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横浜博臨港線の気動車(上)

yes8901.jpg▲横浜博臨港線の起点であった桜木町側、日本丸駅に入線する「汐風号」。駅を出てすぐに交換設備があったが、この日は1編成のみの運行であった。 1989年6月 P:高橋一嘉

yes1701.jpg横浜博覧会があったのは1989(平成元)年のことですから、もう28年も前のことになります。あの博覧会ではリニアモーターカーのHSSTが期間限定ながら初めて鉄道事業法に基づく営業運転したりと、鉄道の話題も少なからずあり、桜木町~山下公園間での気動車の運転もその中の一つでした。
▲上の写真の現在。横浜港駅があった新港埠頭へ至る線路跡はそのまま「汽車道」として整備されている。背景の倉庫街は華やかな商業施設や結婚式場に生まれ変わり、過日の面影は一切ない。 2017年11月 P:高橋一嘉

桜木町駅の海側地平に広がっていた東横浜駅から赤レンガ倉庫で有名な新港埠頭を経て山下埠頭に至る貨物線は、国鉄末期に廃止されていましたが、横浜博覧会が桜木町海側の再開発地区で開催されるのに合わせて、残っていたこの線路を復活させて山下公園まで気動車が運行されることになりました。開業期間が3月25日から10月1日までという約半年のみの運転のために廃止された路線を整備、駅や信号設備を新設、そして気動車まで新造して運行するとは、当時の景気の良さがうかがい知れるような出来事です。当時の写真を頼りに、久しぶりに沿線を訪ねてみました。

yes1703.jpgyes1703.jpg▲左は会期中の臨港線の起点であった日本丸駅。右はその現在。帆船・日本丸の位置はそのままだが、背景にはランドマークタワーなどのビル群が立ち並んでいる。 左:1989年6月 右:2017年11月 P:高橋一嘉

起点の「日本丸」駅は、出来たばかりの「夢空間」が展示されていた駅前広場の海側にありました。この駅前広場の敷地がもとの東横浜駅でしたが、復活した臨港線の線路は高島線や根岸線とは分離されており、完全に独立した路線となっていました。ただ、広場の周辺には、まだ東横浜駅があったころの線路がそこかしこに残っていたように思います。

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▲日本丸駅を出てすぐの築堤上を行く「汐風号」。背後には小さく博覧会のパビリオンが見えている。撮影場所の背後には旧生糸検査所専用線の線路が残っていた。 1989年6月 P:高橋一嘉

yes1702.jpg海を埋め立てて造ったという新橋~横浜間の鉄道の姿を想像させるような新港埠頭に至る築堤は、今も汽車道として残っていますが、木々が育ったことと、背景にビル群ができたことで、印象は大きく変わりました。この築堤上の新港埠頭側には、貨物線時代には横浜港駅からスイッチバックするようなかっこうの荷役ホームがありましたが、横浜博の時にはそこに気動車用の車庫が設えてありました。周囲の運河には横浜博の頃はまだ艀が係留されていましたが、いまはそれもありません。
▲上の写真の現在。観覧車は博覧会後に移設されたため場所と向きが変わっていることが分かる。 2017年11月 P:高橋一嘉

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