進化を次々と採り入れるように変化を遂げていきました。しかし、戦争の影響による資材不足・人員不足などにより、1940(昭和15)年度からはシル・ヘッダが復活し、屋根も木製の普通屋根に戻る逆行現象が生じます。1943(昭和18)年度をもって40系の製造は終了。その総数は実に453輌を数えます。そして翌年度から戦時設計の63形が登場するのです。

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制御車クハ55。初期は平妻・普通屋根だったものが、半流、そして張り上げ屋根と進化していった。(RMライブラリー224『1950年代の戦前型国電(中)』より)
 
 本書ではその全体像に続き、両運転台のモハ40、片運転台のモハ41、主電動機出力増強型のモハ60形、制御車クハ55形、登場時から全室3等代用として使用されたサロハ56形、付随車サハ57形、そして3等荷物合造車のクハニ67形の順で、1953(昭和28)年の称号改正前後を中心に、そのバリエーションや改造について収録しています。現在では鉄道博物館と青梅鉄道公園に残る2輌が見られるのみとなった40系ですが、ぜひ本書でその全盛期の姿をお楽しみください。
 さて、続く下巻では戦前製鋼製国電の華、「流電」モハ52を含む42系と、3扉セミクロスシートという「近郊型」の原型を作った51系の収録を予定しております。お楽しみに。

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